第100話 ダンジョン農場は永遠に
地上の時間軸に合わせ、天井を埋め尽くすヒカリゴケが、次第に深みのある茜色へとその色調を落としていく、地底の「夕暮れ時」。テオは、農場全体を穏やかに見渡すことができる、かつて最初にテントを張った丘の上にあるお気に入りの切り株に腰掛け、いつものように自分の世界を見下ろしていた。
眼下に広がるのは、豊かな魔力を含んで黄金色に輝き、地底の微風を受けてサラサラと海のように波打つ稲穂の海。
その向こう側には、ドワーフの技術と精霊の魔法が融合した、温泉旅館『深淵楼』の情緒あふれる灯りがポツリ、ポツリと点り始め、立ち上る白濁した湯気が、幻想的な風景をさらに美しく彩っている。
風に乗って、遠くから子供たちがダイヤちゃんと追いかけっこをして遊ぶ無邪気なはしゃぎ声と、厨房で夕食の準備を始めた仲間たちの楽しげな話し声が、まるで心地よい音楽のように聞こえてくる。
「…………あの日。……本当に、ここに来て良かったな。……いや、ここに来られたことが、僕の人生で最大の幸運だったんだ」
テオは誰に聞かせるでもなく、静かに、一噛み一噛みするように独り言を漏らした。
十年以上前。理不尽にパーティを追放され、ただ一つの荷物袋を抱えて、絶望と恐怖に震えながらこの深淵の洞窟に突き落とされた、あの最悪の日。
当時は、世界中のすべてを恨んでいた。自分を役立たずと呼んだ勇者を憎み、神の不公平な采配を呪い、自分の惨めな運命を嘆いて、ただ死ぬのを待とうとした。
けれど、今は違う。
今なら、あの時自分を突き落とした勇者パーティにさえも。――あるいは、自分を切り捨てた不条理な過去のすべてに対して、心からの「感謝」を捧げることができる。
彼らがあの日、僕を突き落としてくれなかったら。僕は、この最高の「楽園」に辿り着くことはなかった。
ティアに出会い、エリナに出会い、ポチや、ロボや、リルや、ガントンさん……。そして、今こうして僕の耳に届く、愛しい家族の笑い声を知ることは、決してなかったのだから。
この不毛だったはずの場所が、僕に「本当の生きる意味」とは何かを。そして「家族と囲む、本当の幸せの味」とは何なのかを、その身をもって教えてくれたのだ。
「……さて。……感傷に浸るのも、ここまで。……明日も、朝は早いんだ」
テオは大きく背伸びをして、立ち上がった。使い込まれた身体の関節が、ポキポキと心地よい音を立てる。
明日は何を、新しく植えようか。……魔界から取り寄せた、あの奇妙な実がなる苗を試してみるのもいいかもしれない。
明日はどんな新しい料理に挑戦しようか。……ティアが「甘いものが食べたい」と言っていたから、地底特産のマナ・ベリーをふんだんに使った新作ケーキを作って驚かせてやろう。
明日は、どんなワクワクすることが、この深層の楽園で僕たちを待っているだろうか。
テオのスローライフに、終わりという文字は存在しない。
この豊潤な大地がある限り。そして、何物にも代えがたいこの大切な仲間、そして家族が、そこにいてくれる限り。
異世界最強の農夫と、その愉快な仲間たちが織りなす、最高に美味しくて、最高に騒がしい物語は。――これからも、ダンジョンの歴史が続く限り、永遠に、幸せな足取りで続いていくのだ。
「……さあ、帰ろう。……みんなが。暖かいご飯が、待ってる」
テオは黄金のクワを肩に担ぎ、鼻歌を口ずさみながら斜面を駆け下り始めた。
茜色の光が差し込む、温かい「我が家」の明かりを目指して。
その足取りは、あの日この場所に辿り着いた時よりも。そして、どんな伝説へ至る英雄の道よりも。……いつまでも、どこまでも、軽やかであった。




