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一話 一歩目

全77話の長編シリーズです。和風ファンタジーというなかなかニッチなジャンルですが、できる限り面白いと思っていただけるように制作しました。楽しんでいただけると幸いです。

 星の聲が響く。

                              拝啓

 愛しいキミへ。

 私はキミじゃないから、正確なことは分からない。

 キミがどんな風に悩んで、努力したのか、私はその真相を見ていない。

 それでも私は綴ります。

 この星でキミが紡いだ奇跡を。

 季節が廻り、水とともに(かえ)ってくる他ならないキミに見せてあげるために。


                              敬具

                              キミの大切な人より


 ――――――――

 

 もうすぐ春が来ようという日だった。

 少しずつ夜明けが早くなって、日中だけ暖かい日差しが人々を照らす。


 芽吹くにも冬眠から目覚めるにしてもまだ早い。

 日差しとは裏腹に風が冷たかった。


 木漏れ日は目のところに差し掛かり、若人は目を覚ます。

 

 「…あれ、いつの間に寝てたんだろう」


 近くにあった大きな橘の木の下。

 ボブカットの黒い髪がぴょこりと跳ねた。

 赤く腫れた目元の滴を拭って、若人は起き上がる。


「そっか…あのまま寝ちゃったんだ」


 青空みたいな澄んだ色の目を伏せた。

 落とした視線の先にまだ眠りから覚めない土が、スプーンが刺さらないくらい冷えたバニラアイスのような淡い色で横たわっている。

 そこには蟻の一匹さえ這い出してはいなかった。

 


「おはよう時雨ちゃん」


 隣から声が聞こえて若人は目を見開いて飛び上がる。

 時雨と呼ばれた者の隣には一人の女の子が座っていた。


「美空…」


 淡いピンク色の髪に時雨よりもやや長いボブカット。

 ミディアムヘアの方が近いかもしれない。

 黄金色の瞳は優しく時雨のことを見ていた。


 白色の和服とピンク色の帯。

 

 「そんな落ち込まないの。最初からうまくできるわけないじゃん!これからこれから!」


 少女は笑って見せる。

 美空は太陽みたいな女の子だ。


 周りを明るくしてくれるムードメーカーで、なおかつ期待されている新人。

 今回の任務もうまいこといったようだ。


 二人は「京」と呼ばれる場所で働く「防人」である。


 目の前に広がる瓦屋根が連なった京の街並みが暖かい日差しを反射させている。

 

 京都にも劣らぬ立派な古都だが道ゆく人々は重い荷を軽々と運び、目にもとまらぬ速さで駆け抜けていくのが見えた。

 

 京に住まう者「京人」たちは人の形をしているが、身体能力が異常に発達しているだけでなく不思議な力を使うことができる。

 

 外の者は彼らを「超人」と呼び、彼ら自身は自分たちのことを「京人」と呼ぶ。


「防人って難しい仕事なんだからさ。私だって最初はできなかったよ」


 美空は時雨を励ます。

 頑張ってー!とジェスチャーも使って精一杯の励ましをする。

 でも時雨はまだ落ち込んでいる様子だったから、美空は少し困ってしまった。


 防人というのは京を守る戦力のこと。

 防人が必要とされる理由は京には定期的に「怪人」が現れるから。


 怪人は大型猛獣よりも危険とされていて京人にとっての主な脅威である。


 つい先ほど、時雨はその任務で他のメンバーの足を引っ張ってしまったのだ。

 それで大泣きしてしまい泣き疲れて木の下で眠ってしまった。


 そして今に至る。


 「でも、みんなはもっと活躍してる…」


 時雨は体育座りしてぐっと猫背になる。

 同世代の子と比べて、まだまだ時雨は働きぶりが悪い。


 「草薙さんはずっと功績上げてるのにさ…」


「教官のこと?」

 

 美空は聞き返す。

 こくりと時雨はうなずく。


 草薙は彼らの指導をしてくれている教官の名前である。

 彼は京の幹部でもあり幾度となく窮地を救ってきた英雄の一人。


 時雨は彼に憧れて本格的に防人の訓練をするようになった。


「でも草薙さん、初めての任務は大失敗したらしいよ?草薙さんが前言ってた」


 美空は話す。


「えっ?そうなの?」

 時雨は驚いて返す。


「それに草薙さんもう300歳だよ?あそこまでできるようになるまで相当な時間費やしてるのよ」

 

