第9話 次なる試練と、七星の影
翌朝、牢から呼び出され、鎖を引かれることもなく、俺はガルマの執務室へ通された。
重厚な机に腰かけ、葉巻をくゆらせる大男。
その片目がぎらりと光り、俺を射抜いた。
「お前の次の相手が決まった」
低い声が響く。
胸がざわつく。
俺はまだアイアン、最底辺。試合相手を選ぶ権利なんてない。
すべては興行主の意志次第。
「今度の相手はブロンズランクの剣闘士だ」
ガルマの口元がわずかに歪む。
「シルバーだったラガンは特例だ。奴がお前を指名したからな。だが、今回は正規の流れだ」
「……で、試合はいつなんだ?」
思わず問い返すと、ガルマは薄く笑った。
「いつだと? 今からだ」
「は? 準備とか……」
「奴隷に準備が要るか。闘技場に立つ、それだけで十分だ」
言い放たれた言葉に、胸の奥で乾いた笑いがこみ上げる。
(……結局ここでもか。社畜の時と同じだ。心構えも休みもなく、ただ“今やれ”って押し出されるだけかよ)
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控室に戻ると、セリナが待っていた。
「お疲れさまです。次の試合、決まったんですね」
俺は頷き、彼女に視線を向ける。
「……どうやらブロンズらしい」
「そうですか」セリナは小さく息を吐く。
「ブロンズに昇格すれば、多少は試合の指名ができるようになりますよ。ただし……」
「ただし?」
「自分のランクから二つ上、二つ下までです。それが闘技場の規定です」
つまり、今の俺には自由はない。
まだ駒。使い捨ての見世物。
だが――少なくとも、先は見えた。
「七星って……どのくらいの強さなんだ?」
昨日の酒場で見た女の姿が脳裏をよぎる。漆黒の髪に双剣を揺らした剣士。
セリナは真剣な顔で頷いた。
「七星は全員ダイヤモンドランクの剣闘士です。ランキングでは二位から八位に位置しています。そして一位は現役チャンピオン。つまり、七星はチャンピオンに最も近い存在と言われています」
俺は息を呑んだ。
ダイヤモンド――頂点に君臨する百人にしか許されない称号。
剣闘士は一万人以上いるというのに、そこに辿り着くのはほんの一握り。
しかも、七星はその中でも上位に連なる。
セリナは続けた。
「……ただし、七星と他のランカーとの間にも大きな壁があるとされています。七星は同じダイヤモンドであっても、格が違うんです」
七星と、俺。
天と地ほどの差。いや、それ以上だろう。
「……なら、やるしかないか」
拳を握りしめる。
まだ“アイアン”という烙印は外れていない。
でも、社畜から奴隷、そして不死身のドーレイへ。
一歩ずつでも、駒から王へと変わってやる。
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その時、闘技場の扉が開かれた。
兵士が差し出してきたのは一本の鉄剣。
刃は波打つように歪み、柄はぐらついている。
「……またこれかよ」
武器ですらない代物を握りしめ、苦笑するしかなかった。
眩しい光と轟音のような歓声が押し寄せる。
「次の試合だ。不死身のドーレイ、入場!」
俺は深く息を吸い込み、砂の舞台へと踏み出した。
2025/9/30 闘技場への入場の際に武器を手渡されるシーンを追加