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吸血鬼マーゾの御主人様

「小娘!血を吸ってくれ!!」

バチーん!

 吸血鬼マーゾの体重は軽い…闇夜の空に音も無く飛べる彼の体は、色白な村娘のビンタ一つで10メートルはふっとび積み上げられた藁の山に突っ込んだ。

「キショイ!!」

 ごみクズを見るような眼で村娘はマーゾを見下し、侮蔑の言葉を吐きかけてその場を後にした…それをマーゾは心地よく感じていた。


 吸血鬼マーゾは変態ではない、世の変態は己の欲を抑えきれずに行動を起こすがマーゾはその逆!吸血鬼でありながら「吸血本能」を抑えに抑え…ついに人を襲わぬ境地に達した。禅寺の和尚様並の高貴な存在なのである。人を襲わず、血を吸わず…むしろ美少女に襲われて血を吸われたい。高尚な彼の生き様は、しかし周りの凡吸血鬼達には理解されなかった。


「出てけ!キモ吸血鬼!!」

「えーん!」


 かくして、吸血鬼村を追い出されたマーゾは泣きながら山奥でひっそりと暮らした。吸血鬼仲間には石を投げられ、人間には普通に恐れられて聖水やニンニクをぶつけられる彼は…誰にも会わず、山奥でひっそりと暮らすしかなかったのだ。

 一年目、彼は森の大樹のウロで過ごし、体からは緑の苔が生えた。

 十年目、彼は這いまわる虫やそれを食べる小動物達の言葉を覚え、孤独を紛らわす術を覚えた。

 百年目、夜の湖面に映る自身の姿に絶句し…彼は正気を取り戻した。


「…このままでは、森の仙人になってしまう!」

 もう既にその領域に達していたが、彼には彼の…吸血鬼としてのプライドがあったのだ、それを一度思い出せばカブトムシと並んで樹液を啜る生活など出来はしない!血だ…数百年ぶりに血を飲みたい!!

 赤い月が照らす夜に森を抜け出し、音も無く風のように空を飛んだ。吸血鬼村の上を飛び越え、いつぞやの罵倒村娘の村を飛び越え…アレ?


「村が…燃えている!?」

 太陽の光に弱い吸血鬼のマーゾにとっては遥か昔の、忘れかけた人間時代に見た風景…煌々と照らされた光の世界がそこにあった。幾棟もの建屋が業火につつまれ…昼間のように照らされた街の至る所には悪夢のような光景が広がっている。生きながらステーキとなった家畜達、串焼きのようになった村人達…一体、この村で何があったのか…


「居たぞ!吸血鬼だ!!」

「ふぇ!?」


 雨あられのように降る矢を逃れ、マーゾは村を後にした。

 彼はよく誤解されているが、罵倒や苦痛を歓びに帰る変態ではない…罵倒されれば普通に傷つくし、痛みを感じれば普通に痛い…尻に刺さった矢を抜きながら、彼はオイオイと森の奥で泣いた。吸血鬼村を追われ、勇気と決意で森を出た直後にこれだ…なんという苦難!!普通ならば心折れて森へ戻り、蛾と戯れつつ花の蜜を吸う生活に戻るだろうが…彼は違った!!

「負けて…溜まるか!レッツ!ワンスモア!!」

 彼はよく誤解されているが、罵倒や苦痛を歓びに帰る変態ではない…それらの苦難を乗り越えて「成長」に喜びを見出している人生の修行者なのだ!

「うぉおおおおおお!何が何でも血を吸ってやる!今日の目標!今日のノルマ!!」


 再び夜空に飛び上がると、風にのって血の匂いが漂って来た。


……

…………そして、彼は出会ったのだ。悠久の時を捧げるご主人様に…


  ◆  ◇  ◆  ◇


 血の匂いを辿ると、崖下に娘が倒れていた。足は潰れ…手は曲がり、敗れた衣服と腹から骨や臓物が飛び出ていた。しかし…彼女は生きていた。

「…………」

 血で溢れた口が僅かに動き、言葉の溶けた血が溢れた。ほんのあと僅かの時間で、彼女の苦しみと人生は終わる…終わるはずだった…。

「小娘!血を吸ってくれ!!」

 吸血鬼マーゾは自らの手首を掻き切って…娘の口元へ血を注いだ。

 吸血鬼の血の毒は、人の体を死人に代える。地獄の業火に焼かれるような痛みと共に…娘の体はあらゆる苦痛を「死」にって終わらせ、永久に封印する事になったのだ。

 足は潰れ、手が曲がり、臓腑が飛び出ていようが苦痛は無い…そしてその惨状も、飲み下した血の毒が…その血に秘めらた魔力が娘の心臓に届いた刹那に弾けて燃える、体中から溢れた血は意志を持った赤いスライムの如く蠢き暴れ…娘の体の修復を始めた。パチリ…

