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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第三章〜高3編〜【最終章】  作者: 波方 真季


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第167話 火のないところに煙は立たない


それから。


夏休みから一日たりとも欠かすことのなかった綾真とのLINEは、まるで糸が切れたように、ぱたりと止まった。


朝の「おはよう」も。

何気ない学校の話も。

くだらないスタンプの送り合いも。

毎日そこにあるのが当たり前だったやり取りが、スマホ画面から、跡形もなく消えてしまった。


覚悟はしていた。


自分で選んだ答えだから。

こうなることくらい、最初から分かっていた。


それでも、実際に通知の鳴らない画面を見つめていると、胸の奥へぽっかりと穴が空いたような、言葉にできない寂しさだけが静かに広がっていく。


指先が、何度も無意識にトーク画面を開く。

最後に交わしたメッセージ。

そこから先は、何も増えていない。

画面を閉じては、また開く。

そんな自分が、少しだけ情けなかった。


心のどこかで。

もしかしたら、と期待してしまっていたのかもしれない。


誰よりも優しい綾真のことだから。

少し時間が経てば、またいつものように連絡をくれるんじゃないか。


「これからは普通に友達としてさ。」


そんなふうに、笑って背中を押してくれるんじゃないか。

そんな都合のいい未来を。

勝手に思い描いていた。


だけど、それはあまりにも身勝手だった。


想いを伝えてくれた人を。

何度も何度も真っ直ぐ好きだと言ってくれた人を。

自分は傷付けた。

それなのに。

恋人にはなれない。

でも、今まで通り友達ではいてほしい。

そんな願いが、どれほど残酷で、自分勝手なものなのか。

今なら痛いほど分かる。


失いたくなかった。

綾真という存在を。

恋人にはなれなくても。

友達として。

隣で笑い合える存在だけは、失いたくなかった。


だけど、それは。

自分が傷付くのが怖かっただけだ。

綾真の痛みを見ないふりして。

自分だけが今まで通りでいたいと願う、ただの我儘だった。


「……綾真…………」


小さく漏れた声が、静かな部屋へ溶けていく。

スマホの画面は、相変わらず静かなままだった。


これが、現実だ。


恋というのは残酷だ。

気持ちを伝えるということは。

これまでの平和な時間も、居心地の良い関係も。


一瞬にして、いとも簡単に壊してしまう。


大切な友達を失った。

もうこれ以上。



大切な幼馴染まで、失いたくない。



卒業まで、残り二ヶ月。


もうすぐ、新学期が始まる。

高校生活最後の二ヶ月間。

綾真と同じクラスで。

同じ教室で。

毎日、顔を合わせることになる。


そのたびに、どんな顔をすればいいのだろう。

どんな言葉を掛ければいいのだろう。


これまで当たり前だった「おはよう」は。

もう、今までと同じようには言えない気がした。




───────。




そして迎えた、新学期。


始業式の日の朝。

冬休みの静けさが嘘だったかのように、校舎には久しぶりの賑わいが戻っていた。

廊下には、冬休みの思い出を語り合う声。

笑い合うクラスメイトたち。

新学期独特の浮き立つ空気が、校舎中を包んでいる。


────そんな空気の中。


三年二組の教室前だけは、まるで別世界のように張り詰めていた。

教室の入口扉前

腕を組み、じっと廊下の先を見つめる一人の男子生徒がいる。


「おい、黒川朔也。お前を待ってた。」


ドンッと。

登校してきた朔也の前に立ちはだかったのは、綾真だった。


朔也は一瞬だけ視線を向ける。


「…………。」


しかし何も言わず、そのまま綾真の肩を避けるように歩き出した。


「コラ!無視すんなお前っ!」


朔也はそのまま教室へ入っていく。

綾真もすぐにその背中を追い掛け、三年二組の教室へ踏み込んだ。

