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父の大事なもの

「なにこれ?」思わず独り言が出た。輪ゴムを取って広げると、それは一枚の賞状だった。なんの賞状だろう、少し胸が躍った。もしかしたら、父は娘に隠している優れた才能があったのではないかと推測もしたが、賞状はただの一年間無遅刻無欠席で学校に登校したことを称える栄えある賞状だった。賞状には父の名前には二年二組と父の名前が記入されている。

「なんで、こんなもの。」もう一度独り言を呟く。一年間寝坊もせずに学校に遅刻をしないのはたいへんだ。風邪をひいた日もあったかもしれない。でも、何十年も大事に保管しておくものなのだろうか、と疑問に思う。だがすぐに、額にいれて大事に飾っているわけでもないのだから別にいいか、と思い直したとき玄関のドアが開く独特な音がした。

「ただいま~」父の疲れ切った声が部屋に響いく。わたしは急いで段ボール箱を押入れに戻した。

部屋の襖を開けると父は既に居間に来ていて、冷蔵庫から缶の発泡酒を取りだしていた。

「あれ? なにしてんの?」スーツ姿の父が発泡酒を片手にいった。訝しがる様子はなく、心底不思議そうな顔をしている。テーブルの上には本日の夕飯であろう、弁当が真っ白なビニール袋に入って置いてあった。

「ううん、ちょっと探し物。」わたしは言葉を濁す。

「ふーん、そうか。」父はそんな言葉で納得したのか、首を伸ばすようにして、ネクタイを緩める。そして、缶を開けて発泡酒を一口飲んだ。

「薬は飲んだ?」

 父がテーブルの上に缶を置いて訊ねてきた。その言葉は馴染みなものなので「いま、飲もうと思っていたところ。」とわたしも馴染みの返答をする。

「そうか、じゃあ、仕方ないな。」と父はぼやいて、もう一口発泡酒を飲んだ。そして、着替える為に寝室へと姿を消す。わたしは冷蔵庫の横にある薬箱から三種類の薬を取り出して、グラスに水を注ぎ喉に流し込む。

 そのまま冷蔵庫を開け、コーヒー牛乳を取りだす。薬を飲んだグラスにコーヒー牛乳を注いでコーヒー牛乳は冷蔵庫に仕舞う。椅子に座ってテレビのリモコンを手に取ってテレビのスイッチを入れた。

 画面には野球中継が映し出された。片方はわたしでも知っている東京を本拠地にしている人気球団だ。普段ならすぐにチャンネルを回すところだったが、わたしは南の言っていたことを思い出していた。

「なぁ、なんでこれが置いてあるんだ。」

 寝室の襖を開けるなりに父が言った。そして「あっ、日本シリーズ今日開幕か。」と一瞬明るい顔を見せた後、「あ~、負けてるな。」と顔を歪めた。

父の片手には父の大事な記念品の皆勤賞の賞状があった。わたしは焦って仕舞い忘れたのかと心の中で舌打ちする。

「ごめん、さっき探し物しているときに出して・・・出しっぱなしだったのかな? ごめん。」

「おいおい、気を付けてよ。大切なものなんだから。」

 父は口を尖らせた。そんなに大切なら片手ではなく両手でしっかり持て、と言いたくなったが「ごめんね。」と我慢して謝る。

「本当に大切なものなんだ。」

 父はもう一度言って賞状をテレビの上に置いた。そんなに大事ならテレビの上ではなくて、もっと額に仕舞うとかすればいいのに、と本当に大事なのか疑いたくなる。

「でも、ただの皆勤賞でしょ。そんなに記念になるとは思えないけど。」

 わたしは愉快と同情を半分ずつ感じつつ、揶揄する。

「皆勤賞を侮るなよ。」

 父は椅子を引いてわたしの向かい側に座った。そして、ビニール袋から弁当を取り出してわたしの前に置く。弁当はわたしの好きな生姜焼き弁当だった。

「別に侮ってはないよ。わたしが取ろうとしても絶対に無理だし。」

「ハルは母さんに似て、寝坊症だもんな。」父は目尻を下げる。そして、タイムカードでもあれば面白いのにな、と意味のわからないことを可笑しそうに呟いた。

「それだけじゃないよ。それ以前の問題だよ。」

 テレビの中で歓声が沸いた。負けているチームの二枚目の三番バッターが逆転のスリーランホームランを打ったらしい。だが、父はテレビに一瞥もせず「でもな、これはただの皆勤賞じゃないんだ。」と小さく笑った。

「ただの皆勤賞じゃないって、どうゆうこと? お父さんだけがその年皆勤賞だけだったとか。」

 わたしは自分で言っておきながらも、それでも大切に保管しておくのは違うと思った。こうゆうのは、いらないけど捨てられないもの、とかに分類される気がする。大切だと言い張る人は少ない気がした。そもそも、皆勤賞に普通と特別があるのだろうか。

「いや、そうゆう具体的なことじゃなくて・・・」

 父は言葉を詰まらせ、適切な言葉を探る様に口に手を当て黙り込んだ。

「なに、具体的なことじゃないって。」

 わたしは合いの手を入れるように訊ねた。だが、父はわたしの発した言葉に反応せずに黙り込んだままだった。黙り込む時間があまりに長いので二人で使うには少し大きい横長のテーブルに手を着いてわたしは父の顔を覗き込む。そこでやっと父が反応した。

「あっ、ごめん、ごめん。ちょっと考え事しちゃってさ。」

「考え事? なにを?」

「思い入れだよ。」

 父は朗らかな声でいった。

「思い入れ?」

 わたしは眉をひそめた。

「ああ、思い入れがあるんだ。あの賞状には。」

「そんな嬉しそうな顔をしなくても。」

 父の顔を愉快げに笑っている。

「別に嬉しいんじゃない。」と父は首を小さく振った。わたしが「顔が嬉しそうだけど。」となじると「決して嬉しい出来事ではないんだ。」とそっとつぶやいた。

「ふーん、で、どんな思い入れ? どうせ、たいしたことなさそうだけど。」

「たいしたことはあるよ。」

 父は胸を張った。

「へぇ~、自信ありげだね。どんな話か聞かせてもらおうかな。」

「はっはは」父は不敵な笑みを浮かべた。その後に「サッカー選手がデジカメ投げる威力ぐらいの衝撃だぜ。」と自分で言った後に噴き出した。

 わたしは面食らい言葉を失った。そして、父はほんのりだが涙を浮かべるまで笑っていた。


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