vs 師匠
《気功スキル(焔)発動》
《止水発動:攻撃予測開始》
気功スキル(焔)で各ステータスが上昇する。
模擬試合では全く師匠に歯が立たないけれど、単純に身体能力を比べるなら、私は師匠に大きく劣ってはいないはずだ。それどころか筋肉量がそのままアバターの基本性能に影響するリアルモードでは、高身長の私の方が有利だと言える。
さらにスキルでステータスアップしているのだから、スピードもパワーも確実に私の方が上だろう。
それでも迂闊に攻め込めない。
師匠の鬼のような強さは身体能力によるものでは無いからだ。
開始線の上、師匠は普通に構えている。それはいつもの模擬試合と変わらない自然な立ち姿だ。
スキルの有無による不利を知らないからなのか、その程度は歯牙にもかけない自信があるのか。
「なにか悩んでいる? 来ないならこっちから行っちゃうわよ」
「え?」
師匠が無造作に近寄ってくる。
あと数歩、と迫ったところでいきなり眼前に予測線が発生した。
反射的に避けた直後、ものすごい踏み込みで残りの距離を詰めての打ち下しが予測線を通過して行った。さらに下りた刀から急角度に予測線が伸びてくる。
神脚で踏み込みながら斬り下し、さらに踏み込みながら斬り上げに連携。
予測線に刀を滑り込ませて斬り上げを弾く。強化された腕力は師匠の刀を大きく弾き返していた。
「おっとっと、これは力勝負は危険みたいね」
「力だけじゃありませんよ!」
踏み込みながらの横薙ぎを師匠はバックステップで避けるが、こちらのスピードが予想以上だったのか、胸元に薄くヒットエフェクトが発生した。
着衣データは防御力がない代わりに破損判定もないので外見上の変化は無いけど、浅く斬り裂いた程度のダメージが入ったはずだ。
ちなみに師匠との試合で私の攻撃が当たったのはこれが初めてだ。
畳みかけようと攻撃を続け、私は自分の目を疑う事になった。
全然当たらない。
師匠は私の攻撃の全てを避けたり受け流したり。
私のステータスが上昇している分、師匠にもいつもどおりの余裕は無いけれど、焦る様子もなく確実に防いでいる。
連撃の切れ目切れ目で師匠が返してくる斬撃は、現実の模擬試合なら確実にやられているタイミングだったが、これは予測線を頼りに回避できた。
何度かの攻防の後にどちらからともなく間合いを広げた。
「そう言えばこちらの攻撃は線で見えるんだったわね」
「そう言う師匠には見えてないですよね?」
攻防の中で見た師匠の刀の動きは、確実に私より遅い。遅いのに私の連撃の全てに的確に対処している。まるで予測線が見えているような動きだが、気功スキルを登録していない師匠にそれはあり得ない。
師匠が胸元に弾ける出血ダメージのエフェクトを手でなぞる。
「斬られても痛くないなんてどうかと思うけど……でもこれなら少し本気でやっても大丈夫よね」
普段の模擬試合、私は師匠に歯が立たないが、それは結局のところ私が攻め疲れて自滅しているに過ぎない。師匠からの攻撃は全て寸止めなのだ。
師匠の本気の攻撃を、私はまだ見たことが無い。
背筋に氷を押しあてれたような寒気を感じる。アバターでなければ全身に鳥肌が立っていただろう。
師匠が刀を鞘に収め、右半身を前に出して構えた。
「さあ、行くわよ!」
神脚で突進してくる師匠。その右手から発生した予測線は私の胴を薙ぎに来ている。
速い、が予測線で見えているのだから対処はできる。
予測線を遮るように刀を動かし、鞘走った師匠の斬撃を迎え撃とうとして。
師匠の居合抜きは私の首を薙ぎに来ていた。
遅れて予測線が胴薙ぎから首への斬撃に書き変わる。
首を斬り落とされて死亡。
現実なら確実にそうなる一撃は、もちろん致命ダメージだった。
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ホールのテーブルの一つに陣取って、師匠は上機嫌だった。
対して私は疲れ切って(肉体的にでは精神的に)、テーブルにぐったりとうつ伏せていた。
気功スキルのステータスアップという大きなハンデを与えられながら、結局師匠には敵わなかった。私の人生の何倍もの時間を剣術に注ぎ込んできた師匠の凄さを改めて思い知らされた。
「師匠、さっきのあれ何ですか? 予測線がいきなり書き変わりましたよ……と言うか、書き変わった予測線の方は師匠の動きの後に出てました」
最初は胴に来ていた予測線が首へと書き変わったのは、師匠が抜刀して、それが首を狙っていると分かった後だった。後からではもう「予測線」という名前に反している。
「あれはフェイント」
「フェイント、ってそんなどうやって」
「桜ちゃんの言っている線は私には見えないけど、桜ちゃんの反応を見てると私が実際に動く前には見えてるんじゃないかと思ったの」
「それはまあ予測線ですから」
「だとすれば実際の私の動きの延長として予測するのではなく、どう動こうかっていう意思の方を読み取って予測しているんじゃないかと考えたわけ」
