再戦日決定
夏休みが近付くにつれて、どこか浮ついたような落ち着かない日が続いていた。
長期の休みが近付けば浮ついてくるのも普通とは言え、今年に限っては少々事情が異なる。
終業式の日は、すなわち私が委員長に敗北してから一年になるからだ。
殊更喧伝したわけではないにしても、委員長と再戦するつもりでいる事は敢えて隠してはいなかった。委員長本人や後城先生には宣言もしてる。
実際の話はまだ何も出ていないのに、学園内では私と委員長の試合は既に決まったものとして認識されていた。去年の試合を見た二年生三年生だけでなく、学園祭の大会同様に凄い試合があったと聞かされていた一年生からも注目を浴びている。
そんな風に注目されるのが以前ほど苦痛には感じない。目立つのが苦手なのは変わらなくなくても、逃げ出したくなるなんてことは無くなった。
沙織には「単に図太くなっただけでしょ?」の一言で片づけられてしまったけど、これも自分自身の成長の証として捉えたい。
この一年の間、不本意ながらも衆目に晒される機会が本当に多かった。
メイド服で参加した学園祭では、まともに思い出せば羞恥心に悶えて転げ回りそうな経験もしているし。それに比べれば普通に制服姿でいる時に下級生の視線を集めるくらいは十分に許容範囲内だった。
ここまでは私の個人的な事情と、宇美月学園の内部に限定された落ち着かない理由。
実は学園の外、大げさでは無しに世界中が落ち着かない事態が進行しつつある。
昨年の今頃、しきりにニュースで取り上げられていた戦場国の話題が、再び連日の如くに報道されていた。
概ね平和な世界の中で、第二次世界大戦以後に残された四つの『戦場』。
師匠がFSサーバーを開設するきっかけになった中東の戦場。昨年は緊張が高まりつつも今に至るまで戦闘は起こらなかった。平和に戻ったのなら言う事は無いのだけど、実際には緊張したまま落ち着いてしまったような状況だった。
その状況に変化が訪れ、いつ戦闘が起こってもおかしくない、と言うよりも、未だに戦闘が起こっていないのが逆におかしい。そこまで状況が悪化しているそうだ。
戦場国の動向如何では世界の平和にも大きな影響がある。
当事国以外、世界中の人々が落ち着かない気持ちで事態の推移を見守っていた。
けれどその話は今は脇に置いておく。
世界情勢と比べてしまっては不謹慎と言われてしまうかもしれない。
それでも私にとっては目前に迫った委員長との再戦の方が大きな関心事だった。
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そんなこんなで落ち着かないながらも、日々は普通に過ぎていく。
宇美月学園では学年ごとのクラス替えは行われず、3-Bの教室にいるのは昨年度2-Bにいたメンツばかり。代わり映えしない代わりに、去年の経緯を全員が承知している。
去年の例を見ればそろそろ学園祭の行事予定も決まっていて良い頃合だ。
冬休みと同様のメンバーに夏休み中のバイト募集があったり、三年生ということで進路の相談会があったりと細かいイベントはあるものの、学園祭についての話はなかなか上がって来ない。
ちなみに夏休みのバイトは募集を受ける事にしておいた。
仮に学園祭の大会やクラス代表選出の流れがなくとも、私は委員長に挑戦するつもりでいる。多分委員長も断ったりはしないと思う。
でもけじめと言うか区切りと言うか、去年と同じ舞台で決着を付けたい気持ちは強く、やきもきしながら告知を待っていた。
そんなある日の放課前ホームルーム、教室に入ってきた後城先生の顔を見た瞬会に「今日だ!」と直感した。
先生は型通りの連絡事項を伝え終わると、表情を改めて教室をぐるりと見回した。
そのいつもと違う雰囲気にクラスのみんなも察したのだろう、息を飲む音さえ聞こえそうな静寂が教室を支配した。冗談抜きに他の教室で話している先生の声さえ聞こえていた。
「さて、今年の学園祭だが……」
後城先生はそこで言葉を切って溜めを作る。
否応なしに期待感が高まっていく。
誰もが授業中以上に真剣に、集中力を発揮して先生の次の言葉を待っていた。
これで「COD大会は無し」とか言われたら暴動が起こりそうだ。
そう思ってしまうほど、緊張感と同時に期待感もまた高まっている。
「昨年同様COD大会が開催される。各クラスの代表も変わらず二名選出だ」
その言葉が終わると同時、教室内に大きく息を吐く音が連続した。
緊張に詰めていた息が同時に吐かれたのだ。
そんな生徒の様子に笑みを浮かべた先生は、もう一度教室中を見回した。
「で、だ。敢えて問おう。立候補者はいるか?」
もちろん私は真っ直ぐに挙手した。
委員長もまた手を上げている。
そして他に手を上げる人は誰もいなかった。
「ふむ、まあこうなるわな。代表は三条と天音に決定……と言いたいところなんだが、霧嶋は何を悶えているんだ? 新手のパフォーマンスか何かか?」
クラスの視線が成美の席に集中する。
成美の右手は肩の高さまで上がっていた。
その右手首を左手で掴んで、上がっていこうとする右手を必死に引き止めている。
と、言うような動きをしていた。
「よ、良かったー! スルーされちゃうんじゃないかと思ったよー!」
心底ほっとしたような成美の声。
