「永遠の一瞬」
高木誠と美咲は結婚30周年を迎えた科学者夫婦だった。長年開発してきたタイムマシンをついに完成させた二人は、ささやかな願いを叶えるため、30年前の自分たちの結婚式の日へと旅立った。若き日の自分たちを祝福し、幸福に浸った二人だったが、現在に戻るタイムジャンプ中に異変が起きる。
激しい振動の後、二人が目覚めたのは、荒廃した5000年後の未来だった。人類は環境破壊と戦争で滅亡し、地球は静寂に包まれていた。タイムマシンは故障し、帰る術はない。
二人は絶望の淵で決意する。自分たちの科学知識を使い、この世界で新たな人類を再生させることを。彼らには子供がいなかった。保存されていたDNAサンプルと、自分たちの遺伝子を使い、二人は人工子宮で次々と「子供」を生み出し、人類の英知を授けていった。
数世紀が流れ、新たな人類社会は着実に発展し、誠と美咲は「創造主」として敬愛された。しかし、彼らは深い孤独を感じていた。遺伝的には子孫でも、共に過ごした記憶のない彼らはどこか他人のようだった。
やがて、新人類は飛躍的な科学発展を遂げ、タイムマシンの技術をも再発見するに至った。
ある日、彼らの「子孫」である評議会の代表者が、老いた二人のもとを訪れた。
「偉大なる創造主よ。我々はあなた方に心から感謝しています」
代表者は深々と頭を下げた。誠と美咲は、彼らが元の時代に帰してくれるものと期待した。しかし、代表者の言葉は予想外のものだった。
「我々は歴史を解析し、一つの結論に達しました。あなた方の存在は、この世界のタイムラインにおける『特異点』です。我々の歴史の純粋性と安定性を保つため、この特異点を修正する必要があるのです」
「修正…?」美咲が震える声で尋ねた。
「はい。あなた方の存在そのものを、この時間軸から穏やかに消去させていただきます。それは破壊ではありません。歴史の最適化です。あなた方の偉大な功績に敬意を払い、苦痛のない、最も名誉ある方法で行います」
子孫たちの目は、どこまでも澄んでいて、合理的だった。彼らにとって、これは善悪の問題ではなく、単なるシステム上のエラー修正に過ぎないのだ。
誠と美咲は互いの手を取り合った。自分たちが創り出した子供たちによって、その存在を「消去」される。これほど完璧で、残酷な結末があるだろうか。
彼らの意識が薄れていく中、評議会の代表者の声が響いた。
「ありがとう、父さん、母さん。あなた方の犠牲の上に、我々の完璧な世界は成り立つのです」
それは、究極の親孝行の形なのかもしれなかった。




