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かつて存在した英雄たちへ ―継がれた意思の行方―  作者: Oとうふ
3章 笑顔でいられるように

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笑顔でいられるように

 退屈するかと思っていた入院生活は、割と賑やかに過ぎていった。

 ほぼ毎日顔を出してくるハルに、日替わりで変わるクラスメイトたち…。

 流石に佐藤が乗り込んで来たときは、ハラハラしたがなぜかおとなしかったり…。

 本当に賑やかな数日間を乗り越えた今日、医者からの激しい運動は控えてくださいという一言とともに、無事に退院した。

 病院を出てすぐの場所に莉愛の姿を見つけたため、歩み寄っていく。

 

「莉愛か、久しぶり」

「はい」


 結局、一週間ぶりに目が覚めたあの日以降、莉愛は一度も見舞いには来なかった。

 その日の最後の態度に引っかかりを覚えていたから、少し心配していたんだが…


「……」

「?」


 特に具合が悪そうだったり、怪我してそうな雰囲気はしない。

 じゃあ、あれは何だったんだ…。


「東雲君、用事はありませんよね?」

「あぁ、亜優さんとミチ婆には事情は説明した。優は…な」

「確かに優さんに言わないのは正解かもですね」


 莉愛も優の性格はとても良く理解しているようだ。

 

「それじゃあ、車に乗ってください。お別れをしにいきますよ」

「そうだな」


 車に揺られること十数分、目的地付近に着いたのか扉が開いた。

 俺たちが降りてすぐに車は走り去る。

 目の前には花畑が広がっていた。

 

「……」

「……」


 お互いの間に会話はなく、静かに花畑を進んでいく。

 中心部にある木に近づくにつれ、人の気配が強くなる。

 突如として不自然な風が吹き、花びらが宙を舞った。

 瞬きをしたその刹那、前方にある木の下に人が立っていた。


「デジャヴ…だな」


 彼女…結乃は、儚げな笑顔を向けてくる。

 横にいる莉愛の呼吸がわずかに乱れるのを感じる。

 俺も莉愛も覚悟をしてこの場にきた。

 そのことを自分に言い聞かせつつ、自然と握りしめていた手から力を抜いた。

 そして、落ち着くために一呼吸する。

 

「また会える。嘘じゃなかったでしょ?」

「そうだな…」


 静寂が訪れる中、必死にかける言葉を探していた。

 言いたいことはいっぱいあったはずだ。

 でも、いざこういう状況になってしまうと、言葉が見つからない。

 莉愛も同じなのだろう、どこか苦しそうに胸に手を添え、結乃を見つめていた。

 

「正直、この雰囲気で喋るの苦手なんだよね…。二人もやっぱりお別れって分かってたら…最後って分かっちゃってたら、言葉…迷うよね」


 最後…彼女のその言葉を理解すると、胸が締め付けられる。

 直視しているようで、無意識的に『別れ』というものから目を背けてきた代償なのだろう。

 そして、その選択をしたのは俺たちだという事実が、自身の中に渦巻く感情をより一層重くする。

 これが運命だとしても…、彼女の意志だとしても、決していい気分になるものじゃない。

 

「なぁ…本当に助かる道はないのか…」


 ようやく声になったその想いは酷く震えていた。

 

