絶望に至る道
私は絶望していた。
orz状態である。
これは比喩ではなく、正しく、肉体的に、orzの姿勢になっている。
「……どうして、こうなった?」
床に向けて零れた言葉は心の底からのものだった。
自分が置かれている不本意な状況から逃げ出してしまいたい。
でも逃げられない。
物理的になら逃げられる。私の脚力全開で逃げにかかれば誰も追いつけないだろう。
ただし走って逃げれば問題が解決すると言うわけでもない。
「どうして、ですって? 今更あなたがそんな事を言うの?」
背後から聞こえる委員長の声には、私に対する非難が多分に含まれていた。
わかっている。
不本意と感じているこの状況に至ったのは、私自身に原因があるのだと。
「委員長には申し訳ないと思っているのよ。巻き添えみたいなものだものね」
「積極的に反対しなかったのも事実だし、天音さんだけを責めるつもりはないけど……ところで、ぱんつ見えてるけど?」
「ちょっ! なんで後ろにいるのかと思ったら!」
慌てて立ち上がって振り返れば、そこにはメイド(っぽい)服を着た委員長がいる。
(っぽい)と付けたのは、それがメイド服ではないからだ。
知り合いに本職のメイドさんはいないから、本物のメイド服を子細に観察した経験もない。だからメイド服とはこういうものだと高説を垂れたりはしないけれど、でも断言できる。委員長が着ているのはメイド服ではないと。
言うまでも無く本来のメイド服は仕事着だ。作業着と言ってしまっても差し支えないだろう。
だから機能美こそあれ煽情的である必要性は全く無い。
しかるに委員長が着ているメイド(っぽい)服は殊更に女性的な魅力をアピールしようと意図されている。
まずスカートが短い。
腰から腹にかけてが締め付けるようにぴったりとしているのに対して、胸の部分だけは緩い作りになっているせいで、胸の膨らみが強調されてしまっている。
……そして委員長も意外と胸がある。
夏休みには水着姿も見ているし、一緒にお風呂にも入った。それらの時にはあまり大きいと言う印象は持たなかったのに、このメイド(っぽい)服姿を見て再認識させられた。
かようにこの服はその部分を強調してしまうデザインだ。
敢えて言うなら(コスプレ用の)メイド服だろう。
委員長には結構似合っているけど。
「あまりじろじろ見ないでよ」
と、胸元を隠そうとする仕草や、短いスカートを気にしてあちこち引っ張ったりしているのが可愛らしい。普段の委員長は真面目な性格と真面目な生活態度から、ともすれば地味にも見えてしまうけど、今の委員長は同性の私から見てもある種の情動が刺激されそうだ。
これだけなら委員長に新たな魅力を発見して終わり、「メイド服も案外良い物だ」となる。
問題なのは、同じメイド服を私も着ているという、その一点だった。
orz姿勢になれば簡単にぱんつが見えてしまう短いスカート。委員長の胸の存在感を再認識させてしまうデザイン。しかもサラシの着用は禁止されてしまっている。
「それにしても……凄いわね」
しみじみと委員長が言う。
何が、とは問うまい。委員長の視線の向く先を考えれば自ずと答えは出る。
「前に見た時にも大きいとは思っていたけど、こうして見るとほんとに大きい……」
「えっと、その、あまり見ないで欲しいんだけど」
「お互いさまでしょう。さっきは私のを見て『意外と大きいな』みたいな事を考えていたでしょう?」
まさかの読心術? それとも表情に出ていたのか?
「まあね、それは構わないんだけど……それにしても、ね」
委員長は自分と私の姿を見て、深い溜め息を吐いた。
溜め息なら私も吐きたい。もう何度も吐いているけど、何度だって吐きたい。
「……これ、何の罰ゲーム?」
「うう……ごめんなさい」
「だから、天音さんを責めてる訳じゃないんだけど」
委員長のフォローが痛い。
二人してこんなコスプレメイドになっている原因の内訳は、私が九で委員長が一だろう。
委員長には本当に申し訳ないと思う。
「天音さんがそんな調子だと困るのよね……そうそう、そう言えば黒かったわよ」
「は? 黒?」
雰囲気を変えるための話題転換らしかったけど、唐突過ぎてなんだか分からない。
少々間の抜けた返事になってしまった。
「だから、天音さんのぱんつ。大人な感じの黒だった。私のは普通に白だったんだけど、これ誰が決めたんだろう」
申し訳ない気持ちは一撃で吹き飛んだ。
狙ってのぱんつ発言なら、委員長に感謝しないといけない。
「それにね、こんな格好をしなくちゃいけないとしても、天音さんがいてくれればそれほど苦でもないのよ」
「それはどういう?」
「だって、ほら」
委員長が私の正面に立った。半歩前に出ればぶつかってしまうほどの近い距離。
胸と胸を突き合わせるような位置関係にどきりとさせられる。
「こうして比べてみれば、みんなの……というか、男子の注目がどっちに集まるかは一目瞭然でしょ?」
そう言って委員長は自虐的に笑った。
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時を遡って九月の半ば頃。
