二十四話
これにて第二部が終わりになります。
次回から第三部となりますが、予定の混雑により今週の平日は投稿が難しいです。少々間を空けますが、ご了承ください。
お休みする分、土曜日以降まずは日間ランキング入りを目指すのも兼ねて集中的に投稿しようと思います。
嵐が巻き起こる。
工場に残っていた塵も、鉄くずもどんどん宙に舞う。
まるで渦巻く真っ黒な雲のようになって上空へ昇っていく。
この風はただ青年が走るだけで起こっていた。
(…強すぎる!?)
先ほどまでの怪人と比較しても異常な身体能力。
スピードはもちろんのこと威力も申し分ない。
霊力を使用して身体強化を行う能力であるようだが、微弱な霊力しか感知できないため少ししか使っていないのだろう。
それだけでも美空を圧倒するには十分すぎた。
美空は何度も傷を負い額や肩から血を流す。
服の一部は穴があいたりちぎれたりしている。
美空に叩き込まれたのはすべて純粋な蹴りやパンチ。
対して青年を見るとほとんど外傷がない。美空は完封されていた。
「能力が乏しイ!」
青年は拳を交えながら叫ぶ。
美空の光線は強力な攻撃にほかならないが性質は単純。他の能力は召喚物の生成とそれらへの能力の付与。
美空が持たない機能を持たせることも可能だが、召喚物は長持ちしない。
耐久力は美空本体に遠く及ばず出力も何の工夫もしなければ美空の半分くらいしかない。
「よくそれだけで戦ってきたものダ!」
青年相手にはまるで召喚物が機能しないのだ。
近接特化のシャコも素早いマンタも瞬く間に破壊され、防御特化のカラッパも容易く蹴り砕かれた。
召喚物が簡単に倒される相手には美空には肉弾攻撃か光線しか手段が残されていない。
これが美空の弱点だった。
美空は普段肉弾攻撃をほとんどしないので素人の動き。青年からすればずっと対処が楽。
今まで美空はこれだけで十分通用するほどの実力を持っていたことの証でもあるが、今この瞬間においては明確な弱点に他ならない。
せめて格闘術だけでも学んでいたらもう少し善戦できたかもしれない。
(…隙は…!)
美空は劣勢になりながらも状況の把握を試みる。
激しいラッシュに対してはほぼ回避と防御にのみ専念した。
そして相手のクセや隙を伺う。
いくらか速くて強いと言えども腰の入った攻撃の後は対処が難しいはず。
大振りな蹴りを読んで美空はカウンターの蹴りを繰り出す。
ザッ!
わずかに青年の耳が切れる。
しかし有効打にはならない。
態勢を立て直した青年は少し驚いたような顔をするがすぐにまた攻撃を仕掛けてくる。
「いいじゃン」
美空もそれに応じる。
数分間の攻防を続けるなかで美空はある程度相手の攻撃を見切れるようになった。
アッパーを寸前で回避し回し蹴りを繰り出す。
青年はそれすらも紙一重で避けてしまう。
だが美空はかかとから光線を発射する。
流石にこの不意打ちは青年も対処できなかったようで、肩に直撃した。
バク転を繰り返して距離を取った青年は肩をぽんぽんと払うようにして、にやりと笑う。
「そんな使い方もできるのカ」
再び青年は美空に猛攻を加える。
かかとからの光線による不意打ちは何度も通用しないし、拳に付随させて光線を押し付ける方法も最初だけうまく命中する。
何個もやっていけば相手は傾向をつかんで予測を立ててくるから何個かは初見で対処された。
できる工夫にはやはり限りがある。
20分にも及ぶ戦闘の中で刻一刻と美空の限界が近づいてくる。
正直これ以上相手に攻撃を通すのは難しいかもしれない。
荒い息のまま美空は顔をしかめる。
一度両者は距離をとる。
「!?」
美空は回復に努めようとするが、青年はいきなり飛び跳ね始める。
繰り返すほどに跳躍の高さが上昇するのを見て美空はすぐに危険を察知した。
相手の身体強化が足のみ大きくなった。
青年は一気に地面を蹴り砕いて、美空に飛び蹴りをかます。
ドンッ!
