グッジョブ東原君!
翌日の放課前ホームルーム終了時、後城先生が言った。
「女子はちょっと帰らずに待っていてくれ。昨日東原から提案のあった制服の件だ。俺の方ではギリギリセーフってことで許可を出したんだが、俺だとどうしても男目線になる。実際に着る側の意見としてアリかナシか判定してもらいたい」
先生に促された成美が大きな紙袋を持って席を立った。モデル役を引き受けているし、着替えに行くのだろう。
ところで先生は女子だけ待っているように言ったけど、男子も誰一人席を立とうとしない。そんなに成美のメイド服姿を見たいのか。気持ちは良ーく判るけど、もしも成美をいやらしい目で見たりしたら、後でこっそりと成敗しなくては。
更衣室は遠いしトイレででも着替えてくるのだろうかと思ったら、成美はとことこと教室の窓側に進み、まとめてあったカーテンを解いてその陰に入ってしまった。
「……待て、霧嶋。まさかそこで着替えるつもりか?」
「そうですよー。見えてませんよねー」
「見えてはいないが何を考えている! ちゃんと更衣室に行け!」
「もう遅いですよー。半脱ぎしちゃいましたからもう出れませんー」
「な……!」
後城先生が絶句する。さすがに脱ぎ始めていると言われてしまえば実力行使で引きずり出すわけにもいかない。真偽を確かめるために覗き込むのもアウトだから、先生としてはもう手の出しようが無い状況だ。
その間にもカーテンはごそごそと動いていて、カーテンの下から僅かに見えている足元にスカートが落ちた。
「き、霧嶋の生着替えだっ!」
「これはたまらんっ!」
男子達が騒然とする。もちろん東原君達も躍り出しそうな喜びようだ。
でもこれはいけない。何かの拍子にカーテンが捲れたりしたら成美の肌を男子達の飢えた獣のような目に晒すことになってしまう。
「男子! 今すぐ教室から出なさい!」
バシンと机を叩き鋭く言うと、一瞬教室がしんと静まり返った。
一瞬だけ。
「出て行けだと!? あの布一枚向こうで霧嶋が着替えているんだ! 万が一があるかもしれないじゃないか!」
「女子の生着替えに立ち会えるなんて二度と無いかもしれないんだぞ!」
「やだなー。チラリなんてあるわけないでしょー」
男子達の抗議に女子たちから「いやーねー、いやらしい」などと声が上がる。
ここまで煩悩塗れの本音で抵抗してくるとはいささか予想外でもある。少しは外面を取り繕おうとか思わないのだろうか。そして成美は、男子達のケダモノのごとき咆哮にまるで動じた様子が無い。こんな所で大物ぶりを発揮されても、見ているこっちがひやひやしてしまう。
「天音のいうとおりだ。男子全員表に出ろ」
さすがに後城先生は冷静だ。
自分から率先して出口まで行って「早くしろ馬鹿どもが」といったふうに男子達を睨め回している。
大きくて格闘技の達人でもある後城先生が凄むとその迫力は相当だ。すごすごと男子達が退出するなかで、東原君達だけはまだ抵抗を続けている。どこまで欲望に忠実なんだろうか。
「ずるいぞ天音! 自分だけ楽しもうって言うのか!」
「楽しむって何!?」
なおもぎゃあぎゃあと騒ぐ彼らに辟易した先生が「もういい、天音もこっち来い。こいつらを黙らせろ」と言ってきた。
先生に言われたら否も応も無い。不本意ながら私も廊下に出る事になってしまった。
廊下に出された男子達と、後城先生と私。
普通にホームルームが終わった他のクラスの生徒が通りかかるけど、男子に交じって女子一人の私ってどういうふうに見られているんだろうか。
男子の中には明らかにほっと安心している様子の人もいる。教室でいきなり女子の着替えが始まってしまったら居た堪れないだろうし、廊下に出られて良かったと思っているようだ。
それが普通の反応だろう。さっき教室で騒いだり抗議したりしてたのも東原君達一部だけだし。
……その大部分がSコース選択組なのは何故なのだろう。
「ふっふっふっ……ようこそ天音。男だらけの世界へ」
「やっぱりお前はこっち側なんだな」
「一人で楽しもうなんて抜け駆けは許さないぞ」
「あんたらねぇ……」
不毛な言い合いをしていると、教室の中から歓声が聞こえた。「可愛い!」とか聞こえてくるから、もう成美の着替えも終わったみたいだ。
早く見たい。
成美のメイド服姿を早く見たい。
「おいおい天音。飢えた獣のような目になっているぞ」
「うるさい。ねえ、もう入っても大丈夫なの?」
後半は教室の中への問いかけだ。念のため、こちらから開けるようなことはしない。もしかしたら着替え中の成美を見て可愛いと言っただけもかもしれないし。
「もう入ってきていいわよ」
内側から扉を開けてくれたのは委員長だった。
