第12話 〜至宝〜
「グレイ様」
「おん、どったの。ミラーちゃん」
「強制冒険者依頼です」
「……久しぶりだね」
ギルドメンバー File.7
【ギルドマスター】グレイ・エアー
「ってことで今日から1週間暇な人! 手ーあげてー!」
「私は暇だぞ!」
「わちゃしは忙しいからパスー」
「僕も始末しないといけない人がいる」
「私は無理ね。ソンジュを守らないといけないもの」
「私はそもそもダンジョンに入れないから無理。でも、私も行きたいー!」
「寄り道していいなら俺は行ってもいいぜ」
食卓。長く太いテーブルに並ぶ豪勢な食事。1人は手づかみ、1人は手づかみ品よくと涎がでそうな食事を貪っていく。
グレイは「そうか、2人だけか」と考え込む仕草をする。
「でも、無敗の僕がいるし大丈夫でしょー」
とけらけらと笑い、葡萄酒を傾ける。リアンが葡萄酒の瓶を覗き込み、ミラー酒ねぇぞーと大声を出す。
給仕のミラーが葡萄酒を渡し、ごくごくと水のように葡萄酒を飲む。
「えらい簡単にいうけど、今回の依頼は簡単なの?」
「んー、強化種の魔石の確保だね。普通は別の冒険者ギルドに依頼すると思うけど、不思議だよね〜。それほど強いってことか、何か訳ありなのか、はたまた僕達を出動させるぐらいにその魔石が特別なのか。まー、クソほどどうでもいいけどね」
「まー私がいるしな! 火力は任せろよ!」
ソンジュの心配を他所に、グレイはステーキを噛じる。
「ソンジュは何か心配事があるの? ソンジュの勘はよく当たるからわちゃし怖くなっちゃう」
「いや……胸騒ぎがするだけ。ただの胸騒ぎ」
ソンジュは胸を抑え、瞼を落とすと、リアンは胸焼けじゃねぇか?とデリカシーの無い言葉をなげかけ、違うわよ! ソンジュは声を大にして怒る。
「……グレイやリアンやミルクが死ぬのは想像しづらい。あるとしたら、僕達以外じゃないかな?」
「ヤミはいつも優しいね。リアンなんてただの酒飲みよ、酒飲み!」
騒がしい食卓。グレイはソンジュの胸騒ぎに色々なことを錯綜するが、分からない。1週間足らずにゼイウスが大きく変わるはずがない。そうさせないために僕達がいる。
グレイは眉を顰めて、やっぱり分からないとミラーにダンジョンへ入るための準備をお願いする。
「今日も引き分けだ」
「……まただ」
裏庭。荒い息のリーエと平然としているグレイ。リーエはグレイに水筒を貰いごくごくとの飲み込んでいく。グレイは芝生に座り込み、寝そべる。
「今日は機嫌がいいね」
「ん……。今、私は機嫌がいいの?」
「僕はそうみえるよ」
恒例と化した今日の模擬戦。グレイの双眸にはリーエの変わらない表情が、いつもより明るい気がしていた。
「面白い男の子と会ったから……かな」
「面白い……男の子? くくく、あははは! リーエから男の話を聞くなんて思ってなかったよ」
グレイは大きく哄笑し、その男の子に興味が湧く。目前の芝生だった土地を、こんなにも荒れるように崩し壊した、化け物が面白いという男の子を。
「その子はよく笑って、よく照れて、よく落ち込んで。私にないものを持ってる」
「喜怒哀楽が激しいのか。確かにリーエにはもってないね」
グレイは蒼穹を仰ぎ、目尻を和らげる。
「また会えばいい。暇な時に」
「……ん。会ってもいいのかな? こんな私が」
「会えばいいさ。リーエを縛れるのは誰もいないよ。いるとすれば自分さ」
リーエは思い詰めた顔を、頭から水をかけてブルブルと顔を振って気分を紛らわす。
「自信出た。また会う」
「うん。その方がいいよ」
至宝とは誰が決めたのか。それは誰もが分からない。ただ、いつの間にか言われようになっていた。
4人の至宝の中で2人は世間に周知され、2人は未知数。知っているのは情報通な人物か、一緒に共闘した猛者どもだろう。
グレイ・エアー。通称【無敗の至宝】。生涯で戦いに負けたことがない、最強の男。
ダンジョン32階層。寄り道をし、辿り着いた戦地。25階層〜35階層までの階層を植物の迷宮と呼ぶ。1階層よりも広く、硬い、岩窟に緑色、赤色、紫色と蔦がびっしりと貼り付いている。突然、植物が生えたり、枯れたり、ずっと生えていたりと植物の宝庫。ここではモンスターではない、植物がモンスターのサポートをする。常に危険に晒され、モンスターのレベルも高いのだが。
「はっ!」
リアンが大剣を一閃。3メートル弱のハチのモンスター。ハニービーを切り伏せる。流れ作業のように疾走し、2匹目3匹目と本来、巨体ながらも素早い動きで相手を翻弄するのだが、リアンには対して意味は無いようだ。