 不満げに美空はほっぺたを膨らませて説明する。


「…そっか…そうか」

 

 時雨は一人そう呟くと勢いよく立ち上がった。

 ようやく立ちあがった時雨を見て、美空は微笑む。


「もっと頑張る」

 

 時雨は開き直ったように笑って見せて走り出した。


 もう一度稽古をつけてもらって、今度こそ任務を遂行して見せる。

 そんな気持ちが詰まった背中を美空は見送った。


 美空は背中が見えなくなってからむぅ、と唸る。


 「私ができないっていった時は全然響かなかったのに…もともと防人目指したの私の影響だったじゃーん!」

 

 ぷりぷり美空は怒った。

 ぶんぶんと手を振り回す。

 

 美空と時雨は一緒の家で暮らしている。

 数年前に時雨は突如として京に迷い込んできた。

 

 記憶を失ってるものだから帰る場所も分からず、美空が引き取る形で時雨は迎え入れられたのだ。

 多分だけど年は近いと思う。

 

 

 それからは大人の手を借りながら家族同然に育った。

 カルガモの雛みたいな感じで時雨は美空の後をついて回って、やることなすこと真似していたのが少し懐かしい。



「うりゃーーーっ!こうなったら実力で振り向かしてやるーーっ!」


 美空は大声を上げて立ち上がり、そのまま別のところに走り出した。



――――――――――

 

 それから数日かけて時雨は特訓した。

 教官の助言や指導も受けながら何度もシミュレーションした。


 昼下がりになったころだった。


「刀の手入れは大丈夫?」


 教官はふと、時雨に尋ねた。

 身長は180cmくらい、深い紫色の艶やかな長髪。

 300歳を超えてもその容姿は若々しい男性だった。


 今はちょうど道着を着て時雨の相手を竹刀で行っているところ。

 

 教官の言葉にえ、と時雨は慌てて刀を教官に見せる。多分教官に見せたほうが早いのと思ったからだろう。


 水のような色合いの刀だった。

 否、色合いではない。この刀は水でできている。


 通常の刀とは大きく異なる「妖刀」の類。

 記憶を失う前からずっと持っていたものであり唯一の手がかりともいえるものだ。


 しかし水でできている影響なのか、銘は掘られていない。せっかく身元について分かりそうなのに少し残念である。


「ふむ…」

 

 教官はじっと刀を見つめていたが、しばしの後何か結論付けたようだ。


「時雨君。この妖刀なんだけど、君の『天賦』を使うのが手入れなんじゃないかな」


 そう言ってくれた。

 教官曰く練習を始める前と後では水の透き通る具合が違うらしい。


 『天賦』とは京人に備わる特異な能力のこと。


 時雨の能力は「水流操作」。その名の通り水を操る天賦だ。

 これを利用して変幻自在に妖刀を変化させて戦うのが時雨のスタイルであった。


「あ、ありがとうございます!」

 

 時雨は教官に手入れ方法を教えてもらって、勢いよくお辞儀する。

 いやいや、と軽く手を振って教官は微笑んだ。


 妖刀だから、普通の刀とは手入れ方法が違うのが判明していた。

 でも今までこの刀の手入れについてよく分からなかったのだ。


「またおいで。」

 

 予約していた時間が過ぎたのを確認して、教官は時雨に向かって言う。


「…!はい!」

 

 時雨は嬉しそうにはしゃいで出ていった。

 退出前に道場の出入り口でお辞儀するのを忘れてたので、慌てて戻ってきてお辞儀してから再度出ていく。



 にっこりとしたまま教官は時雨を見送る。


 

「あれ、なんだか急に曇ってきたね」

 教官は窓から外を見る。


 もくもくと暗い雲が空を覆い始めていた。

 教官の山吹色の目が細められる。


「…」

 たくさんの鳥が勢いよく飛び立って空の向こうへと消えていった。

 鳥の姿が見えなくなると風が一段と冷たくなって、道場の中へ吹き込んでくる。


―――――――――― 


 

 それから数分もしないうちだった。


「?」

 


 わあああああ…


 遠くで、人々が叫んでいる。

 街中を歩いていた時雨は異変に気が付いた。

 何かあったのだろうかと時雨は不安に思う。


 そんな時雨の元へいきなり真っ黒な影が数多く現れた。

 屋根の上から、曲がり角から、周囲の植栽の間から。


 

「?!」

 

