第零保存区
第一部 創造された世界
科学が高度に発展した未来。意識科学の研究者ユウは、繰り返し見る奇妙な夢をきっかけに、人類の歴史に隠された謎へと近づいていく。
人間とは何か。意識とは何か。そして、創造主とは何者なのか。
科学と哲学が交差するSFミステリー。
人間が忘れたものを、大地は覚えているのだろうか。
ユウは、輸送機の窓から眼下の風景を眺めていた。
都市の建造物は、すでに見えなくなっていた。
代わりに広がっているのは、深い緑に覆われた山々と、その間を縫うように続く谷だった。
遠くには、広い平原が見える。
ユウは、その景色から目を離せなかった。
「緊張していますか?」
隣の席から、セインが声をかけた。
「少し」
ユウは笑った。
「こういう調査に参加するのは初めてなので」
「私も、現地調査は久しぶりです」
「意外ですね」
「普段は文献ばかり調べていますから」
セインは、手元の端末を閉じた。
「それに、今回は少し特殊です」
「特殊?」
「調査の目的が、まだはっきりしていません」
ユウは首をかしげた。
「地下の異常領域を調べるんですよね?」
「ええ。ただ、それが人工物なのか、自然地形なのかも分かっていません」
「なるほど」
「何も見つからずに終わる可能性もあります」
ユウは窓の外を見た。
山の稜線が、ゆっくりと近づいてくる。
「それでも、来てよかったと思っています」
セインは微笑んだ。
「まだ到着していませんよ」
「そうですね」
二人は笑った。
*
第零保存区は、広大な自然保護区域の中にあった。
古い遺構が点在しているため、一般の立ち入りは制限されている。
調査拠点には、歴史研究院の職員と地質調査の専門家が集まっていた。
「セイン博士ですね」
一人の女性が近づいてきた。
短く切りそろえた髪に、日焼けした肌。
落ち着いた表情の女性だった。
「地質調査担当のノアです」
「よろしくお願いします」
セインが挨拶した。
「こちらは、意識科学研究所のユウさんです」
「ユウです。よろしくお願いします」
ノアは頷いた。
「専門分野が違うと聞いていましたが、意識科学の研究者なんですね」
「はい」
「珍しい組み合わせですね」
ユウは苦笑した。
「自分でもそう思います」
ノアは微笑んだ。
「では、早速ですが、調査区域について説明します」
三人は、拠点の会議室に入った。
中央の表示面に、立体地形図が映し出された。
山地。
谷。
平原。
そして、調査対象となる一角。
「今回の調査地点は、保存区の北東部です」
ノアが説明した。
「過去の地中探査で、周辺の地層とは異なる反射特性を示す領域が確認されています」
「人工物の可能性は?」
セインが尋ねた。
「現段階では、何とも言えません」
ノアは地形図を拡大した。
「地下の岩盤構造や、鉱物の分布によっても同様の反応は起こります」
「なるほど」
「ただし、過去の調査では、異常領域の形状が十分に確認されていません」
ノアは続けた。
「今回は、高精度の地中探査と地質試料の分析を行います」
ユウは画面を見つめた。
地下の異常領域。
それが、何なのか。
まだ誰にも分からない。
*
調査地点までは、地上車両で移動した。
窓の外には、草原が広がっていた。
遠くに山が見える。
ユウは、何度もその景色を眺めた。
似ている。
夢の中の風景に。
しかし、完全に同じではなかった。
夢の中では、草原の向こうに建物があった。
現実の平原には、何も見えない。
「……どうです?」
セインが尋ねた。
ユウは顔を向けた。
「何がですか?」
「夢の風景と、似ていますか?」
ユウは少し考えた。
「似ています。でも、違う部分もあります」
「例えば?」
「山の位置は近い気がします。ただ、夢ではもっと広い草原だったような……」
ユウは言葉を止めた。
「正確には、覚えていません」
セインは頷いた。
「夢の記憶は、曖昧ですからね」
「ええ」
ユウは窓の外を見た。
草原が風に揺れている。
遠くの山の稜線。
その景色を見ていると、不思議な感覚があった。
初めて来た場所なのに、どこか懐かしい。
しかし、それが本当に記憶なのか、夢による錯覚なのかは分からなかった。
*
調査地点に到着すると、ノアが機材の準備を始めた。
地中探査装置。
地質試料採取装置。
地形測定用の小型飛行機器。
複数の装置が、静かに動き始めた。
