第88話【餓鬼の断壁と奈落への道行きその4】
後方から迫り来る猿の大群を確認せず、荒れゆく岩場を苦戦しながら、走り抜けるバルクスは、石ではない何かに躓き顔面から勢い良く転倒してしまった。
流れ出る自らの血など気にせずに、直ぐ様立ちあがり周囲を見渡せば、躓いた位置で岩猿が擬態を解き、腹を抱えて笑っている姿が視界に入る。
逃げ惑う獲物を壁まで追い詰め、歩みを止めた兵隊猿は一定の距離を保ちながら、バルクスの出方を伺っており、頭上高く聳え立つ岩場には、機関銃猿が照準を合わせ静かに構えていた。
現時点においてバルクスは初の実戦であり、命のやり取りを常時行う戦場での経験はなく、絶体絶命に見える状態だが、まだ生への光を瞳に灯す中、漢は絶望を鼻で笑うと静かに口を開いた。
『良い!!実に良いぞ君達――――洗練された団体行動からなる、獲物を追い詰める〝姿勢〟と、初見には不自由な足場という地の利を活かした〝戦略〟が成せる実に良い仲間達だ!!』
攻撃の銃、反射の鏡、擬態の岩、迫り来る無数の兵隊に対し……バルクスの魔力【我肉体鋼堅】は、見ても分かる通り己の身1つから為せる、攻撃&防御を得意とし、持久戦になれば相手の戦意を喪失させる事に、意義がある肉派の魔力だ。
突然の大声に猿達は唖然としていた――――が、一匹の猿が手に持っていた〝肉片〟を、両手を大きく広げ演説の様に声を出すバルクス目掛け、勢い良く投げつけると、何の障害もなく自慢の大胸筋へ直撃する。
それが余程可笑しかったのか、猿達の手からは次々と宙を舞う〝肉片〟が、バルクスと岩壁に血を撒き散らしながら放たれ、反撃や避ける素振りもなく、白い歯を露出させながら腰に手を当てるポーズで、涼しい顔つきで猿からの攻撃を受けた。
『君達――――チップは、もう結構だ。お返しにこれを見るが良い!!フンッ!!』
上半身を露にし、体をやや左向きにすると、浴びた血がワックスの様に輝きを放ち、それが相乗効果となって黄金比で形成された、横向上腕三頭筋を、目の肥えた猿達に惜しみ無く向ける。