第三話 夏休み直前
大変遅れました。更新のことをすっかり忘れていました。
翌日は終業式だった。式を適当に終えると、通知表を受け取って夏休みに関する諸注意を聞き、早くも放課後になった。そして、いつもどおり部室に向かう。まあこれは習慣と言えるだろう。今日は逃げてしまっても構わないのだが、こんな時間に帰宅してもやることなんてないんだ。部室にいても特に変わりはないだろう。
委員会のため、遅れてくるであろう岩崎から部室の鍵を受け取り、目的地に向かうと、そこには姫が仁王立ちして待っていた。
「遅いわよ」
すでにご立腹の様子。
「悪かったな」
あんたが早すぎるんだろ。という言葉をすんでのところで飲み込み、適当に謝ると、開錠して中に入った。
「岩崎先輩は?」
「委員会だ」
姫は岩崎を先輩と呼ぶ。初めて会ったときから火花を散らしあっていた二人だったが、時が経つにつれて、その険悪なムードは薄れていった。敬意を表しているのか、敵に回してはいけないと感じているのか、定かではないが、とにかく先輩である。ちなみに麻生は名字の呼び捨てであり、俺に至ってはあんた呼ばわりである。まあ年が上だの下だの言うつもりはないし、俺も特定の相手にしか敬語は使わないので、他人のことは言えないのだが、何となく嫌な気分になるね。
「何よ。何か言いたそうね。聞いてあげるから言ってみなさい。五秒以内に」
どこまでも上から目線を崩さないやつだ。姫というより、女帝といった感じだ。女王や王妃という表現では生ぬるい気がする。
「今日は来なくてもよかったんだぞ」
俺の質問に、姫は一瞬間を空けてから、
「家に帰ってもすることないからいいの」
俺と同じだな。ま、これは建前で、また別に理由がありそうな感じだったけど、どうでもいいか。俺とて、真剣に質問したわけではない。俺は適当に頷いて、手元においてある雑誌を開いた。
「あんた、今日は一人なのね」
俺の斜め向かいに座った姫が意味深なことを言っている。一体何が言いたいのか、意味を図りかねていると、
「真嶋って人は一緒じゃないの?」
なるほど、合点がいった。
「呼んだほうがよかったか?」
「別に」
おそらく姫は真嶋や天野たちを仲良くなりたかったのかもしれない。それこそ彼女がここにいる理由なのだ。
「そういえば、友達できたか?」
「まあまあよ」
まあまあとはどういう状態のことだろうか。いまいち図りかねるが、何にせよ悪くない状態なのだろう。
「そりゃよかったな。夏休みの予定は埋まっているのか?」
「まだ決まっていない」
決めろよ。今日は終業式だぞ。しかもすでに終わって放課後だ。いずれ行こうなどと思っていると、結構あっという間に終わってしまうぞ。そこでふと思う。
「それって予定なしってことじゃないか」
おそらく地雷だったのだろう。
「違う!」
と怒鳴られた。
「これから決めるって言っているでしょ!あんたと一緒にしないで」
「悪かったな」
相変わらず気性の荒いやつだ。別に挑発したわけではないのだが、こうも簡単に反応してくれると、少し面白い。
「確かに俺は予定なしで間違いないが、予定が欲しいと思っていないので、何も問題ない」
そもそも、と続けようとして、姫のほうを見ると、
「あ、あんたねー!」
と今にも堪忍袋の緒が切れてしまいそうな様子だった。やれやれ、このままでは面白半分ですまないくらいの痛手を被りそうだ。少しだけフォローを入れておこう。
「そういえば、昨日、天野たちに誘われていたじゃないか」
すると、姫の怒りメーターは見る見るうちに減少していった。そして、
「まだ行くかどうか、決めてないし……」
とうつむき加減で答えた。
「行けばいいじゃないか。別にあいつらが嫌いなわけじゃないんだろ?」
聞くと、声を出さずに首の上下だけで答えた。じゃあ何を悩んでいるのだろうか。考えていると、ふと思い当たる。
「とにかく行けよ。悩んでないで」
「あんたみたいにお気楽な性格じゃないのよ」
「全部あいつらに任せておけば、きっと楽しく過ごせると思うぞ」
「!」
要するに遊びに行こうと誘われた経験がないため、どうすればいいのか解らないのだろう。
「あいつらは信じられないくらい友達が多い。だからこういうことも経験豊富だろうよ。姫が悩む意味もない」
行ってみて、あいつらだけ楽しんでいる可能性もあるが、岩崎がいるので、そんなこともないだろう。あいつは気遣いの達人だ。
姫は俺の言葉を聞き、しばらく渋い顔をしていたが、不意に、
「私は慎重な性格なの。悩んでいるわけじゃない」
言って、顔を背けた。慎重な性格ね。明らかに俺の言葉に反抗するために言ったと思うのだが、これくらいのことで慎重になるのはやはりおかしいと思うぞ。ま、気の済むまで考えればいい。
「うぃーっす!」
間抜けな挨拶と共に、麻生が部室に入ってきた。
「いやー、ようやく夏休みだな。成瀬、お前成績どうだった?」
うーむ、終業式を終えた高校生らしいのセリフだ。こいつの高校生らしさには毎度のことながら感心する。
「俺は結構よかったぜ。期末テストはヤマが当たったからな!」
気楽な野郎だ。姫は俺のことを気楽なやつだと言ったが、こいつには敵わないな。俺が成績を答えると、
「は?相変わらずいい点取りやがるな。このガリ勉野郎が!」