「さすがだね〜。僕の出番ないよ。でも、いいね! 股下とかめちゃいいね!」
「グレイさん、そんなこと口走らないでくださいよ。それでリアンどうだその武器は?」
「使いやしぃーな。軽くて、しかも斬った側から燃える。ここの階層だったら丁度いいし、さすが名サポーターだな! 私が褒めてつかわす」
冒険者組合からの依頼ならば、32階層に強化種はいると情報が入っている。移動している可能性も十分にあるが、グレイは双眸を煌めかす。
「リアンくるぞ」
「ひひひひ、やっとかよ。ミルク、直ぐに武器を私によこせよ」
“階層”が揺れている。そう錯覚するように一体のモンスターは現れた。厄災ではないかと思うほどにそのモンスターの威圧はすごい。
それは見方によっては不細工な花。細い裸体の体に、頭には1輪の赤の薔薇。1弁に目があり、牙があり、体からは細い蔦が何本もクネクネとしている。希少種に分類され、本来は薔薇の花が青いはず。モンスターの心臓であり魔石を貪り、強くなった証。ただそのモンスターは強さに飢餓している気がする。
「いい殺意だ。ゾクゾクするよ」
グレイはポケットに手を入れたまま、何も武器を持たず、何も防具を着衣せずに歩む。
「リアンに任せていたら体が訛ってだめだね。僕がやるよ」
「けー! せっかく私がここまで頑張ってきたのに、最後は良いとこどりかよー! ミルク、酒!」
「やけ酒はやめろ。もう顔が赤いだろ?」
「うっせーな! のーまーせーろーよー!」
「ダメだ。もう酒に飲まれてる」
後ろで2人がガヤガヤしている最中、グレイはローズと対峙する。ローズは無数ある蔦をグレイに、しなるように打つ。音速などを超えるように、目で追えない。なのに——グレイに当たらない。
蔦がグレイの横を通り過ぎる。地面を削り、壁を削り、土埃が舞う。グレイに擦過すらもしない。ローズは有り余る瞳で瞠目する。
相手は他の奴らと違うと。
「いや〜いい攻撃だ。掠っただけで死にそうだよ。あ〜いいね」
ローズは更に速度を上げるが、当たらない。ローズは生まれて初めて畏怖した。今までモンスターと戦い、冒険者と戦い、全てに圧勝し、矜恃を育ててきたのに、これほどまでに、高い壁の前に立ったことがない。
「お、蔦を増やしたね。攻撃も鋭くなった。だが、まだ、僕には届かない」
なんだコイツ、なんだお前はとローズの思考が錯綜し、怖いという概念がないのに関わらず後退していく。
「まだ、まだまだ君なら出来るよモンスターくん。まだ強くなれる、まだ僕を傷つけれるかもしれない。さあ、早く早く。僕に痛みを与えてくれ」
グレイの瞳の奥の色を知ってしまった。焦燥混じり、自分の弱さにうちしがれる。
『ホオオオオオオオオォォォォォォォォ!』
生まれて初めての咆哮、自分を鼓舞するための咆哮。そして、グレイに勝てないことを確信する。他の冒険者と違う、明らかに違う。例えるなら山。何をしても変わらない山と戦っているような感覚。
勝てるビジョンが見えない。強さを追い求めても、この男には敵わない。
「ひえ〜、さすが至宝だな。私なら30回は当たってるな。ほらもうそろそろだ。ミルク、くれ」
リアンはミルクから紫色の大刀渡され、握る。胸の谷間からスキットルを出し、大きく仰ぐ。ローズは蔦を動かすのをやめ、恐怖に瞳を塗らし、遁走する。
「あれ? 逃げるの? はは……逃がすわけないでしょ」
ビシッ。蔦と体が動かない。ローズは力一杯に蔦を動かす。逡巡している間に首が横に落ちる。視界が横へ、斬られた? この硬い体を? そんな冒険者がいるわけない。1つの瞳が写したのは派手な女性が、紫色の大刀振っている姿だった。
「はい、終わりー。魔石を回収して急いで地上に戻ろっか。ちょっと嫌な予感がするんだよね〜」
「嫌な予感、ですか?」
「うん。弱すぎるんだよねこのモンスター。僕達が出向くまでもないほどに」
「考えすぎじゃねぇか? この私が強すぎたってこともあるだろ」
「……考えすぎだったら……いいんだけどね」
【平和の象徴】とは。
ギルドメンバー7人が各々の正義を振りかざす、中立ギルド。どこの派閥にも属さず、人1人の正義を信じてゼイウスを平和にし、均衡を保つギルド。顔も誰にも割れてもいけない。
オリーブのギルドマスター、グレイ・エアーは無敗の男。今まで勝ったことも負けたことも無い。正に無敗。
そんな彼はダンジョンから出た時、思いかげない、耳を疑うような話が入ってくる。
『至宝』が死んだ
【孤独の至宝】リーエが死んだ。
この時、ゼイウスは怒涛の渦に変わる。
そんなお話はまた今度
終わりです