遠距離戦では魔術タイプの方が強いですよ?
途中で沙織も加わって、四人でいつもの自販機前ベンチに移動することになった。
沙織の合流にも委員長は反対せず、それどころか「姫木さんにも聞いてもらいたい」と言っていた。話というのは私個人宛ではないらしい。
到着すれば早速成美は自販機に駆け寄ってマックスなコーヒーを購入している。
「委員長も何か飲む? 奢りじゃないけど一緒に買っとくよ」
「ありがとう。炭酸じゃなければ何でもいいわ」
「あれー? 委員長って炭酸駄目なのー?」
「駄目って事は無いけど自分から飲みたいとは思わないかな」
そうなんだー、と言いながら成美の指が押そうとしたのは、当然ながら彼女が手にしている激甘コーヒーの購入ボタン。それをとっさの判断で取り押さえる私と沙織。「どうして止めるの?」という視線を向けてくるのに私は無言で首を振り、沙織は小さな声で「それはやめときなさい」と言う。
委員長がマックスなコーヒーを好きなら問題ないけれど、そうでなければ大惨事が発生する。雰囲気からして真面目な話をしようとしているのに、いきなりオチを付けてしまったら以後の展開に差し障りそうだ。
無難に普通のコーヒーにしておく。
ベンチの一つに委員長が座って、向かい合うように私、成美、沙織の順に座る。
なんだか面接みたいな配置になってしまったのは、委員長が私達三人に対して話したい様子だったからだ。
委員長はコーヒーで喉を湿らせ、おもむろに口を開いた。
「天音さんは、今度の試合を私に対してのリベンジマッチみたいに考えていると思うけど、どうかしらね」
「それはもちろんよ」
委員長の問いには即座に頷きを返す。
去年負けてから、再戦して勝利するために一年を掛けて準備してきたのだ。
リベンジマッチ以外の何物でもない。
「魔術タイプ相手に近接戦に持ち込んで、それでも勝てなかったのって初めてだったし。近接戦では剣士タイプの方が強いっていうのを証明するためにも、今度こそ勝たせてもらわないとね」
「うん、やっぱりそういう考え方よね。いかにも剣士タイプっぽいわ」
なんだか委員長の口調に皮肉げな色が混じっていないだろうか?
剣士タイプと魔術タイプが近接戦をしたら、剣士タイプの方が有利に決まっている。それを覆してしまった魔術タイプが委員長なのだ。近接特化の剣士タイプの心情として、私の言った内容は当然すぎるほど当然だと思うのだけど。
「その辺は霧嶋さんや姫木さんも似たようなものなのでしょうね」
「そりゃそうだよー」
「私達は近付いて斬るしかやりようが無いからね。それで勝てなきゃお終いだもの」
沙織が言った通り、刀や剣が届く間合いまで近付いて斬るのが、単純過ぎるように見えても剣士タイプの極意だと言える。これを実現するために私は止水を用いた回避・迎撃で魔術に対抗する。沙織は盾で防御しながら前進、成美は隠形で身を隠したり自粛要請前はユニークスキルで無効化したり。
そうしていざ間合いが詰まれば剣士タイプの独擅場になる。
攻撃にも防御にも呪文の詠唱が必要になる魔術タイプでは、ただ武器を振り回せば済む剣士タイプのスピードに追い付けないからだ。
……そうなるはずだった。
委員長の驚異的な反応速度と一言呪文は、近接戦においてさえ剣士タイプに匹敵する速度の攻防を可能にしていた。
そして私は負けた。
「近接戦なら剣士タイプの方が強いはずなのに、近接戦でも私に負けた。それは許せないから今度こそ勝ちたいと。その気持ちは判るけど、ちょっと一方的なのよね」
「一方的?」
「そうよ。あなた達剣士タイプがそう言うなら、魔術タイプである私はこう言うわ。遠距離戦では魔術タイプの方が強い、ってね。これCODの常識よね?」
「……」
遠距離攻撃を持つ魔術タイプが絶対に有利。
これはCODにおける試合開始位置に関係している。
余程のボンクラでもない限り魔術タイプの方が先に攻撃できるからだ。
大抵の場合は一撃貰えば足が鈍ってしまう。そこにさらなる攻撃を受けてジ・エンドだ。
私達のような対処可能なスキルなり装備を持っていなければそうなる。
