絶対に失敗しない方法
「絶対に失敗しない方法を知りたいですか?」
そう言って現れたのは、謎めいた男・Eだった。ビジネスに疲れ切った若者・Fは、もう何度目かのプレゼン失敗の帰り道、その言葉に足を止めた。
「失敗しない方法なんてあるわけないだろ」
「ありますよ。ただし、代償がありますが」
Fは半信半疑ながらも、話を聞くことにした。
Eが差し出したのは、一冊の小さなノートだった。中にはこう書かれていた。
『絶対に失敗しない方法:行動しないこと。挑戦しないこと。何も始めないこと。』
Fは読み返して、呆れたように言った。
「……それ、人生を放棄しろってことか?」
Eは静かにうなずいた。
「失敗は行動の副産物です。行動をしなければ、失敗は起こりません。絶対に、です」
Fはノートを返そうとしたが、Eは手を振った。
「差し上げます。あなた次第ですから」
家に戻ったFはその夜、眠れなかった。何もしなければ、傷つくこともない。だが何も得られない。何も残らない。けれど……失敗の痛みから解放される誘惑は、想像以上に強かった。
次の日からFは、誰とも連絡を取らず、外にも出ず、プレゼンも辞退した。やがて失敗のない日々が始まった。何も起こらない、穏やかな日々。
しかし半年が過ぎた頃、Fは鏡を見て驚いた。自分の目が、まるで何かを完全に諦めたような空虚な光を放っていた。
「これは……成功とも、安らぎとも違う」
Fは再びノートを開いた。最後のページに、文字が浮かび上がっていた。
『失敗しないことは、生きていることと両立しません』
Fはノートを燃やし、埃をかぶったプレゼン資料を開いた。
「また失敗するかもしれない。けど、それでいい」
その日、彼は初めて、自分の意志で一歩を踏み出した。絶対に失敗しない方法は、もう必要なかった。




