贈り物
無性に書きたくなったので番外編書きました!
あの日死にかけてから、僕は心臓の薬を1ヶ月服用した。
薬を飲む度に、体から枷を外されていくような感覚がして、服用最後の日は人生で一番体を軽く感じた。
それから半年。体調を崩すこともあるが、僕は以前に比べて格段に元気になった。
そのため、公爵位を継ぐに当たっての勉強をしたり、少しずつ領地の仕事を始めたりしていた。
「うーむ……」
そんな僕には今、悩み事があった。
「どうされましたか?」
どうやら無意識の内に唸り声を上げていたらしい。
仕事を始めた僕を補佐するべく、新しく側近になったジュードに声をかけられた。
何でもないと答えようとして、相談してみるのも良いかもしれないと思い直す。
「女性が好む贈り物とは何だろうか」
「贈り物ですか……。それならやはり、宝石や花といった美しい物ではないでしょうか。もしくは、その方の好んでいる物とか」
「うーむ、そうか……」
ジュードの返答に、僕はもう一度唸り声を上げてしまった。
「アメリア様に贈る物ですか?」
僕の様子に何かを察したのか、ジュードは控えめに聞いてくる。
そうだ。と頷きつつ、僕はアメリアの笑顔を思い浮かべた。
最近の僕は忙しくて、週に一度のお茶会も出来ないでいた。
アメリアが新たに医学も勉強を始めて、時間が絶望的に合わなかったのもある。
もう1か月はアメリアに会っていない。こんなに会わなかったことは初めてではないだろうか。
「花や宝石は何度か贈っているんだ」
婚約者の務めとして、彼女の誕生日や僕が体調を崩して会えない時など、贈り物はしてきた。
アメリアは喜んでくれているのだが、彼女が好きな花は主に薬として使える草花だし、宝石には興味がないだろうし、僕には今一つに感じていた。
だから、救って貰ったお礼と、今回会えない時間の埋め合わせを兼ねて、何か彼女が喜ぶ贈り物をしたいと考えていたのだ。
「ではアメリア様が好きな物を贈るといいと思いますが……」
そこまで言うと、ジュードは言葉を止めて僕に気遣わし気な視線を送ってきた。
「好きな物……か」
僕は僕で遠い目をしてしまう。
何故なら、彼女の好きな物と言えば虫や爬虫類だからだ。
「そんな物贈れると思うか……?」
確かにアメリアは喜ぶだろう。飛び跳ねて喜ぶ姿が容易に想像できる。
だが、僕の何かは確実に折れてしまうだろう。……主に心が。
「ええと……頑張って下さい」
「……」
ジュードは匙を投げてしまった。
さすがアメリア。
――――――
「聞いたぞジョシュア。何でもアメリア嬢への贈り物で悩んでるんだって?」
晩餐の時間。家族で広いテーブルを囲み食事をしていると、2番目のギルバート兄さんが話しかけてきた。にやにやと笑っていて思わずむっとしてしまうが、ギルバート兄さんは気にした様子もない。
「怒るなって!いいことじゃないか、今まで自分で選んだこともないんだろ?自分のために選んでくれたって知ったらアメリア嬢も喜ぶだろ!」
「そうですね。良好な仲を保つためには必要なことでしょう」
3番目のアラスター兄さんもそれに同意する。
「今度商人を手配しよう。あらゆる品物を持ってくるように伝えておくよ」
「ルーファス兄さんまで!」
更に一番上のルーファス兄さんまで会話に参加してきて、僕は驚いてしまう。
3人を順番に見ると、やけに嬉しそうにしていて戸惑う。
「3人とも、ジョシュアをからかうんじゃありませんよ」
そこに母上の声が割って入ってきた。母上に目を向けると、こちらも嬉しそうに微笑んでいる。
「ジョシュア、兄たちを許してあげて。お前が元気になったことが本当に嬉しいのよ」
「え?」
「お前は直ぐに体調を崩すし、食も細くてあまり食べられなかったから晩餐を共にする機会も少なかったでしょう?それが最近では食べる量も増えて元気な様子が見られて……こうして楽しく会話しながら食事を出来ることが兄たちは――いえ、私たちはみんな嬉しいのですよ」
「母上……」
母上の瞳には涙が浮かんでいて、本心からそう思っていることが分かる。
そんなにも心配を掛けていたのだと思うと、申し訳ない気持ちになった。
でも、そんな風に言ってもらえるなんて、僕は自分で思っていたより用無しの王子ではなかったのかもしれない。
「ありがとうございます」
家族の顔を見るとみんな僕を見て嬉しそうに笑っている。
いつだってみんなが僕を見る時の顔は曇っていて、それを見るのが辛くて自然と目を合わせないようになっていた。
それがいつの間にこんなに晴れた顔になっていたのだろう?