重い体で無理やり回避行動に入っていた美空めがけて蹴りを命中させる。
ふっ飛ばされた美空は後方にあった倉庫のシャッターを突き破り、コンクリートの壁も砕く。
ガラガラと音を立てて倉庫は倒壊し美空を下敷きにする。
青年は歩いて倉庫の瓦礫に近づいて、目にも止まらぬ速さで瓦礫を一気に蹴り飛ばし、美空の様子を見る。
「あ…ぐ…」
仰向けになりながら肩で息をするボロボロの少女は、もう戦える状態ではなかった。
立とうとするも足にも手にも力は入らず、起き上がることができない。先ほど受けた強い衝撃により感覚が麻痺してしまった。
「言ったロ。君は弱イ。母上に会いに行こウ。今ならデミスとしての力の使い方を教えてもらえるはずダ。弱くて傷ついたり、失ったりするのは君だけじゃなくて君の仲間もそうだろウ。」
青年の声色が優しくなる。
ほら、と手を差し出してくれる青年。
美空はその手を力なく打ち払った。
青年は少し驚いた顔をする。
美空はフラフラしながらもなんとか立ち上がった。
「ちょっと考える…」
とかすれた声で言って、壁伝いによろよろと歩いていく。
「明日の13時にまた聞きに来るヨ」
青年は美空を止めず、踵を返して工場を去った。
曇りの天気はいつの間にかすっかり吹き飛ばされていた。
梅雨らしくない暑い熱い西日が、美空のボロボロの背中を照らしている。
――――
その日の夜は少し風が強かった。
きっとはるか遠く東からやってきたであろう少し湿った空気が美空の頬を優しく撫でる。
美空はあれ以降ずっと考えていた。
青年の言う通りに母に会うべきなのか。
怪人を生み出しているという点で、母は敵対者ではないのか。
体中にできた傷と青タンに少し指で触れる。
染みるような痛みを感じてすぐに手を離す。
確かにたくさん怪我はしたが致命傷となる怪我は1個もなかった。
(手加減されてた…)
実力差を考えると美空を屠ることぐらい造作もなかったことだろう。
それに今回の敗北は美空にとって初めての完敗。
今までの任務において劣勢に立たされることこそあれど、負けたことはなかった。
真正面からの実力勝負で負けたことは美空にとってかなりショックだった。
周囲から凄い子だ凄い子だと持て囃されてきて、自分が優れていると自負していた分そのショックも尋常ではない。
はぁ、と美空はため息をつく。
視線が自然としたにいくからビルの屋上から見た街の景色が見える。
あいも変わらず夜なのに明るくて、排気ガスの匂いがして。
人間の街は慣れないものだ。
いつもと違って、まばゆいだけの光だったものは少し寂しげな光となって美空の目に飛び込んでくる。
ぎゅっと、拳を握りしめていた。
「美空」
聞き慣れた声に美空ははっとして振り返る。
声の主は時雨だった。
「…なんでここがわかったの?」
美空はおずおずと尋ねる。
少しだけ視界が潤んだ。
「美空って、何か悩んでる時にさ。高いところに行くじゃん。だから、なんとなくここかなって思ったの」
時雨は優しく微笑みながら答える。
確かに美空がいた場所はこの街の中で一番大きな建物の屋上であった。
周りの建物が小さく見えるくらい、行きかう車が本当に小さく見える場所だった。
美空は目を伏せて視線を逸らす。
自分が右腕を奪ったことはこの先ずっと消えないだろう。
時雨のことを直視できなかった。
「美空。困ってたらなんでも言って。僕は頼りないかもしれないけど、一緒に悩むことくらいならできるから。」
美空の胸はきゅっと締まった。
「なんで…そこまでするの? 私はっ…私は!あなたの右腕を奪ったのよ?!」
美空の今までの感情が爆発する。
立ち上がって今度は時雨の方を見た。
時雨は自分の事を一番に心配しているのだ。
そのことが辛い。いっそ罵ってくれればよかったのに。
泣いてしまいそうだ。
風が強くなる。時雨の空の袖がはためく。
「だって美空は僕のことを助けてくれたんだよ?ずっと前に。美空に拾ってもらえなきゃ、今頃どうなってたかわかんない。」
美空は何も言えなかった。
また視線を合わせることができず、うつ向く。
冷たい色のアスファルトとその上に立つ自分の足だけが視界に広がる。
一瞬自分は傷つけただけではなかったと思い直すも、それで安心していいのかという疑問が生まれてくる。
美空の気持ちは雲一つない夜空とは対照的だ。
まるで雲のように掴めないように自分の感情がうまく掴めない。
「僕も美空に助けられたんだ。僕にも何かさせてよ。」
時雨は優しいね。そんな言葉が浮かんだ。
そういえばいつも何か小さなことでも悩んでたら気にかけてくれていたっけ。
美空は考える。
そして美空の心は決まった。
優しい時雨に今にも寄りかかってしまいそうだ。
でも自分は星の子だ。
危険な存在だ。
母に会いに行こう。
例え母が悪人だったとしても、星の子に関する情報も、技能も、すべて盗んでやる。
もう二度と暴走なんてしないように。
時雨や、みんなと一緒にいられるように。
「しばらくは、京には戻れない。でも、やるべきことがあるの。それが終わったら必ず京に帰ってくる。それまで…待ってて。」
今までと違って、美空の目は時雨をまっすぐに見つめた。
決意を込めた瞳だ。
もう迷う必要なんてない。
時雨は美空のその瞳を見て安心した。
きっともう心配する必要はない。
何かを決めた時の美空は、強い。
そしてずっとまっすぐだ。
ビュウ…
美空が次に何か言おうとしたとき、突然突風が吹いた。
思わず目をつぶる時雨。
髪が揺れて目にかかる。
大きな音で、言葉は聞こえなかった。
目の前にはもう誰もいない。
静かになった風の音と、はるか下から届く街の光だけが時雨を包んでいた。
ーーーーーー
夜の街の上空を駆ける美空。
突風とともに美空はビルの屋上から飛んだ。
視界の向こうに広がるまばらな光はぼやけてやがて放射状に伸びて美空の目に映る。
ぐっと唇をかみしめて、美空は力いっぱい飛翔靴を履いた足で空気を蹴りさらに勢いをつけて飛ぶ。
前が見えるように時々目元を拭く。
星は見えないけれども快晴の夜空の下。
ただ一人美空にだけ、雨が降っていた。




