★お願い、ギュッてして。★
頭が重い。体は熱くて熱くて、まるでサウナにでもいるみたいだ。
う~ん、う~ん、と他人が唸っているみたいに聞こえてくるぼくの声。
水……水がほしい。
そう思った瞬間、口の中に冷たい水が流れ込んでくる。
「ん……ん……」
ぼくは流れてくる水を喉の奥に通して、また意識を飛ばした。
時々、飛んだ意識が戻ると、熱いおでこに冷たい人の手が乗って、気持ちがいい。いったい誰の手だろう。
……なんて考えていると、睡魔がぼくを襲う。
ぼくは……何も考えられなくって、また意識を飛ばした。
次に目を覚ましたのは、下校時刻を知らせる音楽が聞こえた時だった。
目を開けて、一番はじめに入ってきたのは、プツプツと通気口の穴があいた天井。鼻をつくのは消毒剤の匂い。
半開きになっている窓から入る新鮮な空気と一緒に、オレンジ色に燃えている太陽の光が室内を照らしている。
……ここは保健室かな?
「気がついたか?」
まばたきをしていたぼくの耳元で聞こえてきたのは……ぼくが大好きなあの人の声。
そっと首を傾けて、声がした方を見てみる。
そこには、ほんとうなら黄土色なのに、オレンジ色の夕日に照らされている色素の薄い髪。眉間にしわを寄せた、無愛想な表情の……霧我。
「む……が?」
ぼくが口を開けて彼の名を呼ぶと、眉間に寄ったしわはなくなり、目が細まる。
唇は、相変わらずへの字に曲がっているけど、それは微笑んでいるシルシだってことは知っている。
先生は……いないみたい。
「ぼく……どうして?」
喉がカラカラで、声はどうしてもおじいちゃんみたいにしわがれた声になってしまう。
そんな聞き取りにくい声でも、霧我はちゃんと聞いてくれる。
「ここは保健室だ。鈴は裏庭で倒れたんだ。保険の先生に熱を測ってもらったら、37.7℃あった。帰宅して療養してもらおうにも、鈴の家に電話しても留守だったから、ここで寝てもらっていたんだ。――昨日の夕方、寒い中ずっと屋上の風に当たっていただろう? きっとそのせいだ」
裏庭……。
そこで思い出したのは、霧我が女子の告白を断ったことと、ぼくが……。ぼくが、霧我に勢いで告白しちゃったことだ。
だけど、どうしてココに霧我がいるの? ぼくはたしかに霧我に告白しちゃった。それなのに、霧我は笑ってぼくの隣にいてくれてる。
――ああ、そっか。
コレ、夢だ。
だって、同性を好きになったと告白したのに、側にいてくれるわけがない。
だから、この霧我はぼくが創り出した、想像上の霧我なんだ。
「気分はどうだ?」
優しい霧我の声が、現実では霧我に嫌われたという傷ついたぼくの心をあたためてくれる。
この霧我がぼくの幻想だったなら……もう少し甘えてみてもいいだろうか?
現実の霧我にはもう嫌われているけど、ぼくの夢の中の霧我なら、きっと甘やかしてくれるよね。
「……むが……」
「なんだ?」
「みず、ほしい」
真っ白いふわふわな上掛け布団からそっと右手を出して、霧我のカッターシャツの袖をキュッと引っ張ってみる。
「ああ、これか」
そうしたら、優しい霧我はストローつきのペットボトルを取り出して、ぼくの口に差し込んでくれた。
カラカラの喉は冷たい水で潤されていく……。目から涙が出てきた。
「鈴、しんどいか?」
優しい霧我。
あたたかい霧我。
だけど、この霧我は現実じゃない。
現実の霧我は……ぼくを嫌っている。
気持ち悪いと思ってる。
ぼくは……もう、霧我の側にはいられないんだ……。
「鈴?」
流れ出た涙をそっと拭ってくれる優しい指……。夢の中でもそれは変わらないんだね。
「霧我……ごめんね……」
好きでいて、ごめんね。
好きになって……。
「ごめんね」
ごめんね。
拭ってくれる指にほっぺたをすり寄せて謝れば、霧我は優しくほっぺたを手のひらで包んでくれる。
「鈴? 何を謝っているんだ?」
霧我はそう言うと、眉間にしわを寄せていた。ぼくが謝っている理由を考えるためみたい。
霧我は律儀だから。ひとつひとつの言葉をそうやって受け止めて、考える。
そんないつも真剣な霧我が好き。
泣いているのに、つい、クスクスと笑ってしまう。
そんなぼくを訝しげに見つめていた霧我は、ぼくと視線を合わせた。
真っ直ぐな目。
――うん、この目もすき。
「……いや、むしろ謝らなくてはならないのは、俺の方だ。鈴の気持ちを知らなかったとは言え、ひどいことを言ってしまった……」
それは、裏庭でのことだね?