「凪君、それは少し甘えすぎだよ。そんな覚悟じゃ、ラルドとの闘いが…、これまでのあなたの物語が無駄になっちゃう。だからさ、楽しい話をしようよ」


 俺は莉愛と顔を見合わせた。

 まさか、そんなことを言うなんて思ってもみなかったから。


「楽しい話?」

「そう。例えば…莉愛の恥ずかしい思い出話とか」

「っ!?結乃!」


 そういえば二人とも同じ体にいたんだから、誰よりもお互いを…というより、結乃は莉愛を理解しているんだろうな。

 聞きたいことはいくつもあったが…彼女の言う通り、最後は楽しくしたい。

 たとえそれが、後の後悔に繋がるとしても。

 今は彼女を尊重したい。

 慌てた様子で結乃の口を塞ごうとする莉愛を見ながら言った。


「その話、面白そうだな」


 俺の言葉に莉愛は目を丸くして驚く。

 結乃も少し驚いていたが、すぐに口角が上がり悪い笑みを浮かべる。


「ふっふっふ…やっぱ聞きたいよね?」

「ちょっ!東雲君まで、何を――」


 そこからは何気ない話をずっとしていた。

 莉愛の小さいころの話とか、俺の昔…母さんと出会ってから今日までのことを語った。

 人にこんなに自分のことを話したのは初めてだと思う。

 二人とも、俺の話に興味津々だったのが印象的だった。

 結乃の話じゃ、俺の記憶を見ているらしいから退屈かもなんて思ったが、杞憂だったらしい。

 ずっと、こんな時間が続けばいいのに…

 声に出そうになった言葉を飲み込む。

 これは言ってはいけない。

 彼女の心に残る呪いの言葉だと理解しているから。


「あの時は私もヒヤヒヤしましたよ」

「ホントだよ。私だって、時々莉愛の視界を見ていたんだからね」


 楽しそうに話をしている二人から目をそらして、傾き始めた日を眺める。

 もしかして、結乃は消えることはないんじゃないのか。

 僅かな期待が芽生え始めたと同時に、小さな光が目の前を通った。


「?」


 その光は今にも消えそうだった。

 手を伸ばそうとしたが、光は一直線にどこかへ飛んでいく。

 視線で追うとその先には、結乃がいて――


「え…」


 彼女の足の一部が透けていた。

 

「東雲君?」


 思った以上に声が出たのか、莉愛も結乃も話をやめてこちらを見てきていた。

 すぐに視線を透けている部分からそらそうとした。

 ただ、莉愛は俺の異変をすぐに察したのか、視線をたどられ結乃の足元を見てしまう。


「ゆ…の」

「…時間かな。よく持ったほうだと思うよ」

「まだ…です」


 莉愛の声は震えていた。

 俺だって、今声を出せば莉愛に負けないぐらい震えている自信がある。


「莉愛…」

「まだ!話せていないことがたくさんあるんです。今日みたいに、何気ない話ばっかりして、笑って、言い合って…もっと…」

「言ったでしょ、莉愛。私はあなたに人生を歩んでほしいって。だから、その経験はあなたがするべきものだよ。私は消えるけど、あなたの中から完全に消えるわけじゃない。…だから、私に見せてよ。莉愛がたくさん笑う人生を」


 結乃の言葉に莉愛は抑えきれなくなった涙が頬を伝い、嗚咽が漏れる。

 そして、結乃を抱きしめていた。

 

「……」


 結乃と視線が合った。

 彼女は静かに笑みを向けてくる。

 

「莉愛…ありがとうね。私をこんなにも想ってくれて。…少し、凪君と二人で話したいことがあるんだ。だから、莉愛…少し体を借りていい?」

「…はい。いいですよ」


 涙を拭いながら莉愛が答えた瞬間、結乃の体が光り輝く。

 眩しさで瞼を閉じ、再び開いたときには結乃の姿はなくなっていた。


「二人きり、だね」


 見た目は完全に莉愛なのに、雰囲気で不思議と結乃だとわかる。


「本当に体を借りるなんて芸当ができるんだな」

「まあね。莉愛の魂の欠損は私が補強しているようなものだから。凪君はさ、優しいから私に何も聞かないんだよね?楽しいまま終わらせたい、そう思っていてくれるから……。正直に言うとね、私は凪君が求める答えを持っていないの」

「え?」

「ただ、ラルドの言っていた終わる世界、それに関係することは知ってる。でも、これも言えないんだ」


 また…言えない、だ。

 ラルドも結乃も揃って、言えないを口にする。

 何が結乃たちの口を塞いでいるんだ…。

 

「なんで…なんだ?」

「多分、ラルドは言えたけど言わなかったんだよね?でも、私は違う、言えないんだ。多分この辺りにいるんだと思う」

「ちょっと待ってくれ、話が見えない」

「私ね、気づいたんだ。この物語の中心にいたのは、あなたと莉愛のようであって違った。本当の中心にいたのはきっと、柊詩奈という女の子だよ。だから、あなたは彼女と会うべきだと思う」


