第十九話 覚悟ってなんだっけ
「ひぃいい~~~」
僕は半泣きで森の中を移動していた。
ベンの背中に乗って、である。
残っていた煙幕を使って少しだけ時間を稼いだ後、フィデスからベンに乗り換えて、フィデスとは別行動することになった。
仕込みをするらしいが、詳しいことは聞いていない。
「ブルルァっ!!」
ベンにおんぶされている僕を見つけた”森の砲弾”は唸り声を上げ、地面を蹴り始めた。
なるべく距離を空けているとはいえ、発する殺気のせいで睨まれているだけで背筋が寒くなる。
絶対殺す。
そう言われているかのようだ。
昨日逃がしたことをそんなに恨んでいるのだろうか。逆恨みも甚だしい。
ベンは流石はプロの冒険者で、”森の砲弾”との距離が縮まってくるとタイミングを見計らって素早く飛び退き、距離を保ち続けている。
時には木に巻き付いていたツタを使ってターザンのように華麗に舞ったりまでしていて、絶叫コースターより怖い。
しかし流石に昨日ほどの余裕はない。
ちょくちょく立派な牙がすぐそばを通っていくので、いつか当たるのではと気が気ではない。
その距離感が”森の砲弾”にはおちょくられているようで腹立たしいのか、回を重ねるごとに鼻息が荒くなり、興奮していっているようだ。
「これっ、いつまで続けるんですかっ!?」
「合図があるまで!」
振り落とされないようにしがみついているのもなかなかに大変だ。
”森の砲弾”は魔力溜まりの中にいるせいか、疲れる様子はない。
魔力溜まりを支配下に置いた魔獣は、大地から直接潤沢な魔力を吸収できるので、魔力溜まりの中にいる間はスタミナ切れも無いし、ちょっとした傷も再生してしまうのでほぼ無敵なのだという。
なんだそのチート能力は!
いよいよもって僕にはどうしようも無い相手だ。
二人がどんな策を持って動いているのかわからないが、それに賭けるしかない。
それにしても、僕の役割というのはこうして囮になってフィデスのために時間を稼ぐ、ということ?
フィデスの魔術がどれほどのことができるのかわからないけれど、この絶望的な状況を覆すようなことができるのか?
こんなの相手にするとか、暴走してるトラックを生身で止めろと言われているようなもんだよ!
と、ベンが急に方向を変えた。
来た道を折り返すように”森の砲弾”の脇をギリギリで潜り抜けていくので、危うく僕の頭が地面をこすりそうになる。
「!? ど、どうしてそんな危ないところをっ!?」
「位置調整!」
短く答えてまたも走りだすベン。
こんな走り回ってて位置調整も何もあるのか!?
僕、もう自分がどっち向いてるんだかわからない!
林の中にばきんばきんと恐ろしい音が鳴り響く。
”森の砲弾”は「ブルルァッファ!!」と唸り声が大きくなり、ますます怒髪天で目を血走らせていく。
地獄のように長い時間だったが、実際には数分の出来事だったのだろう。
不意に林の中から「ぴゅいーー」という指笛の音が聞こえた。
「合図だ!」
身を翻して真っ直ぐに集合場所へと向かい始めるベン。森の中でどうやって方角覚えているんだろう。
「そ、それで、ここからどうするんですか?」
合流してベンの背から降りると酔ってぐらりと地面が回った。
立っているのも精いっぱいだ。
「最後の仕掛けをする」
「倒れないでしっかり立っててね」
あれ?二人ともなんで縄なんて持ってこっち見てるんですか?
そして僕は簀巻きにされて棒にくくられ、森の中で立たされているのだった。
……なんで!?
「お、囮に使うのはしょうがないと思ってたけど、これはあんまりじゃないかぁ!」
囮どころか餌じゃないか!ここまでする覚悟はしてないぞ!
死なないって言ってたよね?なんか策があるんだよねぇ!?死んだら化けて出てやる!敬語なんか二度と使ってやるもんかっ!
ご丁寧に目隠し付きだ。おかげで周囲の状況がわからなくて怖さ倍増である!
二人はさっさと逃げてしまったのか、周囲に人の気配はない。
「動かないように」と言われたけど、棒にしっかりと張り付けられているせいで動きたくても動けやしない。
ひとしきり騒いだところで返事もなく、静かになると途端に自然の音が聞こえだした。
風に揺れて木の葉の擦れる音、かすかな川の音。
そして……なにか重いものが木の葉を踏み分けて近付いてくる音。
ごくり、と唾を飲んだ。緊張で体が強張る。
ふごふごと鼻息が聞こえた後。
「ブルルァッ!ブォァッ!!」
しばらく周囲の匂いを嗅いでいた”森の砲弾”が、僕の居場所に気が付いたのか雄叫びを上げた。
地面を蹴り上げ、獲物を仕留めるために、走りだす。
土を抉る蹄の音が、迫ってくる!
