もげた
大技を使ったための反動だろうか、魔族は動きを止めている。
ゲームのような技後硬直というのではないらしく、不用意に近付けば返り討ちにあいそうだ。
今はそれが有難い。
呪文詠唱を続けながら左手の投擲針に気を通して気の刃3を発動、柳の葉に似た形に固定する。
それを見て、魔族がぴくりと身動ぎした。
これ見よがしに針をナイフのように変えて見せたのだし、高度なAIを持つ魔族なら意識せざるを得ないはずだ。
呪文の詠唱は最後の一語を残してストップする。
残り一語を発声すれば『魔術付与:推進』が発動する状態だ。
言ってみれば疑似的な一言呪文。
私の詠唱技術では咄嗟のタイミングに早口で呪文を唱えるなんてできないけど、こうしておけば望んだタイミングで魔術を使える。
難点は他の言葉を口にした時点で呪文詠唱失敗として判定されてしまう事。
――上手くやってよ?
瞬時のアイコンタクトを沙織に送り、魔族に向かって神脚で突進した。
沙織が何をやろうとしてるのか、今はまだ判らない。
それが賭けだと言うなら、これから私がやろうとしている事も賭けだと言えるだろう。
「……っ!」
疑似一言呪文を中断してしまうから気合の声さえ口にできない。
鋭い呼気一つをそれに代えて片手突きを打つ。
これを打ち払われるのは予想していた事だった。
弾かれた刀を追って右にサイドステップしつつ、手首のスナップだけで針を投じる。
一応顔を狙ってはいるものの勢いも何も無く、ひょいと投げ上げただけだから、仮に当たったとしても大したダメージにはならないだろう。
でも魔族は顔を逸らしてこれを避ける。
事前に意味があるように印象付けておいたし、魔族側には人間如きの攻撃をこれ以上喰らってたまるかという心理もある。
……それくらいにAIを作り込んでいるだろうという希望的観測も込みだったけど、当たりだったようだ。
サイドステップの着地と同時、気功スキルを土モードに変更。
一時的にスピードががくりと落ちるのを無視して斬り上げに入る。
そして『魔術付与:推進』の最後の一語を発声、黒刀に推進力が付与した。
柄を持つ私の手を引っ張る様にして刀が加速する。
土モードのパワー重視の打ち込みながら、この一撃に限ってはさっきまでと変わらない剣速が両立している。針を避けて顔を逸らしていた魔族は今の流れを目にしていない。
これまでと同じ感覚で打ち払いにくるはずだ。
両手剣と黒刀が激突して激音が響く。
魔族のパワーと土モードのパワーが正面からぶつかり合って拮抗した。
黒刀は弾き返される事無く両手剣とがっちり噛み合って鍔迫り合いとなる。
こうして鍔迫り合いに持ち込むのが私の目論見だった。
「沙織! 今!」
言うのと沙織が飛び込んでくるのはほとんど同時だった。
声を聞いてからではなく、自分でもタイミングを計っていたのだろう。
私の右側から魔族に向かって大剣が突き込まれる。
途端、両手に感じていた抵抗ががくんと減って、鍔迫り合いを大きく押しこむ結果になった。
魔族が片手を剣から放して沙織の大剣の腹を殴りつけ、突きを逸らす防御行動をしたからだ。
……素手で掴みに行くんじゃなかったの?
なんてツッコミは入れない。ええ、入れませんとも。
掴みに行くのは賭けだそうだし、第一普通に剣で攻撃できるならした方が良いし。
防がれてしまったけど、これによって魔族はさらに体勢を崩している。
すかさず掴みにいった沙織の左手に魔族はもう対処できない。
どうにかしようという意思はあるのか僅かに身を捩る。
それが思いがけない結果を生んだ。
「「あ……」」「*……」
期せずして三人の声が重なった。
沙織が何処を掴むつもりだったのか、今となっては判らない。
魔族が身を捩ったから目測がずれたのか、沙織が掴んだのは魔族の胸の左の膨らみ。
思い切りの鷲掴みで指の間から柔かな肉がはみ出している。
何故か魔族は動きを止めている。
胸に触れられると止まる設定とか?
現実に即して考えるなら、全く予想外の事態に思考がフリーズしている、とでもなるのか。
それはともかく。
そんなに強くしたら痛いだけだってば!