教室へ入った朔也は、何事もなかったように自分の席へ向かう。

スクールバッグを机へ置きながら、小さく溜め息を吐いた。


「…なんで新学期初日の朝いちから鷹井とツラなんか合わさなきゃなんねーんだよ」


朔也は机にスクールバッグを置きながら、息をつくように言った。


そのあまりにも放漫な態度に。

綾真の頭は一気に血が昇った。


ガシッ


勢いよく朔也のブレザーを両手で掴み上げる。


「お前っ!陽向と何があったんだよ!」


朔也の眉がピクリと動く。


「…は?ひな…?」


綾真はさらに胸ぐらを引き寄せた。


「手ぇ出したのか?小野雫と付き合いながら、陽向とも二股してんのか!」


その瞬間。

教室の空気が、一気に凍り付く。


「はぁ!?」


朔也は思わず目を見開いた。


「ちょ、いきなりなに言って──」


「とぼけんじゃねーよ!!」


ザワザワッ


「え、喧嘩?」


「なに、二股?」


「黒川くんが?小野さんと星野さん?」


「まじ?やば」


「それはえぐいだろ」


ざわめきは一瞬で教室中へ広がっていく。

その声を聞きながら、朔也は周囲へ視線を巡らせる。


その時、一人の人物と目が合って。

朔也は、ハッと思い出す。


「おい横溝ーっ!!お前だろ!!」


「はっ!?なんで俺!?」


突然名指しされ、横溝琉嘉が目を丸くする。


「お前しかいねーだろ!ひなとヤッただ何だっつって騒いでたの!!」


「別に騒いでねぇし。鷹井になんて言ってねぇよ。つーか別に誰にも話してねぇし!!」


「じゃあなんでこいつがこんな訳わかんねーこと言ってんだよ!!」


横溝琉嘉は、呆れたように肩を竦める。


「お前が星野をヤッたからだろ?」


「だからヤッてねーっつってんだろ!!」


朔也の叫び声が教室中へ響き渡る。


しかし、誰一人として笑う者はいなかった。

教室を包む空気は、むしろ先ほどまで以上に重く、張り詰めていた。


「俺が…っ」


綾真の奥歯が、ギリ…ッと軋む。


「どんだけ陽向を大切にしてきたと思ってんだ…!」


怒鳴っているはずなのに。

その声は、どこか泣いているようだった。

朔也を睨みつける瞳には、抑え切れない涙が滲み、今にも零れ落ちそうになっている。


「…指一本触れずに…っ」 


震える声が途切れる。

綾真は唇を強く噛み締めた。


そのあまりの本気の想いに。

朔也の表情にも眉間へ深い皺が刻まれた。


「これまでずっと大事にしてきたんだよ!!」


一つ一つの言葉が、胸の奥から血を吐くように零れていた。


「だから!何かの誤解だっつんだよ!!別になんもしてねーって!!」


「何もしてねぇなら……!」


綾真は朔也の胸ぐらをさらに強く掴み上げた。


「なんで俺がお前のせいで、陽向に振られたんだよ!!」


「…え……?」


その一言で。

朔也の思考は、ぴたりと止まった。

信じられないかのように、綾真の顔を見つめる。


「…は?…何、お前……ひなに振られたの……?」


思わず漏れたその声には、動揺しかなかった。

綾真は苦しげに唇を歪める。


「……白々しい反応してんじゃねぇよ……っ」


掴んでいたブレザーへ、さらに力がこもる。

皺になった制服が、ぎりっと音を立てるようだった。


「どうせお前が陽向に言ったんだろ!!俺を切れって!!」」


怒りに震える声が教室中へ響く。


「……っ!」


朔也の表情が険しくなる。


「さっきから意味分かんねぇ言いがかりばっかつけてんじゃねぇぞ!」


朔也も綾真の腕を振り払おうと胸ぐらを掴み返した。


「俺は一切関係ねぇ!お前らの痴話喧嘩に巻き込むんじゃねぇ!!」


「関係ねぇわけねぇだろ!!」


綾真は叫ぶ。


「陽向は、お前を───」


「綾真ッッッ!!」


鋭い声が教室中へ響き渡った。

二人の動きが、一斉に止まる。


教室の入口。

肩で息をしながら立っていたのは、陽向だった。

クラスメイトから”綾真が陽向のことで黒川と二組の教室で揉めている”と聞き、慌てて駆け付けてきた。

乱れた呼吸のまま、それでも真っ直ぐ綾真だけを見つめている。


