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第一話 再会

 こんな感じで、納得できない妥協点で無理矢理妥協させられたとき、すでに午後五時を回っていた。いつもよりは早い解散になったのだが、部室に三時間以上いたのだから、十分すぎる。


 午後五時だが、ずいぶん明るい。日も延びたな。夏が近い証拠だ。というかもうすでに夏だ。夏が好きな俺としては、嬉しい限りである。あまり出歩くのが好きではない俺だが、夏は別だ。用事なんかなくとも、無意味に外に出たくなる。逆に冬は大嫌いだ。どんなに大事な用事があろうとも、外に出たくない。


 それゆえ岩崎が週二で妥協してくれたのは少しありがたい。あんな狭いところで一日の三分の一を過ごし、それが毎日続くとあっては気が滅入る。ただでさえ冷房器具がなくて暑苦しいんだ。そりゃもう、いらいらしてやってられないだろう。


「あの、成瀬さん」


 学校から最寄り駅に向かう道中、話しかけてきたのは岩崎だった。麻生と姫は前にいて、俺と岩崎はその後を追っているという状況だ。


「何だ?」

「夏休みは暇ですか?」


 つい先ほどまで、朝十時から毎日予定が入っていたのだが、おかげさまで今は土日だけになった。まあ冗談はさておき、


「特に予定はないな」


 少しだけ嫌な予感がするが、まあ平気だろう。今更、実は一つ依頼がありまして、とか言っても拒否するからな。


「あの、ご実家に帰られたりとか、しないんですか?」

「あー、夏休みの頭と盆に二・三日帰ろうと思っているが」


 冒頭にも言ったが、泊まる必要もないような距離なので、大して重要度の高い予定ではない。


「そうですか」


 そっけない返事をして、少し黙り込む岩崎。何だよ、用事を尋ねただけか。そういえば、


「あんたはどうなんだ?帰るのか?」


 岩崎も、一応一人暮らしであることを思い出した。


「ええ、まあ一応帰るつもりですが、日帰りできる距離なので、何日も向こうにいるつもりはありません。結構頻繁に帰っているので、お盆にだけ」


 俺は正月以来帰っていないな。もう半年も経つのか。別にホームシックにもなっていないし、向こうも心配していないようなので、別段帰る必要を感じていないのだからしょうがない。俺にとって今の家がマイハウスだ。居心地もいいし、不便さもない。まだ一年半くらいしか経っていないのが不思議なくらいだ。


「あの、」


 岩崎の声がどんどん小さくなる。何なんだ?いつもは不要なくらいでかい声でところ構わず叫びまくるくせに。逆に、ここは比較的でかい声を出しても平気なところだろ。


「何だ?」


 いろいろ言いたいことはあったが、そんなことを言っても話は進まないので、とりあえず返事。


「あの、夏休みどこか行きませんか?」


 うーむ、とてつもなく曖昧なセリフだ。夏休みと言えば、ご存知のように四十日間ほどある。そして、どこか、とはどこか。そのまま場所を示しているのかもしれないし、映画やボウリングなどのようにレジャー施設を示しているのかもしれない。はたまた旅行や夏祭りなど、イベントを示しているのかもしれない。選択肢は果てしなくあるのだが、とりあえず俺はそれらしいものを選んで聞いてみる。


「どこかって海とか?」

「それでも構いません」


 どれでもいいらしい。何をしたいとか、特に考えていないようだ。まあどこに行くとか何がしたいとか、別にどうでもいいのだろう。要するに、夏休みを満喫したいという話だろう。何だかんだ、楽しみにしているようだ。もしかしてTCCのことも、自分が夏休みを楽しみたくなっただけかもしれない。まあそれで何も問題ない。それが普通だ。


「いいかもしれないな。夏休みだし」


 できれば、あまり混まないところがいいが、それは妥協しよう。この時期はどこへ行っても、人ごみばかりだ。


「本当ですか?」

「ああ。予定が合えば」

「解りました!ありがとうございます!」


 ありがとうの意味がよく解らないが、まあいいだろう。きっとここは深く掘り下げるところではない。


 とまあ適当にしゃべっていると、最寄り駅が近づいてきた。俺たち三人は方向が一緒だが、姫は逆だ。なので、麻生と姫が改札で待っていた。俺と岩崎が追いつくと、四人で一緒に構内に入った。


「それじゃあまた明日」


 と言って姫が下りのホームに向かおうとしたとき、


「岩崎?」


 あらぬ方向から声をかけられた。別に俺が声をかけられたわけではないのだが、思わず声のするほうへ顔を向けてしまう。すると、


「岩崎だよな?」


 見知らぬ制服を着た見知らぬ男女がそこにいた。


「内川さん、吉村さん、村田さんも!」


 早い話が知り合いだろう。中学時代の友人といったところか。まあ岩崎のことだ、他校に知り合いがいてもおかしくはないため、一概に言うことはできないのだが。


「久しぶりだな」

「元気してた?」


 などと久しく会っていない友人と会ったような会話をしていた。俺たちは完全に置いてきぼりを食らっている。姫に至っては完全に帰るタイミングを逸してしまい、どうしようか迷っている様子だった。


「やけに仲よさそうだな。同じ中学か?」

「たぶんな」


 俺にも解らん。


「髪形変えたんだね。似合っているよ」

「そ、そうですか?ありがとうございます」

「前は、私は優等生です、って感じだったからな」

「あなたたちとは違うんです、みたいな」

「そ、そんなつもりはなかったのですが……」


 うーむ、何というかいつもと違う岩崎である。中学ではこういう立ち位置だったようだ。あまり見ない岩崎の表情に新鮮さを覚えながらも、何となく邪魔しちゃいけないような気がしてきた。空気が違う。ここはやつらの中学の空気になっている。四人とも中学生に戻ったような、そんな表情を見せているのだ。