内心の悲鳴が伝わったのか、沙織の手から僅かに力が抜けた。
と、思ったらまた掴み、緩め、力を込めてと繰り返される。
それはまるで……。
「……揉んでる?」
沙織の手がわなわなと震えている。
なんだろう。仮想世界だというのに物凄い怒気を沙織から感じた。
「も……も……」
「も?」
「もげりょー!」
それは目を覆いたくなるような光景だった。
沙織は鷲掴みした柔肉だけを支えにして魔族を頭上高くに持ち上げ、そこから逆落としに地面にたたき付けた。
投げ技なんてものじゃなく、重量操作の軽減と加重を組み合わせているにしても、力任せに引っこ抜き感情任せに振り下しただけ。何が彼女の感情をそこまで昂ぶらせたのかは想像できるけど、語尾を噛むほどだから相当だったみたいだ。
それはそれとして、逆様に投げ落とされた魔族は両手を地面について頭部を守ろうとしたらしい。でもそれは叶わず、両腕の手首と肘が奇妙な方向に折れ曲がり、結局は頭頂部から地面に突き刺さっている。
でもそれは問題じゃない。
一番悲惨なのは胸だ。
筋力増強で強化した握力で握られ、しかも投げの支点にされたのだ。
ダメージエフェクトも激しく点灯している。
あれは本当にもげた。いや、その前に握り潰されたかも……。
ここが仮想世界で良かった。
現実だったら魔族の胸は正視に堪えない惨状を呈しているはずだ。
「ふ……ふふふ……もいでやったわよ……」
ぞっとするような沙織の呟きをBGM代わりに、魔族の体が粒子となって拡散した。
最後の一幕はちょっとどうかと思う展開だったけど、私達は魔族に勝利した。
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試合が終了して、闘技場のエントランスホールに戻された。
待つほども無く成美と森上君が観客席に繋がる扉の前に現れた。
「やー、凄いねー。二人で魔族を倒しちゃうなんてー」
「姫木先輩えげつないっすねー」
普段の調子でやって来た二人を沙織がキッと睨みつける。
正確に言えば沙織の視線は成美に向いていた。
「成美、さっきの鯖折りの件でちょっと聞きたい事があるんだけど?」
声は厳しく口調も硬い。
うん、これは私も一言言っておかないと思っていた。
あまり口煩くするつもりはないけど、今日の成美はひど過ぎた。
鯖折りと称して魔族の胸に夢中でむしゃぶりつき、挙句の果てにダメージらしいダメージも与えないまま退場してしまったのだ。ある意味では同罪の森上君に関しては、曲がりなりにも私たちを救おうとした結果なので不問にしておく。
「ん? なに?」
私達の雰囲気を察したか成美は神妙な面持ちだ。
「成美は現実でも桜の胸に同じ事してるでしょ。どうなの? あのデータの体と現実の体は同じなの?」
「はあ? 何言って……」
「あ! それ自分も知りたいっす!」
沙織の発言は私の予想から大きく外れていて、遮ろうとしたところを逆に森上君に遮られてしまった。凄い勢いで喰いついて来てる。
鯖折りについて成美を叱るどころか、そこから得られた情報を収集するつもりだ。
「うん、完全に同じだねー。張りといいボリュームといい、気持ち良さもねー」
成美はあっけらかんと答えていた。
私はもうずっと前に仮想世界と現実世界で、胸の柔らかさを同じに感じられる事を知っていた。
これはつまり、私本来のそれの感触を知られてしまったということで。
沙織はともかく森上君に知られたのはかなり恥ずかしい。
向こうで「あれが天音先輩の……」とクネクネしているし。
仮想世界でなければ顔が真っ赤になっていただろう。
「ふうん……あれがねえ……桜、確かめてみたいから現実に戻ったら揉ませてよ」
左手をニギニギしていた沙織がさりげなく言ってくる。
軽く言ってくれるけど、魔族の哀れな末路を見てしまっているし、簡単に頷ける内容じゃない。
「もがないから大丈夫だってば。良いでしょ、減るもんじゃなし。逆に増えるんじゃない?」
「それ都市伝説だからね。揉んだって大きくなったりしないから」
これ以上大きくなられても困るし。
沙織は「別にそれはどうでもいいけど」と、どうあっても揉まなければ引かない構え。
成美は成美で「おっとー、沙織もとうとうこっち側にきたかー」なんて言っている。
それは一体どっち側かと。
「はあ。仕方ないかな」
「お? 良いの?」
「いいけど、あまり強くしないでよ?」
「了解了解」
これで私の体の一部に対する沙織の悪感情が軽減されるなら、それはそれで良しとしておこう。
そんなふうに沙織に了承の意を伝えたら、森上君が直立不動姿勢からびしっと挙手をして言ってきた。
「あああ天音先輩! じぶっ、自分も! 自分も確かめたいっす! 現実に戻ったら是非ともベアハッグを! もちろん痛くなんかしないっす! 優しくするっすから!」
「よーしよし、良い度胸だねー森上君。はい、そこに直ってー。成敗してあげるからー」
すかさず成美が割って入る。
森上君のエロを成美が防波堤になって防ぐパターン、最近多くなっているような気がする。多くなっている、と感じるくらいに森上君が一緒にいる時間が増えているのだろう。振り返ってみれば森上君ほどに付き合いのある下級生は他にいない。
成美との掛け合いもお馴染みになりつつあった。
「え? 霧嶋先輩、さっきはあの素晴らしさに意気投合したっすよね!?」
「偽物なら構わないけど、本物に手を出そうとするなら成敗だよー」
「えー……駄目なんすか……」
普通に駄目に決まっている。
何が駄目って、そんな欲望丸出しの発言を堂々としてしまう森上君の精神構造が駄目だ。
早く何とかしないと将来逮捕されちゃうんじゃないと心配になってくる。
あれ? 何か忘れているような……。
そう言えば少々成美にお説教をしようかと思っていたんだっけ。
でも当の成美は今も森上君とやり合っている最中。
とても真面目な話を持ち出せる雰囲気じゃない。
一応試合には勝ったのだし、今回は大目に見ておくとしよう。
そうとなれば一つ沙織に確認したい事があった。
「沙織、最初は重量操作が魔族に効いてなかったでしょ? どうして素手で触った最後はあんなに効いてたの?」
「うん? ああ、あれは……」
「あ、ネタバレになるなら言わなくても良いけど」
「ネタバレってほどじゃないから構わないわよ」
そうして沙織は重量操作を使うにあたっての制限のようなのを教えてくれた。
まず第一に接触している対象にしか作用しない事(一次接触)。
第二に重量制限が作用している物が接触している他の物にも作用は広げられる事(二次接触)。
第三に二次以降の接触での作用は効果が弱まる事。
普段は大剣や盾が一次接触物、相手の武器が二次接触物、そして相手本体が三次接触となる。腕防具等を装着していればそれが三次、本体が四次に繰り下がる。
「まあね、普通ならそれでも十分に相手の重さを操作できるんだけど。あいつは抵抗力が高かったから。素手で触って百パーセント打ち込めればどうにかなるかな、と」
成功する確信はなかったそうで、なるほど真実賭けだったわけだと納得させられた。