「……陽向…….っ…」


綾真の声から、怒気が消えた。

ゆっくりと。

握り締めていた朔也のブレザーから、力が抜けていく。

指先が離れ、皺になった制服だけがその場に残った。


陽向は何も言わない。


ただ綾真の瞳を見つめ───静かに、首を横へ振った。


「…………。」


その表情は苦しそうで。

泣くことすら堪えているようだった。


その顔を見た瞬間。

綾真はもう、何も言えなかった。

怒りも、悔しさも。

喉の奥で全部、行き場を失ってしまう。


ゆっくりと視線を落とし、拳を握り締めたまま俯くことしかできなかった。


「…綾真…ちゃんと話そう。」


震える声でそう呟くと、陽向はそっと綾真の腕を掴む。

ぐいっと軽く引くその手は、小さく震えていた。


綾真は抵抗しなかった。

何も言わず、その手に導かれるまま教室を後にする。


教室には、重苦しい静寂だけが残された。


「…ち…っ…なんなんだよ…」


深く息を吐きながら、乱れたブレザーの襟元を雑に整える。

すると、すぐ隣で横溝琉嘉が悪びれる様子もなく肩をすくめた。


「あーあ。遂にお前と星野がヤッたのが捲れて星野が鷹井と破局しちゃったな。もっと上手くやれなかったの?」


朔也のこめかみに、ピクリと青筋が浮かぶ。


「それ以上喋ったらまじで殴るぞ…」


まるで軽々しい様子の横溝琉嘉へ向かって、朔也はゆっくりと拳を握った。


その瞬間。


「陽向と綾真が破局っ!?」


三年二組の教室扉から、聞き慣れた声が飛び込んでくる。


「は?陽向とヤッた?」


登校してきたばかりの咲と蒼太だった。

驚きの声を上げた咲の後ろから、蒼太が顔を出した。


「えっ!?朔也!陽向とヤッたの!!??」


咲は目を丸くしたまま、朔也に詰め寄る。

一方で蒼太はというと──


「まじ?遂に!?」


ぱあぁっと目を輝かせた。


「…………。」


朔也は無言だった。


呆れたような目をして、さっきまで怒鳴り合っていた疲労も相まって、もはや否定する気力すら残っていなかった。






一方、廊下の突き当たり。


朝の喧騒から少しだけ離れたその場所には、張り詰めた空気だけが流れていた。

向かい合う二人の間には、冬の冷たい空気よりも重たい沈黙が横たわっている。


陽向は、震える息を一つ吐いてから、ゆっくりと口を開いた。


「綾真…なにか勘違いしてるよ」


「…………。」


綾真は答えない。

ただ俯いたまま、苦しそうに視線を逸らしていた。

その横顔は怒っているというより、傷付いているように見えた。


「朔也とは何もないし、朔也は何も知らない」


「あんなクズ庇ってどうすんだよ!」


低く吐き捨てるような声だった。

その一言に、陽向はゆっくりと首を横へ振る。


「庇ってない。私は綾真に嘘なんかつかない!」


その瞳だけは真っ直ぐだった。


「…っ」


綾真の肩が、小さく震える。


「朔也の事は信じなくてもいい。」


少しだけ言葉を区切り、陽向は息を吸った。


「でも私の事は信じてよ…私は綾真とそんな付き合い方してきてないよ」


その時だった。



キーンコーンカーンコーン──────。



新学期最初の予鈴が、静まり返った廊下へ響き渡る。


二人は同時に顔を上げた。


「……放課後もう一回話そう。」


陽向の声はまだ少し震えていた。

綾真はしばらく黙ったまま陽向を見つめ、やがて小さく頷く。


「…………わかった。」


それ以上、言葉は続かなかった。


二人は教室へ向かって歩き出す。

そして、新学期最初のホームルームが始まろうとしていた。





───────。





始業式は終わり、この日の学校は午前中で終わった。


帰りのホームルームが終わった途端、張り詰めていた教室の空気は一気にほどける。

あちこちで笑い声が弾け、椅子を引く音や机を寄せる音が重なり合う。

さっきまで重苦しい空気に包まれていた廊下や教室が嘘だったかのように、生徒たちは久しぶりに再会した友人との会話へ夢中になっていた。


けれど、その賑わいの中で、陽向だけはまだどこか心ここにあらずだった。


(…このあと……)


