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第79話 通貨の統一

 従業員が百名近くに増え、客層が人間から魔族、果ては精霊や亜人まで多種多様化した結果、農場の運営陣を最も悩ませる新たな「見えない壁」が浮き彫りになってきた。

 それは、経済の血流とも言える『通貨』の問題だ。


 地上の人間たちの間では、伝統的な『ゴールド(金貨・銀貨)』が共通通貨として流通している。

 対して魔界の魔族たちの間では、魔力の詰まった結晶を用いる『マナ(魔石貨)』が取引の基本だ。

 これらが一つの市場、一つのレジに混在したことで、現場の混乱は頂点に達していた。


「えーと、お客様。お買い上げの『朝採れ魔力イチゴ』が一個百ガバス……じゃなくて、百ゴールド(人間界価格)だから、今のリアルタイム為替レートだと……ええと、低純度魔石零.五七個分? あ、でも、さっき魔王様が大量に魔力を放出したせいで魔石価値が暴落したから、零.三二個分かな? お釣りが金貨だと……うああああッ!!」


 レジ担当を志願したリルが、あまりの計算の複雑さに瞳をぐるぐるさせ、完全にショートしてしまった。

「もう嫌だー! こんなの算数じゃない! 高度な魔法幾何学だよ! こんなの計算してる間に、イチゴが腐っちゃうよー!」

 リルが半泣きになり、ガントンが心血を注いで作り上げた最新式の「超高速・そろばん付レジスター」を魔力で粉砕しかけた、その時だった。


「リルさん、落ち着いてください。暴力で解決しても、金貨と魔石が混ざり合うことはありませんわ。……それなら、この農場内だけで通用する『独自の共通通貨』を作ればいいのです」


 エリナが、以前にも増して「敏腕経済コンサルタント」あるいは「冷徹な中央銀行総裁」のような、隙のない笑顔で提案した。

「名付けて『ダンジョン・ポイント(以下、DP)』制度です。……いいですか、テオさん。ゲートの入り口、つまり国境に相当する場所に『外貨両替所』を設置します。そこで、お客様の手持ちのお金(ゴールドでも魔石でも、あるいは物や魂でも)を、最新の魔道具である『DPポイントカード』に電子チャージしてもらうのです。農場内、旅館、直売所、すべての決済はこのカード一枚で、スマートに『ピッ』と済ませるようにしますわ」


 完全なるキャッシュレス化の導入だ。

 これならば、面倒な為替換算はサーバー(ロボのサブ脳)が一手に引き受け、一元管理できる。店員もお客も、小銭ジャラジャラの煩わしさから解放される。

 何より、提唱者であるエリナの真の狙いは、別のところにあった。


「ポイントカード化することで、お客様は『お金を支払っている』という心理的な痛み、すなわち罪悪感が極限まで希薄になりますわ。数字が単なるポイントに見える魔法……。これによって、客単価は平均で三割以上向上。さらに、チャージした金額の端数が残れば、それを使い切るために『ついで買い』を促すことも可能です。……ふふふ、くっくっくっ」


「……。エリナ様。……君、前世は本当に聖女だったの? 実は悪徳金融の取り立て屋か何かだったんじゃないかな?」

「失礼な。私はいつだって、迷える人々に『効率的な消費』という名の救済を授けているだけの一流の女将ですわ」


 こうして、世界初(地下初)のデジタル通貨『DPシステム』が試験導入された。

 結果は、文字通り劇的だった。

 魔界から来たコワモテのオークが、おにぎりを片手に「ピッ」とスマートに決済を済ませ、地上の誇り高い貴族が「ポイントが貯まったから、サービスの温泉卵を貰うよ」とホクホク顔で泥付き野菜を買い込んでいく。

 レジでの滞留時間は激減し、混乱は瞬時に解消。売上はエリナの予言通り、以前の倍以上にまで跳ね上がった。


 テオの農場は、もはやただの自給自足の拠点ではない。

 世界で最も合理的な経済システムと、最高品質の生産力が共存する、異世界最強の『キャッシュレス経済特区』へと進化したのである。

 テオは、ホバーで移動しながら端末を操作するロボを眺めながら、「便利になるのはいいけど、おばあちゃん子が小銭を握りしめて買い物に来るような、あの頃の情緒が少し恋しいな……」と、贅沢な悩みを抱くのであった。


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