 柊詩奈、その名前に覚えがあった。

 あの日、莉愛と一緒に上級ハンターの資格試験を受けた初日に出会った、どこかミステリアスな少女だ。

 その柊さんとやらが、俺の知りたい答えを…

 違う…そうじゃない。

 今は、結乃のための時間だ。

 まっすぐに彼女の瞳を見つめる。


「結乃――」

「――ごめん、ストップ。私、本気で泣いちゃいそうだから。笑ってお別れが一番いいでしょ?」

「まあ、そうだけど…。結乃はさ、今日楽しめた?」

「もちろん、今日はとても楽しかった」

『今日はとても楽しかった』


 まただ…。

 声が俺の記憶の中の何かと重なっている。

 三春さんの『封印』の先で結乃と出会ったときも、同じ現象が起きた。

 考えるほどに頭痛がひどくなる。


「くっ」

「え?凪君?大丈夫?」


 思わず片手で頭を抑えると、結乃が心配そうに寄り添ってくる。

 彼女の心配している顔を見て、一つだけ確信した。

 この声はきっと無視しちゃいけないものだと。

 だから必死に考える。

 絶対に俺は知っているはずだ。

 捏造とか、幻覚じゃない。

 とても大切な、記憶が――


『……これは私からの質問です。貴方は以前、私に似せた口調を癖と言いましたね』


 莉愛のその言葉が脳裏を過った瞬間、自分の中で何かが一つにつながる感覚がした。

 まさか…

 思い出せてはいない。

 でも、俺の中の感情が、直感が…本能が言っている。

 それは『確実に存在した物語』だと。

 俺の顔を見た結乃は何かを察し、距離をとったのち、片腕で反対の腕を抱き込む。

 

「最近、莉愛のことで優と話す機会があったんだ。その時にさ、俺はどうやら昔に莉愛と会っていたらしいんだ」

「……」

「でも、不思議なことに覚えていないんだ。それに、高校で莉愛と交流を持った時もさ、演技とかじゃなくて、純粋に初対面って感じだった」


 結乃は黙ったまま何も言わない。

 その顔からは、これ以上はやめてという拒絶の色が見える反面、どこか言い当ててほしいという願望が見えた気がした。

 だから、俺は言った。


「結乃。俺たちは遠い昔にとっくに出会っていたんじゃないか?」


 彼女は俯いているせいで表情はよく見えない。

 

「…結乃?」

「だから…なんでわかっちゃうの?」

 

 頭を上げ、見えた結乃の顔は大粒の涙が流れ、苦しそうだった。

 直後、俺の脳内に異物が入る感覚がし、大量の『記憶』が流れ込んできた。

 そして気づいた…。

 あの一週間の眠りの中で見ていた夢が、かつての結乃との思いでであったことを…。

 気づけば目が熱くなり、目元に溜まった涙が零れた。

 

「…やっぱり、会ってるじゃないか…。結乃」

「……」

「なんで…記憶を消し――んぐっ!?」


 急に結乃は俺の顔を引き寄せ、唇を重ねた。

 想定外のことで頭が真っ白になる。


「はっ?」


 目の前に頬を染めた結乃の顔が見えたとき、我に返った。


「何…で」

「ふふっ、難しい話はやっぱなし。凪君、これが私の気持ち。あぁ、体は莉愛のものだから、私と莉愛のどっちとものファーストキスというやつだよ。ただし、莉愛には秘密だからね?」


 なんでこのタイミングなんだ。

 そう聞こうとした。

 でも、本心では気づいていた。

 想いを告げないままの別れがどれほど苦しく、辛いものか。

 俺も優も、母さんがいなくなって理解した。


「そろそろ、か…」


 結乃がそういうと同時に、莉愛の体が光り輝いた。

 

「…ん、もう…いいんですか?」


 莉愛から離れ、露わになった結乃の体は半透明になっている。


「うん、ありがとう莉愛」

「……」


 そうか…もう限界なんだな。

 二人のやり取りで、終わりを実感する。


「私は幸せ者だね」


 俺たちの顔を交互に見つつ、結乃はそういった。


「初めて凪君に会ったとき、あなたの『ここで何をしているんだ?』って質問に『自分を探していたんです』って言ったよね。私はさ…ユーリであって、結乃でもある。逆にいえばさ、どっちでもない、中途半端な存在だったんだよ。でも、この瞬間を迎えて…二人が私を想って泣いてくれる、悲しんでくれる。だから、私は結乃としてこの世界に存在して良かったって思えたの」


 結乃は涙を拭って、満面の笑みを俺たちに向ける。

 彼女が口を開き、言葉を紡ぐ度に、この時間が永遠じゃないことを…過ぎていくことを認識してしまう。

 どれだけ苦しくても、辛くても…もう戻れないし、止められない。

 

「ほら!二人とも笑顔!」


 そっちこそ泣いて顔ぐしゃぐしゃじゃないか。

 そう言ってやりたいのに、声を出せない。

 多分、俺も泣いてしまうから。

 結乃の手が俺と莉愛の後頭部に優しく触れ、引き寄せられる。

 

