裏空手部2 泣き虫と雑草と古代文明
“蝶のように舞い踊り、蜂のように刺し殺す”
古代パスタニア、狂気の拳闘士バジル・ボルチーニの伝説は6666年を経た現在も語り継がれている。
彼は亡国の姫を逃がす為、姫のコスプレをして魔王軍をジャングルにおびき出し竜王クビナーガの10万の兵をたった一人で殲滅したのだ。
足の皮がズル剥けになる程の超ステップ、交わし切れなかった牙と爪に片腕と片耳、両目を失い…腸が飛び出ながらも笑い踊った英雄の伝説だ。
「……彼は笑っていた、どんな苦痛よりも…守るベキ物を守れた、その喜びが勝っていたのだ。」
…パタン、静大花市立勝負高校の体育館裏、ジメジメとした雑草の横で彼は泣いていた。
歴史漫画「前世紀救世主伝説バジルの拳中巻」は彼の心に刺さりまくっていたのだ、どんな逆境でも笑うバジルは泣き虫な彼の憧れそのものだった。
キーンコーンカーンコーン
「うぅ…ぅぅ…、これから…どうしよう…」
彼、那鬼蟲拳児はいじめられっ子だった、いじめられっ子の日課として頼まれた焼きそばパンの買い出しに失敗し、体育館裏に逃げて現実逃避をしていたのだ。しかし、残酷なチャイムが現実を連れて来た…、教室に戻れば袋叩きになるが教室に戻らなければ先生と両親に袋叩きに合う事だろう…残酷な現実に逃げ道なんて無い…無いのだ…。
「…草でも…食べるか…」
雑草を食べてお腹を壊し、あわよくば泡を噴いて倒れれば全てから逃亡出来る気がする…これは…名案かもしれない!!
「うぉおおおお…バジル・カジル!!」
拳児は隣に生えていた草を齧った、食物として選ばれた野菜と選ばれなかったその他の植物の違いが口いっぱいに広がる…苦すっぱく硬い、謎のプラスチック感…これは飲み込んだらあかん奴や…が!
ニコッ!!むしろありがとうカム・胃袋!!ゴクリ
ピーポー ピーポー
やはり駄目だった、うん…成功したんだけど…うん…、事態は最悪の事態になったのだ。
◆ ◇ ◆ ◇
「君、なんで草食べたの?ウィーチューバーなりたかったの?」
そう語りかけてくるのは、クラスメイトの青理伊香だ…普段眼中にも無い僕の事を今日は一日構ってくる。良い匂いがする。御免なさい、ありがとうございます。御免なさい。ヤンキー集団の眼が怖いです。
「…ち…ちがう…、きょ…興味あった…だけ…」
「ふーん、…草の味に興味かぁ」
「ほ…本とかで、書かれてて…うん…実際はどうか…って」
納得してもらいたい、馬鹿にされたくない一心で言葉を紡ぐ…そして取り合えず会話を終えて、机から本を出して逃げ込みたい…本の世界に…うぅ…もう無理!!
パサァ
拳児は「古代パスタニアの文化」という本を出し広げて、おもむろに読み始めた。文脈がどうのじゃない…もう限界なのだ…逃げ込むしなかない。
「へー、そんな本読んでるんだ。それで草食べてるの?」
「え?…あっ…ハイ…こ…こことか」
大変だ、世界をシャットダウンする為に本を開いたのに、本の世界に道連れが出来てしまった。コミュ障的にはとてもキツイ…良い匂いする、死ぬかもしれない…
【古代パスタニアの戦い】
戦士達は戦の恐怖に打ち勝つため、香草を口に含み酒を浴びるように飲む儀式スパパイスを行い戦場へ向かった。
これは戦での使者の魂は神の前で天使ガブリエスに一口食べられ、その味で天国行か地獄行か決まると言うパスタ教の考えに基づいている。
しかし、香草や酒が手に入らない戦奴達は形だけ模してその辺い生えた雑草を齧り戦いに向かうようになった。そして多くの者が腹痛を起こし力を振るえず、パスタニアは連敗が続き滅んだと言われている。
“神に愛されたければバジルとワインを口に含めよ、戦に勝ちたくば万人にそれを分けよ”
パスタニアを滅ぼし、その地を併合したラザニア帝国、皇帝ピッツァ―ラの言葉である。
「…えーっと、ここ読んで雑草食べてみたって事?」
「うっ…は…はい…」
事実なのだ、嘘じゃないので悪い事は何一つ悪い事はしていない…だからどもる事も無いのだけども、ぐぅぇ…吐き気と共に背筋に冷たい物が走る…額に脂汗が浮かぶ…、そうだ…正直に答え過ぎたのだ…!誰にも知られたくない本当の理由を知られてしまう!
