リベラルの敗北 1
気が向いたら更新するかもしれない不定期連載です。
アメリカの某大学で人文・社会学は学問ではないとみなされたそうな。そうでなくても勉強しても儲からないという理由で軽視され人が離れる傾向だという。
まあトランプ大酋長の元ではとくに人権~マイノリティーに関する学問は軽視されて当然の流れだろうが、そもそもわれわれ世間一般レベルの認識でも、最近の人文学の「LGBTQがなんたら」とか「女性蔑視がなんたら」って、個人の結論ありきで理論武装したあげく憎悪を煽って分断一直線みたいなのばっかりだ。
鮮やかな洞察によって腑に落ちたためしがない。
たしかに探求以前に結論ありきは学問とは言いがたいよね~。
不要とは言わないが、たぶんアプローチは失敗してる……それもはっきりと、「人間」という要素そのものが失敗の素因である。これは共産主義が、アリンコと違って人間は堕落するものだ、という要素を無視して崩壊したのと同質と言えよう。
最近読んだ話だとマイケル・ジャクソンの楽曲には女性嫌悪が多く、いずれミソジニーと看做されるかもしれないとあった。
そのての下世話な指摘が積み重なってアメリカ人は爆発した。
程度の差はあれ日本も同じだ。
レイチェル・ゼグラーの【白雪姫】を観たらたいがいの人間はウンザリする。
それがごく普通の感覚というものだ。
無理して新たな視点や着想を脳みそに溜め込み進歩的生活に邁進するのもそれはそれで人生だが、ほとんどの人間は処理できず疲弊して脱落するだろう。とくに論理的思考が苦手な日本人には向いてない。
おかげでヴィーガンも性自認も偽善的なミスコンも流行らなくてありがたいけど。
人間はたとえ三人くらいの集団でも、ひとつの属性で一般化するのは間違いなのでしょう。
右翼と左翼、キリスト教徒とイスラム教徒、男と女、日本人とその他の国……不特定多数の人間を十把一絡げにする言動には必ず腐った匂いがするものだ。たいがい個人的嫌悪や侮蔑込みなので。
なので人文学者の意見はたいてい、こいつ上から目線で何様!?という反感を買う。
もっとカジュアルな人、たとえばある種の野党やメディア知識人なんぞはしょっちゅうブーメラン飛ばして自分に刺さってるし、あるいは更にばかちんなネトウヨ、パヨクに対外憎悪を授けて煽る役にしか立たない。
そんなご時世に総合文化研究科の藤垣裕子教授が東大総長になりましたが、投票はダブルスコアで負けてたのに「女子枠」で選任されたんだって。
プロセスもオチも時代に逆行してるうえに体裁重視の人事でお爺ちゃんたちに地位を賜られる女性って、プライドとか無いんかな?
たんに時代に逆行してるのみならず少々抜けてるように思われますが、日本の最高学府がそれでいいんでっしゃろか?
噂によれば日本学術会議の6人任命拒否に対するしっぺ返しだそうだ。
実益より体面重視って……やっぱどんな優れたものでも人間が腐らせるんだよね~。
御意見、罵倒でもおまちしております。




