その弐
「申し訳ありません。事前のアポイントメントのないお客様はお通しできないようになっております」
「何?」
ビルに入ってすぐの正面受付。会話を始めてすぐに言われた言葉がそれだった。伏羽が言った言葉は一言。
『東藤という秘書を出せ。大柄の妖怪の総大将、伏羽童子が来たと伝えるのじゃ』
だった。その一言で美人の受付から表情は消えた。
「な、何故じゃ。電話だけでもせんのか」
「申し訳ありません」
美人の受付は深々と頭を下げた。本当に深々としたもので相手にはその先何かを言う気力が削がれるものだった。
「な、なんとかならんのか」
「申し訳ございません」
「こ、このままではこの会社はおろか貴様らの国が揺るぎかねんのじゃぞ」
「申し訳ございません」
「せめてわしの話くらい聞かんのか」
「申し訳ございません」
もはや、受付嬢は申し訳ございませんと言って頭を下げるマシンと化していた。伏羽は「ぐぬぬぬ」と歯を食いしばる。にっちもさっちもいかないとはこのことだ。まぁ、当たり前の話なのだが。
「仕方ないよ。今日は帰ろう」
「な、なに? 貴様まで何を言い出す。このままではまずいのはむしろ貴様ら人間の方なんじゃぞ」
「いいからいいから。仕方ないよ」
「ええい、話せ! そして娘! 貴様もわしの話を聞け! なんなんじゃどいつもこいつも!」
伏羽は掴んだ公太の腕を振り払いながら喚く。一階のロビーの人々が何事かと受付に注目していた。公太はいたたまれなかったが自分で付いていくと決めていたことだ。きっとこうなるであろうことは分かっていた。仕方ないのだ。見れば受付嬢も困った表情だった。公太はパチリと一つウィンクを送った。それで受付嬢は察したらしい。困った表情から同情的な表情へと変化した。
「お客様。今日はお帰りください。私どもに出来ることは残念ながらないのです。申し訳ありません」
「な・・・・。い、いや。ならせめて伝えてくれ。『伏羽童子が来た』と。それだけでよい。それだけでよいから伝えるのじゃ」
「・・・・・・・・かしこまりました。確かにお約束いたします」
「な、なんじゃ。貴様も急に態度が柔らかくなったな。なんなんじゃ貴様らは」
「お約束いたしますお客様。ですのでどうか今日のところはお引取り下さい。そしてゆっくりお休み下さい」
「なんじゃ。なんなんじゃもう。仕方ない。今日は帰るわ。明日また来る。その時は頼んだぞ」
「・・・・・・かしこまりました」
受付嬢は何か覚悟を決めた表情になった。公太は申し訳なく思った。
そうして公太はなんとか伏羽を四葉重工本社ビルから連れ出すことが出来た。見れば空が赤く色づき始めていた。もう日が暮れる。
「いやぁ。上手くいかんな。人間の世の中は面倒ばかりじゃ。コーヒーから電車から人に会うのから」
「まぁねぇ。地方よりはずっと面倒だろうなぁ」
「いやぁ。明日来たら会えるかのう」
「ああ、きっと会えるよ」
公太はにっこり微笑んだ。
「そうかぁ? わしは中々難しいように感じたが。そもそもアポというやつか。事前に連絡しろと言われても連絡先も分からんままどうやってしろというんじゃ。ノコノコ向こうが出てくるとも思えんし」
伏羽はむぅ、と眉をひそめた。
「大丈夫。上手くいくよ」
「なんか貴様調子のいいことばっかり言うの。というかその嘘くさい笑顔はなんなんじゃ。なんかコーヒー屋からずっとその笑顔を貼り付けておらんか」
「そ、そんなことないって。大丈夫大丈夫」
「本当に妙な奴じゃ。まぁよい。今日のところは引き上げるとするか。さすがに疲れた。貴様は知らんだろうがあのコーヒー屋に着くまでも紆余曲折あったんじゃ。大変じゃった」
「そうそう。今日は帰ってゆっくり休もう。っていうか君ちゃんとホテル取ってるの」
