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第66話 卓球大会

 日本の古き良き温泉宿の風景には、浴衣姿で白熱する卓球台が欠かせない。

 これは法律で定められているわけではないが、日本人としてのDNAに刻まれたテオの中では、もはや憲法よりも優先されるべき絶対的な様式美であった。

 というわけで、新設されたリラックスルーム兼休憩処の一角に、広大な卓球スペースが設置された。


 卓球台はガントンが「絶対に壊れない台を」というテオの無茶振りに応え、芯材に黒鉄、表面には極薄のミスリル・コーティングを施した特注品だ。どんな強打を受けてもしなり一つ見せない、世界一頑丈な卓球台である。

 ラケットは、テオが秘蔵していた世界樹の端材を削り出し、ラバーの代わりに粘着力の高いブルースライムの特殊加工皮を貼り合わせた。これにより、凄まじい回転スピンをかけることが可能となっている。ボールは、リザードマンの鱗を粉砕して樹脂で固めた、高強度・高反発素材の特製品だ。


「よし、一番風呂ならぬ、一番卓球の権利をかけて勝負だ、ティア!」

「望むところだテオ! 我が龍族の血が騒ぐわい。負けた方が一週間、勝った方の言うことを何でも聞くというのはどうだ? もちろん、肩揉みや耳掃除、おやつの譲渡も含むぞ!」

「いいだろう、乗った! お前の分のアイスクリームをすべて僕の胃袋へ送ってやる!」


 第一回ダンジョン温泉杯卓球大会・無差別級決勝戦。テオVSティア。

 周辺には、審判を務めるエリナや、解説役のガントン、そして欠伸をしているポチといった仲間たちが固唾を呑んで見守る中、試合(と書いて死闘と読む)の火蓋が切って落とされた。


「いくぞ! 先手必勝! テオ流・超速サーブ『ソニック・ブーム・ドライブ』!」


 テオがラケットを一閃させると、ボールが物理法則を無視した加速を見せ、音速の壁を突破した衝撃波ソニックブームと共に飛んでいった。

 キィィィン!!

 衝撃で空気が歪み、背後の壁に真空の渦が生まれる。普通の冒険者なら、ボールが空中から消えたと錯覚し、気づいた時には背中の壁が穿たれている速度だ。


「ふっ、甘い! 風よ舞え! 精霊の加護による理外の返球、『サイクロン・リターン・ヴォルテックス』!」


 ティアは微塵も動じず、風魔法でボールの周囲に竜巻のような渦を作り出した。ボールは急激に軌道を曲げ、重力を無視してS字を描き、さらに三つに分身したように見える魔球となってテオのコートへ襲いかかる。


「甘い甘い! 【空間把握・完全同期】!」

 テオは日々の耕作スキルで培った『大地の微細な振動から未来の座標を読み取る』能力を極限まで高めた。彼は分身する魔球の中から「本物」が持つ質量を瞬時に特定し、最短距離でラケットを叩きつける。


「カウンターだ! 『耕作・天地返し・スマッシュ』!!」

 下から上へと、地面を耕すような豪快なスイング。ボールには地脈のエネルギーが乗せられ、紫色の雷を纏いながらティアの顔面めがけて弾丸のごとく突き進む。


 カコーーン!! ズガァァン!! ボッ、ドゴォォン!!

 ラリーが続くたびに、会場内の空気は圧縮され、熱を帯び、火花が散る。打ち返されるたびに壁にはクレーターが刻まれ、床の石畳には亀裂が走り、窓ガラスはビリビリと悲鳴を上げて振動し続けている。もはやこれは球技ではない。ラケットという名の武器を用いた、至近距離でのキャッチボール形式の魔導戦闘であった。


「……あの、審判として一言。これ、もう卓球のルールじゃなくなってませんか?」

 エリナが飛んでくる破片を魔法障壁で防ぎながら、呆れ顔で指摘する。

「いや……これこそが極限の勝負じゃ。レベルが高すぎて、わしの動体視力でも残像しか追えんわい。もはや物理法則が泣いておるな」

 ガントンが感心したように(?)ビールを喉に流し込んでいる。


 試合は佳境を迎え、双方が究極の奥義を放とうとしたその時だった。

 カッ……パシィィィィィン!!

 凄まじい衝撃音が響き、視界が真っ白な光に包まれる。

 光が収まったとき、卓球台の上には、何も残っていなかった。


 ボールが、相次ぐ超音速の打撃と空気摩擦、そして込められた膨大な魔力の負荷に耐えきれず、空中で原子レベルに分解されて消滅したのだ。


「……消えたか」

「……ああ、消えたな」


 勝負なし。記録は「引き分け」となった。

 テオとティアは全身から湯気を出し、ボロボロになったラケット(折れてはいなかったが焦げていた)を置き、互いの健闘を称え合って握手を交わした。

「ふふ、次は負けんからな」

「僕の方こそ。本番(魔王戦)前のいいウォーミングアップになったよ」


 二人は清々しい笑顔で、そのまま仲良くお風呂へと直行し、湯上がりにエリナが用意してくれた特製の温泉饅頭を半分こして分け合った。

 壊れた会場の修理は、もちろん負けていない二人の共同作業(罰ゲーム)となり、翌朝までトンテンカンと工事の音が響き渡ることになったのは言うまでもない。まさに、破壊と創造の青春そのものであった。


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