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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第三章〜高3編〜【最終章】  作者: 波方 真季


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第169話 訪れる旅立ち、その先に。




そして翌日───────。




朝。


新学期二日目の教室には、昨日までの張り詰めた空気が嘘のように、いつもの賑やかな声が戻っていた。


あちこちで笑い声が弾ける。

机を囲んで騒ぐ男子達。

窓から差し込む冬の朝日が教室を明るく照らし、その何気ない日常が、どこか愛おしく感じられた。


陽向は教室へ入ると、自分の席まで歩き、スクールバッグを机へ置く。


「陽向おはよー!」


「おはよー!」


友達と挨拶を交わし合う。

ふぅ、と小さく息を吐いて椅子へ腰を下ろした、その瞬間だった。


「おはよっ!」


ポンッ。


軽く肩を叩かれる。


「……!」


振り返ると、そこには綾真が立っていた。


「綾真……!」


昨日。

あんなに泣きそうな顔をしていた人とは思えないほど、いつもの明るい笑顔。


その笑顔を見た瞬間。


胸の奥で張り詰めていた何かが、ふっとほどけていく。


気まずく笑う必要もない。

変に距離を測る必要もない。

昨日、たくさん泣いて、たくさん話して。



ようやく辿り着いた”いつもの綾真”が、そこにいた。



陽向は、自然と頬が緩む。


「……おはよう。」


その一言だけで十分だった。

綾真も、柔らかく笑う。


すると。


「お前ら昨日の揉め事は解決したの?」


「仲直りした?」


「復縁した?」


綾真の周りにいた男子達が、一斉に興味津々な顔で話しかけてきた。


昨日の朝、教室中を巻き込んだ大騒動。

気にならないわけがない。


「うん。ちゃんと解決した!」


綾真が笑った。

その声には、昨日までの苦しさはもうなかった。


その笑顔を見て、周りの空気までふっと柔らかくなる。


綾真はそのまま陽向の横に立つと、いつものように椅子へ座る陽向の肩へ肘を乗せ、軽く体重を預けた。


これまでと何一つ変わらない距離。


綾真は友達へ向き直ると、どこか誇らしそうに笑った。


「俺らに、友達とか恋人とか。」


肩をすくめながら続ける。


「そういうラベルは、ねぇから!」


教室に、一瞬だけハテナマークが浮かぶ。


綾真の表情は驚くほど穏やかで。

その笑顔には、どこか吹っ切れたような清々しささえあった。


そして、隣の陽向を見て笑う。


「なっ、陽向!」


陽向も笑った。


もう迷わない。

もう誤魔化さない。

昨日、二人で見つけた答えを、そのまま言葉にする。


「うんっ!」


満面の笑みで頷く。


「うちらは──」


一度綾真と目を合わせる。

陽向の顔には、自然と笑みがこぼれた。


「綾真と陽向オリジナルラベル!」


その瞬間。


「あー…おけ。結局綾真は振られたままってことね」


「おい!それを言うな!!」


「恋人になれず終いで3年間の片想いは散ったわけだな」


「だからはっきり言うなーーーっ!!!」


教室中から笑い声が弾けた。


「あはははっ!」


陽向も、いつものように手をパンパン叩いて笑っている。


誰にも説明できない。


友達でも。

恋人でも。

クラスメイトだけでもない。


