11話 死因 死者の門
今となってはよくある話であったと思う。まして当時は大半の地域で文明停滞期、人類は火薬の扱いすらほぼ忘れていたような頃。
程度の低い文明で強壮な砂漠のモンスターと自然の脅威に対抗する為、我らが王国のあった砂漠地帯はどこも軍拡し、所謂戦国時代の様相であった。
とあるオアシスを基点にそれなりに栄えた我らが国は列強周辺国の争いに巻き込まれ、砂に描いた画ののようにたった数年の争いで跡形もなく破壊された。
生き残りの住人は奴隷として売られ、オアシスは祠を壊された泉の精の怒りを買い、限度を超えて短期間で汲み上げたこともあり枯れてしまった。
人に理性がある、等というのは願望である。
故に怨みは募る。かの地では夜な夜な包帯に覆われた死霊、マミーが砂中より現れ数千体彷徨うようになった。
死霊は誰というワケでもなく、『誰もの』である。
この目障りなアンデッドは当然疎まれ、優位な昼間の内に次々と掘り起こされ退治されていた。
2度目の完全な死滅は遠くなかった。
自我を保てない我々は本能的に、真夜中に共喰いを実行しだした。
千体あまりから百体あまりにまで減ったがマミーマージ、ポイズンマミー、ストロングマミー、ヒートマミーと中位種への進化に成功。
我らはそこで止まらずさらに共喰いを続行。上位種マミーキング、マミークィーン、デスマミー、マミーインフェルノに1体ずつ進化に成功。我ら4体はさらに共喰いを断行した。
最後に残ったマミーキングがマミーエンペラー、『私』に進化した。明けの明星が見えていたのを覚えている。
しかし短期間でも強引な進化に自我は甚だ不安定であり、私は棺の中で人には届かぬ砂中奥深くで眠りに就くことになった。
···それからあまりにも長い年月が過ぎ、私の棺は掘り起こされた。マスター会のプルソンという悪魔族の者だった。青銅の獣の顔で執事のような格好をした奇妙なヤツだったな。
「マミーエンペラー様。あなたはボコス迷宮の2代目迷宮主に推薦されました。いかがですかな? 先代からの唯一の継承条件は」
やや寝ぼけてはいたが、私の自我は既に確立しておりやるべきことも定まっていた。
私はマスター会の推薦を受けることにしたのだ。
それからの永い退屈を対価として。
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7層、最下層星辰宮攻略の情勢はすっかり固まっていた。
冒険者ギルド本陣は大階段と主なエレベータや小階段付近に砦型野営地を組み、さらにやや進んだエリアに転送陣付きの野営地を設置。国軍から買った通信パペット兵等で情報を随時交換しつつ、野営地周辺のみに絞って探索、回収、学者達の研究に協力していた。
「学者達の説を統合すると、このダンジョンの最終攻略には特に注意を払うべきだがその筋が作れなかった。これは緊急離脱ありきだ。跳ねっ返り達にも定期連絡は取らせろよ?」
なし崩し気味だが、陣頭指揮役はハイサキュバスを討ったフガクが務めていた。
当の本陣に従わない跳ねっ返りの冒険者の小集団は個別に動いていたが、半端な勢力で迷宮主討伐まで考える者達はいなかったが、
「こんなガラクタ貸し付けやがって、筒抜けじゃねーか」
跳ねっ返り組にはS+級パーティー、デリアレス隊の姿もあったが、簡易に通信機能のみある頭部だけのパペット兵を持たされ辟易してるようだった。
商会は買収した6層への移動基点に本陣を張りつつ第18攻略団が遺した『ザラミルート』で、道中の宝飾素材回収やアリカント鳥討伐に一先ず執心していた。