「まず、地表の状態を確認します」
ノアが言った。
「そのあと、地下の反射データを取得します」
ユウとセインは、少し離れた場所から作業を見守った。
「何か見つかるといいですね」
ユウが言った。
「そうですね」
セインは、地面を見つめていた。
「ただ、何も見つからないことも、重要な結果です」
「確かに」
ユウは頷いた。
しばらくして、地中探査装置が動き始めた。
画面に、地下の断面図が表示される。
土壌。
岩盤。
地下水脈。
それぞれの層が、色の違いとして映し出されていた。
ノアは、慎重にデータを確認していた。
「……少し待ってください」
彼女が言った。
ユウとセインは顔を上げた。
「どうしました?」
セインが尋ねた。
ノアは画面を拡大した。
「反射特性の異なる領域が確認できました」
「以前の調査と同じ場所ですか?」
「ほぼ一致しています」
ユウは画面を見た。
地下に、周囲とは異なる反応を示す領域があった。
「人工物ですか?」
ユウが尋ねた。
ノアは首を振った。
「まだ分かりません」
そして、別の測定結果を表示した。
「ただ、少し気になることがあります」
「何でしょう」
「境界が、比較的はっきりしているんです」
セインは画面を見つめた。
「自然地形では珍しい?」
「珍しい場合もあります。ただ、これだけでは判断できません」
ノアは慎重だった。
「別の方向から測定してみます」
*
数時間後。
複数方向から取得したデータが、立体画像として表示された。
地下に、細長い領域が存在していた。
その周囲には、異なる地層が重なっている。
「……これは」
セインが呟いた。
ノアは、画面を見つめていた。
「まだ確定ではありませんが……」
彼女は、画像を回転させた。
「自然の岩盤とは、少し違う形状に見えます」
ユウは、息を呑んだ。
地下の領域は、完全な直線ではなかった。
しかし、複数の部分が、一定の方向に沿って並んでいる。
「建築物の一部でしょうか」
ユウが尋ねた。
「可能性はあります」
ノアは答えた。
「ただし、地層の境界や断層によって、似た形が生じることもあります」
セインは頷いた。
「追加の調査が必要ですね」
「ええ」
ノアは、地質試料の採取位置を指定した。
「まず、周辺の地層を確認します」
*
調査が一段落した頃には、日が傾き始めていた。
ユウは、少し離れた丘の上に立っていた。
風が吹いている。
草が揺れる。
遠くには、山が見えた。
ユウは、目を閉じた。
夢の中の風景を思い出す。
少女。
白い服。
長い髪。
そして、遠くの建物。
ユウは、ゆっくり目を開けた。
目の前には、草原が広がっている。
建物はない。
しかし、山の形は、やはり似ていた。
「ユウさん」
背後から声がした。
セインだった。
「ここにいたんですね」
「少し景色を見ていました」
セインは隣に立った。
「どうですか?」
「……不思議な感じです」
「夢と似ているから?」
「それもあります」
ユウは、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「セインさん」
「はい」
「僕は、夢の中で同じ場所を何度も見ています」
「ええ」
「でも、その場所に来たことはありません」
セインは頷いた。
「そうですね」
「なのに、ここに立っていると、以前から知っていた場所のように感じるんです」
セインは、草原を見つめた。
「人間の記憶は、不思議なものです」
「ええ」
「見たことのない場所を、見たことがあると感じることもあります」
「そうですね」
「逆に、よく知っている場所を、初めて見るように感じることもある」
ユウは頷いた。
「デジャヴですね」
「ええ」
セインは、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「ただ、私には一つだけ、気になることがあります」
「何でしょう」
「あなたが見ている夢の風景が、もし実在する場所だったとしたら」
ユウは、セインを見た。
「……はい」
「その場所を、あなたはどこで知ったのでしょうね」
ユウは答えられなかった。
風が吹いた。
草原が、波のように揺れた。
*
翌朝。
調査拠点では、地質試料の分析結果が出ていた。
ノアが二人を呼んだ。
「少し興味深い結果が出ました」
ユウとセインは、表示面の前に立った。