 白亜のように白い…スラリとした細い手足、衣服の破れから煽情的にのぞく腹や胸、黄金の髪と赤い瞳…その瞳の中に縦に割れた瞳孔が、獲物を前にした大型のネコ科の猛獣の如き迫力でもってマーゾを見た。

 娘のあまりの美人っぷりと、エスッ毛のある眼力…そんな彼女を自身の血が助けたという誇りと満足感がマーゾの頬を赤らめた。

「フフ…礼には及ばんぞ小娘、私は私の出来る事をしたまでさ」

指鼻下をこすり、ドヤ顔で語るマーゾの言葉を聞いてか聞かずか、娘は彼にこう返した。

「な…んで?」

「え?…ま…まぁ、紳士足る物女性を助けるのは当然と言うか…ね?」

「…………なん……で?」

「え?」


 死にかけからの吸血鬼復活、しかも見ず知らずの人に助けられたとあっては混乱するのはまぁ解る。うん…むしろ混乱しない方がおかしい…おかしいのだが…

 一番おかしいのは、娘の「なんで?」には滲み出るような怒りの雰囲気が漂っている。混乱は解るが…怒り…?


「え?…なんで?え?…あ…あれ?もしかして君も勘違いしているのかい?村を襲った吸血鬼ではないよ私は?私はマーゾ…血の欲求を抑え、森で樹液と花の蜜を啜る紳士な吸血鬼であって…」

 先ほど見かけた惨劇の村、あそこで人間達がマーゾを犯人と誤解したように…彼女もそうなのかもしれないと…マーゾは思い至り弁明を試みた!しかし…無駄だった…彼女の怒りは別にあったのだ!


「なんで生き返らせたりしたのよお前は!!私は“コロシテ”って言ってたでしょぉおおおお!?」

「ええええええええええええ!!??」

 

 確かに出会った時何か言っている雰囲気はあったが、血で溢れた口では言葉なんて出てなかった…え?あの時殺してって言ってたの?

 ブワァ

「うわあああん!!」

「えぇ!?ちょ…ちょっと!君…落ち着いて!!」

 突然泣き出した少女、そうなのだ…「肉体の死」によって肉体的な苦痛が消え去っても…心の傷は心が生きている限り消えはしない、彼女はマーゾによって永遠に救われぬ存在になってしまったのだ。


うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああん!!


 彼女の泣き声が森に響き、マーゾを捜索していた兵隊達の耳に届いた!

「居たぞ吸血鬼だ!…魔女も一緒だ!!」

「ふぇ!?とりあえずブラッド・シールド!」


 何かへんな台詞を聞いた気がするが、女性を守るが男児の務め!コミュニケーションもままならないが…新しく作った眷属を、従魔を守るのも主であるマーゾの務めである!

ガキキキキキン!

 血で作った壁の向こうで、矢や剣がぶつかる音が聞こえる…危なかった!迷ったらだそうブラッド・シールド!とりあえずだせブラッド・シールド!?

「なん…で?」

「え…また何か!?」

 ブラッドシールドの耐久力は紙だ、しかし傷ついたそばから張り直しているので持っている。結構忙しい状況なのに…ちょっと少女の相手はしていられな…

「何で盾なんか出してんのよ!?出すなら剣か槍か大鎌でしょうが!?」

「え?っちょっあばあああああああああああああああああ!!」

ガブゥ!

「ああああああああああああああああああああああああああ!!」

娘がマーゾの首に噛みつき、彼がミイラになるほど血を吸い枯らした…そして!!


グサグサグサグサグサ!盾が消え、無数の刃が娘とマーゾの体を貫き…


【ブラッド・ウニルレイン】


 娘の頭上に出来ていた血の球体、それがウニのような形状に変化して…爆ぜた!

「あははははははは!死ね!死ね死ね死ね死ね!」


……

…………後に分かった事ではあるが、彼女「スーエ・プレッソ」は大罪人であった。

 飢餓の年に伯爵家に売られた彼女は伯爵一家を惨殺し屋敷に放火、窃盗と強盗を繰り返し憲兵団と各地で闘争を繰り広げつつ昨晩故郷の村に帰り、両親と再会…無事に帰った彼女を歓迎する振りをして夕食に毒を盛られた彼女は憲兵団に引き渡される刹那に覚醒し村中を血祭りにあげて逃走するも、人生に疲れ果て崖から身を投げた所だったのだ。


「よくも私を助けてくれたわね!キリキリ歩きなさい!!」

「ひぃ~ゴメンさない!!」


 棺桶を担いだミイラ男が砂漠を歩く、完全防御紫外線装備のマーゾと女主人のスーエは人の居ない世界を求めて旅をしている。


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