「突貫よっ! S級魅了&錬成耐性アミュレット配備にいくら掛かったと思ってんのっ?! もっと突っ込みなさいな!!」
先んじる為に私財を投じた第6、第13、第20団を合わせた連合団団長のエミリーは目を剥いて鞭で床を打ち傭兵達を猛るアリカント鳥にけし掛ける。
既に半数のアリカント鳥は別の団に討ち取られ素材回収されており、早い者勝ちの様相となっていた。
そしてただ一勢力、短期での強引な7層制圧。迷宮主の打倒を画策する者達がいた。
大階段及びエレベーター小階段等が解放されるや否や、既に開発済みの侵攻拠点とルートを足掛かりに物量と火薬兵器、パペット兵群、士気と統率力に物を言わせ7層の強壮なモンスターも異界の邪神眷族も時に徘徊する奇妙な工学兵器も駆逐し、時空干渉現象にも怯まず。圧倒的な速度で迷宮主の間を特定し、進行する。
旅団将軍コル・キ率いる国軍であった。
「なにも惜しむな。S+級砲弾、S+級結界触媒、気前よく使え!」
人型である必要がないと了解され元は斥候型であった通信型に簡素化されたパペット兵の頭部に、コル・キの号令で1発で金貨二摑み程の値段の砲弾が惜しみなく打たれ護りも固められた。
良質なファイアジェム剤等も使用されたS+級砲撃に耐えられるモンスターはそういない。
巨人サイクロプス、巨獣スフィンクス、死霊の肉塊コープス、下位竜レッサードラゴン、石像の悪魔キラーガーゴイル、恐るべき菌類エビルマツタケン、時空属性の不定形体スタースライム、加速する金属質の虫メタルケムシーノ、死の魔女バンシーマージ、3体合体する機械怪人ゼンマイゲッター、正体不明の邪神眷族群···
全て砲撃で消し飛んでいった。多少耐えたり魔力障壁を張っても連射されるだけである。
進撃の果て、ついに国軍はアークデーモンの守る迷宮主の間の扉の前まで来た。
「フハハハっ!! 愚かなり人どもっ、我こそはアークデーモン! この扉の門番にして地獄の黒き」
「撃て」
どーんっ! 無慈悲なコル・キの号令でS+級砲弾による一斉掃射を撃ち込まれアークデーモンは扉ごと生首だけ内部に吹っ飛ばされ、主の座のマミーエンペラーの足元に転がされた。
「···名目無い」
「まぁ文明活性期の主力級軍隊だからね。よくやってくれた。相手の最終構成等はよく見れた。契約完了だ魔界に還るといい」
「魔族に転ずる場合は再就職、斡旋しますよ?」
「クククク、考えておこう」
アークデーモンの生首は塵と消えていった。
「さて」
SS級の杖、ザッハークの杖を虚空から取り出し主の座から浮き上がり、マントを翻すマミーエンペラー。
「二千人はいるようだが少々手狭ではないかい?」
「こちらは国費が傾く支出をしておりましてな。念入りにもなりますよ? 迷宮主殿」
「いっちょ噛みのつもりならニーベルングとの商談、通らないだろう」
「間に交戦を挟んだ以上、負けて済む外交があるなら教わりたいものです」
マミーエンペラーとコル・キはしばし目を合わせた。
「その理屈はよく知っている」
「···進軍」
「「「うぉおおおぉぉーーーッッッ!!!!!」」」
国軍による猛攻が始まった。7層のモンスター達を掃討した砲撃であったが、マミーエンペラーは無駄に魔力障壁で受けず近距離テレポートで避けながら最上位の攻撃魔法を連打した。
「デス×33、メテオストライク×7、マナフレア×16、ヘルファイア×20、コキュートス×2」
即死の呪いが、隕石群が、無属性魔力の炸裂が、負の爆炎が、死の凍結波が、国軍を襲う。
「探知パペットで転送位置を読め! 防御パペットの障壁を盾にしろ!!」
砲撃精度を上げ、守りも固め直されたが、国軍の被害はまたたく間に千人を越えた。
「···規定数です」
