第1話 怪しい客
「ワイバーンで隣町までひとっ飛びだぞ! 馬車なら半日かかるのをたった三十分で行けるんだぞ。こんな便利な乗り物を何で誰も利用しないんだよぉ……」
オレは馬車ギルドの待合所で、そんな愚痴をこぼしながらテーブルに伏していた。
『仕方ないよ。料金が高すぎるって。馬車の十倍じゃあ、いくら速くても利用してくれないよ』
オレの周りを飛び回る、蝶のような翅の生えた身長二十センチくらいの女の子がオレをなだめる。
「ジルのエサ代を考えたら十倍でも格安だよ。みんな、この乗り物の価値に気づいていないんだ」
そうだ、そうに違いない。もっと宣伝しなければ――
乗合馬車ギルドの掲示板に書き込むくらいじゃ、客は気づいてくれない。
でも、どうやって宣伝をすればいいんだ?
「せめて、この世界にもSNSがあればなあ……」
申し遅れた。オレはエリオット。いわゆる転生者だ。
日本人だった前世のオレは、都内を走る個人タクシーのドライバーだった。
飛竜騎士一族に生まれ変わったオレは、先日、騎士団採用試験に不合格となり、めでたく(?)勘当された。なので、今はファミリーネームを名乗れない。
まあ実のところ、「堅苦しい騎士として生きていくのがまっぴらごめん――」で、わざと試験で手を抜いたのだけどな。
そして、新たに始めたのが『空飛ぶタクシー』だ。相棒のワイバーン、ジルにお客さんを乗せ運賃をいただく――という画期的な職業だ。
しかし、その仕事を始めて早や三日。いまだ、客は現れない。
「しかたない。今日も諦めて、夕飯でも食べに行くか」
そう呟き、立ち上がると「待ちな」という声が聞こえる。
振り向くと、そこに乗合馬車ギルドの職員がいた。
「明日からもう来るな」
――へっ?
「どうして?」
「どうしてもこうしても、あのワイバーンがいるおかげで馬が怯えるとギルドメンバーから苦情が来ているんだよ!」
「そんなあ、ジルはとても大人しいから、馬なんて襲わないよ」
「そういう問題じゃねえ! そもそもここは乗合馬車ギルドだ! たしかに馬の代わりに魔獣を使うギルドメンバーもいるが、ワイバーンなんて聞いたことがない」
「だからって……」
「とにかく、ちゃんと伝えたからな」
それだけ言って、おっさんは行ってしまった。
マ、マジかよ……
はあ……ワイバーンの空飛ぶタクシー。きっと大成功すると思ったのになあ……
早くも営業存続の危機に陥ってしまった。
「おい」
肩を落として、ギルドハウスから出ようとしていたオレに声を掛ける人物が――
振り返ると黒の外套を纏った人物が二人。フードを深く被り、顔も黒い布で覆っている。
なんだコイツら、ヤバイ雰囲気プンプンじゃないか。
「えーと、オレを呼びました?」
「キサマがあの書き込みをしたワイバーン乗りか?」
女性の声だった。しかし、威圧的でオレのことを『キサマ』呼ばわりするので、さすがにムッとした。
「ああ、そうだけど?」とオレも無愛想に答えてしまう。
「今から、ダルタール帝国の帝都まで我々を送ってくれ」
「……はあ?」
ちょっと待て、今から? もう日が暮れているぞ。しかも、帝都だって? 五百キロメートルくらいあるぞ? そもそも、帝国って――
はあ……やっと来た客がこれかよ。
「悪いが明日の朝来てくれ。今日は店じまいだ」
「明日じゃ遅いのだ。なんとしても今晩のうちに帝都に到着しなければならない」
今晩のうちって……そりゃあ、ワイバーンなら帝都まで一晩で行けなくもないが――
「知らないのか? 今、王国と帝国は緊張状態で、両国の軍が国境に集結しているんだぞ。国境を超えるのだって一苦労だというのに、今晩中になんて無理だ」
「だから、空を飛ぶことができるワイバーン乗りの貴様にお願いしているのだろ!」
おいおい、ずいぶんと横暴なことを言うじゃないか。
それって、オレに領空侵犯しろと言っているのか?
「話にならない。他を当たりな。まあ、オレ以外のワイバーン乗りなんて、いないと思うがな」
「だから、頼んでいるんだ。金なら言い値を出す! とにかく、一刻を争う状況なのだ」
「そんなの、あんたたちの都合だろ?」
「キサマ! ここまで頼んでいるのに、その態度はなんだ!」
その言葉、そのままお返しするよ。
「アンリエッタ、よしなさい」
もう一人の人物が声をかけてきた。
こっちも若い女性だ。しかも、鈴を転がしたような美しい声の――
「ですが――」
「ここは私に任せてください」と、もう一人が前に出る。そして、頭を深々と下げた。
「このような申し出で、お気を悪くしても仕方ありません。ですが、これはこの国の――いえ、この大陸の危機を救うため。どうか、ご協力をお願いできませんか?」
なんだ?
なんか話が大きくなったぞ……
大陸の危機?
どういう意味だ?
その時、ピロローンという電子音が脳内に聞こえ、『クエスト発生』という表示が視界の上部に現れる。
『緊急クエスト:****からの依頼~大陸を危機から救え~
Yes or No 』
『緊急クエストだよぉ』と蝶の翅が生えた小さな女の子がオレの周りを飛びながら声をかけてきた。
空飛ぶタクシー業、最初のクエストがいきなり『伏字』かよ。
こいつら、いったい誰なんだ?
だが、それについて問いただすことをしない。転生前、タクシードライバーだった経験から、客の素性を検索するような真似をしてはならない――そう悟っていたからだ。
「……わかった。帝都まで飛んでやる」
「ありがとうございます!」
「しかし、夜間手当に急行料金、ついでに危険地帯を飛行するための危険手当もガッツリいただく! それでいいな!」
オレは、視界に浮かぶ『Yes』を押した。
『緊急クエスト受理しました!』
「ああ、よろしく頼むぜ、ナビちゃん!」




