プロローグ
長く放置してすみませんでした。完結を目指します。
活動報告には今夜と書きましたが、用事が出来ましたので先に公開しました。
『あと三十年で世界は破滅する』
唐突にこう告げられたらどうなるだろう。
もっとも気高く美しい女神に愛された国イステリア。
誰もがなにかの間違いだと思った。
それもそうだろう。白い宮殿を持つこの王国は、女神の加護に守られて侵略など受ける事無く繁栄していたのだから。
ましてや女神が管理する世界ガイアは、誕生してからわずか二千年だ。滅びようとしているなど誰が信じようか。
「得意の終末思想もほどほどにしてほしいものだな。それとも新たな寄進を求めての奇行かね?」
普段から寄進を強請られる貴族がそう言えば。
「さようでございます。女神様からの神託などと口にされても困ったものでございますな」
裕福な商人が苦笑いをした。
そう、まだこの時は、誰もが神官が騒ぐのを鼻で笑っていたのだ。
けれど神殿の奥深く限られた者しか出入りできないその場所で『魔素が溢れ世界が破滅に向かっている』と、突然告げられた神託が現実となると世界は騒然となっていった。
「くっ! 瘴気か!?」
「に、逃げろぉお!」
「ま、魔物があ!」
天変地異に、あふれ出る魔物が暴れまくり、毒の瘴気が広がると世界は混乱した。
当然国は黙っていた訳では無い、対策に乗り出す。
「王宮から騎士様が出るらしいぞ」
「おおおお、神の子、神聖騎士団が向かったそうだ」
民衆は安堵した。
世界で一番と信じる連中の頼もしい姿を見て。
「くそ! ここは地獄なのか」
「ダメだ。我々では歯が立たない」
しかし……。自慢の兵士はおろか、虎の子の神聖騎士団にも打つ手は無く数を減らすだけ。
「……馬鹿な」
「何故に……滅びるのか? 運命だというのか?」
「おお……女神よ、我らにまだ試練をと言うのですか」
民は絶望した。
◇◆◇◆◇◆
「静粛に!」
壇上から声が飛ぶ。
イステリア国の議会堂では、王族をはじめ貴族から平民の代表までもが集められていた。
ざわざわと怒号とも悲鳴とも取れるざわめきのなか、議長に発言の許可を得て宰相が壇上に登る。
「諸君! 王からひとつの提案が出された」
目の下の隈が苦悩をしのばせ、額に流れる汗は冷や汗なのだろうか? 壇上から周りを見渡してゴクリと息を飲み込むと、普段の低い声とは違って甲高い悲鳴の様な叫びで呼びかけた。
「国難のなか、いや世界の危機を前にして取れる手段は限られておる! 良く聞け! 突拍子も無いと言うか……驚くと思うが。心をひとつにして王の言葉を聞いて欲しい!!!」
苦労人で知られた宰相は、言い切ったと同時に満足げな表情で失神した。
人々はその姿に尊敬のまなざしで見るとともに同情する。
あの王の下で苦労をしているのだなと。
変わって立ち上がったのはイステリア国王。
「諸君。女神様の神託が下されてから我々は協議を重ねて来た。神官を始め、名の有る者すべてを集め知恵を出し合い。いや、それこそ冒険者から世に埋もれている魔術師までが意見を出してくれたのじゃ!」
集まった者たちは、思わず姿勢を正した。
王衣は薄汚れ王冠は輝きを失っている。
王がみずから先頭に立ち、対処に当たっていたことがよく分ったからだ。
世界を苦しめているのは魔素の飽和である。
魔素はマナとも呼ばれ体内に取り込まれて魔力を作り出す素。
普段なら魔素など酸素みたいなもので、魔法などに使われ消費され有益こそあれ害など無い。
ところが増えすぎた魔素は牙を向け、世界を滅ぼそうとしていた。
「世界を救う方法は一つ」
王の言葉に期待を込めて人々は耳を傾けたのであった。
◇◆◇◆◇◆
「カイト? なんか上の方で答えが出たらしいぜ」
こう僕に教えてくれたのは同僚のジョアンだった。
「この間からいろんな人が集まっていた件?」
「おう、ここも大分引き抜かれてこの始末だけど、他所の国からも大勢来ているみたいだ」