なるほど……確かにこれは一方的なものの考え方をしていたのか知れない。
「判ったみたいね。あなた達が『近接戦では剣士タイプの方が強い』っていう誇りを持っているように、私達も『遠距離戦では魔術タイプの方が強い』っていう誇りを持っているの。誇りと言ったら大げさかしら? まあそこは拠り所と言い換えても構わないけど」
判ってしまえば、軽々しい受け答えはできない。
委員長がコーヒーを口に運んで一息つく間、成美までが茶化すことなく神妙にしていた。
「私達魔術タイプにとっては近接戦に持ち込まれたらその時点で負けたようなものなのよ。去年、天音さんは三度、私の魔術攻撃を掻い潜って近接戦に持ち込んでいる。つまり私は三度あなたに負けたことになるのよ。試合には勝ったけど、これって許せる事じゃないのよね」
口調こそ静かなものだけど、委員長の言葉の内には燃えるような強い意思が感じられた。
委員長はそういう人なんだった。
普段はいかにも『委員長』な感じで、落ち着いていて物静かで真面目な優等生だ。
それがいざ戦うとなると、意外なほどに熱いタイプなのを私は知っている。
去年の代表決定戦然り、学園祭の大会然り。
慎重さと積極性を併せ持ち、容赦も無い。
「だからね、これは私にとってもリベンジなのよ。今回は近接戦に持ち込ませない。そのつもりでやらせてもらうわ。話したかった一つ目がこれ。もう一つは提案ね。私達の試合、痛覚有りでやってみない?」
何気なく付け足された提案に、私は息を呑んでいた。
VRコンテンツで痛みに代表される負の感覚が再現されないのは常識だ。
普通なら痛覚制御を緩和して痛みを感じるようにしようという発想そのものが出てこないはず。
「委員長、もしかしてFSサーバーに?」
これは当てずっぽうじゃない。
私が知る範囲で痛覚を再現しているのは師匠が開設しているFSサーバーくらいだし、思い起こせば学園祭の時、師匠の連れらしい人と委員長が話している場面があった。
この流れなら委員長がFSサーバーで私と同じような経験をしていると考えるのが妥当だろう。
果たして委員長は肯定の頷きを返してきた。
「父の仕事関係の知り合いがあのサーバーの利用者だったのよ。学園祭の大会を見て私に興味を持ったらしくて招待されたの」
委員長のお父さんの知り合い=師匠の連れらしい人、なんだろう。
世間は広いようでいて狭いと実感させられる例だ。
それはともかく。
「痛みを感じるというのがどういうことか、委員長はそれも判っているみたいだけど……その先は知っているの?」
「……もちろん、『死んだ』経験もあるわよ」
応える委員長の顔に一瞬の影が差したような気がして、それが本当に委員長が『死んだ』経験を有している何よりの証に思えた。
痛覚が再現された仮想世界での死は、普通の死に戻りとは全然別物だ。当然本当に死んだ経験など無いからあれが本当に死の感覚なのかを判断する事はできない。でもあれがそうなのだと言われれば納得してしまうくらいの嫌な感覚はあった。
冗談抜きにトラウマになってもおかしくない。
それを知っている委員長が痛覚有りでの試合を提案した理由はなんだろうか。
「CODリアルモードは本当にリアルよね。他のVRゲームとは比較にならないわ。でも痛覚制御が現実とは全然違うものにしてしまっている。結局あれは私とあなたの戦いではなく、『タマ』と『sakura』っていう痛みを感じないアバター同士の戦いでしかないでしょう?」
「……委員長はもっと現実的な試合をしたいのね」
委員長の言いたい事は何となく理解できた。
CODでは判定されたダメージに従がって行動に制限がかかる。
例えば右腕を骨折したと判定されれば右腕が動かなくなるし、部位欠損ダメージが判定されれば該当部位が表示されなくなる。どこにどんな攻撃を受けようともHPが残っている限りは普通に動ける他のVRコンテンツとは大きく異なる部分であり、CODのダメージ管理がよりリアルだとされる由縁でもある。
でもそれは「比較的リアルである」と言うことだ。
右腕を骨折したら右腕が動かなくなる。それは当然だ。
現実ならどうだろう?
