第1話 役立たずの烙印
「テオ、悪いが今日でお前はパーティをクビだ」
深淵の迷宮、地下50階層。
未だかつて誰も踏破したことのない未開領域への入り口で、勇者アレクの声が冷たく響いた。
焚き火の爆ぜる音だけが、不気味なほどの静寂の中で聞こえてくる。
僕は手にしていたおたまを止め、アレクの整った顔を見上げた。きっと悪い冗談だろうと思った。
だが、彼の瞳に浮かんでいるのは侮蔑の色だけだった。
周囲を見渡す。
賢者ミランダは興味なさそうに杖を磨き、戦士ガストンはニヤニヤと笑いながら肉を齧っている。
ただ一人、聖女エリナ様だけが、青ざめた顔で唇を噛み締め、俯いていた。
「えっ……クビって、僕が? でも、どうして急に……?」
僕が問い返すと、アレクは呆れたようにため息をついた。
「急じゃないさ。ずっと前から考えていたことだ。いいかテオ、はっきり言っておくが、お前のその『農業スキル』は、これからの戦いには全く役に立たないんだよ」
「役に立たないって……。でも、毎日の食事も僕が作っているし、野営地の整地だって……」
僕は食い下がった。
確かに僕は戦闘職じゃない。持っているスキルは【至高の農具】。土を耕し、種を撒き、作物を育てるだけの地味なスキルだ。華々しい剣技や魔法とは無縁だ。
けれど、パーティへの貢献度は低くないはずだ。
不味くて硬い保存食を、謎の野菜(魔法で出した新鮮野菜)と煮込んで絶品スープに変えたのは誰だ?
ゴツゴツした岩場を耕してフカフカのベッドにして、安眠を提供したのは誰だ?
ポーション代を浮かせるために、薬草を栽培して回復薬を作ったのは誰だ?
「それが甘いんだよ!」
戦士ガストンが、食い散らかした骨を放り投げながら口を挟んできた。
「俺たちが求めているのは圧倒的な戦闘力だ! 美味しいスープでも、寝心地の良いベッドでもねえんだよ! お前、昨日のドラゴンゾンビ戦で何してた? 後ろで震えてただけだろうが!」
「それは……だって、エリナ様を守るために後衛にいろって……」
「言い訳すんな! あの時お前が火球の一つでも撃てれば、俺は怪我をしなくて済んだんだ!」
理不尽な言い分だった。あの時、ガストンの傷を即座に薬草湿布で治したのは僕なのに。
「それに、お前のそのナヨナヨした態度も気に入らねえ。魔物が出ても『畑が荒れるからあっちでやって』とか、『土が汚れる』とか、ふざけてるのか?」
「魔物の血は土壌を酸性にするから、中和しないと……」
「そういうところがズレてんだよ、農民風情が!」
ガストンの怒鳴り声が洞窟内に反響する。
僕は小さく息を吐いた。ああ、何を言っても無駄だ。
彼らはもう、僕を仲間だと思っていない。ただの「お荷物」として切り捨てるつもりなのだ。
「……わかった。君たちがそう言うなら、仕方ないね」
「おい! テオさん、そんな簡単に……!」
エリナ様が悲痛な声を上げて立ち上がろうとしたが、アレクがその肩を強く掴んで制した。
「話が早くて助かるぜ。で、だ。ここから地上に戻るまでの食料品と装備は置いていけ。それはパーティ共有の財産(金で買ったもの)だからな」
「えっ? 待ってよ、ここから地上までは徒歩で一週間はかかるよ? 食料も装備もなしじゃ、生きて帰れない……」
「知ったことか。今までタダ飯食わせてやったんだ、そのくらいの対価は払ってもらわないとな」
「そうよ。この階層まで連れて来てあげただけでも感謝しなさい」
ミランダまで冷淡に言い放つ。
死ねと言っているのと同じだ。いや、彼らにとっては、僕がここで野垂れ死のうがどうでもいいのだろう。
ここまで酷い扱いを受けるいわれはないはずだが、不思議と怒りは湧いてこなかった。
むしろ、心のどこかで「やっと終わった」という安堵感が広がっていた。
(そっか……もう、あいつらの好みや栄養バランスを考えて料理をしなくていいのか)
(毎晩、彼らのいびきを聞きながら見張りをしなくていいのか)
そう考えたら、少しだけ肩の荷が下りた気がしたのだ。
僕は腰に下げていたマジックバッグ(中身は食材と調理器具で満杯だ)と、護身用のミスリルの短剣を地面に置いた。
手元に残ったのは、愛用のクワ――祖父の形見であるボロボロの鉄クワと、ポケットに入っていた数粒のトマトの種だけ。
「……今までありがとう。元気でね」
「ふん、さっさと消えろ。二度と俺たちの前に現れるな」
勇者たちは僕に背を向け、結界魔法を張ったテントの中へと消えていった。
残されたのは、暗く、湿った、静寂に包まれたダンジョンの深層。
遠くから、得体のしれない魔物の咆哮が聞こえ、冷たい風が吹き抜けていく。
普通の人間なら絶望して泣き叫ぶ状況だ。
魔物はSランク級がうようよいるし、食料もない。
でも、僕は足元の地面を見つめて、思わず口角を上げていた。
「へえ……ここの土、すごくいい匂いがする」
僕はしゃがみ込み、黒々とした土を手に取った。
湿り気を帯び、魔力をたっぷりと含んだ重厚な土。
指の間でこすると、芳醇な腐葉土の香りが鼻をくすぐった。
地下50階層の未開の地。
そこは人間にとっては地獄の入り口かもしれない。
けれど、根っからの農家である僕にとっては――手つかずの、最高級の肥沃な大地に見えたのだった。