「いや、ホテルは取っておらん。しかし、問題はない。そのへんのビルの屋上で野宿でもするわ」
「え、いやいやいやいや。まずいよそれは。警察呼ばれるって」
「警察? そんなことで来るのか?」
「いやいや不法侵入だって。普通に捕まるよ」
「なに? 弱ったの。なら仕方ないそのへんのベンチででも寝るとするかの」
伏羽はすぐそこに目についたベンチを見る。
「いや、ホテル取るって発想はないの」
「うーむ。取り方がなぁ。よう分からん」
「それは俺が電話するよ。お金は?」
「あと4千円じゃなぁ。もうそろそろ余裕がないな」
「よ、4千円か・・・・・・」
4千円では泊まれるホテルなどそうそうない。この都心では特に。困ったあげく公太は仕方ないと言ってみた。
「じゃあ、うちに来ない? 部屋が一つ余ってるから寝るくらいなら出来るけど」
「何? いや、だが迷惑をかけるのは躊躇われるな。どこかそのへんで寝るのでわしは構わんぞ」
「いや、危ないから。何かあってからじゃ遅いんだよ。いいから家に来なよ」
「そうか? すまんな。なら、ありがたくお言葉に甘えるとしようかの」
「よしきた」
この女を一人にすると何が起こるか分かったものではない。公太はそう判断した。何か起きてからでは周りに迷惑もかかるし何より本人のためにならない。まだ、誰かに保護してもらう段階には早いようにも思われた。なら、今夜は目の届く所に泊まってもらって、明日家の連絡先を聞いて電話して帰ってもらう。それが公太が思いつくところの最善策であるように思われた。
「とりあえず帰るか」
「ああ、おぬしの家はどこなのじゃ」
「あのコーヒー屋のすぐそこだよ」
「なるほど。ならまた1時間か」
「そうだね」
公太はふと今の時間帯がなにに当たる時間かを理解しげんなりした。まぁ、それはともかくとして公太はとりあえず話題を振る。
「で、あのビルにその妖怪は居そうなの。本当にあの写真の人が妖怪?」
「ふむ、あの女が目当ての妖怪であることは間違いない。いや、ネットワークの情報を抜きにしてもあのビルに目当ての妖怪が居ることは間違いない」
伏羽はヌラリとビルを見上げる。茜色の空に照らされた四葉重工本社がそびえている。
「こんなに濃い妖気は久々じゃ。やはりやつはよほどの上玉のようじゃな」
伏羽はクツクツと笑った。公太は少し不気味に思う。今の笑い方は本当に妖怪のようだと思ったからだ。
そして二人は四葉重工のビルを後にした。二人は駅に戻り。帰宅ラッシュで正真正銘のすし詰めになった電車に乗る羽目になった。公太は苦痛をこらえ、伏羽は阿鼻叫喚の有様で家に向かったのだった。
二人がビルを出たあと、受付嬢はほっと胸を撫で下ろしていた。
「大変だったわね。あんな変な子見たことなかった」
「私も。居るのねあんな子」
ふう、と応対した受付嬢は息を吐き出す。
「明日も来るって言ってたわね。困ったわね。あの状況じゃ『止めて下さい』とも言えないし」
「そうね。変になっちゃった子みたいだったし。付添の男の子もそんな風だったし。いつまでも続くとも思えないけど」
「そうね。何日間の辛抱かな。いや、そう信じたい」
と応対した受付嬢は電話を手にとった。
「ちょっと。まさか東藤さんに電話するの」
『東藤さん』と受付に呼ばれるあたり、東藤秘書が色々な人に親しまれているであろうことが伺われた。
「一応約束しちゃったし。もしかしたら本当に知り合いかもしれないし」
「えー。そんなことないと思うけど。本当に真面目ねあんた。呆れるわ」
「仕方ないのよ。約束しちゃったし」
そう言って受付嬢は電話をかけた。しばらくの呼び出し音のあと電話は取られた。
『はい、東藤です』
綺麗な女の声だった。
「お疲れ様です。こちら受付カウンターです。あの、東藤さんに先程お客様らしき方がお見えになったもので一応連絡をと思いまして」
