新たな指導者
章を跨ぎましたが前話からそのまま続いています。
接続室の前には後城先生が待っていた。
「おう、来たな」
「先生、こんな所に呼び出しって、どういう事なんですか?」
「来賓からの呼び出しでな。遠隔地から宇美月サーバーにアクセスしているんで仮想世界内への呼び出しを依頼されたのさ」
職員室等ではなく接続室に呼び出された理由はこれで判った。だけど誰がどんな用で呼び出したかという疑問は残る。
「ログインしたら学食棟一階、リアルの方でメイド喫茶がある場所へ行け。そこで相手が待っている」
「でもあそこは……」
委員長と顔を見合わせる。森上君達との戦闘で委員長が派手に破壊してしまったはずだ。
「大会が終わったらデータはリセットされる。お前らが壊した物も全部元に戻ってるから安心しろ」
「あ、そうでしたね」
こういう勘違いをしてしまうのも仮想宇美月学園があまりにもリアルで、またさっきまでの大会の激しい戦闘が強く印象に残っているからだ。
そんな訳で委員長と二人で接続室に入る。
ずらりと並んだリクライニングシートには、今もログイン中の人達の姿が見受けられる。当然ながらこちらの接続室は女性のみ。一足先に到着していたらしい黒間先輩もいた。
ヘッドギアを装着してリクライニングシートに体を横たえる。シートに付属のコネクタにヘッドギアのケーブルを接続して仮想世界にログインした。
「って、危な。メイド服のままインするところだったわ」
エントリースペースで確認したアバターは大会参加用のメイド服のままだった。誰と会うことになるのか判らないけど、さすがにメイド服はまずいだろうと着衣データは学園の制服にしておく。同じ理由で武器防具はどうだろうと思い防具は全部外した。武器はそのまま装備している。何故かと言われれば「剣術家だから」としか答えようがない。
制服姿に黒刀を携えて仮想宇美月学園の正門前に出現する。
意外なことに仮想宇美月学園を歩き回っている人が結構な数いるようだ。通常モード仕様のアバターが多いのは来賓の方々が仮想の学園を見学しているからだ。
教育の現場にVR技術の導入が始まってからまだ日が浅い。敷地全体を仮想空間に構築したような例は他になく、宇美月学園は間違いなくその分野の最先端をいっている。参考にしようと見学する人が多いのはそのためだ。
制服姿の委員長が待っていてくれた。ほっとしたような顔をしている。
「良かった。ちゃんと着替えてきてくれたわね」
「まさか私がメイド服のままくるとか思ってた?」
「それも有り得るかなとは思ってた」
「委員長の私に対する認識がどうなってるのか一度確かめたくなってきたわ……」
話しながら手近なPORTALを使って学食棟前にテレポートする。後城先生が言ったとおり、大会での破壊の痕跡は無くなっていた。
テーブルのいくつかは埋まっていて食べ物や飲み物を取っている人達がいる。仮想空間内での飲食に不慣れな人が多いらしく、きちんと味が感じられることに驚きの声が上がっている。
「桜ちゃん、こっちこっち!」
聞こえた声の方向に目をやると、奥まった席の一つに師匠がいた。同じテーブルには他に二人女性がいる。どちらも知らない顔だった。
委員長も自分の相手を見つけたようだ。
「あ、お父さん!」
そう言って委員長が小走りに行った先には渋い感じの中年男性と、私たちと同じ位の年齢に見える女の子がいた。
ついでに見回すと少し離れた別のテーブルには黒間先輩がいた。相手の人はこちらに背を向けているので顔は判らないけど、雰囲気で若い女性だと判る。
というか、委員長のお父さんといる少女も、黒間先輩と話している女性も、どちらも師匠と観客席にいた美女軍団の一人だ。あの時は遠目に見ただけだけど髪の色とかで識別できる。そうなると委員長や黒間先輩を呼び出したのもみんな師匠の関係者ということになる。
ちなみに委員長のお父さんも含めて全員アバターはリアルモード仕様だった。師匠の関係者は例のサーバーで会うためにアバターを持っていたのだろうけど、委員長のお父さんはちょっと意外だった。見た感じではCODをやってそうな印象は受けない。
「師匠、見に来るなんて聞いてませんでしたよ」
「そりゃまあ、言ってなかったから。それより紹介するわ。まずこっちがミア・フィスティス」
「え、ミアさんですか? この刀の」
「そうそう。気に入ってくれたみたいで良かったよ」
ミア・フィスティスは二十代半ばくらいに見える。私の感覚からすると少々だらしない感じに伸ばした髪は基本焦げ茶色で所々に黒い房が混じっている。特徴的なのは閉じられたように細い目だった。
いや、本当に閉じているのか?