男子に交じって教室に入ると、女子が一塊りになっていた。成美を囲んできゃあきゃあと騒いでいる。
「ほらほらみんな、囲んじゃってたら天音さんに見えないでしょう? ちょっと前を開けてあげて」
委員長がぱんぱんと手を打ちながら言うと、女子の人垣が左右に割れて行った。なんだか映画で見た海が割れるシーンを思い出してしまった。
そしてそこに立っているメイド服姿の成美。
ちょっとスカートが短すぎないだろうかと思った。
すらりとした生足と、ちょっと動いたらぱんつが見えてしまいそうなドキドキ感が堪らない。
そして小柄な割にボリュームのある成美の胸を殊更に強調するようなデザイン。
男子達から感嘆の息が漏れる。
成美が「どう? 似合ってる?」と首を傾げてくる。
周りの女子生徒達の視線が私に集中してくるのが判る。
そんなに注目しないで欲しい。目立つのが苦手な身としてはクラス全員の目を集めている状況が辛い。
「可愛い…うん、可愛いよ成美。凄く似合ってる」
ようやくそれだけを言えた。
とたんに成美がぱあっと輝くような笑顔になって、それがまた可愛くて堪らない。
ついでに他の女子たちからも「きゃあ」と歓声が上がる。
「天音さんの御墨付きよ! これで決まりね!」
「ヤバイ、すごいかっこいい!」
「いいなー霧嶋さん。私もあんな風に言われたい!」
女子の騒ぎ方がなにやら妙な方向に向かってるけど、それよりも今は彼に伝えなければいけない事がある。
「東原君! 東原君はどこ!?」
「おう! 俺ならここだぞ!」
男子の人混みから東原君が現れた。ちょっとドヤ顔になっているけど、今なら許せる。
「東原君、とても良いわ! グッジョブ!」
「はっはっはっ! 天音なら判ってくれると思っていたぞ!」
東原君と固い握手を交わした。
「女子もこれで構わないんだな……って、聞くまでも無いか」
私たちの騒ぎを後城先生が苦笑しながら見守っていた。
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放課後のいつもの場所。
廊下に出たり教室で騒いでいたりで、2-Bで何かやっているのはD組の沙織にも伝わっていた。
その辺りの経緯を成美が説明していた。
「で、桜はなんでこんな事になってるって?」
「うふふ。桜は私の魅力にメロメロなのだ」
「メロメロって……いつの時代の人よ」
いつの時代でも良いです。
いまだに衝撃が抜けきらない私はぼんやりと二人の会話を聞いていた。
「どうせ桜のことだから、成美なら何着てても可愛いとか言っちゃうじゃないの?」
「うん、そうだね。成美なら何を着ていても可愛いに違いないわ。ううん、なにも着ていなくても……!」
機械的に答えていたら軽く頭を叩かれた。
「な、なにするのよ!?」
「あんたこそ何を口走ってるのよ。ほら、成美もくねくねししない!」
「え? えへへへ……」
全く沙織はときどき口うるさくなるから困りものだ。
さっきの成美の姿を見ていないからこんなだけど、実際に見たら私と同じようにメロメロになるに決まっているのに。
なんて考えていたら「桜、私はあなとは違うのよ」なんて言って睨まれた。
たまに沙織には人の心を読む力でもあるんじゃないかと思える時がある。
「もともとそういうお店で使ってるような服なら可愛いのは確かなんだろうけど……まあ、私には無理でしょうね、いろいろと」
「私らじゃそもそもサイズが無いでしょうけどね。成美が羨ましいわ」
「桜、私が羨ましいの?」
「まあ、ね。沙織もそうでしょう?」
「否定はしないわね」
私や沙織の返事を聞いて成美が何か考え込む素振りを見せていた。
この時、その点についてもう少し話を進めておけば、後の惨事を未然に防げたのかもしれない。
しかし神ならぬ身としては成美が何を考えているのかなど知りようも無いし、何気ない会話が後に及ぼす影響など計り知れない。
だから特に気にせず会話を続けてしまった。
「私としてはCOD大会の内容を早く公表して欲しいわね。正副両方出場って事はタッグマッチになるんだろうけど」
沙織もD組で副代表になっているから大会の要綱は気になるところだろう。
なにしろあの怪しい学園長が絡んでいるし、宇美月サーバーが本家のシステムで動いている今では、CODのシステムのみの頃に比べていろいろと出来る事が増えている。
正副両代表参加ということなら、沙織が言ったようにタッグマッチになるのが順当だけど、未だになにも発表が無いとなると、何か企んでいるんじゃないかと思えてしまうのだ。
「内容がどうであろうと近接特化の剣士タイプとしてやる事は変わらないわ」
「近付いて斬る、か。違いないわ」
沙織と目を合わせて頷き合った。