悪いが、ヤマを張ってテスト勉強しているやつに負けてたまるかよ。俺はお前と違って比較的普段から勉強しているんだよ。これでお前に負けたら、俺は勉強なんて二度としなくなるだろうよ。ちなみにガリ勉ではない。断じてな。
「姫はどうだった?」
姫はすごく嫌な顔をしていたが、一応成績を告げる。
「おー、俺と同じくらいだぜ、はっは!」
「私は入ったばかりでいろいろ忙しかったからしょうがないの!あんたと一緒にしないで!」
どうでもいいが、麻生が来た途端にやかましくなったな。夏休みがそれほど嬉しいらしい。
「あー、岩崎は?まだ委員会?」
「ああ」
入ってきたときに気付け。少し浮かれすぎだぞ。
「そういや成瀬」
急に真面目な声を出す麻生。
「何だ?」
「岩崎と何かあった?」
俺は驚いた。まさか麻生も同じことを言い出すとは思わなかったからな。とは言え、気になることが一つある。
「何で俺のせいだと疑うんだよ」
どいつもこいつも真っ先に俺を疑いやがる。俺はそう何度も迷惑をかけた覚えはないぞ。どちらかというと俺が迷惑をかけられているほうだ。まあ俺はそれほど悩んでいないが。もう慣れてしまったからな。
「あれ?お前じゃないの?あの様子からするとてっきりお前がらみなのかと思っていたが」
「何でそう思うのか、俺は聞きたい」
「何でって、簡単だ。あいつは優柔不断じゃない。状況に応じて正しい判断が下せるやつだ。そんなあいつが悩むことなんてお前関係以外にあるわけないだろう」
断定されてしまった。俺としてはなぜそこまで言い切れるのか聞きたいね。理由があるなら言ってみろ。まあ俺とて、あいつが優柔不断でないことは認める。グダグダ悩んでいるくらいなら何らかの行動に出るようなやつだ。事実あまりこういった姿を見ていないのだ。悩みがないとは言わないが、悩んでいることがこれほど周囲に伝わっていることは滅多にない。いつもと違うことは疑いようもない。しかしなぜ俺がらみと断定できる。言わせてもらおう。俺はあいつを悩ませるような行動は取っていない。はっきり言えるぞ。
「中学の連中と何かあったんじゃないか?」
「まあその可能性もある。あいつ、かなり慕っていたみたいだからな」
どう考えてもそっちの可能性のほうが高いだろう。しかし、
「でも昨日の会話を聞いている限りじゃ、そんな様子は見えなかったけど」
そのとおりだ。昨日連中の話をしている岩崎に違和感を覚えなかった。しかし、ここで麻生の発言を認めるわけにはいかない。なぜならば俺のせいだと断定されてしまうからだ。ただ情報が少なすぎる。状況は圧倒的に不利だ。すると姫が、
「二人で話していても無意味だわ。そんなに気になるなら、本人に聞いてみればいいじゃない」
いや、それはどうかと思うぞ。安直過ぎるし、教えてくれるはずがないと思うし、迷惑かけていると勘違いする可能性もある。だいたい俺はそれほど興味ない。
俺と麻生はどちらからともなく顔を見合わせた。そして口を開こうとした直後、
「すみません。遅れました」
岩崎が部室にやってきた。その様子を見て、俺はため息。麻生はニヤニヤ笑い。
「え?どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
最近つくづく思うのだが、このTCCという団体は岩崎中心に回っている。岩崎の発言が一番であり、こうして様子がおかしければ、全員で口々に話し合っている。ま、あいつが作った団体だ。それはそれで構わないんだが、いい加減面倒になりつつある。
「皆さん、成績とかいかがでしたか?補講とか引っかかりませんでした?」
「平気だ」
「私も」
「俺も」
ちなみにうちの学校の補講は成績の悪いやつが行く、という制度ではない。半強制みたいなものだ。なので、全員が補講に出る必要がある。ただ、行かなくてもお咎めはない。結局補講に出るのは十人前後になってしまう。つまり、今の岩崎の発言は冗談なのだろう。よく解らない冗談である。
「一応言っておきますけど、明日明後日は活動日ですからね。まさか忘れていませんよね?」
そうなのだ。終業式である今日は金曜日。必然的に明日明後日は土日ということになる。結局夏休み初日は学校に来なければ行けないのだ。約束とは言え、面倒な話である。俺は一瞬、サボタージュという言葉を思いついたが、諦めた。そんなことをすれば、おそらくうちに乗り込んでくるだろう。そして小一時間くらい小言を食らうのだ。どちらが平和的かというと、真面目に登校するほうだ。俺が勝手に落ち込んでいると、岩崎が、
「ですが、私も鬼ではありません。初日くらい休みたい、という皆さんの気持ちも解らないではないです」
意味深なことを口走り始めた。
「と、いうことは?」
麻生が期待を顔いっぱいに見せながら、先を促すと、
「明日は休みにしたいと思います!これは私からのお中元です!」
「マジで!サンキュー!」
盛り上がっているのは二人だけである。俺はため息。姫に至っては白けてしまっている。これは私からのお中元です、って何だ?冗談か?意味不明すぎて笑えない。上級者向けだな。俺にはとても面白い冗談には思えない。とにかくやけに上機嫌だな。
「先輩。何かいいことあった?」
姫も異様な岩崎のテンションに疑問を感じたのだろう。確かに、気持ち悪いくらい機嫌がいい。姫の気持ちも理解できる。
「え?それは夏だからですよ」
春も同じようなことを言っていたな。気のせいか?