「帰るか?」


 どうやら俺と同じことを思ったらしく、麻生が話しかけてくる。同感だ。


「そうだな」


 俺がそう返事をすると、麻生は、


「岩崎」


 と声をかけた。


「あ、はい」

「俺たち、先帰るから」

「え?あ、そうですか。じゃあ私も……」


 と言いつつ、かなり迷っている様子。


「俺たちに気を遣わなくていいから。ゆっくりしていけよ。久しぶりに会ったんだろ?」

「ええまあ、そうなんですが、」


 岩崎は俺たちと、中学の連中を交互に見て、結局、


「すみません。やっぱりもう少し話していきます」

「ああ」

「じゃあな」


 俺たちはきびすを返すと、


「成瀬さん」


 と呼び止められた。俺はもう一度振り返る。何だよ。


「あの、夏休みの件ですが、また後日改めて」

「解った」 


 そう言って再びきびすを返すと、姫と別れてホームに行った。





「ずいぶん仲よさそうだったな」


 ホームについたと同時に到着した電車に乗り込むと、早速麻生が口を開いた。


「確かにな」


 先ほど見せた岩崎の表情は、いつも俺たちに見せるそれとは違うものだった。かと言って、クラスの女子たちに見せるものとも同じではなかった。つまり俺たちが見たことのない表情だったということだ。


「中学のときは、やつらが俺たちのポジションにいたのかもな」

「そうかもしれん」


 まあそれに関しては異論を唱える余地があるかもしれないが。何せ友達百人を自称しているやつなのだ。あれくらい仲のいい友人が何人いてもおかしくない。加えて女子は男子より友人が多い生き物だ。上っ面だけ仲よさそうにしていても、腹の中ではどう思っているのか解らない。これは全人類に言えることなのだが、男子より女子のほうが強く言えるような気がする。少なくとも、俺はそう思っている。


「うーむ、実に興味深いね」

「何が?」


 こいつがこう言うときは、結構よくない兆候だ。何せこいつは好奇心の塊、興味を持ったら止まらないのだ。


「何がって、中学のときの岩崎だよ。今とは大分違ったみたいだぜ」


 確かにそんな会話をしていた。中学のときは真面目の塊だったようだ。いや、今でも真面目の塊で、あの真面目さこそが岩崎たる由縁とも言えるのだが。俺の、あいつに対するイメージを言葉で表すと『真面目過ぎるくらい真面目』と『正義感が強すぎるくらい強い』だ。正義感が強い人は悪が許せないと言う気持ちもあると思うが、何より悪を見逃す自分が許せないと思うのではないだろうか。言い換えれば、他人に厳しいが、自分にはもっと厳しい。そんなやつはたいてい真面目だ。妥協を許さないからな。正に岩崎みたいなやつが当てはまる気がする。


 それはさておき、中学時代と今とで、決定的に違うものをさっきの会話の中で発見した。それはキャラクターだ。性格と言い換えてもいい。俺らの前では他人を戒めたり、持ち前の責任感によって頼られる存在であるというイメージが強い。家族で例えるならば、母親かしっかり者の長女と言ったところか。なぜ父親ではないのかと言うと、あいつが女子だからではなく、小言を言うのは母親であると相場で決まっているからだ。


 そして、中学のころのあいつは、その真面目さゆえに尊敬されたり、頼られたりするのではなく、可愛がられていたようだ。家族で例えるならば、末っ子と言った感じだ。


 麻生の言うことは、多少解らないでもない。俺だって小指の先くらいの興味はある。岩崎が中学のころは今と全く違う性格だったと言われれば、少しくらい知ってみたいと思う気持ちもなくはない。しかし、


「どうでもいいね」


 俺は過去に興味がない。今、俺に見せている表情が俺にとっての岩崎であり、俺に見せない岩崎など、知っても意味ないからだ。興味を持たないことは、相手に失礼だと言えばそうかもしれないが、過去を知りたがるのも野暮だと言えよう。教えてくれるのならば聞いてやってもいいが、言わないなら聞かないし、調べるつもりもない。来る者は拒まず、去る者は追わずってやつだと思ってくれ。


「相変わらず興味の薄いやつだな。岩崎に言いつけるぞ」

「好きにしろよ」


 それこそどうでもいいね。


「ま、お前がそういうのは解っていたよ。長い付き合いだからな」


 言って、麻生は肩をすくめる。手のつけられないワンパク坊主を見るような目で見るな。


 俺は日常を感じ、ため息をついて視線を逸らそうと思ったのだが、不意に麻生が目の色を変える。


「だが、」


 何だ、こいつ。いきなり意味深な表情をしやがって。俺が若干動揺していると、麻生は続けてこう言った。


「向こうは興味を持ったんじゃないかな」

「は?何だって?」


 俺は理解できず、聞き返すと、麻生は何も言わずに、にやっと笑った。どうやら誤魔化すつもりらしい。連中が俺たちに興味を持ったって?そんな雰囲気は一切なかったし、だから何だって言うんだ。俺は追及しようとしたが、大したことでないことに気づき、止めた。麻生は言うつもりがないようだし、俺もそこまで気になっているわけではない。


「ま、明日岩崎に聞いてみようぜ」


 麻生がこう言って、この話は終わった。それからは間近に迫った夏休みの話題になった。青春を楽しむ天才である麻生はクラスの友人たちと旅行に行く計画を立てているらしい。それも違う組み合わせで三回。加えて、俺たちとも旅行に行きたいようだ。麻生の未来計画に耳を傾けながら、俺は適当に聞き流し、その日は終わりを告げた。




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