『お客様ですか? そんな予定はなかったはずですが』
「ええ、はい。アポなしで来られまして。なのでお引取り頂いたのですが。すみません少し様子のおかしなお嬢さんでして。多分関係はないと思ったんですが、本当に一応連絡させていただいたんです」
『そうでしたか。それはまたご苦労さまです』
「お客様は『フワ』様と名乗られていました。『フワ』が来たと伝えろ、と。短髪で高校生くらいのお嬢様でしたね。お知り合いだったでしょうか」
受付嬢は一応伝えたが、東藤からまともな答えが帰ってくるとは思っていなかった。そもそも『フワ』という名と外見だけだ。おかしなこともいくつも口走っていたし、態度も妙だった。東藤のようなキャリアウーマンの知り合いとは思えないというのが受付嬢の印象だった。
『ええ、知っています』
しかし、帰ってきた答えは単純なイエスだった。
「え、お・・お知り合いでしたか。す、すいません変なこと言ってしまって」
『いえ、正確には顔見知りではありませんよ。こちらが一方的に名前を知っているだけです。そうですか、お見えになりましたか』
「あ、あの。明日また来るとおっしゃったのですが。お通しした方がよろしいでしょうか」
『ええ、是非そうして下さい。お見えになったら私に電話を下されば』
「分かりました。では、そのように致します。失礼しました」
『はい、お疲れ様です。ありがとうございました』
受付嬢は受話器を置いた。そしてまた、今度は大きく息を吐き出した。
「なに? あの子東藤さんの知り合いだったの?」
「知り合いってわけではないらしいんだけど、顔は知ってて明日会うって」
「へぇ~。変な話もあったもんね。あんな、いやあんなって言ったら失礼なんけど、あの
女の子と東藤さんに繋がりがあるなんて」
「ほんとにね。びっくりした。様子がおかしい、とか言っちゃったから私。しまったな・・・・」
「大丈夫よ。東藤さんならそんなこと気にしないって。この前だって、たかが受付嬢のわたしたちに美味しいチョコくれたじゃない。いい人だってあの人は」
「そう? そうよねぇ」
「東藤さんも大変よ。あんな汚職事件に関係ないのに巻き込まれて。訳解んない理由で記者に追いかけ回されて」
もう一人の受付嬢は同情のため息を吐く。東藤はこの前の汚職事件以来、色々な理由で記者に追いかけ回されていたのだ。それで社内の人々から同情を買っていた。
「秘書っていうのも楽じゃないわね」
「ほんとに受付嬢で良かったわ。それでそのうち良い男見つけて結婚して、そしたら私の人生ハッピーなんだけどなー」
「ふふ、そうなると良いわね」
「いや、あんたこそ今度の合コン忘れてないでしょうね。頭数に入ってるんだからね」
「ええ、結局私も行くの?」
二人はとりとめのない会話に終始した。もうそろそろ終業時間。多くの人間は残業に残るが来訪者はぐんと減る。二人の気も和らいでいるところだった。そうして、一日は終わろうとしていた。
ガチャリと東藤は受話器を置いた。ここは役員の部屋の横、秘書室だった。受話器を置くと東藤は窓の外を見た。
「そう、来たのね」
東藤は言った。丁寧にまとめられた黒髪を軽く撫で付ける。
「なら、丁重におもてなしなくちゃならないでしょうねぇ」
そう言った東藤の声は女のものではなく。かすれた男のものだった。
東藤は窓の外を見ていた。そこには二人の少年少女の姿。少女はビルを見上げていた。その瞳ははっきりと、この部屋の東藤に向けられていた。
東藤はクツクツと人間らしからぬ笑いを漏らした。
空はもう夕闇に沈みつつあった。ここは公太の街の駅前だった。過酷な帰宅ラッシュに揉まれながら二人はなんとかここまで戻ってきたのだった。
「じゃから、仕方なかろう。会えんものは会えんかったんじゃ」