今日僕は、改めて生きられる幸運に感謝した。
――――――
今日は久しぶりにアメリアに会える日だ。
僕は用意したプレゼントをポケットに忍ばせて、そわそわとしながらアメリアを待っていた。
いつも手紙と共に屋敷に届けていたから、自分で直接渡すのは初めてだ。
緊張して胸がどきどきしている。
――コンコン。
「ジョシュア様!」
ノックの音が聞こえると直ぐに扉が開かれた。相変わらずアメリアは自由だ。
後ろでアメリアを制止する声が聞こえるのも昔から変わらない。
懐かしくなってくすりと笑みをこぼす。
「やぁアメリア、久しぶり」
立ち上がって迎えると、アメリアは僕に走り寄ってきた。
その様子に、また何か持ってきたのかと身構えたその時だった。
「会いたかったです!」
「あ、アメリア!」
何と、アメリアが抱きついてきたのだ。
自由奔放なアメリアだが、こういう行動は珍しい。
どきどきしながらアメリアの背中に腕を回す。
僕も小柄だが、アメリアは更に小さい。
柔らかい髪も、ほのかに香る花の匂いも、全てが愛おしくて堪らない。
「ごめん、寂しい思いをさせた」
「いいんです。私も勉強ばかりでお側に居られなくてすみません」
「そんなこと気にしなくていい」
少しだけ離れてアメリアの顔を見る。
琥珀のような瞳を見つめていると、ここだけ時間が止まったような感覚になる。
「――ゴホンッ!」
突然、2人の世界に不粋な咳払いが入り込んできて、時間が再び流れ出す。
「あっ、ごめんなさい!」
ぱっとアメリアが離れてしまい、残念な気持ちになる。元凶であるジュードを睨み付けるがどこ吹く風だ。
まだ婚前だから仕方ない……か。
早く結婚したいものだ。
「さぁ、座って。お茶にしよう」
気を取り直して、僕はアメリアを席に誘う。
そこから、いつものように話をした。
アメリアは勉強している医学について、僕は治めることになる領地について。
楽しい時間を過ごせているが、一方でなかなか贈り物を渡すタイミングが訪れない。
「ジョシュア様?何だかそわそわしていますが、どうしたんですか?」
「それは……」
アメリアに指摘されて、僕は言葉に詰まった。
タイミングが掴めずに焦っていたことを勘づかれていたなんて。
恥ずかしいところを見られてしまった。
――だが、今がチャンスだ!
「アメリア、あー……その、これを」
かっこよく渡すはずだったのに、情けないことにまともに言葉が出てこなかった。
ポケットから包装された箱を取り出し、アメリアの目の前に置く。
それを見て、アメリアは不思議そうに首を傾げた。
「開けてみてくれないか」
そう声を掛けると、箱を手に取り慎重に包装を解いていく。
「わぁ……!素敵!」
「アメリアに似合うと思ったんだ」
箱を開けるとそこには、サファイアで作られた蝶の髪飾りが入っていた。
あの晩餐の日の後、僕は時間を作ってルーファス兄さんが呼んでくれた商人と会った。
そこでこの髪飾りを見つけたのだ。
虫ではあるが蝶だし、見た目も美しい。何よりアメリアのストロベリーブロンドの髪によく似合うと思った。
僕の瞳と同じ色というのもとても良い。
「まだあの時のお礼が出来ていなかったから」
「そんな……私が好きでしたことなのに」
「それでも僕が贈りたかったんだ」
僕は席を立つとアメリアの傍へ行った。
そして、髪飾りを手に取ると彼女の髪につけてやる。
「嬉しいです……ずっと大切にします」
そっと髪飾りに手を触れると、アメリアは瞳を潤ませた。
僕は反対の手を取り、床に膝をつく。
「愛してるよアメリア。まだ忙しい日が続くが、それが過ぎたらずっと一緒にいられる」
そう言うと、アメリアは膝をつく僕に顔を寄せてきた。
そして、何かと思う間もなく僕の額に口付けを落とした。
「!」
「私もジョシュア様が大好きです!楽しみにしてますね」
完全に不意打ちだ。
アメリアは「真っ赤ですね」と楽しそうに笑っている。
「……」
あんまりアメリアが笑うものだからムッとしてしまい、僕は彼女を強引に引き寄せた。
そして、その唇に口づけを落とす。
後ろでジュードが何か喚いてる気がするが知ったものか。
「じょ、ジョシュア様……」
「真っ赤だな」
「もう!」
真っ赤になったアメリアが僕の胸を叩く。
そんな触れ合いが、ただただ愛おしい。
僕はきっと、こんな風にアメリアとの日々を重ねていくのだろう。
アメリアが救ってくれた命で、彼女のことを愛し、共に行きていこう。
そう心から誓ったのであった。
ただいま「愛を叫ばれる令嬢は受け入れることができない」を連載中です。そちらもよろしくお願いします(^^)