「昨日確認した地下の異常領域ですが、周辺の地層とは異なる組成の物質が含まれている可能性があります」
「人工物ですか?」
セインが尋ねた。
「その可能性が高くなりました」
ノアは、分析結果を表示した。
「ただし、まだ断定はできません」
ユウは、画面を見つめた。
「次は、どうするんですか?」
「小規模な試掘を行います」
セインは頷いた。
「許可は?」
「限定的な試掘については、事前に承認されています」
ノアは続けた。
「ただし、遺構が確認された場合は、作業を中断して追加の許可を申請する必要があります」
「分かりました」
三人は、調査地点へ向かった。
*
試掘は、慎重に進められた。
地表の土壌を少しずつ取り除く。
地層の状態を記録する。
試料を採取する。
その繰り返しだった。
ユウは、作業を見守っていた。
想像していたよりも、はるかに地道な作業だった。
「考古学って、大変ですね」
ユウが言うと、セインは笑った。
「そうでしょう?」
「もっと、劇的な発見があるものだと思っていました」
「劇的な発見の前には、地道な作業があるんです」
「なるほど」
セインは、地面を見つめた。
「それに、発見したものが何なのかを判断する方が、ずっと難しい」
ユウは頷いた。
しばらくして、ノアが声を上げた。
「……止めてください」
作業員たちが手を止めた。
ノアは、掘削面を見つめていた。
「ここです」
ユウとセインが近づいた。
地面の中に、灰色の物体が見えていた。
周囲の岩とは、明らかに質感が違っていた。
「……石ですか?」
ユウが尋ねた。
ノアは、表面を慎重に観察した。
「まだ分かりません」
彼女は測定器を近づけた。
数値が表示される。
「鉱物の組成が、周囲の岩盤とは異なります」
セインは、息を呑んだ。
「人工物の可能性は?」
「高いと思います」
ノアは、慎重に答えた。
「ただし、加工痕が確認できるまでは、断定できません」
作業員が、表面の土を少しずつ取り除いた。
灰色の物体が、ゆっくり姿を現した。
平らな面。
そして、その端には、比較的まっすぐな境界があった。
ユウは、思わず呟いた。
「……壁?」
ノアは、しばらく観察していた。
「その可能性があります」
セインは、物体を見つめた。
「建築物の一部かもしれませんね」
ユウは、胸が高鳴るのを感じた。
地下に、何かがある。
それは、確かだった。
*
その日の調査は、そこで中断された。
遺構の可能性が確認されたため、追加の調査許可が必要になったのだ。
ノアは、発見した物体を保護し、周辺の地形データを保存した。
「続きは、許可が下りてからですね」
ユウが言うと、セインは頷いた。
「ええ」
「どれくらいかかるんでしょう」
「分かりません」
セインは苦笑した。
「研究には、待つ時間も必要です」
ユウは、地面を見つめた。
その下には、まだ見ぬ何かが眠っている。
壁なのか。
建物なのか。
それとも、まったく別のものなのか。
まだ、何も分からない。
しかし、確かに何かが存在している。
それだけで、ユウには十分だった。
*
調査拠点に戻った夜。
ユウは、ミナと通信していた。
「どう? 調査は」
「面白いよ」
「何か見つかった?」
「地下に、古い建築物らしいものがあるかもしれない」
「すごいじゃない!」
ミナは驚いた。
「まだ確定じゃないけどね」
「それでも、よかったわね」
ユウは微笑んだ。
「うん」
そのとき、画面の端からリナが顔を出した。
「お父さん!」
「リナ!」
「冒険してる?」
ユウは笑った。
「してるよ」
「宝物見つけた?」
「まだだね」
「じゃあ、見つけてきて!」
「頑張るよ」
リナは嬉しそうに笑った。
「でも、ちゃんと帰ってきてね」
ユウは、少しだけ胸が温かくなった。
「もちろん」
「約束!」
「約束」
ミナが、リナの肩に手を置いた。
「じゃあ、お父さんの邪魔しないようにね」
「はーい!」
リナは画面から消えた。
ミナは、少しだけ真剣な表情になった。
「無理しないでね」
「分かってる」
「危ないことはしないで」
「うん」
ミナは微笑んだ。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
通信が切れた。
ユウは、しばらく画面を見つめていた。
そして、端末を閉じた。
*
翌朝。
調査拠点の会議室に、セインとノアが集まっていた。