「っ!」


 莉愛と結乃と俺、三人の額が重なる。

 息遣いが鮮明に聞こえる距離で、俺は二人の顔から眼を逸らせなくなっていた。


「笑顔を見せてよ、二人とも…。これから先、二人が何気なく笑顔を見せる…そんな時間を作るための今なの」

「結乃…ゆの…」

「…消えてほしく…無いんだ…」


 言うつもりはなかったし、今言うべきことじゃなかった。

 でも、苦しくて…どうしても受け入れたくなくて、結乃の顔を見つめながら言ってしまった。


「凪君、それは…ズルだよ…」

「そう、だよな…でも――」

「――私は莉愛を選んだ。あなたも莉愛を選んだ。違う?」

「っ!?」


 そうだった…俺はもう選んだんだ。

 結乃は大きく息を吸い、叫んだ。

 

「私は二人が大好きだよっ!!」


 結乃の言葉で、莉愛は何かに気づいたのか、息を整え笑顔を作った。

 合わせるように俺も笑顔を作る。

 そして、真っ直ぐ結乃を見つめながら言った。


「「俺も(私も)、大好きだ(ですよ)」」


 その瞬間、風が吹いて花びらが舞い上がる。

 いつの間にか結乃の手の感覚がなくなって、合わせていた額も一つなくなった。

 

「う…ゆの…ありが、とう…」


 俺も莉愛も顔を上げなかった。

 見らずとも答えは知っているから。

 莉愛は額を離した後、俺の胸にもたれかかった。

 そっと背中を撫でて、莉愛を落ち着かせる。

 

「…ごめんなさい」

「いいよ」


 ようやく泣き止んだ莉愛と俺は、木の下であるものを見つけた。

 

「これは…」

「っ!?」


 手のひらサイズの小さいクマの人形だった。

 その人形を俺は知っている…。


「大事に…持ってたんだな…」


 クマの人形を手に取り、莉愛に渡す。


「これは、莉愛が持つのがいいと思う」


 人形を手渡した後、木の根元部分にある母さんのお墓を見る。

 

「なぁ…莉愛。少しお願いがあるんだけど――」



――1週間後――



 結局、俺は退院しても定期的な検診が必要らしく、学校にはまだいけてない。

 その間、ずっと天宮家にお世話になっていた。

 少し結乃のことで、残りたいと思っていたから都合がよかった。

 莉愛の両親たちは大歓迎で、その対応に最初は困惑したもののここ最近は慣れてきた。

 

「東雲君」


 名前を呼ばれ振り返る。


「あぁ、莉愛。準備できた?」

「はい…。行きましょう」


 天宮本家から出て、俺たちが向かうのは花畑だ。

 道中、軽く肩を動かしてみる。

 

「体、大丈夫ですか?」

「んー、正直違和感は感じないんだよな」

「どのみち1か月は様子見で、激しい運動は控えるように、ですね」

「ちょっとぐらいなら…」


 そう言いかけると、莉愛の眼光が鋭くなった。


「東雲君?」

「…ごめん」

「本当です。一時は本当に死んじゃうかもって、すごく心配しました」


 ふと、莉愛が足を止めた。

 

「ん?」

「花を…買っていきましょう」


 よく見るとここは花田さんの花屋だった。

 

「そういえば花田さん、大丈――」

「――おはよう。何?朝からデート?学校はどしたん?」


 花田さんの声かと思ったが、全然違う。

 というか、どこかでこの声…

 花屋の奥から出てきたのは、藍色ショートの大人の…女性…


「え?あの時の…」

「あぁ、よく見れば死にかけてた子じゃないか。復活したんだね」

「東雲君、彼女は『凶弾』の二つ名で知られている弾道だんどう日向ひなたさんです。この地域出身のハンターなんですよ」


 『凶弾』、その二つ名には聞き覚えがある。

 日本最強の遠距離火力と評価されている超級ハンターだ。

 

「花田、客」

「わかってるわ。ったく、なんでお前が俺の手伝いなんか…。おっ、ゆ…莉愛ちゃんじゃないか。どうし…、貴様」


 俺を見るなり花田の顔を険しくする。 

 花田さんは片腕を無くしているが、以前とあまり変わらない気迫がある。

 気づいた時には、花田は目と鼻の先にいた。


「っ!?」


 彼が俺に向かって手を伸ばしてくる。

 殴られる、そう予測して防御しようとしたとき、なぜか頭を勢いよく撫でられる。


「ちっ、クソガキが。自分の命削ってまで莉愛ちゃん守るなんて男じゃねーか。だが、偉いなんて勘違いすんなよ。この結末は運がよかっただけなんだからな」

「花田がそれ言う?スワンプ一体に苦戦してたのにー?」

「あぁぁ!くそっ、やりづれぇ!話は莉愛ちゃんから聞いて、準備はできてる。大事にもってけよ」


 花田さんは俺たちに花を手渡してきた。

 そしてそのあと、日向さんに向かって文句を言いだす。

 