三年間、一緒に笑って、一緒に泣いて、助け合って、支え合って、一緒に青春を過ごしてきた掛け替えのない相方。


世界中どこを探しても、同じ名前なんて存在しない。


二人だけの唯一無二の、大切な絆。


だからこそ。

それは、昨日まで胸を締め付けていた痛みさえ、少しだけ優しい思い出へ変えてくれるようだった。


窓の外では、冬の澄んだ青空がどこまでも広がっていた。





───────。





それから、一月中旬───。


三学期最初の生徒会役員会議の日。


冬の夕暮れが近づき始めた校舎には、暖房の効いた教室から漏れる話し声が静かに響いていた。


長い冬休みを終え、久しぶりに顔を合わせる役員たち。

新学期明け最初の会議ということもあり、生徒会室の中にはどこか浮き立った空気が漂っている。


ガラッ──。


勢いよく扉が開いた。


「やっほー!あけおめー!」


陽向がいつもの調子で明るく顔を覗かせる。

その声に、生徒会室のあちこちから一斉に視線が集まった。


「生徒会長!あけおめです!」


「おつかれー!」


「ことよろでーす!」


思い思いの挨拶が飛び交い、静かだった部屋は一気に賑やかな空気へ変わる。


陽向も笑顔で手を振り返し、自分の席へ向かったその時だった。


「星野先輩っ!」


弾んだ声とともに、小柄な影がパタパタと駆け寄ってくる。

その腕には、大切そうに抱えられた三冊の文庫本。


「星野先輩のお部屋からお借りしてた小説、全部読み終わりました!」


雫は、嬉しそうに両手で差し出す。


「おっ、最後ちょー泣けなかった?」


陽向は笑顔で本を受け取り、ぱらりと表紙を撫でる。

その一言を待っていましたと言わんばかりに、雫の瞳がパッと輝いた。


「もう、やばかったですー!」


両手を胸の前でぎゅっと握りしめながら、興奮気味に身を乗り出す。

頬をほんのり赤く染め、うっとりと遠くを見つめる。


「最後のアレン、なんであんなにメロ過ぎるんですか……!私クラリスになりたいですー!!」


「わかんのーっ!ずっと性格悪かったくせに、最後のアレン超絶メロいんだよねー!」


陽向も思わず声を弾ませた。

両手を胸の前で組みながら、大きく頷く。


「あそこ堪らんのよ〜♡」


「堪らんですよねぇ〜♡」


二人はすっかり物語の世界へ入り込み、顔を見合わせて盛り上がる。


その様子を。

生徒会室にいた役員たちは、ポカンとした表情で眺めていた。


冬休み前までの、あのぎこちない空気。

顔を合わせてもどこか距離があり、お互いに必要以上の言葉を交わさなかった二人。

あれほど張り詰めていた関係が嘘だったかのように、今は小説の話で無邪気にはしゃいでいる。


阿久津孝明が、ポツリと呟く。


「……ひなしずコンビ、復活したんですか?」


「あ、そうそう!もう大丈夫!」


陽向はパッと笑いながら、何事もなかったように手をひらひらと振った。

その笑顔に、雫もほっとしたように胸を撫で下ろす。


「その節は……ご心配をお掛けして、すみませんでした。」


ペコリ、と阿久津孝明へ丁寧に頭を下げる雫。

すると、その様子を見ていた横溝琉嘉が呆れたように肩をすくめた。


「詫びるのは小野じゃなくて星野だろ。」


しかし、その時だった。


「……はっ!!」


何かを見つけた猫のように、陽向の瞳が一瞬で輝く。

勢いよく阿久津孝明へ駆け寄る。


「カフェビーンズの『エレクロ』コラボ限定メニュー特典のアクキーじゃん!!」


阿久津のスクールバッグに揺れる小さなキーホルダーを見つけた瞬間に目の色が変わり、横溝琉嘉の言葉など聞いちゃいない。


