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演武と伝授

 その後、戻って来た先生はスキル全オフ状態で改めて芳蘭と立ち合った。結果は芳蘭の勝ち。


 龍鳳師範の肩書きは伊達ではないということか、体格で二回りは違う先生を身軽に翻弄し、最後は発勁で勝負を決めた。ちなみにここで使われた発勁はとある系統の気功スキルに存在する技とは別で、格闘術の技法として存在しているほうの発勁だ。

 軽く掌打を当てただけのように見えたのに、先生の大きな体が数メートルも弾き飛ばされたのには本当に驚いた。スキル全オフの状態でできるのだから、あれは現実世界で気功スキル無しでもできることなわけで、師匠が芳蘭をして「格闘術なら自分以上」だと評していたのも頷ける光景だった。


 スキル有り、スキル無しの両方で完敗を喫した先生は「ありがとうございました」と丁寧な座礼を芳蘭に送った。先生の目的はこれで果たされたから「俺はこの辺で失礼します」とログアウトしようとした。


「まあまあ。せっかくですからもう少し付き合っていきませんか? 芳蘭の稽古を付けてもらえるなんて機会はそうそうないですよ」

「それはそうですが、良いんでしょうか? 手合わせはともかく部外者の俺が稽古を付けてもらうってのは」

「んー? いいんじゃない?」


 軽ーく答える師匠。「ね?」と同意を求められた芳蘭もまた何でもない事のように頷いていた。


「シシル様の関係者ならば全く問題ありません。むしろ何も無しで帰しては総帥に叱られてしまいます」

「関係者、なのか? 俺は」


 首を捻る先生。先生と師匠の関係は、間に私を挟んでいる。言ってみれば「友達の友達」とかその程度の薄い関係なわけで、世界的な格闘術流派が部外者に教えを授ける理由としては弱いと感じるのだろう。

 それも当然だ。

 私だって師匠の伝手で芳蘭を紹介された時には「本当にいいのか?」と思ったのだし。


「そもそも私が教えるのは基本中の基本。お二人の力量からすれば、それだけで飛躍的に強くなれるというほどの内容ではありません。取り入れられる要素があれば取り入れて下さいというその程度だと考えてください」

「……そういうことなら遠慮することもないか」


 先生が納得したところでいよいよ稽古開始となる。

 まずは基本となる型を教えるから憶えて欲しいと言うので、先生が録画はできないだろうかと申し出た。型を構成する動作の数にもよるけど、完全に憶えるには相応の時間がかかる。その時間を芳蘭に付きっきりでいてもらうなどできることではない。


 ちなみにVR・非VRを問わず多くのコンテンツに実装されている静止画・動画の撮影機能はCODリアルモードには存在しない。これはアバターが現実そのままの容姿なのが理由だ。個人情報の保護や、本人の望まない画像や映像の流出を防ぐ目的がある。

 例外が運営サイドの行う記録だ。学園祭のCOD大会も学園側が観戦モードの映像を記録として残していて、宇美月サーバー内限定での閲覧を許可している。私にとっては恥の記録でもあるので削除して欲しいけど、学園行事の公式記録でもあるから無理だろうと諦めている。外部への流出は有り得ないというのがせめてもの救いだった。


 で、このFSサーバーでの運営にあたるのは、主催者として管理者権限を持つ師匠だった。

 そんな機能は使ったことがないと言う師匠を先生がサポートしてカメラアイコンの設定その他を進める。せっかくなので多方向から記録しようと三つのカメラを設置、その中心に扇を手放して素手になった芳蘭が立つ。