「仲が良いんだな」

「幼馴染ってやつらしいです」

「へぇ…」


 花屋から歩き出し、手に持つ花束を見る。

 勿忘草といろいろな花を組み合わせていて、見栄えがいい。

 花田さん、ちゃんと仕事しているんだなぁと実感した。

 そこから歩いて数分、俺たちは花畑の中心にある木の前までたどり着いていた。

 根元部分には相変わらず母さんのお墓があり、その隣には、小さなお墓ができている。

 その小さいお墓に、そっと花束を添えると、莉愛も続いて花束を置く。

 

「結乃、ちゃんとしたお墓はもう少し待ってくださいね」


 莉愛はクマの人形を大事そうに持ちながら、優しく結乃のお墓に語り掛ける。

 その様子を一歩引いたところから見ていた俺は、母さんに伝えるべきことを思い出した。

 静かに母さんのお墓の前に移動し、小さく語りかけた。

 

「ふぅ…母さん。すごく遅くなったけど、自分の道を少しは見つけることができるようになったよ」


 莉愛へ視線を向けると、結乃のお墓の前で一生懸命に何かを願っている様子だった。

 そっと離れて、周囲の景色を眺める。

 現実というのはとことん残酷だ。

 大事なことに気づく、そのタイミングはいつも決まって大切な何かをなくしてからなんだから。

 頭じゃわかってる。

 でも、やっぱり人間は経験をしないと本当にわかることはないな。

 そう思い、空を見上げる。

 母さんは…俺たちの『英雄』は最後の瞬間、何を考えていたんだろう…。

 何か、俺たちに伝えようとしたかったのだろうか…。


「東雲君」


 名前を呼ばれて振り返る。

 

「莉愛、もういいのか?」

「はい。…ところで、なんですけど…」

「ん?」

「その…名前で呼んでもいいですか?」

「全然いいよ。ってか、確かにこれだけの付き合いで苗字呼びは堅苦しいよな。俺だけ莉愛って名前で呼んでるし…対等にいこう」

「わかりました。えっと…凪」

「っ!」


 少しだけ胸の奥がざわめく。

 不思議な感覚だ。

 あの莉愛が俺の名前を呼ぶイメージなんて全然なかった。 

 あっても『凪君』って感じだった。

 だからこんなにざわめくのか?


「ダメ…でしたか?」

「そんなわけない。ただ、莉愛がいきなり君をつけずに呼んだことに、衝撃をというか、嬉しさが押し寄せただけ」

「あっ、ごめんなさい。優さんがいつも凪って呼ぶから…」

「気にしないよ。むしろ凪って呼んでくれたほうが嬉しい」


 俺と莉愛は数秒間、ただ静かに見つめあう。


「ふ…」

「…」


 徐々にお互い、口角が上がり耐えれなくなった。


「な、なんですか、凪。なんで笑うんですかっ」

「い、いや莉愛だって笑ってるじゃん」


 花畑に俺と莉愛の笑い声が響いたと同時に、風が優しく頬を撫でる。

 少量の花びらが舞い上がる中、俺の目には莉愛の笑顔を焼き付いた。

 これまでの後悔も、失ったものも消えることはない。

 ただ、今この時の彼女の笑顔に、俺は少なからず救われたんだと思う。

 だから心の中で小さくつぶやく。


『母さん、ちゃんと守れたよ』


 どん底にまで堕ちかけていた俺でも、守れたものがある。

 その事実だけで、今はいい。

 だから、精一杯に笑おう。

 

 彼女がこれからも、笑顔でいられるように。

 そんな願いを込めて。

 



3章『笑顔でいられるように』 完


あとがき

 ここまで読んでくれてありがとう!

 これにて「かつて存在した英雄たちへ」の第一部は完結となります。

 凪や莉愛、結乃の三人の物語はここで終わり、物語のスケールは一段階広くなっていくので、楽しみにしてくれたら嬉しいです。


(追記)

 本編では触れていなかった話を「かつて存在した英雄たちへ-ショートストーリー-」にて公開しています。

 気になる人はそちらも見て行って下さい。


 現在、一部サイトでのみ4章は1週間に1話ペースでの投稿を考えています。

 なろうでも投稿は考えていますが、今のところ未定で!(決まり次第活動報告にて)

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