「うむ。司教様! よしなにっ」
探知パペットで測定していた側近に促され、コル・キは随伴する首都聖教会の司教に呼び掛けた。
錫杖を掲げる司教。
「おおっ、御使いよ! 千を越える殉教者達を御元に捧げます!! 今こそ光の誓約が果たされる時っ!!」
司教は7層を徘徊する天使族と契約していた。
兵達の命の対価に応え、光と共に数百のエンジェルナイトが出現。光の結界でマミーエンペラーの攻撃魔法を一時遮断すると、寄り集まり光の粒子に変わるとさらに集約して1体の光の鎧を纏った天使の巨人。ドミニオンエンジェルとして顕現した。
「救済には応じず、断罪には力を貸すものだよ! 神族とはっ」
「抜苦与楽なり···」
ドミニオンの言葉にマミーエンペラーは失笑し、渾身のマナフレアで光の結界を打ち砕いて交戦を始めた。
極大魔法と聖なる光の打撃の応酬。コル・キは生き残りの兵達と共に一旦出入り口付近まで下がった。
「レアなモンスターですが、マミーエンペラーの中でも特異な個体ですね。アンデッドがドミニオンと撃ち合いを成立させています」
「万一に備え、追い撃ちの備えは怠るな」
「はっ」
マミーエンペラーは善戦したがやはりアンデッドがSS級相当の神聖属性連打に耐え続けることは無理があった。
身体の崩壊が始まり、ドミニオンの右腕を砕くのと引き換えにザッハークの杖を粉砕されると一気に守勢周り出し、
「滅せよ」
巨神張り手スキルの光の衝撃を受け、マミーエンペラーは主の間奥の壁面に打ち付けられた。
歓声を上げるコル・キと側近以外の国軍兵達。
「···ここまでか。状況がイレギュラーでマスター会でも評価の分かれるところだろうね。クク。では、あとは契約を果たそう」
マミーエンペラーは迷宮と一体的に魔力を爆発的に高めた。ドクンっ! 大きく鳴動するボコス迷宮。そしてそのさらに地下のミスリル大鉱床も鳴動しだした。
闇の力が高まり、戸惑うドミニオン。
「何事だっ?!」
この地区の鉱床管理官が慌てふためくなか、同地区の権利者であるポォルテ・ソー『頭上』を見上げる。
「ふははっ、これで清々する。肥えた鉱床利権者どもめ! これからは闘争の時代である!!」
6層の商会拠点に居座って配下と共に贅沢三昧をしていたトゥパクは迷宮の鳴動に、骨付き肉を噛み千切りながら昂ぶっていた。
「地震や一時の物ではないな。7層から撤収する! 跳ねっ返りと商会のあの姐さんにも警告してやれっ」
フガクは素早く判断し、
「クソっ、もうかよ! 崩壊するタイプの迷宮じゃないだろうが···撤収だっ! 走って間に合うかっ、飛行絨毯使え! ありったけの持ち道具で抜けるぞっっ」
デリアレス隊等も速攻で最も近い転送門付きの野営地へ引き返しだした。
「まだ2体しか仕留めてないのにっっ、キィィーーーーっっ!!! ···撤収よっ! 蘇生出来ない全滅はただの間抜け! 店仕舞い! 店仕舞い!!」
商会連合団のエミリーも通信パペットの頭に八つ当たりしながらも撤退を始めた。
「司教! トドメを刺させてもらえますかなっ」
「あ、ああ。御使いよ! 魔を滅し給えっ!!」
「···光よ!!」
真・光剣乱舞スキルで光の刃を無数に放つドミニオン。が、全ての刃は空間の歪みに捉えられ、押し留められる。
「契約に従い、我が『死者の門』を以って、古き富の契約を破棄する。死よ、現れよ。我が身を鍵として!!」
闇が集約し、マミーエンペラーは胸部から裂けだし、冥府の裂け目が生じる。が吸い寄せられたの冥界の死者達ではなく、迷宮直下のミスリル大鉱床に宿りし御霊達であった。