音しか聞こえない状況に不慣れなせいで、僕には正確な距離感がつかめない。
走ってきてるってことはもう近くにいるのか?目隠しを外したらもう目の前にいるのでは?
ヤバい、ヤバい、ヤバい、怖くて漏れそう。
冷や汗が全身をぐっしょりと濡らしている。
迷っている暇はない、逃げなければ。そう思っても緊張して震える体は動かない。
………そもそも簀巻きにされてるから逃げられないんだけどさ!
ああ、ふざけてみてもだめだ。全然怖いのが和らがない。
「死」というものが塊となってこちらに向かってくるのを感じる。
……結局、僕は見捨てられたのか。
そりゃそうだよなぁ、こんなお荷物、命懸けで守るよりは見捨てて逃げた方が良いもんなぁ。
「ブォァァアーーッ!!」
これは僕でもわかる。もはや小さな鼻息すら聞こえるほどの距離で”森の砲弾”が大きく嘶いた。
そのままその口で、僕を食べるつもりなのだろう。
僕は来る衝撃に備えてきつく目を瞑り、歯を食いしばった。
「今だ、引けーーっ!!」
突然響いた掛け声と共に、体に巻かれた縄がぐいと、勢いよく、なんてもんじゃない、体がばらばらになるかと思うほどの力で引っ張られた。
軽く地面に刺さっているだけだったらしい棒はすぐにすっぽ抜け、僕の体は勢いに任せて宙を舞う。
「ぷげ」
首折れる!!
あまりの勢いに目隠しが外れて一瞬前が見える。
ひぃ、視界いっぱいに口蓋が広がっている!!
うねる舌を避けるように僕は高速で”森の砲弾”の口内を脱出していた。
そして”森の砲弾”はその勢いのまま、僕の後ろにあったものに突っ込んだ。
それは折られた木だった。
”森の砲弾”にへし折られて断面が槍のように鋭利になった木の幹。
それを角度をつけて半ば地面に埋め込んだもの。それが僕の背後に隠されていたのだ。
いかに正面から木を砕く力があろうと、待ち受ける槍衾のように設置されたそれに突っ込めば”森の砲弾”と言えどただでは済まなかった。
それも、僕を喰らうために大口を開けていたのである。
木は柔らかい口の中に突き刺さり、”森の砲弾”の体を内側から貫いた。
そこまで見届けたところで、宙を飛んでいた僕の体は優しく受け止められた。
「無事かね?」
思考が固まっている中、降ってくる優しい声。
見下ろしてくるフィデスは微笑んで、まるで英雄のようで………なわけあるかぁーっ!!!
「何が「無事かね?」だよ!ふっざけんなよ完っ全に餌に使ったじゃねーーかっ!!!」
助かったと思ったら、ふつふつと腹の底から怒りが湧いてきた。
ああいうのは協力って言わないんだよ!!流石の僕もブチギレですよ!?
僕言いましたよねぇ「死ぬわけじゃないなら」って!!明らか死にかけてんじゃねーか!
なにを朗らかに笑いかけてんだ!
っていうかこの縄さっさと解いて!
「うん、敬語が崩れた君もなかなか魅力的だね」
「はははっ、元気そうで何よりだねー」
むきー!二人とも全然悪いと思ってないぞ!
縄はどうやら林の中で潜んでいたフィデスとベンが端っこを握っていたらしい。
”森の砲弾”が食いつきそうになったら引っ張って僕を脱出させる手筈だったのだそうだ。
釣りかな?