視線が、自然と綾真へと向かう。

いつものように、沢山の友達に囲まれて。

いつだってクラスの中心にいる。


朝、廊下で交わした約束が、何度も胸の中で繰り返される。


どう話せばいいのか。

何を伝えれば、この想いはちゃんと届くのか。

考えれば考えるほど答えは見つからず、胸の奥だけが重く沈んでいく。


そんなことをぼんやり考えていた、その時だった。


「陽向ーっ!」


三年四組の入口から、聞き慣れた元気な声が教室中へ響き渡る。


「あ、咲。」


陽向が顔を上げた瞬間。


ガシッ


「事情聴取しまーす!」


遠慮なく教室へと入り、足早に陽向の元へやって来るとそのまま腕を掴んで連行する。


「え、あ…ちょっとー!」


抗議の声など聞く耳持たず、咲はぐいぐいと陽向を引っ張り、そのまま廊下へ飛び出していく。

陽向は半ば引きずられるように、そのまま三年二組へと連行されていった。





そして───────。





「で。」



咲が腕を組んだまま、じっと陽向を見る。


目の前には不機嫌な顔をした朔也と、その隣で興味津々に目を輝かせる蒼太がいた。


「なんで朔也に初体験あげちゃった上に、綾真と破局しちゃったわけ?」


「「誤解だーーーーっ!!!!」」


ほぼ同時だった。


陽向と朔也の叫び声が、寸分違わぬタイミングで教室中へ響き渡る。


朔也は陽向を指差しながら、顔を真っ赤にして叫ぶ。


「誰がこんな!色気もクソもないズボラ風呂キャン女に手ぇ出すんだよっ!!」


陽向も負けじと声を張る。


「そーだよっ!朔也は冬休み中、しぃちゃんが通い妻してずーっとベッタリ一緒だったんだから!私なんて全く眼中ないよっ!!」


自分で言ってて若干悲しくなりつつも、誤解を解こうと必死だった。

そんな陽向の心の揺れには、誰も気付かない。


蒼太が露骨につまらなそうに口を尖らせた。


「ちぇ…つまんねー」


「蒼太っ!」


すかさず咲の鋭い声が飛んだ。

そして呆れたように腰へ手を当て、小さくため息をつく。

改めて、陽向へ視線を向けた。


「だったらなんで…綾真を振ったりなんかしちゃったの?」


少しだけ声の調子を落とす。


「そ…それは……」


陽向の喉が小さく詰まる。

さっきまで勢いよく否定していたはずなのに、その質問だけは簡単には答えられなかった。


どう答えればいいのか分からないまま、無意識に視線だけが朔也へ流れた。


「……………。」


朔也は目を細めながら、じっと陽向を見ている。

その鋭い視線と目が合った瞬間、陽向は慌てて視線を逸らした。

途端に頬へ熱が集まり、自分でも分かるほど顔が赤くなっていく。


「陽向…?」


「おいおい……火のないところに煙は立たねーぞ。」


あまりにもわかりやすい陽向の様子に。

咲と蒼太は一発で気がついた。


((…まさか…………))






遂に陽向が…………自覚した。






「だからお前!!毎度毎度やめろその顔っ!!」


朔也だけが気づいてない。

もはや毎度同じみとなりつつある、陽向の顔面告白とも言える謎の表情に、朔也は困惑している。


(またその顔かよ…っなんなんだよ…!)


そもそも。

一番最初に横溝琉嘉に誤解されたのも、この顔が原因である。


陽向は心の中で、慌てて首を振る。


「…っやっぱり……」


ぎこちない笑みを浮かべながら、しどろもどろに言葉を探した。


「綾真とは……その……良いお友達でいたいかなぁ〜……と思って……」


語尾はどんどん小さくなり、最後には完全に誤魔化し笑いになっていた。


その瞬間。


「ふざけんな!!」


朔也が机を叩かんばかりの勢いで声を荒げる。


「お前のそのわけわかんねー痴話騒動でなんで関係ないこっちに言われのない濡れ衣を着せられなきゃなんねーんだよっ!!」


「それは…っごめんて!綾真の誤解は今日このあとちゃんと解くよ!」


陽向は肩をすくめ、両手を合わせるようにして慌てて頭を下げる。


「当たり前だっ!!」


教室へ、ビシッと朔也の怒鳴り声が響く。

そんな二人を見ながら、咲がふと口を開いた。


「陽向、今日綾真と会うの?」


「うん!お互いお昼済ませたら教室で1時半に集合って話しになってる」


陽向は頷いた。

その答えを聞いた瞬間。


「陽向っ!」


バシッ。


咲は勢いよく陽向の両肩へ手を置いた。

その瞳は、どこまでも真剣そのもの。


「よく考え直して…ちゃんと綾真とヨリ戻してきなさい!」


「えっ!?」


陽向は思わず目を丸くした。

戸惑う陽向へ、今度は蒼太がすかさず口を挟む。


「いや!自分から振っといて今更そんなん駄目だろ!」


「蒼太は黙ってて!」


咲がピシャリと制止した、その時。


「おい!」


今度は朔也の声が響く。

朔也は陽向を真っ直ぐ指差し、真顔で言い放った。


「お前は絶対にこのあと、あの勘違い野郎の思い込みを徹底的に抹消して来い!」


陽向の肩は思わずビクリと跳ねる。

しかし朔也は構わず続けた。


「あいつの今朝の騒動のせいで、俺がクラスの奴らに変な勘違いされたんだよ…!」


今朝、教室中から浴びせられた軽蔑の視線を思い出し、眉間を押さえる。


「万が一にでも、俺がひなと浮気しただのヤッただのとんでもねー霰もないデマが雫の耳にでも入ったら───」





「えー、入っちゃいましたよー?」





教室の入口から突然、のんびりとした聞き慣れた女の子の声。




「「「っっっ!?」」」




四人が一斉に入口へ振り向く。


「「雫っ!!」」


「「しぃちゃん!!」」


その姿を認識した瞬間。


陽向も、朔也も、咲も、蒼太も。

全員の背中を、氷水を流し込まれたような冷たい悪寒が一気に駆け抜けた。



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