「これ人気過ぎて入手困難になってんだけど!!なんで持ってんの!!」


身を乗り出す陽向。

さっきまでの会話など、頭の中から綺麗さっぱり消え去っていた。

阿久津孝明は少しだけ驚いたように目を丸くする。


「え、そうなんですか?」


バッグへ視線を落としながら首を傾げた。


「カフェビーンズが梨愛のキャンパスのすぐ近くにあって、いつも講義終わりによく梨愛と寄るんですけ───」


「よこせ!!」


「嫌ですよっ!!」


話してる途中に陽向の手が伸びてきて、阿久津孝明は反射的にバッグを抱え込み、一歩後ろへ飛び退く。


陽向はなおも食い下がる。


「次に特典入荷したら買ってきて!!」


「もう限定食べたくないです」


「いいじゃん一回くらいーーーっ!!」


生徒会室に、どっと笑い声が広がる。

冬休み前までの重苦しい空気など、もうどこにもない。

言いたいことを言い合い、笑って、騒いで。

以前と何ひとつ変わらない、いつもの生徒会だった。


その様子を少し離れた場所から眺めていた一年生書記・坂牧要が、小さく笑みを浮かべる。


「……星野先輩、完全復活ですね。」


しみじみと漏らしたその一言に、隣の相田桜子も柔らかく微笑んだ。


「受験も終わったし、小野さんとも仲直りできたし、ようやくメンタル戻ったんだね」


どこか安心したように、陽向たちの方へ視線を向ける。

一方で加賀優音は頬杖をつき、小さくため息をついた。


「受験で多少追い詰められてくれてた時の方が、まだ大人しくて良かったわ…」


「ほんとジェットコースターメンタルだな。」


横溝琉嘉も腕を組みながら苦笑した。


阿久津孝明はバッグをしっかり抱えたまま、警戒した目で陽向を見つめる。


「ティガレックス並みに獲物見つけたら異常に機動力が上がるタイプじゃないですか!!」


「誰がモンハンの大型モンスターだ!」


再び笑い声が弾ける。


窓から差し込む冬の日差しが、生徒会室いっぱいに広がるその賑やかな空気を、やわらかく照らしていた。




その日、生徒会役員会議が終わり。




冬の夕暮れに染まり始めた生徒会室では、役員たちがそれぞれ帰り始めていた。


陽向は雫と並んで廊下を進む。

昇降口へ到着すると、ふと辺りを見回す。


「あれ、朔也は?」


いつもなら雫を迎えに来るはずの姿が見当たらない。

雫は小さく笑った。


「今週末、いよいよ共テなので。本番までは即帰宅で缶詰めです。」


「ひぇ〜…凄い気合いだ……」


陽向は思わず眉間に皺が寄る。

今週共通テストということは知っていたが、そこまで詰めてるとは思わなかった。

すると、雫がくすりと笑う。


「……星野先輩も、試験前の気合い凄かったですよ」


「私は本読んでただけだから!」


肩をすくめる陽向に、雫は首を横へ振った。


「でも、誰とも連絡を取らないで数日籠もって集中するなんて…なかなか出来ないですよ?」


感心したように微笑んだあと、少しだけ表情を曇らせる。


「朔也くんや星野先輩を見てると……大学受験って、本当に大変なんだろうなぁって」


ぽつりと呟き、小さく笑う。


「なんだか、今から怖くなっちゃいました。」


陽向は少し考えるように視線を上げ、それから静かに答えた。


「私はそこまででもなかったけど……朔也の第一志望は難関の国公立大だから、相当しんどいと思う。」


「……そうですよね。」


雫も神妙な面持ちで頷く。

陽向は続けた。


「朔也が受ける国公立って一般入試の一発勝負だし…滑り止めの私立も受けるみたいだけど、推薦の準備に時間と労力を割くのはもったいないって言ってぜーんぶ一般入試オンリー!」