 青ざめる時雨は、驚くあまり腰が抜けて動けなくなる。


 街中になんの前触れもなく現れたそれらは次々に人々へと襲い掛かり、家屋を破壊し、残虐の限りを尽くした。


 怪人…のようだが、明らかに黒すぎるし、一度に大量に現れすぎだ。

 

 その様子を見て涙が浮かぶ時雨。

 たまたま目の前を通り過ぎようとした一つの影が時雨にゆっくりと振り返った。


 赤い目が二つ。

 怪人が真っ黒に染まった不気味な存在。


 鋭い爪を携えて時雨を引き裂かんとする。


「ひっ…!?」

 思わず悲鳴を漏らす。

 じりじりと近寄ってくる怪人にビビり、時雨は恐る恐る後退りする。


「敵襲ーっ!!防人以外は安全なところに逃げろ!」

 

 

 時雨の硬直する思考を断ち切る光景が現れた。

 目の前で、数多くの防人たちが戦い始めたのだ。

 

 あちこちで火花を散らし、刀が、銃が、弓が、それぞれの音を奏でる。


 怪人に対して怯むことなく立ち向かっていた。

 

(僕…僕も防人だろ!動け!)


 時雨の言うことを聞かない自身の足。

 怖くてたまらない。


 さんざんシュミレーションした。

 さんざん練習した。特訓もした。


 (なのに…!!!)


 (動いて!!足!!)


 震える足は竦んで動かなかった。


 ゴオオオオッ!!!


 低い唸り声を上げて、時雨の後方から大きな影が飛び上がる。

 軽く2、3mはありそうな巨体が家を飛び越えて時雨にまっすぐ落っこちてきた。


 

 時が止まったようだった。

 時雨はただ強張った目でその影に潰されてしまうのを待つのみ。


 ドンッ。


 でも突き飛ばされた。

 時雨は状況を理解する間もなく地面を転がる。




 わずかに遅れて、ドシャン。という妙に嫌な音がした。

 時雨は恐る恐る振り返る。


 血の池。

 真っ黒な巨体の下に赤い池ができていた。


「はっ…はっ…はっ…!?」

 

 瞳孔が小さくなる。

 呼吸が浅く、速くなる。


 (嘘…!嘘!!)


 死んだ。

 目の前で。


 多分防人の先輩。

 自分を庇って死んだ。


『…』


 巨体はゆらりと体を持ち上げて、腹を真っ赤に染めたまま首をもたげた。


 ぽたりぽたりと赤が落ちる。

 巨大な猪みたいだった。


 その目が捉えていたのは、時雨…ではない。


 近くで逃げ遅れていた子供だ。

 なんでこの場にいたのかはわからない。


 怪人が現れた状態で親とはぐれたのか、それともこの子が独断で隠れていて運悪く放り出されてしまったのか。

 子供も泣きじゃくった顔で道に出てきて怪物を視界にとらえてしまう。


 子供は息を詰まらせて、固まってしまった。


 目が合った。

 完全な敵対関係が生まれた。


 当然のごとく怪物は、子供に狙いをつける。

 

 バシィッ!!!


 音が響く。

 

 それは鞭の音だ。

 怪物を拘束する鎖。


 水でできた鎖だ。


 怪物の後方で時雨は震える足で大地に立ち、妖刀を鎖の形に変えて怪物を捕縛する。

 水の鎖は曇天の鈍い光も反射してその透明度をいかんなく主張していた。


「…!やめろ…!」


 時雨のかすれた声が響く。

 涙をぼろぼろ流しながら、怖くてたまらないという青ざめた顔で怪物の動きを妨害した。


 怪物はギロリと時雨を見、ただ首をぶんっと上に振り回した。

 時雨は空中に打ち上げられる。


「~~~~~っ!!!?」


 地面が遠い!

 自分の位置のほうが周りの家より高い!?


