第85話【餓鬼の断壁と奈落への道行きその1】
【協会内部-魔方陣扉前】
彼が魔方陣に入り、一体どれくらいの時間が経ったのだろうか?――――急ぐ気持ちもさることながら、不安と緊張感で呼吸を忘れそうになるバルクスは、己の性格上居ても立ってもいられなかった。
『俺……次、行きますよ。このまま指を咥えて見てるなんて出来ません。もし、セリエさんに何かあったらどうするんですか!?』
集中し瞑想しているアイナは、眼を開く事なく怖じ気づくバルクスを一喝した。
『バルクス、悪いけどその意見には賛成出来ないわ!!私情だけでは人は救えないし、何れその身を滅ぼす事を知りなさい』
腕を組み、微動だにしないノーメンもアイナと同じく、仲間であるセリエを〝信じて〟いたのだ――――故に、待っている事が信頼と言う行為の現れなのだ。
心配し慌てふためくバルクスを他所に、冷静沈着なアイナが徐に秒針を数え始めた。
『177……178……179……180――――時間ピッタリね。私達も、そろそろ行きましょうか。バルクス、貴方は最後に来なさい。はぐれないように、遅れをとるんじゃないわよ?』
老婆と老体が見守る中、アイナが先に入り続いてノーメンが魔方陣へと吸い込まれて行くのを、震える体を抑えながら見ていたバルクスだが、あと一歩の勇気が出ずに立ち止まってしまった。
異変に気付いたリメイシャンは、うつむき震えているバルクスに対し、優しく声を掛けた。
『のぉ、バルクス。貴方は賢くて強い子だから解るだろうけど、あの子は一度決めたことはやり遂げる真っ直ぐな子だよ。それが間違った方向へ働いたとしても、周りの者がそれを正せばいい。だから、彼女のためにも――――己の信念のためにも、ここで漢を見せなさい』
唇を強く噛み締め、自らの拳で胸を殴打すると辺りには鈍い音が響き、途端に気合いの入ったバルクスは、迷いのない覚悟の顔を見せる。
『解りました師匠……俺、行きます。最後まで御教示ありがとうございました!!』
鍛え上げられた大木のような体を見上げ、シワだらけの顔で優しく微笑みながら言った。
『それでこそ、私が認めた愛弟子だよ。体に気を付けて行ってらっしゃい』
師匠は弟子の背中を軽く押すと、勇気付けられた漢バルクスは己の足で歩み、真っ直ぐ進むと、逞しい背中を見せながら、魔方陣へと吸い込まれて行った。