その姿を思い浮かべるように、雫も小さく笑う。


「確かに…”推薦に時間を使うくらいなら、数学と英語を一点でも上げたい”って言って、朔也くん毎日ひたすら問題集と演習ばっかりやってました。」


その一言には、素直な尊敬が滲んでいる。

陽向は苦笑しながら肩をすくめる。


「ね。ほんと私には出来ないわ〜。」


二人はそんな話をしながらお互いの下駄箱へ向かい、上履きを脱いで靴へ履き替える。


外へ出ると、冬の澄んだ空気が頬を撫でた。

西へ傾いた陽が校舎を淡い橙色に染め、校門へ向かう生徒たちの笑い声が、冷たい空気の中へ溶けていく。


陽向と雫も自然と肩を並べ、駅へ続く歩道をゆっくり歩き始めた。

吐く息は白く、二人の足音だけが静かな住宅街へ規則正しく響く。

しばらく他愛のない話を交わしていた雫が、ふと空を見上げるように呟いた。


「……朔也くんに第一志望、受かってほしいですけど。」


少しだけ笑ってから、小さく続ける。


「それはそれで……少し寂しいです。」


「え?なんで?」


陽向は首を傾げた。

雫は少し驚いたように目を丸くする。


「聞いてないですか?第一志望に受かったら、大学の寮に入るつもりみたいですよ。」


「…………えっ…?」


陽向の足が、一瞬止まった。


「えーーーーーーっっっ!!!!」


思わず大きな声が漏れる。

陽向は困惑したように眉を寄せる。


「……通えない距離ではないって……結構前に言ってたけど……」


「そうなんですか?」


雫は少し驚きながら答えた。

そして少し考えるように視線を泳がせる。


「でも…ついこの前は”毎日往復三時間はタイパ悪すぎてもったいないから”って言ってました」


「…………。」


陽向は何も返せなかった。


胸の奥が、ひゅっと冷たくなる。





─────朔也が、実家を出る。





その一言が、何度も頭の中で反響する。


十八年間。

物心ついた頃から、ずっと隣にいた存在。


学校へ行けば会えて。

帰れば家がすぐ横にあって。

約束なんてしなくても、気付けばそこにいるのが当たり前だった。

そんな”当たり前”が。


高校卒業と同時に、突然終わる。


今まで遠い未来だと思っていた現実が、不意打ちのように目の前へ突き付けられた。

頭では理解できる。

大学へ進学するのだから、実家を離れる人だって珍しくない。


それなのに。

心だけが、その現実を受け入れられなかった。


「……聞いて………なかった感じですね……」


雫がそっと陽向の横顔を見つめる。


あまりにも分かりやすかった。


驚き。

戸惑い。

そして───寂しさ。


隠しきれない感情が、その表情へそのまま浮かび上がっている。


陽向は少し俯き、小さく呟いた。


「……寂しく……なるね……」


その声は、驚くほど弱々しかった。


その一言を聞いた瞬間。

雫の胸にも、小さな波紋が広がる。


───寂しい。


その言葉は、誰に対して言っていることなのか。




それは、私が?

それとも……………星野先輩、自分が?




そして、雫は。


「……でも…」


柔らかな笑みを浮かべる。


「”私には”、毎週末会いに来てくれるって言ってたので。」


“私には” ────。


その言葉だけが、不思議なくらい陽向の胸へ深く刺さった。

雫はそのまま優しく続ける。


「私からも、行ける時はなるべく朔也くんに会いに行こうと思ってます。」


「…………っ…」


陽向は笑おうとした。

なのに。


胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。


苦しい。

悲しい。

胸が痛い。


───”彼女”である雫には。


土日も。

長期休みも。

会いたいと思えば、朔也に会える理由がある。

これから先も、ずっと。


でも、自分は違う。

高校を卒業したら。


“幼馴染”というだけでは、もう簡単に会える距離じゃなくなる。


朔也が実家へ帰って来ない限り。

自分から会いに行く理由なんて、どこにもない。


……年に何回だろう。


お盆。

お正月。

それとも、それすら分からない。


そんなことを考え始めた途端、頭の中がぐるぐると回り始める。

今まで当たり前だった未来が、音もなく崩れていく。


冬の冷たい風が吹き抜ける。


その冷たさが、胸の奥へぽっかりと空いた穴を、より一層際立たせるようだった。


「…………。」


歩きながらも、俯いて。

足元ばかり見つめて歩くその姿は、さっきまで笑っていた人とはまるで別人だった。


笑わなきゃ。

平気なふりをしなきゃ。

そう思っても、表情は言うことを聞かなかった。


雫の前だということさえ忘れてしまうほど、心は現実へ置いていかれていた。


雫は、小さく目を細めた。


彼女は、気付いていない。

今、自分がどんな顔をしているのか。


悲しそうで。

苦しそうで。

今にも泣き出してしまいそうで。


その横顔を見つめているだけで。


(……あーあ。)