右腕を骨折して、右腕以外は普通に動かせるものだろうか?
答えは「否」だ。
骨折した右腕からは絶えず激痛がもたらされ、激しく動けば痛みも増す。
損傷していない他の部位の動きにも痛みは必ず影響をもたらす筈だ。
これは何も肉体的な話だけじゃない。
集中力を必要とする魔術についても同様だ。
一年前の試合の終盤。
私の突きは委員長の左肩を貫いていた。
肉を貫き、鎖骨をゴリゴリ削って肩甲骨まで達していた。
そんな傷がもたらす痛覚はどれほどだろう。
果たして冷静に呪文を詠唱できるものなのか?
そんな疑問の余地を残してしまうのだから、「痛みを感じないアバター同士の戦い」と言った委員長の表現は間違っていないと思える。より現実に近付けるなら痛覚の再現こそが必要だ。
そうして再現された痛覚を乗り越えてこそ、アバターではなく天音桜や三条珠貴という本人同士の戦いだと言える。
「わかったわ。痛覚有りでいきましょう」
「天音さんならそう言うと思っていたわ。まあ学園側の判断もあるから実現できるかはまだ判らないけど。先生には天音さんも了解済みって事で話しておくから、もし訊かれたらそう答えてね」
そう言って委員長は残りのコーヒーを一息で飲み干し、「じゃあ、また」と言い残して立ち去った。
「痛覚有りってどういうことなの?」
私と委員長のやりとりを疑問顔で聞いていた成美達。
FSサーバーでの経験がある者同士の会話は詳細を省いていたから無理も無い。
痛覚が有る状態の説明を二人にすると、沙織に「あんた馬鹿?」と呆れられた。
「どう考えても三条さんに有利じゃないの。痛みで動きが鈍るって、最初に攻撃受けるのは桜なんだから」
「んー、でもどうだろ。呪文詠唱にも影響が出るなら委員長が一方的に有利ってことも無いのかなー。歯が痛い時って全然集中できないじゃない。魔術使うとか無理じゃないの?」
「それは早く歯医者に行っときなさい。ってかそういうレベルの話じゃないでしょう。三条さんは近接戦ができる距離には近付かせないって言ってるんだから。学園祭でやってた発動体作って手数増やすやつ、あれやられたらいくら桜でも全回避はできないでしょ」
沙織の言う事ももっとも。
だけど後には引けない。
痛覚の有り無しに関わらず、私は私が身に付けた全てをもって戦うだけだ。
それに昔から剣術を習っていたから現実での痛みににもある程度の耐性はある。
それを言うと沙織は諦めたように溜め息を吐いた。
「こういうところで男らしさを発揮しちゃうのがあんたの悪い所だと思うんだけどね」
「悪い所じゃないよ。良い所だよ!」
沙織、男らしさは関係ないと思う。
そして成美、フォローしてくれるのは嬉しいけど、男らしいの部分を認めちゃ駄目でしょう。
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そして翌日、私と委員長の試合中に限り、宇美月サーバー内の痛覚制御設定が変更されるとの発表があった。
設定は痛覚再現率五十パーセント。
大々的に発表されたのは、この時間中に誤って試合をしてしまうと大変な事になるという、他の生徒への警告の意味を含んでいる。