『――――! ――!!』
公太は缶コーヒーを飲みながら伏羽を見ていた。伏羽は電話をしていた。スマホだ。公太はなんとなく伏羽がスマホを持っていたのが驚きだった。妖怪という設定なら持っていなさそうなものだと思ったのだ。
「なに? そういうことじゃない? じゃ、どういうことなんじゃ」
『―――――!』
「わしか? いや、『伏羽童子が来た、東藤を出せ!』と一言言うてやったんじゃ」
『!? ―――――!!!!』
「ああ? いや、わしはわしじゃし。それ以外にどうしろと・・・・」
先程からの感じだと伏羽はどうも怒られているようだった。電話の向こうから怒気を含んだ声が聞こえてくる。しかし、公太は安心した。常軌を逸して家を出峰したというわけではなさそうだ。ちゃんと向こうも伏羽に話しをしているし。だが、良く良く考えればそれも妙な話であることに公太は思い至らなかった。
『――――?』
「ああ? 今は親切な、ええと。そうじゃ」
伏羽は公太に目を向ける。
「おぬし名はなんという」
「俺? 俺は三条公太だ」
「なるほど、そういう名であったか。これほど世話になっておきながら名も聞かずあいすまなんだ」
伏羽は電話に戻る。
「公太という男児に案内されて今夜はそこで泊まることになっておる。何? もちろん名乗ったわ。『妖怪頭目伏羽童子』とな」
『――――――!!』
「いや、でもわしはわしじゃし」
『――――――!!!!!!』
「わ、分かったわ。わしがアホじゃった。分かったから。もう、気をつけるわ。力? 力はさすがに使っておらんわ。あ、コーヒーをホットコーヒーにはしたか」
『!!!』
「分かった分かった。ん? 公太にか?」
伏羽はスマホを耳から話し公太に差し出した。
「こやつがおぬしと話したいらしい」
「はぁ」
公太はとりあえずスマホを取り耳に当てる。
「はい、代わりました」
『あ、どうも孫がお世話になっております。私、伏羽の祖父です』
電話の向こうから聞こえたのは老人の男の声だった。柔らかい優しい響きだ。
「あ、どうも。世話というほどのことはしていませんよ」
『いえいえ、随分ご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません。孫は少し、いや大分変わったところがございまして」
「はぁ、鬼とか妖怪とかは口走ってましたね」
『そうなのです。思い込みが激しいと言うかなんというか。こうしてたまにごっこ遊びが乗じて家を出ていくのです。いやはや困ったもので』
なるほどやはり本当に変になっている女なのだと公太は思った。そして少し安心した。詐欺のような犯罪の類ではなさそうだ。
「なるほど。でも、今日は大丈夫ですよ。僕の家に泊まってもらいますから」
『そのようで。本当に助かります』
「明日そちらに帰るように言いますよ。この街で伏羽さんみたいに振る舞ってたら危ないことばっかりだから」
『ありがとうございます。こちらからもそのように伝えますので。では、お願いします。また、孫に代わって頂けますか』
「了解です」
公太は伏羽にスマホを差し出す。
「うむ」
伏羽は電話を受け取る。
「して、どのような塩梅じゃ」
『―――――。――――――』
「何? わしは頭がおかしい女だということにした? ふ、ふざけるな! 誰がそんな! 声がでかいじゃと? 誰が黙っておれるかそんな仕打ち!」
「――――――」
「分かった分かった。あんまり自分の正体をおおっぴらにはせんわ。その方がスムーズに事が運ぶんじゃろ。分かったわ。うむ、ではの。やつは必ずや討ち滅して見せるわ。安心せい」
伏羽は電話を切りスマホをポケットに閉まった。
「大分怒られたわ」
「そうみたいだね」