この時期、私は少々浮かれていたかもしれない。
海魔迎撃戦以降、残りの夏休みもそれまで通り師匠と無刀取りメインの鍛錬を続けていた。
もちろん鍛錬以外の時間ではCODをプレイしたりもしていて、そんな毎日を送った結果、夏休みが終わるころにはレベルアップしていた。
スキル構成は「剣術Lv10 気功Lv10 格闘術Lv4 魔術Lv1」となり、総合レベルも九に上がっている。
剣術や格闘術についてはレベルアップによる恩恵は無い。結局のところ現実世界で憶えた技を使っているだけで、レベルが幾つだろうと関係ないからだ。剣術レベル一でも滅茶苦茶強かった師匠が良い例だろうか。
逆に気功スキルのレベルアップは良い事尽くしだ。
まず練気ゲージの上限がアップするから、気功スキル系の技を使いやすくなるし、単純に身体能力のステータスアップ数値も上昇して戦闘能力の全体的な底上げになる。
そして新技も追加していた。
繰り返し使って熟練度を上げていた『気の刃』が『気の刃3』まで使えるようになった。
気の刃3は1や2とは少々毛色の異なる技だ。
気の刃シリーズは「本来体内でのみ働く気を、体の外に放出する技」という括りになっている。
1と2は放出した気を武器(私の場合は刀だ)に流し込んで非物理攻撃力を付与したり、物理攻撃力を上昇させる効果があった。
3になると「放出」した気を「収束」させて「固定」する事ができる。
つまり体外に放出した気を刀の形に収束させて固定して実体化させれば、普通に刀として使えるのだった。
クラス代表決定戦の最後、刀を折ってしまった時にこれが使えれば委員長にも勝てていたかもしれない。刀を折った原因が練気ゲージの枯渇なのだから、仮定の話としても酷いのは自分でも理解しているけれども、気の刃3はそういう類の技だと判ってもらえれば良い。
とは言え、今のところはまだ使い所の難しい技ではある。
刀剣として使えるくらいの強度で実体化させるには膨大な量の気を放出しなくてはならなくて、練気ゲージの消費が半端ではないからだ。
もっとも現在装備している黒刀は耐久力が高く、壊れることはまず無いので、刀一本分を実体化させなくてはいけない場面はそうそう訪れないだろう。その分、他の使い方を模索する余地もある。
あれやこれやと新技の有効な使い方を考えて、試していく過程は楽しい。時には上手くいかずに試合に負けてしまう事もあるけど、それすらも成長の為の一過程として楽しめる自分がいた。
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そんな日々の中の一コマ、学園でのホームルーム。
話題になっていたのは一カ月後に迫っている学園祭についてだった。
まず後城先生が告げたのは、例のCOD大会についてだった。
内容は未だに非公開ながら選出済みの正副両代表が参加するのは決定したとの事で、副代表である以上は出場しなくても済むかもと思っていた私の希望は儚く消え去った。
続いてクラス展示についての話し合いに移ったけど、私はあまり真剣には聞いていなかった。
それと言うのも、COD大会参加が決まった時点で、クラス展示にはほぼ参加できなくなったからだ。
宇美月学園は近隣数県で最大規模を誇る学園だけど、職業訓練校的な色彩が強く、学園祭にはあまり力を入れていない。複数日に渡るのが一般的な中で、一日のみの日程での開催となっている。そのたった一日の学園祭当日にCOD大会に参加するのだから、クラス展示に関われるのは準備の段階までだろう。
だからそれがなんだろうと、クラスのみんながやりたい事で良いだろう、それに出来る限りの協力をしようと、そんな風に思っていた。
思っていたのだけど、話し合いは私の予想外の方向に進んでいった。
「せっかくの学園祭だし、思い出に残るような事をしたい」(男子)
なんとももっともな意見だった。
「せっかくの学園祭だし、楽しい事をしたい」(女子)
学園の行事とはいえ『祭』なのだし、それもそうだと思った。
「せっかくの学園祭だし、刺激的な事をしたい」(男子)
学園生活は単調になりがちだし、若者には刺激も必要だ。
「せっかくの学園祭だし、可愛い格好のできる事をしたい」(女子)
いつも制服だしたまには可愛い格好で学園内を歩き回るのも良いかもしれない。
私は無理だけど……。
その後も意見や希望が述べられ、途中から願望とか妄想っぽいのも混じっていたような気もするけど、活発なホームルームになっていた。
で、思い出に残るような楽しくて刺激的で可愛い格好ができて、その他願望と妄想を加えて最終的に導き出された答え。
クラス展示『メイド喫茶』に決定。
今更メイド喫茶か! と突っ込みたくもなるし、議論の前半よりも後半の願望と妄想(主に男子)が反映され過ぎているんじゃないかとも思う。
それはどうなんだろうと思いつつ、それでもクラスの決定であるなら従おうと、この時は素直に考えていた。
この後の展開を知っていれば、全力で阻止しただろうけど。
後の後悔先に立たず。