「追加の調査許可について、研究院から連絡がありました」
セインが言った。
ユウは顔を上げた。
「もう?」
「ええ。限定的な追加調査が認められました」
「よかった」
ノアは、地形図を表示した。
「ただし、今回許可されたのは、露出した構造物の周辺を確認する範囲までです」
「内部には入れない?」
ユウが尋ねた。
「内部が存在するかどうかも、まだ分かりません」
ノアは微笑んだ。
「まず、何があるのかを確かめましょう」
三人は、再び調査地点へ向かった。
*
追加調査は、前日よりも慎重に進められた。
灰色の構造物の周辺から、少しずつ土を取り除く。
すると、平らな面が横方向に続いていることが分かった。
さらに、その一部には、別の面が直角に接していた。
ノアは、測定結果を確認した。
「……これは」
セインが尋ねた。
「どうです?」
ノアは、しばらく黙っていた。
そして、静かに答えた。
「人工的に加工された構造物である可能性が、かなり高いと思います」
ユウは、息を呑んだ。
「建物ですか?」
「まだ分かりません。ただ、自然の岩盤とは考えにくい形状です」
セインは、構造物を見つめた。
「……古い建築物の基礎かもしれませんね」
ユウは、地面の中に続く灰色の面を見た。
その先は、まだ土に覆われている。
しかし、何かが続いていることは分かった。
「この下に、もっと大きな構造物があるんでしょうか」
ノアは頷いた。
「その可能性があります」
*
調査が進むにつれ、構造物の一部に、細かな加工痕が確認された。
それは、自然の浸食では説明しにくい規則的な形をしていた。
ノアは、表面の記録を取りながら言った。
「この構造物は、かなり古いものかもしれません」
「年代は分かりますか?」
セインが尋ねた。
「周辺の地層から推定する必要があります。今はまだ何とも言えません」
ユウは、露出した面を見つめた。
灰色の表面。
長い時間をかけて堆積した土。
その下に眠っていたもの。
それが、どのような時代に作られたのか。
誰が作ったのか。
何のために存在していたのか。
何も分からなかった。
そのとき。
「……待ってください」
セインが言った。
ユウとノアは顔を上げた。
セインは、構造物の端を見つめていた。
「ここに、何かあります」
ノアが近づいた。
「どこです?」
セインは、表面の一角を指さした。
そこには、浅い溝のようなものがあった。
ノアは、照明を調整した。
影が変わる。
すると、溝の形が少しずつ見えてきた。
曲線。
その内側に、短い線。
そして、もう一つの線。
ユウは、息を止めた。
「……まさか」
セインは、ゆっくり顔を上げた。
「ユウさん」
「はい」
「これ……」
ユウは、端末を取り出した。
以前、夢の記憶をもとに描いた図形を表示する。
円。
その内部で交差する三本の線。
目の前の構造物に刻まれた溝は、完全ではなかった。
一部は欠けている。
しかし、その形は、よく似ていた。
ユウは、画面と構造物を見比べた。
「……同じ?」
セインは、すぐには答えなかった。
「似ています」
静かに、そう言った。
「ただし、まだ同じものだとは断定できません」
ユウは頷いた。
「そうですね」
ノアが、二人を見た。
「この図形には、何か意味があるんですか?」
セインは、少し考えた。
「古い宗教文献や石板に、類似した模様が確認されています」
「宗教的な記号?」
「その可能性があります。ただ、用途は分かっていません」
ノアは頷いた。
「では、加工痕として記録します」
彼女は、慎重に表面を撮影した。
ユウは、刻まれた図形を見つめていた。
夢の中で見たもの。
古い石板に刻まれたもの。
そして、今、地面の下から現れたもの。
それらが、同じ形をしている。
偶然なのだろうか。
それとも、何かつながりがあるのだろうか。
ユウには、まだ分からなかった。
*
その日の夕方。
調査拠点では、発見された構造物の分析が続いていた。
ノアは、測定結果を確認していた。
セインは、図形の記録を過去の資料と比較している。
ユウは、地形図を見つめていた。
草原。
山。
そして、地下の構造物。
夢の中の建物は、もっと大きかった。
目の前で発見されたものが、その建物と関係しているかどうかは分からない。
しかし、ユウは不思議な感覚を覚えていた。
長い間、遠くに見えていたものへ、少しだけ近づいたような気がした。