「草を食べて…お腹を壊したかった?」
「ほっひゅなふぁけなふぃでしゅぅううう!!」
僕は奇声を上げて席からダッシュで離れた、逃げるしか無かった…キーンコーンカーンコーン!チャイムの音が遠く聞こえる…それでも…走り続けた!走り続けるしかなかった!
自分の秘密を、弱点を、触られたくない所をクラスの女子に鷲づかみにされる!痛い…痛気持ちうぃいいいいいいいいいい!!
新しい世界を開拓した戸惑いに僕は放心状態になっていた、平日の住宅街…それは学生にとっての未知の世界だ、すれ違うおじいさんおばあさんが…「学生なのになんで居るの?」って顔で見ている…気がする。被害妄想かもしれない…けど…
息を切らし、立ち止まり、通行人が来る度に駆け出した。何かに追われるように…否、世界全てから追われているような錯覚を覚えて走り続けた。居場所が無い…居場所が無いのだ…うぇえええええええええん!!
◆ ◇ ◆ ◇
キーンコーンカーンコーン
何度目かのチャイムが遠く聞こえる、拳児は河川敷にいた。
人目を避けていきつく先は、河川敷の橋の下である。乾いた河原後の石と砂の世界、コンクリートで作られた柱の基礎に腰かけて…橋の上を通る車や、下校する下級生の談笑に現実を突きつけられながら中途半端な逃避を続ける。その現状に涙が止まらない…ダバァアアアア
「僕は根性なしだ…、バジルのようには成れない…うぅうう」
バジルは奴隷の出身であった、故にスパパイスの儀式に必要な酒や香草など手に入らず…代りに歌を歌って戦ったという。
“蝶のように舞い踊り、蜂のように刺し殺す。鳥のように歌い、カエルのように死す”
♪
あぁ 命の輝きよ 熱く美味しく燃え上がれ
美味しい料理の条件は アツアツホカホカ それ大事
あぁ 命の輝きよ 愛しさに満ちて笑顔たれ
美味しい料理の条件は 愛情笑顔 これ大事
どんなに悲しい時にでも、決して笑顔を絶やさぬように
どんなに悲しい時にでも、心は熱く燃え上がれ
何一つ持っていなくても、命は愛で満ちている
例え勝てずに死んだとしても、きっと行けるさアルデンテ(天国)
「バジルも僕と同じだった、奴隷だからと虐められて…音痴だからと馬鹿にされて…だけど、決して逃げなかったんだ!僕と違って…逃げなかったんだ!!うえぇええん」
バガァアアン!!
「ふぇ!?」
突然の…爆発音?に驚き周囲を見渡す…するとこの乾いた川の下流の方で筋肉男が拳で岩を砕いていた!…否!!
「フフフ…振りがおおきいわよ狩男さん♪」
「ぐぅぬぅぉおおおオッスぅううう!!」
ドガガガガガガ!バキィイ!ドガァア!バキィイ!
「なっ!?」
何という事だ!漫画のような光景に目を奪われ、言葉を失う。
筋肉隆々の男が拳で万物を砕きながら、少女がそれを舞うように交わし続ける…そして一撃!!
「とぅえい!!」
トッ…ドスゥウウン!
少女の刺すような一撃で、大男が倒れ伏したのだ。
“蝶のように舞い踊り、蜂のように刺し殺す”
僕は駆け出していた、コミュ障の僕が…見ず知らずの女性に声を掛けるなんて、天地がひっくり返っても無いと思っていた…しかし違った!
「あっあの!!」
「ふぇ?」
心は燃え上る、過る不安をかき消す程の熱の嵐がチリチリとこの身を焼きあげている!言葉は自然と溢れ出ていた!
「弟子にして下さい!!」
「ふぇえええ!?」
まだだ、リアルバジル様の降臨に僕の言葉は止まらない!僕の愚かな唇は…しかし、リバジ様に更に奇妙な要求を突き付けた!
「あと…歌って下さい!!」
「ふえぇえええええええええええええええええええ!?!?!?!?」
その後、モジモジしながら流行り歌を歌唱された歌は見事に酷く、僕は感動の涙をナイアガラの滝の如く流した。
これが僕、那鬼蟲拳児が裏空手部に入った経緯である。