ギリギリまで引き付けて、目線などで罠を悟らせないためにあえて目隠しで状況を分からなくさせられてたらしい。
ひどいや。
フィデスは森の中で丁度よさげな木を探して、それを魔術で地面に埋めたのだそうだ。
「歩兵が使うパイクって槍の使い方の一つに、地面を使って支える方法があるんだ。ほんとはしっかり膝と手で固定するんだけどさ。人でも騎馬や戦車を相手にできるから、槍をでかくすりゃコイツもいけるかと思って」
うまくいってよかった!とベンが笑う。
森の中を走り回っていたのはフィデスのための時間稼ぎもあるが、何より”森の砲弾”がそんな罠に頭が回らなくなるほど怒り心頭にさせることが目的だったらしい。
だからあんなギリギリをすり抜けるようなことしてたのね。
「しかし……突貫工事でかなり魔力を消費してしまった。私はしばらく使い物にならんと思ってくれ」
ふぅ、と座り込みながらフィデスが言った。
よく見ればフィデスも汗だくだ。
魔術が使えるとはいえ、得意というほどでもないらしいフィデスは、木を埋める魔術で相当な魔力を使ってしまったらしい。
体内の魔力が急激に減ったせいで、今は目眩と頭痛と脱力感が酷いそうだ。
貧血に近いのかもしれない。
魔力切れは、酷い時は体が弱って死んでしまうこともあるそうなので、相当無理をしてくれたのだろう。
………そんなの、怒るに怒れなくなっちゃうじゃないか。
縄を解いてもらってようやく振り返ると、”森の砲弾”が串刺しになって痙攣していた。
口からはゴボリと血が溢れている。
うう、グロい。
こんな姿を見てしまうと罪悪感が湧いてしまうが、こうしなければ僕らが死んでいたのだ。
「よし、じゃあ討伐部位を獲っておこうか」
縄を手早く丸めて片付けるとベンが手を叩いて言った。
討伐部位。冒険者が魔獣を狩った証明として持っていく部位のことだ。
猪だと確か、片耳だったっけ。
毛皮を掴んでよじ登り、ベンが”森の砲弾”の息の根を止めるため、ナイフを首筋に当てる。
………そのときだった。
「グ……ブァアッ!!」
べきり、と刺さった木を引きちぎり、口から血を吐きながらも”森の砲弾”が立ち上がった。
「!? うそだろ、まだ動けるのかっ!?」
”森の砲弾”が頭を振る。
勢いに負け、吹き飛ばされたベンが身体を木に打ち付けられ、力なく崩れ落ちた。
「ベンさんっ!」「ベン君っ!」
返事はない。助けに行きたいが、”森の砲弾”がそれを許すはずもない。
「がぼ……ブルァッ!!」
「なんだよ…なんでそんなに僕のことを襲いたがるんだよ…!」
こんな、死に瀕した状態になってもまだ僕から目を離さない魔獣の姿に、恐ろしいものを感じる。
呪いというのはここまで強いものなのだろうか?
刺し違えてでも喰らう。そう言っているかのような”森の砲弾”の目。
これは、生半可に剣を振るったところで止められそうもない。
ベンは動けない。フィデスも魔力切れ。
……どうする?どうすればいい?
『てお』
ぐるぐると迷っていると、場違いに気の抜けた声が響いた。
「テオ!?何しに来たの、逃げて!」
ふよん、と浮遊して現れたのはテオだった。
どこに行ったのかと思っていたけど、林の中を一通り散策して満足したのか戻ってきたようだ。
だけど今はタイミングが悪い!巻き込まれる前に早く逃げてくれ!
そんな僕の願いもどこ吹く風、テオはすぃ、と僕の前に来ると、”森の砲弾”との間を塞ぐように立った。
「ブ、ブァ……!?」
”森の砲弾”が、突然現れたテオに驚いた表情をする。
『ておんお。てっおん、おおん!』
あれ、テオ、なんだか怒ってる?
表情はよくわからないけれど、なんとなく語気は、怒っているような気がしなくもない。
しかし身長30㎝程度のテオが胸を張ったとて、相手は2mの巨大猪である。
”森の砲弾”からすれば豆粒と変わらないだろう。
「………ブルゥァァーーッ!!」
ほんの少しの間、動きを止めていた”森の砲弾”だが、やはり攻撃の意思は緩めず威嚇の雄叫びを上げた。
僕はテオを逃がそうと、手を伸ばした。
『おんっ』
テオは軽く手を振り下ろした。
…………次の瞬間、”森の砲弾”が地面に沈んだ。
ゴッ、という鈍く重い音と共に、見えない何かに殴られたかのように、巨体が凹んで地面に叩きつけられた。
「……!!?」
あまりの光景に、動けなかった。
ぽかんと、口を開けて見ているしかない。
後ろで青い顔をしているフィデスも、口を半開きにして見ていた。
めりめりと音を立てながら未だ”森の砲弾”はその体を地面に沈めていく。
藻掻いていた足が動かなくなり………ようやく、沈むのが止まった。
ふっ、といつのまにか周囲を支配していた圧力のようなものが消え去り、僕はその場にへたりこんでしまった。
『てお、ておん、お~?』
何事もなかったかのようにテオが振り返り、僕の周りを飛んで最後に頭に着地する。
いそいそと寝床を整えると、すやすやと眠り始めてしまった。
…………なんか、とんでもないものと、知り合ってしまったみたい。