そのとき、ノアが声を上げた。
「セイン博士」
「何でしょう」
「もう一つ、確認していただきたいものがあります」
二人は、ノアの端末に近づいた。
画面には、地中探査の最新データが表示されていた。
「今回、露出した構造物の周辺を再測定しました」
ノアは画像を拡大した。
「すると、以前の調査では確認できなかった領域が見つかりました」
ユウは、画面を見つめた。
地下の構造物から、さらに奥へと続く反射領域があった。
その先には、周囲とは異なる大きな空間が存在するように見えた。
「……空洞ですか?」
ユウが尋ねた。
「その可能性があります」
ノアは頷いた。
「ただし、地下水や地層の影響で、実際には空洞が存在しない場合もあります」
セインは、画像を見つめた。
「もし空洞だったら?」
ノアは、少し考えた。
「構造物の内部空間かもしれません」
ユウは、息を呑んだ。
地下に、空間がある。
その空間は、人工的な構造物につながっている可能性がある。
セインは、静かに言った。
「……追加の調査が必要ですね」
ノアは頷いた。
「ええ。ただ、ここから先は、別の許可が必要になります」
ユウは、画面を見つめていた。
その奥に、何があるのだろう。
*
夜。
ユウは調査拠点の自室で、一人、端末を開いていた。
画面には、発見された図形の画像が表示されている。
円。
三本の線。
欠けた部分。
ユウは、以前の夢のスケッチを開いた。
二つを並べる。
似ている。
しかし、完全に一致しているわけではない。
ユウは、しばらく見比べた。
そして、端末を閉じた。
窓の外には、暗い草原が広がっていた。
遠くの山は、夜の闇に溶け込んでいる。
ユウは、窓辺に立った。
風が、草を揺らしている。
その景色を見ていると、夢の中の少女を思い出した。
『ユウ』
彼女は、自分の名前を呼んだ。
そして、遠くの建物を見ていた。
ユウは、小さく呟いた。
「……君は、何を知っているんだ?」
答えはなかった。
ただ、草原を渡る風の音だけが聞こえていた。
*
同じ頃。
セインは、調査拠点の会議室に残っていた。
机の上には、古い宗教文献の複製が表示されていた。
そこには、何度も見てきた一節が記されていた。
《神は我らを創り、我らは神を忘れた》
セインは、その言葉を見つめた。
創造主。
人間。
そして、失われた歴史。
古い文献には、創造主についての記述が繰り返し現れる。
しかし、創造主が何者なのかを明確に説明した資料は、見つかっていない。
セインは、別の文献を開いた。
《創造主は死んだ。しかし、その声は消えなかった》
彼は、しばらくその言葉を見つめていた。
そして、静かに呟いた。
「……もし、神が本当に存在したのなら」
言葉を止めた。
窓の外には、暗い草原が広がっている。
セインは、目を閉じた。
遠い昔、誰かがこの場所に立っていたのかもしれない。
何かを作り、何かを残し、そして去っていったのかもしれない。
その人々は、何を考えていたのだろう。
何を恐れ、何を願っていたのだろう。
セインは、もう一度画面を見た。
《神は我らを創り、我らは神を忘れた》
彼は、静かに呟いた。
「……忘れたのなら、思い出せるはずだ」
その言葉は、誰にも聞かれることなく、夜の研究室に消えた。
*
翌朝。
調査拠点に、研究院から新しい連絡が届いた。
セインは、内容を確認した。
そして、ユウを呼んだ。
「ユウさん」
「はい」
「追加調査の申請について、回答が来ました」
ユウは顔を上げた。
「どうでした?」
セインは、少しだけ微笑んだ。
「条件付きですが、認められました」
「本当ですか?」
「ええ」
ユウは、思わず笑った。
「よかった!」
セインは頷いた。
「ただし、安全性の確認が必要です」
「もちろんです」
「地下の空間が存在するかどうかを確かめ、構造物の状態を調べることになります」
ユウは、地形図を見た。
地下に広がる、未確認の領域。
その奥に、何があるのか。
まだ誰にも分からない。
セインは、静かに言った。
「……行きましょうか」
ユウは頷いた。
「はい」
二人は、調査拠点を出た。
朝の光が、草原を照らしていた。
遠くには、山が見える。
風が吹き、草が揺れている。
その下には、長い時間をかけて忘れられた何かが眠っていた。
そして今。
その扉が、少しずつ開かれようとしていた。