御霊の抜けた鉱床は土塊へと変わってゆく。加工品は変化を免れたが、大鉱床はただの穴蔵へと変わってゆく。
唖然とする鉱床管理官。泡を吹いて昏倒するポォルテ・ソー氏の当主。
一方、
「おいっ、フガクのおっさん! この層、崩れるってこたぁねぇよな?!」
遁走しながらヤケクソ気味に、既に大階段を駆け上がる団の殿に入る構えのフガクに通信を入れるデリアレス。
「碑文を照らし合わせると、ボコス山に追い込まれたとある王国の者達が死の契約を結び、残存国民をミスリル鉱床に換え、王族と家臣達はニーベルング族へと転じた様子がある。そしてその終局も予兆もな。おそらく、恥じたのだろう」
「んなもん誰もいないとこでスッと片しとけや!」
「ハハッ、まぁ契約更新の対価を集めたんだろうさ」
「ざけんな!! マジクソ迷宮!」
「ハハハッ。所詮、我ら冒険者は他人の愚かな奇跡の上前をはねさせてもらってる身分さ。無事に済んだら転職を勧めよう、デリアレス坊」
「坊だぁ?! 俺は36だぞっ?!」
「ちょっと! なにがどーなってるの?! まだトントンにしかなってないわっ!!」
「稼いだね、姐さん。ハハ」
「ちょっと!」
「おいっ!」
通信はそれなりに錯綜していた。
···主の間では鉱床より開放され、『ただの死霊』となった御霊達はこれまでの怨みに任せて怒涛の勢いでドミニオンに打ち当たった。
光の結界は人の怒りと神への不信によってたちまち打ち砕かれ、ドミニオンは濁流に呑まれた砂糖細工のように砕け滅びていった。錫杖を取り落とす司教。
「「「うぅああぁぁーーーっっ??!!!!」」」
砲撃でも止められず、死の濁流に飲み込まれてゆく国軍兵達。
「···食べるかい? トルテ」
「頂きます」
兵達が逃れ始める中、コル・キは床に放り出された作らせていたお気に入りの杏のカカオトルテの一部を拾い割って差し出し、側近とそれを頬張った。
「苦手ですね」
「ああ、ま、存分に宝探しに興じれたのは悪くはなった」
2人は死に飲み込まれていった。
程なく7層は死の猛る死の奔流で満たされ、呪いの犇めく極めて不安定な探索困難な層と成り果て、当面封鎖されることとなる。
トゥパク王子一党が7層直下の地底世界に帰還するのは長命種の当人達がのらくらとしたこともあり、この後8年後であった。
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ダンジョン。それは願いの器。
その内に魔力と生命と、数多の願い未完の事実を溜めることで奇跡を起こす迷宮の形を取った死の魔法。
今日もまた、見果てぬ夢を見て冒険者達がここへ集う。
おのれが魔法の対価物に過ぎないことを知らぬまま···
さてさて、口上はこれくらいにして、私も慈善事業家ではない。私は私の契約を果たしてもらおう。
その、忘れられた砂漠の地は夕刻だった。灼熱の砂漠は夜には厳しい寒さとなるものだが、この曖昧な時刻、大気と太陽は優しかった。
1人、また1人。砂中から古風な懐かしい装束の生きた人々が姿を現す。その数はせいぜい200程度。皆、夢から覚めた顔だが、己達が何者出会ったかはもう忘れてもらった。
彼ら彼女らの側には細やかなオアシスが復活し、やや不機嫌な泉の精の宿る小さな祠も備え付けた。どうにか暮らせる程度の土壁の家屋も少々。穀類、干し棗、塩も少々。農具、工具、凡庸品の刀剣もある。魔除けの石柱と砂金も多少は。
過保護だろうか?
皆は誰でもない、『誰もの』だ。
わかるはずだ。ただ、そう。
今日は家に帰ってよいと。
対価は贖われた。いかなる卑劣も冷酷も不幸も。求められたのだ。
ようやく、終える。私は、風に散る、一陣の砂···