「……まあ、そうなるでしょうか」
止水が殺気=攻撃の意思を感じるというのを再現した技だから、師匠の言っている事は間違っていないだろう。脳から出る運動信号を読み取ってアバターを操作しているというし、技術的な話は詳しくないけれど。
「本気で胴薙ぎに行って、桜ちゃんが反応した時点で狙いをずらしたってこと。直前に鞘の角度変えたりしたけど、それは見えないようにしていたし」
言われてみれば右半身を前に出した構えのせいで、左腰にある鞘は見えていなかった。見えていれば鞘の角度からある程度狙いを計ることもできたはずだ。
それにしても師匠は初めての仮想世界のはずなのに、順応が速すぎる。
「師匠には敵いません」
「それはまあ師匠ですからね。これくらいのハンデで弟子に負けるわけにはいきませんよ」
本当に師匠には敵わない、というようにオチが着いたところで、そろそろログアウトする潮時かと思った。
実はさっきから周囲の視線とひそひそ声が痛い。
剣術レベル9・総合レベル8の私が剣術レベル1・総合レベル1の師匠に負けたのだから、なにも知らない他のプレイヤーからすれば異常事態だろう。
そしてその異常事態を、一番理解しやすい形に解釈すれば。
「八百長じゃないか」
その一言に落ち着いてしまう。
八百長などで無いのは私と師匠が一番よく知っている。私が師匠の胸を借りる形になってしまったけれど、間違い無く真剣勝負だった。が、それを普通のプレイヤーに理解してくれと言うのは無理だろう。
「師匠、そろそろ出ましょうか」
「そうね、なんだか雰囲気悪いし。ここはいつもこんな感じなの?」
「いえ、いつもはもっと穏やかなんですけど」
二人して席を立って、出口に向かおうとしたのだが、一人の男が行く手に立ち塞がった。
「君たち、さっきの試合はどういう事なんだい? 困るんだよ、ああいう事をされると」
男は「みんな限られた時間で少しでも多く試合をしたいと思っているんだ」とか、「八百長試合で貴重な時間を浪費させられた」とか「マナーを守ってくれないと」とか一人で喋り続ける。
よくいる正義の代弁者気取りだ。
下手に反論して粘着されても厄介なので、うんざりした様子の師匠を促して男の横をすり抜けようとする。
「申し開きはしないのかい? 八百長だと認めるんだね?」
しつこく言っているがもう関わりたくない。無視を貫いていると、男は忌々しそうに舌打ちした。
「これだから剣士タイプは……いっそサーバー分割でもすればいいんだ」
師匠が足を止めていた。いつもの笑みが消えて無表情になっている。
これは……怒っているな。
男は「剣士タイプは」と侮蔑的な言い方をしてしまった。これは剣術家である師匠には聞き逃せないだろう。
「師匠?」
恐る恐る声をかけると、師匠はくるりと振りかえり、男に「名前は?」と言った。
師匠の迫力に男は地雷を踏んだことに気付いたかもしれない。
たじろぎながらも名乗ったのは大したものと言えるだろう。
男の名前を聞いた師匠は真っ直ぐに受付に向い、直後、男の眼前にメッセージウィンドウが開いた。さっき私がやっているのを見て、対戦申し込みのやり方を覚えてしまったみたいだ。
「な!? 挑戦だと!?」
師匠はカウンターの前で中指と人差し指をクイックイッとしている。
言わずと知れた「かかってきやがれ」のジェスチャーだ。
「お、おいおい、あんたレベル1で、しかも剣士タイプだろう? 俺のレベルを分かってるのか?」
「それはどうでもいいでしょう。私が怖いなら対戦拒否しなさい。その代わりさっきの言葉は取り下げてもらうわよ」
なんだか師匠の言葉に悪意を感じる。男が断れないように意図的に言葉を選んでいるようでさえあった。
男は自棄になったように対戦受諾の操作をすると、憤然と控室に消えていった。
そして数分後、男は負け戻りでホールに現れた。
呆然としているのは信じられないものを見てしまったゆえだろう。
勝ち戻って来た師匠が男の前に立つと、男はビクッと背筋を伸ばした。
「さて私が勝ったわけだけど、今の試合は八百長だったのかしら」
「……い、いや、八百長じゃない」
「それじゃあ、さっきの私とあの子の試合が八百長じゃなかったと認めるわね?」
「あ、ああ。認める」
「それと剣士タイプがどうとか言っていたみたいだけど?」
「それも撤回する!」
「師匠、もう許してあげて下さい。泣きそうになってます」
涙目になっている男が哀れになって、私は師匠を宥めに入った。
……涙目まで再現って、改めてCODは侮れない。
まだ何か言いたそうな師匠を引きずるようにしてログアウトした。
こうして師匠の仮想世界初体験は終わった。
最後の悶着で仮想世界に対する印象が悪くならなければ良いのだけど。
後半グダってしまいました。
あと師匠が強過ぎのような……。
桜にとっての「越えられない壁」役にしようと書いていたらこうなってしまいました。