その間も右手と左手は一進一退の攻防を繰り広げている。
まあ悶えているように見えなくもない。
「この場面でスルーできるわけないだろう。お前まさか立候補するつもりなのか? 空気読めよ?」
「最近私に対するツッコミが厳しい気がするんですけどー!?」
「ツッコミとか言うな。俺は芸人じゃない。で? その右手は上がるのか? 下がるのか?」
「むー……下がりますよー。下がるに決まってるじゃないですかー」
めでたく左手が勝利を納め、成美の右手は大人しく机の上に落ち着いた。
「お前は一体何がしたかったんだ……」
意味不明な成美の行動に、先生も疑問も力が抜けている。
「いやー、私もここは桜と委員長のターンなのは判ってますよー。判ってるんですけど! なんてーかこう……予定調和? みたいなので場が収まっちゃうとつまんないなーと。一石投じる意味でやってみました! けして空気が読めない子じゃありません!」
「三年にもなって自分の事を子と言うか。霧嶋、もう少し大人になれよ」
「それって普通に酷いコメント!?」
なおも成美と後城先生のやりとりは続き、さっきまでの良い感じの緊張感はどこかに消えてしまった。でもまあ成美と先生の掛け合いが作りだす緩い雰囲気も私は好きだ。
先生の「空気読めよ」や「大人になれよ」も、成美の言うとおり普通なら普通に酷いコメントになりかねない。そんな言葉の応酬をしつつも二人とも楽しそうでギスギスした空気にならないのは、私が知らない一年生の頃からこんな掛け合いを続けてきたからだろう。
……こういうのもレベルアップと言って良いのかどうか。
やがてオチが付くまで続けた二人は、どこか満足そうな顔をしていた。
「さて、改めて……3-Bのクラス代表は三条と天音に決定だ。異存は無いな?」
途端、教室中からバラバラに肯定の意味の声が発せられて重なって、結果「うぇーい」という何とも形容し難い集合音になる。この辺りも一年前と変わらない。
「で、例によって正代表と副代表を決める。日取りは……」
先生が口にしたのは終業式一週間前の日付だった。
速くて早い。
私と委員長が正副の座を賭けて試合をするのが学園側でも決定事項になっている展開も速いし、終業式当日を想定していたから日程的にも早い。
「ちなみに当初は終業式の日が検討されていたんだが、昨年試合後にさっさと姿を消して、負けたショックでよもや……と要らん心配をさせたまま夏休みに突入した奴がいてな。それを踏まえて日程が少々早まった」
そう言えばそんな事があったなー、という空気が教室に満ちて、周囲の視線がなんとも慈愛に満ちたものに変わった。
……一人反省会をやってた時だ。
あの時は試合後、逃げるようにログアウトして、その後先生達に会ったのは登校日だった。
一人反省会の途中で成美に見つかって色々あって、先生達に心配をかけている可能性は全く考えていなかった。
今さらながらこれは反省しないといけない。
できれば一年きっかりで節目にしたかったところだけど、そういう事情なら仕方ない。
自分の行動が原因となれば素直に受け入れよう。
と殊勝な心境になりそうだったのを、続く先生の言葉が消し飛ばした。
「某情報源によると、一人反省会なるものを開催してたらしいんだがな」
「んなあ!? ど、どうしてそれを!?」
いや、どうしても何も無い。
某情報源と言ったってあの場にいたのは成美だけ。
彼女が喋る以外に先生に反省会の件が伝わるわけがない。
思わず見やった先では、その気配を察したように成美がこちらを見ていた。
「心配させっぱなしは良くないよー。だから話しちゃった」
てへ、と笑う成美が可愛い。
可愛いんだけど、この状況をどうしろと?
周囲の視線は慈愛を通り越して生温く変わってしまっているし。
緊張感から始まったホームルームは、こうしてなんとも締まらない雰囲気のまま終了した。
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改めて考えてみると、試合の日まで一週間を切っている。
でも慌てない。
一年前から準備を重ねてきたのだ。
一週間くらい予定がずれた所で大差無い。
準備に怠り無し、あとは試合に向けて集中力を高めていくだけだ。
「天音さん、ちょっといいかしら?」
帰り支度をしていたら委員長に声をかけられた。
倒す相手として想定しているのに気楽に声を掛けられて、少しばかり意気を削がれた気分。
「なんだか凄くがっかりしてるみたいだけど……」
「ああ、いや、そんなことはないわよ?」
声をかけられた途端にがっかり反応とは失礼すぎる。
内心が表に出やすいのはどうにかならないものだろうか。
委員長もその辺理解してくれているようで、気にした様子は無い。
「まあ、なんだかんだで対戦が決まったわけで。事前に少し話しておきたい事があるのよ」
「……わかった。でもここだとちょっと」
因縁の対決が決まった直後に当事者同士の対峙。
注目を浴びないわけがない。
委員長の話が何であるにしろ、こんな中では落ち着かない。
「なになにー。二人してなに話してるのー」
ちょこちょこと駆け寄ってきた成美。
委員長が「霧嶋さんも一緒で良いわよ」と言うので、三人で場所を移すことにした。