閃いたのはミアが現実世界で盲目である可能性だった。
仮想世界では視覚や聴覚も直接脳に入力される。たとえ現実世界で目や耳に障害を抱えていても、仮想世界でなら普通に見たり聞いたりできる。でも身体走査データを元にしてアバターを作るリアルモードでは、障害の外見的な部分はそのまま再現されてしまう。
例えば現実世界で視覚障害が原因で常に目を閉じている場合、仮想世界でも同様に目を閉じた状態のアバターになる。
「やあ、なにを考えているのかは大体分かるけど、変に気を使わなくても大丈夫だよ。ボクの目は閉じているように見えるけど現実世界でも普通に見えてるから」
「そうでしたか。こちらこそ気を使って貰ったみたいですね」
「現実世界でも良く勘違いされるから慣れてるし」
ミアが「にゃはは」と笑う。なんと言うか軽ーい感じの人だった。COD関連の仕事をしているというから社会人なのだろうけど一人称が「ボク」だし。
「ミアは鍛冶職人が本職よ」
師匠が教えてくれた。
「鍛冶職人って呼び方は今だとどうなんだろ? まあ普段はアクセサリーとか金属の加工がメインかな。それが縁でゲームに登場するアイテムのデザインなんかも請け負うようになったけど」
「CODの仕事ってそういうことですか」
「そ。でも専門って訳じゃないけど武器防具系もやってる。その黒刀も私が作ったんだよ」
「そうでした。本当に良い物を貰っちゃって……」
「おっとっと、ストップストップ。それはお礼として贈ったんだから気にしない気にしない」
気にしないと言われてそう簡単に気にせずにいられる代物ではないんだけど。なにしろ+2が付く高品質だ。普通にショップで買ったら幾らくらいするのか。少なくとも女子高生のお小遣いで手が出せるレベルじゃないのは確実だ。
まあそれはそれとして、ミアが社会人らしからぬ見かけと言動なのも納得できた。COD関連は嘱託として自営のアクセサリー作りが本職なら構わないのだろう。
「それでこっちが芳蘭」
「芳蘭です。よろしく」
芳蘭はまだ二十歳前くらいに見える。黒髪黒眼だけど明らかに大陸系の美人だ。それを裏付けるように彼女の挨拶は中国語(っぽく聞こえる言葉)で、それに重なるように日本語が聞こえてきた。視界の隅のシステムメッセージの所に《翻訳中》と表示されている。
翻訳中という表示は初めて見た。CODは国内からの接続限定で、外国人に会う事はあっても日本在住で日本語が不自由なく話せる人ばかりだった。
「私は普段中国サーバーで活動しています。日本以外の国では色々な言語を話す人が混在しますから翻訳用のアプリが組み込まれているんですよ」
芳蘭の説明によると翻訳アプリは対話する一方が所持していれば機能するそうだ。
「あれ? でもそうすると芳蘭さんは中国からですか?」
「そうです。でも違法なことは何もしてませんよ? ここのサーバーも独立してますから日本サーバーと違って日本国内限定という制限はありません」
そもそもアクセスキーが無ければログインできない宇美月サーバーだ。夏休み中の登校日のことも考えればアクセスキーさえあれば海外からでも接続できるようにしておくのが当然だと思えた。
「それでね芳蘭は中国でも有名な格闘技流派の師範をやっているのよ。前に言ったと思うけど桜ちゃんに無刀取りを教えるにしても、私自身格闘術は得意じゃないから。芳蘭の師匠に話してみたら彼女を派遣してくれることになってね」
「え……」
「そう言う事ですので、改めてよろしくお願いします」
芳蘭が丁寧に頭を下げてきて、反射的に「オネガイシマス」と頭を下げ返した。
でもこれはやばいんじゃないだろうか。
偏見かもしれないけど中国は格闘術の本場だ。師匠が上げた芳蘭の所属する格闘術流派『龍鳳』は日本でも名が知れ渡っている有名所。そんな所の師範を一女子高生のコーチ役として呼んでしまって良いはずが無い。
そして師匠は「得意じゃない」と言っているけど、一般的な基準で言うなら間違いなく達人クラスだ。そんな師匠が自分の代わりに呼んだとなれば間違いなく達人以上のクラスになるわけで。
「し、師匠……私を殺す気ですか!」
「はあ? 何言ってるの。芳蘭は中国なんだから鍛錬も仮想世界でやるに決まってるでしょ。殺せるわけないじゃない」
「致命傷でも死に戻りするだけというシステムは手加減せずに組手ができて便利ですね」
こ、これは……死なないのを良い事に現実世界なら不可能なスパルタ特訓が待っている予感がする。
芳蘭も大人しそうな割りに怖い事をサラっと言うし。
「今日の所は実際指導にあたる前にある程度桜さんの現状というのを把握しておこうかと思いまして」
「はあ。でも今日は無刀取りは使ってませんけど」
「うちの流派は武器もありですから問題ないです。どれくらい動けるのかは判りましたし。加えてある程度の人となりも理解したつもりです」
「そ、そうですか……」
これまたやばい。大会中の自分を振り返ってみれば、それをもとにして人となりを判断される事のまずさに冷汗が流れてくる(様な気がする。仮想世界だから汗は出ないけど)。
ここは不本意な評価が定着する前に訂正をしておかないと。
「えーと芳蘭さん、ちなみに芳蘭さんから見て私はどんな評価ですか?」
「あ、敬称は不要ですよ。日本語の敬称は翻訳アプリでミスが出易いですから」
「それなら私もミアって呼び捨てで良いよ。さんとか様とか付けられると距離を取られてるみたいで嫌な感じだし」
芳蘭に便乗してミアも言ってくる。さんはともかく様付けなんて最初からするつもりは無かったけど。二人とも親近感の持てる性格みたいだし、ここは有難く呼び捨てにさせてもらう事にする。
「では私も桜と呼び捨てでお願いします。あと芳蘭は敬語も不要です」
「? 普通に喋っているつもりですけど……翻訳アプリが敬語にしてしまってるのかも。まあ気にしないでおいて下さい」
PCで使う翻訳ソフトも基本に忠実な丁寧過ぎる日本語に翻訳しようとする傾向があるし、それと同様なことが芳蘭の使っている翻訳アプリにも言えるらしい。今後教えを受ける相手から敬語で話されるのは心苦しいけど仕方の無いこととして割り切るしかなかった。




