ややこし結び
【妖怪図鑑】
『ややこし結び』
5歳児くらいの大きさ。人間よりも少しだけ目が大きい。
紐・縄・イヤホンなど、長めの物は何でも結びたがる。
河童・天狗・座敷童子──メジャー妖怪には、仕事が常にある。
しかしマイナーな奴らは、なかなか職に就けない。
『妖怪ハローワーク』
突如現れ、24時間以内に消える。
妖怪だけが視えるハローワーク。
そこを見つけた妖怪たちは、慌てて駆け込む。
◆
本日、杉並区・高円寺の純情商店街の中に『妖怪ハローワーク』が現れた。
18時32分、4番窓口──
女性職員は、妖怪・『逆に』
男性相談者は、妖怪・『ややこし結び』
これは、相談の一部始終である。
ややこし結びは、背が人間の子どもサイズ。椅子の上で、脚をプラプラさせている。
「ん〜、今はワイヤレスイヤホンの時代ですからね……そういった案件は、少なくなります」
「そうですか……」
ややこし結びは、俯いた。
「逆に、結ばない案件ならございますよ」
「いや、オイラは結ぶ案件を探してるんだって」
「逆に、結ぶ案件ですね」
「それ、元に戻ってる」
「逆に、そうとも取れますね」
「話に無駄が多いよ」
「……すみません」
彼女は黙った。逆にを言い過ぎているせいで、「ぎゃ──」の口のまま固まっていた。
ややこし結びは、ため息を吐いた。
諦め、外に出た。
◆
気分転換に、高架下にあるタブチに行った。カレーを注文して、食べる。
調子に乗って大盛にしたから、お腹がパンパンになった。
北口広場前の公衆トイレに駆けこむ。
すでに個室の使用者が居て、待った。
しばらくするとドアが開き、トイレの花子さんが出てきた。
(なんで男子トイレに!)
彼女は「入ってませんけど」感を顔に出し、手も洗わずに出ていった。
「売れている妖怪は、一味違うな……」
ややこし結びは、呟いた。
◆
トイレを出て、ガールズバーに行く。
金も無いのに、女の子に3杯も奢った。中島みゆきの『糸』を熱唱した。
店を出た。ひとりになった。
道で吐いた。泣いた。
「結びてえ……!」
東京、最後の夜になった。
◆
ややこし結びは、愛媛県に帰った。
電車とバスを乗り継いで、実家に戻る。
山と川と田畑。それしか無いが、空気が都会の数倍は美味しい場所。
上京した頃よりも、人口が減っていた。
ジジババしか居ない。
ややこし結びは、帰ってきたことに後悔していた。
ここには、ガールズバーがない。
他人の家の台所。
媼が煮物をこさえている。甘辛い匂いが、鼻先に届く。
ややこし結びは、涎を垂らす。下に隠れ、卓上に置いてあるおにぎりに、こっそり手を伸ばす。
媼は、何かを感じ、野菜を切るのを止めた。振り返った。小さな手が見えた。「フフっ」と笑ったあと、「これ!」と怒鳴りつけた。
ビクッとした手が、素早く卓の下に引っこんだ。
「……そんなことせんでも」
媼はプラスチックのパックに、おにぎりとおかずを詰め、ややこし結びに渡した。
「ほれ、持っていき」
媼は笑った。ややこし結びは、戸惑った。
張り込みのように壁から顔を出す。片手にはおにぎり。頬張る。
野良仕事の合間、翁がカバンからラジオとイヤホンを取り出した。
ややこし結びは、ニヤリ。
「何じゃあ、こりゃあ!」
イヤホンが、こんがらがっている。
「え〜い、クソ!」
苛々して、翁は引っ張る。もっと結ばれた。
苦戦していると、少し離れたところで「プププ」と聞こえた。
翁がそちらを見ると、ややこし結びが笑っている。
「またお前かー! このイタズラ小僧めー!」
あっかんべーして逃げる。
元陸上選手の翁に、すぐ捕まる。
野良仕事を手伝わされる。
「勘弁しろよ!」
言いながら、シメシメと笑う。
ジジババとの繋がりも、しっかり結んでやる。そう企み、目の前の空気をキュッと結んだ。
終
1話完結。
色々な妖怪で書いていきます。