「まったく、人が少ないから業務が溜まって死にそうなのに」
「……だな」
世界の危機を迎えて協議が行われる最中でも日常は続く。魔道研究所は人手不足を抱えながら何とかやりくりしていた。
「せめて書類だけでもなんとかしてくれ!」
ジョアンがぼやく気持ちはよく分る。
現在、僕とジョアンの二名でこなしている現状なのだから。
そう、手付かずのままになっている書類の束とか見ると欝になる。決済待ちで溜まっていくストレスは半端なかったのだ。
「でもさ、不思議だよな? 余所から有名な魔術師が集まるなんて」
そう、優秀と呼ばれる魔術師は官職に就くのを嫌っていた。
「彼らは自身の魔術にしか興味が無いからね」
「なあ、カイト? なにか一つくらい新しい魔術を公開してくれるかな。せっかくの知識も、埋もれたら意味無いって思うだろ?」
「それは無理だろうね」
僕は断言した。
彼らは発見と成果に満足して、文字通り墓場まで持っていくのだから始末におけない人種だ。一生を掛けて研究に勤しみ、公開するのを嫌がる。要するに自分だけが知っていたいだけの魔術ジャンキーだ。
「くそぉおおお! だからこの国の魔術が進歩しないんだ!!!」
叫ぶジョアンの言葉がすべてを物語る。
我が国では魔術師の地位は低い。これが現実。
もともと女神信仰が根強いこともあるが、街角に出て子供達に将来成りたい職業ランキングを聞いてみればよい。
下から数えた所に魔術師が入っているだろう。
圧倒的に神官か騎士が人気で、次に商人が来る。残りは官吏か衛視であって魔術師では無いのだから救われない。
かく言う僕も、本音を言えば商人あたりに成りたかった。
その気持ちは今でも持っている。
商人は自由だ。金儲けと聞くと眉をひそめる人も多いけど、自分の力で何かを成し遂げるのは宮仕えの身としては魅力的だった。
もしかしたら、魔術師から一番かけ離れた世界に対する憧れなのかもしれな。
何時かは自分で作った魔道具でこの世界に何かを残したい。
そのために将来の転職として商人を視野に入れているのだ。
もっとも俗人の僕としては、出来れば多少儲けられたら嬉しいし、名前も残せられたらというのが正直な気持ちでもある。
世の中お金が全てではないけど、少しくらいは有っても良いよね?
「なあ? 本当に世界が終わるのか?」
「さあ、どうだろう? 神託なんて想像もつかないよ。もっとも、事実だとしても、僕あたりが何か出来るわけじゃ無いし、何時ものように錬金の研究でもしておく」
魔力が少なく魔術学院を最低に近い成績で卒業したくらいだ。
今でも誰にも期待されていない。その証拠がジョアンとの留守番なのだから。
さらに専門は錬金術で派手な攻撃魔術は得意じゃ無いし、孤児で後ろ盾の無い僕には出来ることは少ない。
「きっと世界の終わりに役に立つような魔術は、とても立派な人が見つけた魔術だろうと思うよ」
「そうだな、オレも魔力は少ないし、後は適当に上が何とかするか……」
ジョアンもそう言うと魔道具の実験に戻るようだ。
この時は僕が渦中に巻き込まれるなんて、これっぽっちも思っていなかった。
◇◆◇◆◇◆
「先遣隊? 移住可能な新世界を探せ?」
なにそれ沸いてるのと言いたくなるほど、滑稽で愚かな提案を聞かされた。
これが僕に与えられた任務になるという。しかも王命だそうだ。
バカバカしい。
「探せと仰られても不可能ですよ。別の世界なんて誰も知らないじゃないですか」
過去にその種の研究が成されたことは知っている。愚かな失敗例として魔術を学ぶものなら誰もが聞かされる類の話だ。
「転生魔法は用意する」
「ちょっ! ま、まってください! 所長! どうして僕が転移を?」
「転移では無い。転生魔法だ」
上司の説明を聞いても「はぁ?」という状態だ。正直理解が追いつかない。
別世界別次元と結ぶ魔術は存在している。
召喚魔術がそうで精霊や神獣幻獣を呼び出し使役したりする魔術だ。
結構便利で使い魔なんかは殆どこれ。