 声にならない声を上げて宙に舞う。

 無防備に落下してくる時雨を怪物は牙で串刺しにするつもりだった。


 だが、時雨に牙が刺さることはなかった。



「うぐっ!?」

 

 時雨はそのまま地面にたたきつけられる。

 手足がマヒする中、辛うじて視界に捉えた。


 草薙さんだ。

 大剣で怪物を一刀両断したのだ。


 力なく倒れた怪物は教官の取り出したかるたに吸い込まれていく。


「時雨君…!無事か?!」


 ひどく心配した顔で時雨に駆け寄ってくる。

 教官の言葉に時雨はせき込みながら答えた。


「ぼ、僕は大丈夫です…あ、あの子は大丈夫です…か…?」


 怪物に狙われた子供は、果たして無事だった。

 その姿を見て安心する時雨。


「あ…あと先輩が…」


 思い出したように青い顔をして、時雨は泣き出してしまう。



「し、死んでないですよ俺…」


 声が聞こえた。

 赤い池から回収されて担架に乗せられている先輩がいた。


 相当な量出血しているようだが、動けないだけでかなり元気があるように見えた。


「新人だよね?ナイスファイトだったよ」


 先輩はにっ、と笑ってみせた。

 時雨は涙ながらに答える。


「でも…でもっ…!僕が動けてたら…先輩は…!」


「それは気にするなよ。俺が勝手に突っ込んでただけだから。…それよりだ!お前が動いてなけりゃ、草薙さんだって間に合わなかったよ。お前があの子を助けたんだよ。」


先輩は言うべきこと言った!と満足げな顔をして、担架を運ぶ人に「もう大丈夫」と言って運んでもらっていた。


 「ま~た仕事するのめんどくさいからまた怪我しようって魂胆だろ?」

「は?!違うし!そ、そんなんじゃねぇし!!」

 

 (でも…痛いのは変らないんじゃないの…)

 時雨は名も知らぬ先輩の言葉を噛み締めてつつも、自分が原因となって生じた怪我について楽観視はできなかった。

 後ろで聞こえてくる会話を聞いてしばらくの間はただ複雑な気持ちのまま袖を濡らしていた。



 ――――――――――


「ほんっっっとうに!!!うちのコを守ってくれてありがとうございます!」


 後日、復興の合間に守った子の親御さんがあいさつしに来てくれた。

 それはもう言葉ぶりから感謝の具合がこれでもかというほど伝わってくる。

 

 でも、時雨はその言葉を本当に受け取っていいのか分からなかった。

 自分がこの子を守ったということに、納得できないわけじゃなかった。そもそも先輩がいなければ自分は何もできていなかったわけで。

 

 どちらかと言うと受け取っちゃいけないような気さえした。



 少し俯いていた時雨の視線の先で、助けたあの子がよちよちと歩いてくる。

 足元まで来て時雨の顔を見上げてた。


「…お、お姉ちゃんありがとう」

 

 ゆらゆらと左右に体を揺らしてもじもじながら、あの子が恥ずかしげながらもありがとうと言ってくれた。


 (受け取っても…いいのかな)


 ここで初めて、そんなふうに思えた。

 別に親御さんの言葉を軽視してるつもりなんて全くない。


 でも、純粋無垢な幼子の言葉が時雨の心を動かした。なんとなくじん、と胸の内が温かくなる感覚。


 話を終えてその親子と離れた後教官が声をかけてくれた。


「時雨君。」

 待っていてくれたようだ。 


「教官…」

 

 時雨はぽつりと呟く。

 無意識の間に、拳をきゅっと握りしめていた。

 雲はいつの間にか途切れ途切れになっていて、青空が少しだけ顔をのぞかせている。


「どうだった?」

 教官は優しく尋ねる。


「…すごく感謝されました」

 時雨は噛み締めるように言った。


「…どう思った?」


「…えっと…どう、とかはわからないです。でも…」


 一度下を向いて、地面を見る。

 優しく淡い灰色の綺麗な石畳だ。

 一連のことが、脳裏をよぎる。


 『最初からうまくできるわけないじゃん!これからこれから!』

 

 『ほんっっっとうに!!!うちのコを守ってくれてありがとうございます!』

 

 『お前があの子を助けたんだよ。』

 

 『…お姉ちゃんありがとう』


 いろんな人にもらった言葉。

 それを受け取って徐々に芽生えた想い。


 暖かい胸の内。

 それらが冷たい風に持っていかれないように、きゅっと身を固めた。

 拳を握った。

 それから教官をまっすぐ見て時雨は言う。 

 

 「僕、強くなりたいです。みんなをちゃんと守れるように。」

 

 まっすぐな瞳が教官を貫く。

 その言葉を受けてにっと教官は笑った。


「その気持ち、大事にしてね。」



 とても嬉しそうな顔だった。

 時雨も釣られて思わず笑う。

 

 光が斜めに差し込んで、京の街を明るく照らし出した。


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