ヘンな霧我。ぼくの想像の中の霧我なのに、これが現実みたいに謝ってくる。
それって、ぼくが……謝ってほしいって思っているのかな……。
「むが?」
霧我は悪くない。そう言おうとしたら、口にチャックされるみたいに人差し指がトンって乗った。
「鈴、裏庭で女子に言った好きな人っていうの……アレ、鈴のことだ」
な……に?
霧我は何を言っているの?
「言えなかった。同性を好きだなんて、言えるわけないだろう?」
どうして?
どうしてそんなに欲しい言葉を言っちゃうの?
ひどい。ぼくの夢の中の霧我はひどい!!
現実に戻った時、霧我に嫌われたぼくは、どうやって過ごせばいいの?
「やめて……やめてよ!! そんなこと言わないで!!」
「鈴?」
「これは夢。現実じゃない!! そんなこと言われたら、夢から覚めた現実が怖くなっちゃう。もう……お願いだから……もう、十分だから……やめて……」
これ以上、優しい言葉はかけないで。
ぼくの夢、早く覚めて!!
覚めてよ!!
両手で耳を押さえて、霧我の言葉を聞かないように首を振る。
そのたびに、目から溢れた涙が散っていく……。
「鈴!!」
そんなぼくの体が、突然強い力に包まれた。
おかげで言葉がでなくなってしまう。
「現実だよ? これが現実なんだ。これは鈴の夢じゃない。鈴が気になったのは、同じクラスになってからだ。鈴はいつもそうやって俺を気にかけてくれた。明るい笑顔で俺に笑いかけてくれて……ドジなところは保護欲をそそられて……女子にイタズラされた髪型なんかは、可愛いし……ずっと見ていた」
「ちがう? ゆめ……じゃない?」
そう思ったのは、霧我の力強い腕に包まれたからだ。
ぼくは霧我の言葉を反芻した。
うなずく霧我。
「でも……」
でも、そんなの簡単に信じられるわけがない。
だって……。
「だって霧我に話しかけるの、いつもぼくからだった」
「それは……鈴になんて話しかければいいかわからなかったから……」
「えっ?」
「鈴と顔、合わせたら……緊張して、何を話せばいいのかわからなくなるんだ……」
霧我の言葉が嘘じゃないか確かめるため、顔を上げて見ると……。
わっ、すごい顔、真っ赤。
今まで冷静沈着だった霧我の顔。赤面している。
だけど……だけどだけどだけど!!
「霧我、ぼくには関係ないって言った!!」
あの言葉はとても苦しいものだった。時間が経った今でも、言われた時のことを思い出せば、涙が溢れてくる。
「アレは……好きな子から他の女子の橋渡しなんかされて苛立ったんだ。……ごめん、大人気なかった」
そりゃそうだ。
好きな人から誰かの告白のお手伝いなんかされたら、ぼくだと悲しくて泣いちゃうかも……。
ほんとうなの?
「ゆめ……ちがう?」
「ああ、夢じゃない……ほら、な?」
そう言って、さっきよりもずっと強い力で抱きしめられた。
だったら……。
これが夢じゃないっていうなら……。
「もっと……」
「?」
「もっと……ギュッてして……」
ぼくがお願いすると、霧我はまた強く抱きしめてくれる。
ぼくも霧我の広い背中に両手をまわし、体温を感じた。
トクン、トクン。
胸に押し当てられたぼくの耳には、霧我の心音が心地よく響く。
本当だ……夢じゃない。
「好きだよ、鈴。好きだ」
少し速い心音を聞きながら、ぼくはまた目を閉じた。
チュッ。
唇に当たった優しくてあたたかい感触は間違いなく現実のもの――。
紅葉が言ったとおりだった。ぼく、霧我と両想いだったんだ。
そう思うと、ものすごく幸せで、さっきとは違うあたたかな涙が込み上げてくる。
「ねつ……あるのに……」
泣くのをなんとか止めようと、ほっぺたを膨らませてそう言ったら……。
「うつしてくれて構わない」
甘い声で彼が言った。
霧我、大好き。
これからも、ずっとずっとギュッてしてね。
∮*END*∮
はい。と、いうわけで、完結いたしました。作者の蓮冶でございます。クオリティーないし、しかも駄文だし先見えるし、短編だし(_ _)チーン。……の話に、ここまで栞をさしてくださって順次更新を追って来てくださった皆様に感謝ですヽ(;▽;)ノ。
ありがとうございました。
2014'08/29




