10
トオイはアツキの寝顔を眺めた。
隣で眠るアツキ。
愛おしい人。
そっとアツキの頬に触れる。
柔らかくて温かい。
傍で生きている。
そしてトオイはもう一人のアツキを想った。
傷ついた顔をしていた。
一つの時代に二人のアツキ。
今までこんなことはなかった。
どうすればいい?
トオイは目を閉じた。
今、目の前にアツキがいる。
それで十分じゃないか、と自分に言い聞かせた。
透子は気配を感じた。
母が来る時間だ。
立ちあがり、扉へと向かう。
そして、そっと扉を開けた。
驚いた顔の母が扉の傍に立っていた。
「透子さん?」
「母様、お願いがあるの」
母は久しぶりに我が子を見て微笑んだ。
「舞子を止めて」
「どういうことなのです?」
「舞子はトオイと会っているわ。
アツキは私。舞子じゃないわ。
それにもうすぐ結婚するのでしょう?」
母は舞子がトオイと会っているという事実に、衝撃を受けたようだ。
「…分かりました。
対処しましょう」
そう言うと母は頭を下げて、立ち去った。
透子が離れに来てから母は、透子を自分の子供とは思わなくなったようだ。
毎日透子の食事をもってくるのは母だ。
何も言わず、ただ置いていく。
透子が声をかけない限り、決して話すことはなかった。
透子はそのことを寂しいとは思わなかった。
トオイが傍にいれば良かったから。
それなのに舞子がトオイの傍に現れてしまった。
トオイに舞子の存在を知られたくなかったのに。
トオイは舞子を知ってしまった。
アツキは私一人でいい。
だから母にお願いをした。
これできっと舞子はここに来れなくなる。
母が何とかしてくれるだろう。
透子は安堵した。
扉をしめて後ろを振り返るとトオイがいた。
透子は微笑んだ。
「大好きよ、トオイ」
透子はトオイに抱きついた。トオイは透子を抱きしめた。
「俺もだ、アツキ」
そう、世界は二人だけのもの。
舞子が入る隙などないのだ。