雫の胸の奥がじんわりと熱を帯びていく。


(星野先輩……落ち込んじゃった。)


思わず、口元が緩んでしまい。

雫はそんな陽向の顔を、もっと見たくて覗き込む。


「星野せーんぱい♡」


「……!」


名前を呼ばれ、陽向はハッと顔を上げた。


揺れる瞳。


隠そうとしても隠しきれない動揺。


その瞳を真正面から受け止めた雫は、胸の奥が、ぞくりと震えた。


(……あぁ。)


可愛い。

あまりにも。


必死に何かを堪えていて。


それなのに、決して「好き」とは言えない。

言ってはいけない。


そんな檻の中でもがいている姿が。

どうしようもなく。


愛おしかった。


口元が、ゆっくりと緩んでいく。


「……今まで朔也くんとは毎日一緒にいたけど……」


雫は、柔らかく笑う。


「よくよく考えたら週末限定になるくらいが丁度いいかも♡」


「………そう……なの……?」


震える声。

かろうじて返した陽向の声は、驚くほど弱々しかった。

その一言だけでまた雫の胸が熱くなる。


(…………好き。)


その顔。


大好き。


もっと見せて。


もっと。

もっと。


雫の表情は、とろんと蕩ける。


「だって朔也くん……平日だろうと次の日学校だろうと全然お構いなしだから………」


少し照れたように頬へ指先を添える。


「…結構キツくて♡」


「……っ…」


陽向の肩が、ぴくりと震えた。

雫は陽向の瞳を見つめる。


(…………良い…)


その目は、さっきよりもずっと苦しそうだった。

瞳には、隠しきれない動揺が映っている。


喪失感。

縋るような弱さ。

決して口にはできない恋心。


全部、全部、その瞳に映っている。

綺麗なくらい見えてしまう。

その姿が、どうしようもなく愛おしくて。


胸の奥が甘く痺れる。


「それで寝不足になること、多々あるので♡」


「…………。」


陽向は、言葉が出ない。

目だけが、小さく揺れる。

その横顔を見た瞬間。


雫は思わず息を呑んだ。


揺れる瞳。

噛み締められた唇。

今にも壊れてしまいそうなほど弱々しい横顔。



その揺れが。





堪らない。





(……あぁ……その目……)



全校生徒の憧れで。

いつも笑っていて。

太陽のように明るくて。

誰よりも真っ直ぐで。

何でも前向きな星野先輩。


そんな人が。

こんなにも簡単に壊れそうな顔をするなんて。


(……私の前で……だけ……♡)


二学期の終業式の日。

雫の脳裏に、保健室のベッドの上で涙ながらに自分へ縋りついていた陽向の姿を思い出す。




生徒会長、星野陽向の羨望は………私だけのもの。




その事実が、胸を甘く満たしていく。


それは。

星野陽向という絶対的な光を、自分だけが支配して、曇らせ、泣かせることができるという極上の愉悦。


「あ、ごめんなさーい」


雫は慌てたように両手で口を押さえる。


嬉しい。

胸がいっぱいになる。


“彼女”である私しか知らない朔也くん。

“彼女”である私だけが過ごせる夜。

“彼女”である私だけが知っている時間。




その全部を。


星野先輩は、一生知らない。




雫は、全身が震えるようなゾクゾクが止まらない。


「星野先輩は経験が無いから……」


ニコぉっと笑いながら、陽向の頬を愛おしそうに撫でる。


「こんな話ししてもわかりませんよね…♡」


その笑顔は。


どこまでも無邪気で。

どこまでも可愛らしくて。


誰が見ても、悪意なんて一欠片も感じない。


だからこそ。


陽向の胸へ刺さったその言葉は、誰にも気付かれないまま。


静かに、深く。


沈んでいった。




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