「自分の正体はあまりバラすなと。わしはわしじゃというのに面倒なことじゃ。あやつ、お主の前で頭のおかしい女を演じろとまで言よった。まぁ、おぬしにはもう明かしておるから今更隠すこともないがの」
「なるほど」
ここまで来ると見事なものだと公太は思った。頭のおかしい女を演じないことで完全に頭のおかしい女となっているのだ。もう、理屈が複雑になってきたので公太はそれ以上考えるのは止めた。
「じゃあ、家に行こう」
「うむ」
公太は駐輪場から自転車を引っ張ってきた。
「後ろに乗って」
「二人乗りというやつか」
公太は伏羽を後ろに乗せ自転車を漕ぐ。家まで10分。これといって面倒な道でもない。平坦な道を走るだけ。実際、別段なんということもなくあと少しというところまで来た。伏羽はなんとなく街の感想を言ったりしていた。
「あれ、三条じゃん」
と、唐突に声をかけられたのはアパートのある住宅街に入ったところだった。
「え」
公太は振り返る。そこに居たのは中学の同級生だった。
「誰それ彼女?」
「いや、そういうわけではない」
同級生は別段仲の良かった相手ではなかった。一度同じクラスになった程度だ。高校は別の学校に行ったがそういえば住んでいる街は一緒だったか、と公太は思い出した。確か名前は飛田だったな、と公太は思い出した。
「なんだそりゃ」
「地方から出て道に迷ってて泊まる所がないっていうから家に泊まることになったんだ」
「はぁ!? なんだそれ、お前ビッグイベントじゃねぇか!」
「いや、まぁ」
公太は同年代のこういうノリが苦手だった。
「あんた気を付けろよ。何されるか分からないからな」
「何もしないよ」
「心配するな。わs・・・・私の方が強い。何をされても拳一つでねじ伏せるわ」
「ひえぇ。格闘技やってる人か。そりゃ大丈夫だな」
伏羽は勘違いをされていると気づいたが言いつけを思い出してそれ以上は何も言わなかった。
「・・・・・・三条。学校行ってないんだって?」
「ああ、まぁ」
「高浜から聞いてさ。大丈夫か」
高浜とは公太と同じ学校に通っている中学からの同級生だ。高浜も公太と別段仲が良いというわけでもなかったが同じ中学からの進学ということでそれなりに言葉は交わしていた。そして高浜の遊び仲間が飛田だった。なので情報が入っているのだろうと思われた。
「大丈夫だよ」
公太は答えた。
「・・・・・・。もし、本当に苦しかったら誰かに相談しろよ。柊とかさ。最近会ってるのか」
「最近は会ってないな」
柊とは公太が仲が良かった同級生だった。最近会っていなかった。それどころか公太は最近友人とあまり遊んでいなかった。会いづらかった。正直今こうして飛田と話しているのも辛いと思った。一体相手に自分がどう見えているのか良く分からなかった。
「そうか、なんだったら俺でも話くらいなら聞くからさ」
「ああ、ありがとう」
「あんまり無理すんなよ。じゃあな」
「ああ、ありがとう」
公太はどこか無機質に返事を返した。そうして飛田は去っていった。公太は少しうなだれた。
「なんじゃ。貴様学校に行っとらんのか。そういえば今日は人間で言うところの平日というやつじゃろ。おぬしがこうしてわしと居るのも妙な話じゃ」
「ああ」
公太はまた無機質に答えた。
「ふむ」
伏羽は一言そう漏らす。公太はその後にまた何か言葉が続く気がして身構えた。きっと苦しいことを言われると思った。
しかし、それっきり何もなかった。無言で二人は夕闇の中に佇んでいる。
「何をしておる。さっさと行かんか。日が暮れるぞ」
「え?」
「じゃから、おぬしの家に行くんじゃろうが」
「え。あ、ああ」
安心と、少しの拍子抜け。とりあえず公太は自転車を走らせる。今まで散々やかましかったのに伏羽は公太のことについては何も聞かなかった。公太は良く分からなかったが良かった、と思った。