「やっぱり梅雨は必要だと私は思うんです。春からそのまま夏になってしまっては、ただ気温が上がっていくだけで、何となくでしか季節の移り変わりを自覚できません。しかし、梅雨のおかげで夏の訪れを明確に感じることができます」
そんなことを力説されても困るし、誰もそんなことは聞いていない。しかし、理解は出来た。要するに夏になったというだけでこれほどテンションが上がってしまっているのだろう。
「うむ、そのとおりだ。さすがだな、岩崎」
麻生も納得している。今の演説じみた話はよく解らなかったが、夏云々は理解できる。俺も夏が好きなのだ。暑いというだけで、何となくテンションが上がるときもある。ま、岩崎ほど上がるわけではないが。
「私は夏嫌いだな。暑いし」
呟いたのは姫だ。何となく理解できる。姫は驚くほど色白だし、身体の線も細いし、背も低いし、童顔だし、小食だし、華奢だし、運動できなそうだし、インドアタイプだし。
これを聞いて、岩崎はため息。麻生も、やれやれといった感じで首を左右に振った。
「麻生さん、あんなこと言っていますよ。どうします?」
「ああ。これは如何ともしがたいな。早くどうにかしなければ、手遅れになるぞ」
俺から見れば、お前ら二人の頭の中のほうが如何ともしがたい。早くどうにかしなければ。いや、もう手遅れだな。
「いいですか?泉さん。夏は一年で一番楽しく遊べる季節なのです」
「海水浴、山登り、バーベキュー、散歩、釣り。何でもいける。夏こそ、遊びの季節なのだ。それをお前は……」
嘆かわしい、とばかりに大げさなため息をつく麻生。
「でも、しょうがないのかもしれません。泉さんは今まであまり友達がいなかったのです……」
よよよ、とばかりに泣くマネをする岩崎。ここはどこの三流劇団なのかと聞きたい。
「それは残念だ。だが、安心しろ。これからは俺たちがいる」
「ええ、そうです。私たちに任せて下さい!今年の夏休みは、みっちり遊びましょう!私たちが、夏の楽しみを教えて差し上げます。そして、」
「九月には、夏が大好きになっていることを約束しよう!」
何だ、この寒いコントは。凍えてしまうから止めてくれ。せっかくの夏が台無しだ。お前たちは夏を推しているのか違うのか、はっきりしろ。
「私はそもそも暑いのが嫌いなんだけど!」
「その考えがおかしいと言っているんです!じゃあ何ですか?あなたは寒いほうが好きなんですか?」
「うん」
「そうですか、じゃあ夏は日本を離れて北極か南極にでも行けばいいじゃないですか!」
「何でそうなるのよ!話が極端すぎるのよ!先輩こそ、そんなに暑いのが好きなら、赤道直下にでも行けばいいでしょ!」
まるで子供のケンカだ。うるさいから別でやって欲しい。姫も乗るなよ。相変わらず気性が荒いな。
「暑いのが好き?そいつは違うな。なあ岩崎?」
「ええ。そうですね、麻生さん」
「違うの?」
「違います。私たちは『夏』が好きなんです!」
「同じじゃないのよ!」
「全然違いますよ!」
と、こんな感じでしばらく子供のケンカが続いた。ま、順調に仲良くなっていると考えていいのだろうか。少なくとも、俺には楽しそうに見えた。
いつもどおり、下校時刻まで下らない話に花を咲かせ、適当に下校した。




