【第一部】第三十章 御使いの一族の村里
――<御使いの一族>の村里――
神楽に連れられて稲姫は家を出る。そこには、稲姫の見たことの無い景色があった。
稲姫のいた神社近くの村よりも造りのいい民家がところどころに建ち、どことなく独特な民族衣装を着た人達が行き交っていた。森の中を切り開いたのか、木々や花々も多くあり、人の生活と調和していた。
「ここが俺達、<御使い>の一族の村里だよ」
「キレイなところでありんすね」
「ありがとう」
稲姫が称賛すると、神楽は嬉しそうに笑顔で返す。
しばらく、里の中を神楽と稲姫が並んで歩く。
「あ、お腹すいてないか?」
神楽がとある家屋を指さす。何か、3つの玉が棒に刺さった絵の暖簾がかかっている。何か甘くて美味しそうなにおいが漂ってくる。
「大丈夫でありんす」
神楽に面倒をかけないよう稲姫は断るが――
――ぐぎゅぅ~
稲姫のお腹は正直だった。顔を真っ赤にしつつお腹をおさえて神楽に主張する。
「こ、これは違うでありんす!」
「あはは! じゃあさ、俺が食べたいから一緒に行こう?」
そう言って神楽は稲姫を連れてその家屋、<だんご屋>に入る。
「いらっしゃい!」
店員の女の子が元気にパタパタとかけてくる。神楽と同じ黒髪で、三つ編みおさげを左右に垂らす可愛らしい女の子だった。店員は神楽に気づくと、態度を改める。
「あ、お兄ちゃん!」
「楓、みたらしを二人前頼む」
「その子、目を覚ましたんだね。私は楓、神楽お兄ちゃんがお世話になってます!」
楓が稲姫に手を差し出し出す。
「よ、よろしくでありんす」
稲姫も手を差し出し、楓と握手した。
「すぐ持っていくから、あそこの席に座ってて」
楓は店の外にある長椅子を指差し、神楽と稲姫は日傘の下にある長椅子に腰かけた。
◆
「ん? どうした?」
「綺麗な木でありんすね」
すぐ近くに、桃色の花を咲かせる木があった。今もヒラヒラと花びらが舞っていて美しい。
「ああ、これは、<桜>っていうんだ。そうか、稲姫は初めて見るんだな」
稲姫はこくりとうなずく。思わず見惚れてしまう美しさだ。
「はい、お待ち!」
その時ちょうど、楓がお団子の乗った皿とお茶を運んできて、神楽と稲姫に渡す。
「串が喉にささらないよう、気をつけてね?」
楓から注意を受け、神楽がうまそうに団子を食べ始める。稲姫も真似して食べてみた。
「――おいしい!」
美味しさに思わず目を見開き、絶賛する。
「えへへ、うちの看板商品だからね!」
楓が胸を張っていばっている。
「作ってるのは、おやっさんだけどな」
「もう!」
神楽が楓をからかい、楽しそうな兄弟のやり取りがあった。ふと、稲姫はキヌのことを思い出してしまい、思わず涙があふれる。
「……っ」
「あ……」
「おーい、楓ちゃん!こっちのお客さんを案内してあげて」
他にも客が来たようで、楓は店の中からおやっさんに声をかけられる。
「ごめん、私、行くね。――ごゆっくりどうぞ!」
そう言い残し、楓は店の中に引っ込んだ。
神楽は、泣く稲姫の背中を黙って優しくなで続けた。
「おや? 新しいお客さんにゃ?」
――そんな時だった。いつの間にか近くにきていた琥珀が、うつむく稲姫の顔をのぞきこみながら声をかけてきたのは。