 そして始まる『龍鳳の型』の演武。

 時に激しく力強く、時に穏やかに緩やかに、攻撃や防御の動作が流れるように連続する。

 間違いなく武であるのに、まるで舞のようでもあるそれに見惚れた。


「以上です」


 芳蘭が一礼して演武は終了。

 知らずに詰めていた息を「ほう」と吐く。


 保存された動画ファイルはFSサーバーのアクセスキーを持っているアカウントでしか再生できないようにプロテクトを掛けた上でコピーして貰った。


「じゃあ型についてはその動画を見て各自練習ってことね」


 師匠が言うと、何故か芳蘭が「え?」といった顔になった。


「どうしたの?」

「いえ、それですと……もうやることがありません」


 芳蘭の返答に今度は師匠が「え?」となる。


「今お見せした型が龍鳳ですから」

「んー……意味が判らないんだけど?」

「……そもそもの龍鳳はあの型で全てで、他は全部後付けです。龍鳳がそういう流派だというのはシシル様も御存知のはずですが?」

「む……確かにそういう流派だとは知っていたけど……でも本当にあれだけ?」

「はい」


 師匠と芳蘭の会話は私にとっては意味の判らない内容だった。

 一方先生は「マジか?」などと呟いている。


 師匠はがっくりと肩を落としていた。申し訳なさそうに芳蘭に頭を下げる。


「なんだか時間を取ってもらったのが申し訳ないわ。これなら動画だけ用意して貰えば良かったし」

「そんな、シシル様に頭を下げられたら困ります」


 わたわたと慌てる芳蘭。芳蘭にとっての師匠は頭を下げさせるのも怖れ多い相手らしい。

 それから一言二言言葉を交わした師匠と芳蘭は二人して「はあ」と溜め息を吐いた。


「そんなわけですので、今回はここまでとします。後の事はシシル様にお願いしましたので」

「は、はい。ありがとうございました?」


 なんとも唐突な終了宣言だった。

 状況が飲み込めないせいでお礼の言葉が疑問形になってしまった。

 事情を了解しているらしい先生は苦笑しながらも丁寧にお礼を言っている。この時はまた敬語に戻っていた。

 修行場の脇にある平屋の建物に入った所で芳蘭の姿が消えた。建物の入口がログアウトのポイントになっているみたいだ。


「ふむ、では俺も改めて失礼しますということで」

「あ、先生、ちょっと待って下さい」

「む? まだ何かあるのか?」


 あっさりと終わってしまった芳蘭の稽古についても疑問があるけど、今は先生に聞いておきたいことがあった。それはスキル有りの試合で先生が使っていた二つの技、『透徹』と『鋼蓋』についてだ。気功スキルに属する技なのは間違いないだろうけれど、これまでに見たことがない。

 委員長との再戦を考えれば、是非とも入手したいと思える。


 私と先生では気功スキルの系統が別だけど、既に修得している先生が伝授してくれれば私にも透徹や鋼蓋が使えるようになる、はずだ。


「教え子の頼みとあれば、と言いたいところだが……」


 伝授のお願いは先生を困らせてしまった。

 透徹にしろ鋼蓋にしろ、スキルや技は財産と言える。苦労して入手したそれらをおいそれと伝授したくは無いだろう。


「対等にトレードなら良いが……ところでこういう話していて構いませんかね?」


 師匠にお伺いを立てる先生。

 師匠は少し考える素振りを見せてから頷いた。


「それを私にも教えてくれるなら、この場所を続けて提供しましょう。それで良いならどうぞ」

「師匠もですか?」

「ええ。なんだか面白そうだし」


 師匠に必要なのかどうかは判らないけど、とにかく許可は出た。師匠は私の事情を優先してくれたのだと思う。でも無条件で許可するのも格好がつかないのでああいう条件を出したに違いない。

 本当にただ面白そうだからという可能性も否定はできないけれど。


 こうして先生から『透徹』と『鋼蓋』を伝授された。

 先生へは『止水』『気功スキル・モード変更』『気の刃3』を伝授した。


 2:3になっているのは先生からの伝授が私と師匠の二人に対してだったからだ。また先生の修得している技には気の刃1と2に相当する物が既にあるということで3になった。


 *********************************


 透徹は遠当ての一種だった。効果は拳などの攻撃部位を基点にして、攻撃の延長線上に攻撃判定を発生させるというもの。これは鎧などの防具を無視して内部の肉体に直接打撃を加えることが可能になる技だ。それだけだと浸透勁と同じに聞こえる。透徹が浸透勁と異なるのは直接接触していなくても効果がある点だ。私のお腹に拳を当てて、背後の芳蘭にダメージを与えたのが実例だ。

 この違いは大きい。例えば障壁の魔術の向こう側への攻撃が透徹なら可能になる。

 大いに夢の広がる効果だけど欠点もある。それは射程が極端に短いという事。

 熟練度が上がっている先生ですら最大で約五十センチ程度というから、効果的に使える場面は限られそうだ。


 鋼蓋は体の表面を硬くして防御力を上げる技で、これは芳蘭も『硬気功』という名前で似た技を使っていた。防具も無しに私の突きを防いでいたし、先生も金属製の扇に殴られてほとんどダメージが無かった。


 どちらも現状では技が発動できるだけの状態だ。透徹は射程数ミリ、鋼蓋も皮膚の表面が少し硬くなるくらい(手にマメができた時の硬さ程度)だ。どちらも熟練度を上げていかないと実戦では使えない。


 加速や筋力増強のために魔術レベルも上げないといけないし、剣術や格闘術の稽古もある。やることは山積みだった。

 でも強くなるための道筋は見えてきた。

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