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ファザーコンプレックス

「そういえば、ハルちゃんの家も片親だよね。」

 一通り彼氏の悪口を言い終えると南はすっきりした顔で思い出したようにいった。

「うん、うちは死別だけどね。」

「そっか、いつ頃死んじゃったの?」

 南は無遠慮に訊ねてきた。

「物心がつく前なんだ。だからお母さんの記憶とか一切ないんだよね。」

「へぇー、じゃあ、ハルちゃんのお父さんずっと独身なの?」

「うん、そうだけど・・・南のお母さんは再婚とか考えているの?」

「うーん、どうだろ。再婚をしたいとは聞いたことないけど、お母さんの彼氏と食事とかはしたことあるよ。」

「嘘? お母さんの彼氏と食事? えぇ、何か気まずいとかないの? お父さんになるかもしれない人でしょ。」

「そんな大袈裟なもんじゃないよ。あたしもう高校生なんだから。まぁ、お母さんが選んだ人ならいいよって感じ。あとは、二人の自由にしなさいとか、そんな感じよ。」

 南は娘の結婚に理解のある母親と父親みたいな台詞を吐く。

「えぇ、なんか、さっぱりしてるね。そんなもんなのかなぁ。」

 わたしは南の母を自分の父と置き変えて想像してみた。父の彼女と食事。テーブルを挟んで父の彼女と向かい合って食事など考えられない。まず、どんな話しをするのだろうか。無難に『学校は楽しい?』とか訊ねられるのだろうか。それとも『彼氏はいるの?』とか少し踏み込んだ話しをされるのだろうか。それか、わたしが『父とはどこで出会ったんですか?』とか訊ねなければいけないのだろうか。それでもし、『お父さんとはキャバクラで出会ったのよ。お父さんは、あたしの常連なんだから。もう、あたしにメロメロよ。』とかいきなり対抗心を燃やされたら、わたしはどうすればいいのだろか。それか、もしすごく綺麗でいい人だったらわたしはどうすればいいのだろう。もし、父が再婚したら「お母さん」と呼ばなければならないのか。母の記憶は一切ないが母意外の人間を「お母さん」と呼ぶのには抵抗があった。

「ハルちゃんのお父さんにだって、きっと彼女ぐらい、いるんじゃない。」南がにやついた顔でいった。

 そんなはずはない、と思った。「なんで?」

「なんでって。」と南はクスリと笑い「ハルちゃんのお父さんだって男なんだから、彼女ぐらいいるんじゃない。」

「でも、わたし聞いたことないよ。」

「そりゃあ、男と女は違うよ。あたしの場合はお母さんだから同姓ということでそうゆう話しはするかもしれないけど、父と娘じゃそうゆうのもなさそうだし・・・ただ言いにくいだけかもよ。」

 南の目は面白がっているようにも見えた。

「ぜったいない。だってうちのお父さん、そうゆうタイプじゃないし。」

「きっとハルちゃんの前だからそうなんだよ。娘にはそうゆう一面は見せないんじゃない。」

「そんなことないよ。それに、うちのお父さんは女にもてるってタイプの顔じゃないし。」

 わたしは父の顔を思い出しながら言った。父の顔には派手さが一切なく、去年の父の誕生日に赤いセーターをプレゼントしたら「自分の顔より派手な服を着ると落ちつかないんだよな。」とセーターに袖を通してぼやいていたぐらいだった。

「わかんないよ、なんだかんだいってもハルちゃんのお父さんだし。あっ、もしかしたら意外に女たらしだったりして。」

「だから、ぜったいにない。わたしのお父さんに限ってそんなことはないの。」

 わたしは断固として認めなかった。

「ふーん、そんなにむきにならなくたっていいじゃん。なに、その『うちの子に限って』みたいな教育に自信のある親みたいな言い草。」

「あるよ。だってわたしのお父さんだし。」

「え~、なにハルちゃんはファザコン。あたしの周りはそんなのばっかりなの。」

 南は大袈裟に口を押さえて驚いた格好をとった。

「そんな大袈裟なもんじゃないよ。ただ、身内としてしっかりして欲しいと願っているだけ。」

「そうかなぁ、なんだかんだいって、大好きなお父さんがどこそこの女に取られるのが嫌なんじゃないの?」

「違うって。」わたしは思わず苦笑した。少し熱くなりすぎたことを反省して、気を静める為にコーラを一口飲んだ。

「じゃあ、もしお父さんが再婚するっていったらどうする?」

「そりゃあ、おめでとうって祝福するよ。」

「本当に?」南はいぶかしむ顔をするので「もしあったらね。でも、たぶんないから。」と答えたあとにコーラをもう一口飲んだ。

「えぇ、やっぱり・・・・」南は眉を顰め「それって・・・」と南が続けたところでわたしが右手に持っていたコーラをテーブルの上に置いて「違うの。」と遮った。

「わたしはお父さんにお母さんをずっと愛していてもらいたいの。」

 南は肩をすくめ「・・・なに、その小学生みたいな意見?」と首を傾げた。

「だから、わたしはお母さんをずっと愛していてほしいの。忘れないでほしいの。」

 わたしはもう一度言った。

「でも、それってお父さん寂しいんじゃない。」

「なんで?」

「なんでって」南はまた苦笑して「だって、好きな人がそばにいないのは寂しいんじゃない?」

「でも、わたしがいるよ。」

「いや、そうだけど・・・」と南は間を少し空けて「やっぱり、ハルちゃんはファザコンだよ。」と片眉を上げた。


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