もっとも精霊や神獣幻獣は、精神体なので行き来できるけれど、肉体を持つ生き物は無理とされていた。
「生身の人間で世界を渡れると思いませんが?」
転移魔術すら実現していないのだ。それを転生って、どう考えても不可能だろう。
「……すまん。王は滅亡を前に移住先を確保したいとの事だ。その為の先遣隊で名誉な……ゴホン! 事だ……誉れといたせ!」
もう決まったのだと一点張り。
おい、ちょっと待て、おかしいぞ。
仮に世界を渡って移住先を探すなら専門の人間、例えば斥候や探索者なんかの仕事だろ。
こんな研究者が選ばれるのはおかしい。
「いったいどうして僕が?」
「め、女神様からの指名なのだ」
「なんだそれ、女神様って……馬鹿な」
この世界の女神様とは実在する。もちろん僕は見た事も無いが、高位の神官や王室などに度々現れ神託を残していくらしい。
他にも奇跡と称する女神様の加護もよく聞く出来事だった。
「たっ、頼む! うんと言ってくれぇええええ!!!」
とうとう土下座して頭を下げる所長に正直勘弁して欲しいと泣きたい。
何故だって? そりゃ、在るかどうかも判らない異世界に転生するなんて、転移じゃなく『転生』だぞ、正気の沙汰じゃないだろう。
「転生って! 一遍死ななきゃならないんじゃ無いですか!?」
「……そうとも言う」
「僕は結婚を控えているんですが!」
「……今回は諦めてくれ」
バカ野狼! 苦労して見つけた相手だ! 諦めきれるか。というか、死んだら次回は無いと思う。
「だがこれしか方法は無いんだ!!! くそっ! 僕だって! こっ、こんな役目やりたくは無いわ──!!!!」
「逆切れなのか!? アンタ上司だろ! 転生して拠点を確保しろなんて! 絶対に無理だっ!」
これって、いわゆる使い捨てだろう?
どうやったら知らない世界で受け入れ場所を作れると言うのだ。
「なんだ! この茶番は! 世界の危機に出された答えが転生の儀式で、僕はガイアの皆を受け入れる場所を確保しなければならない? しかも王命? ふざけているだろう! だいたいどこの世界に送られるて、どのくらいの規模で!? 協力者は何人? 命の保障は? お金とかどうする!?」
「今回の秘儀で送られる場所はわからん。最低でもイステリア国だけで二十万人。だが他種族を含めるとそれの五倍……いやもっと多いかもしれないが、全ては女神の加護の赴くまま。君一人で探し出して欲しいそうだ。また予算は送る手段が無いので…………自弁で頼む。」
人間が暮らすイステリアの他に亜人や森の民でガイアは成り立っていた。正確に調査されたわけでは無いが、その数およそ百万は下らないだろう。
友好国に絞ってもそれくらいだ。
「おいおい、行き先不明、支援は金銭的にも人員的にもゼロだと、ただの錬金術師に出来る事じゃ無いだろう」
「だが君が選ばれたのは適正だ。この場合は魂の適正だとかで女神が選んだらしい」
ははっ、笑っちまう。何が適正だ。
「世界が終わる前に女神が君の居場所を探し出し勝手に転移させる。タイムリミットは三十年だが、異世界が同じ時間で流れているかは不明なのだ。……だが安心して欲しい。女神様がこの世界と近い条件を選んでくださる。そうズレは大きくないだろう」
どう考えれば安心なんて言葉が出るんだろう? 要するに三十年以内に百万人規模で移住できる場所を用意しろってか。
金も協力者も無しで!?
馬鹿やろう! 絶対に無理じゃねーか。
いちおう召喚の魔法を教わった。これは気休めだろう。
なぜなら魔力が大量に必要で一人では使えない魔法で魔術ですらない。
魔法………………。
魔術とは似て非なるもの。
女神の使う秘法をどうやって人の身で使えと言うのだ。
◇◆◇◆◇◆
抵抗空しくその時はやってきた。
「勇者カイトよ。任せたぞ!」
誰が! 勇者なんだあああああ────ァ!!! 僕なんかに任せるなぁあああああ!
転生の間と名づけられた宮廷の一室。
王をはじめ名だたる貴族が口々に僕を称えた。
ぶっちゃけ、迷惑だ!
僕は勇者でもなんでも無いただの宮廷魔導師で、それも序列は下から数えた方が早い落ちこぼれ。
なにが出来ると言うのか?
ちなみに結婚は当然ながらご破算となった。
向こうの家から代理人とか言う人が僕の前に現れ、事務的に婚約の破棄を告げられたのだ。結局彼女には一度も会えてはいない。
全てを恨みたい気持ちと女性不信になってしまうが当然だろう。
でも正直いえば、娘を死ぬ予定の男に嫁がせる家が、どこの世界にあるのかとも思った。
願わくば彼女は僕の事を愛してくれていたと信じたい。出来れば今でも愛してくれていたら良いなって、くそったれ! 涙が出るわ!
「女神の馬鹿やろぉおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
僕は女神を呪っても許されると思う。様ももういらない。
こうして魂の叫びと共に────僕は転生したのだ。
くそう! 転生が上手くいったら、今度こそ結婚してやる!
お前らの事より! それが先だかんな! 覚えていろ!!!
◇◆◇◆◇◆
「……終わったか」
「ええ、上手くいった様です」
「すまんことしたのぅ。あたら未来のある若者を犠牲にしてしまった」
「宰相よ、女神の加護も多すぎれば毒となるの」
「ええ、破滅の原因が女神だとは誰も思わんでしょう」
問題となったのは魔素の飽和だが自然に起きたものでは無い。女神が過度に干渉し加護を与えた結果。ドンドン増える魔素は世界を壊しそうになるまでに増えたのだ。
元々この世界に溢れている魔素は生命力の塊で、大地や植物から生み出され生きる為のエネルギーとして循環消費される。
だから本来ならバランスが取れ一定量以上に増えることは無く、二千年で許容量を超えるなどありえない。
「議場で危機感を煽ってなんだが、あれくらい言わなければ、またぞろ同じ事を繰り返すじゃろう? 苦労して自分で魔法を覚えるより、女神は便利だしの」
「王様も人の事は言えんですぞ。何時ぞや浮気がばれそうになった時に」
「ちょっ! それを言うなら宰相もって・・・・・・よそう。過ぎた事を悔やんでも仕方があるまい」
何があったのか気になる所であるが、本来消費されるはずの魔素が誰も魔法を使わないことで溜まる一方なのは事実。
これが今回の騒動の顛末。
世界の破滅は本当の話で嘘では無い。
だが理由が悲しすぎる現実だった。
今回の真実を知る物は王と宰相の二人に女神だけ。
ならばそれをどうにかすれば良いと女神の提案で一つの儀式が提案された。上手く行けば移住など必要では無くなる可能性もある。
女神の提案は〈異世界転生の儀式〉と〈魔力付与の加護〉だ。
女神は『〈魔力付与の加護〉で誰かに魔力を与えよう』と、女神でもおいそれとは使えない世界の理を覆す禁呪の名を告げた。どちらも膨大な魔素を消費する。
けれど〈魔力付与の加護〉を与えられた者は魔王並みの魔力を持つため、後々災いの種になるかも知れない。
だから魔力を与えた者は異世界に旅立たせば良いと言うのだ。
もちろん誰でも良いわけでは無かった。
膨大な魔素を受け入れられる器を持つ、魂の適正があるものに限られる。
ただし正しい適正が無ければ〈魔力付与の加護〉が成功せず、その場合は女神が集団転移させ世界を捨てる事とされていた。
不幸なことにカイトはその適正を持っていた。
だから世界は救われた。
言うならば今回の件は、世界の不始末をたった一人にすべて押し付けただけ。
しかも本人には何も真実は知らせずにである。
何と言う自分勝手な理屈だろう。
「なあ?・・・・・・。この真実は王家の墓場まで持っていかんといかんな」
「せめて繰り返さないように魔法研究に予算を付けましょう」
「転生先でも女神様の加護があらん事を祈っておこう」
「私も無理をせず、幸せな生涯を送ってくれることを祈ります」
「ああ、使命など忘れてくれれば良いからのぉ」
カイトに教えた召喚魔法は嘘では無いが一人では使えない魔法だった。
使命など初めから果たさせるつもりなど無い二人なのだ。
酷すぎる事実であった。




