13話 王子の憂い
「この国はもうダメかもしれないな……」
静かに私を見下ろす星々を眺めながら、折れそうな気持ちを口にする。
王族として、世継ぎとして、決して周囲に聞かれてはならない本音を、誰もいない王宮の中庭で吐き出してみても、星明りは変わらずに瞬き続ける。
変わらない平和を、変わらない安寧を、私もこの星々のように民へ届けられたらと……何度、思ったことか。
我がアレス王国は、病魔に侵されている。
『搾取』という名の病魔に。
長年に渡る魔族とのゆるやかな戦争は、武器工房を抱える一部の貴族や、武器豪商にだけ富を落とす慣例となり果てた。
魔族の脅威を民に植えつけ、平和を維持するためには軍資金がいると……もはや魔族は『民から税金を吸い上げる理由』であって、『魔族なしに春は来ず』と豪語する豚貴族までいる。
本来であれば、より国を豊かにするために投入される財源は、私利私欲の温床に消えてゆく。
「失われた30年か……」
増税に次ぐ増税で、国民一人一人は少しずつ弱まっていった。
結果、生活が苦しくなった民の生産力は落ち、重労働を余儀なくされて時間を失い、未来までもが失われようとしている。
子育ては金銭的に難しいからと、子供を作らない夫婦も増えた。
一方で、産んでも困窮から子を捨てる親が増え、孤児が増え、治安は悪化する。そうして気付けば、今日のご飯にすらありつけない国民たちが徐々に増えていった。
餓死や病死、殺人や事故死が多発し、まさにゆるやかな虐殺が起きている。
この10年間、魔族との戦争での戦死者は2万人。
一方で、毎年の出生率と死亡率を計算すると、1年で人口は2万人弱も減っている。つまり国政が、たった1年で戦死者を上回る虐殺を強いているわけだ。
失われた30年間と呼ばれ、国民は多くのモノを諦め、失ってきた。
私はここ数年、ずっと陛下に進言し続けている。
民を強くすれば、国も強くなると。
だから民が幸せになる施策を、豚貴族の肥やしに税を使うのは無駄だと。
私についてきてくれる志の高い貴族と共に、この数年は戦い続けた。
しかし、しかしだ……30年も民から吸い上げた権力を誇示する者どもは強敵だった。自分たちだけが確固たる地位につける仕組みを構築し、武器と武力、そして蓄えた資金力を背景に、戦争の暴利をむさぼる大貴族たちの権力は想像以上に大きい……陛下自身もそんな大貴族たちと一緒になって、民の苦しみを謳歌しておられる。
「粛清か……」
しかも最近では、王陛下派閥に反発する我ら王子派閥の小貴族たちが狙い撃ちにあっている。周辺の大貴族からあらゆる圧力をかけられ、削られ、自領を売り払うまでに追い込まれるのだ。
領地の買い手は、王陛下の権力が及ばぬ外国貴族……よくよく調べると、我が王国の大貴族たちは、多額の報酬を外国貴族から受け取り、王国の領土を割譲していたのだ。
我が国の豊かな資源が、土地が、伝統が、歴史がボロボロと崩れようとしていた。
そんな事態を放置している王陛下は……父君は、もはや正気ではない。
王こそが最大の売国奴だなんて笑えない。
「放置と言えば、此度の魔神騒動もありえない……」
私はつい先ほどの王陛下とのやり取りを思い出し、ついつい大きなため息をこぼしてしまう。
『ばきゃもんがあああ! そんな者がおるわけなかろーが!』
憲兵隊による緊急の報告を受けた王陛下は、碌な事実確認もせず頭ごなしに否定していた。
『よいか! うぬらが訴えるよう魔神が襲来していたら! この王都はとっくに阿鼻叫喚じゃ!』
『しかし、陛下ッ!』
『我が愚息は口を挟むでない! どうせ、憲兵隊の誤認じゃろうて』
『ですが騎士団だけでも派遣し、その魔神がどのような者か調査した方がよろしいかと……!』
『その騎士団のほとんどは、魔神討伐で出征しておろうが! 王宮の守りはどうするつもりじゃ馬鹿者め!』
『であれば、憲兵隊を集結させ——』
『お前は何にもわかっとらん。いいか、そもそもかの地に倒れた魔神は数百年前、神獣ニャヒーモスと共倒れになったんじゃ』
『存じております。ですが一説によると封印された、とも。現に勇者ウェイは死亡したので、本当に復活した恐れもあります』
『はぁー、たらればの話をしてたらキリがないのじゃ。良いか、王宮医師団が勇者ウェイの死因は毒と明言したのじゃ。勇者といえど野蛮な冒険者ゆえ、その辺の毒キノコでも食したんじゃろう。王族である我より称賛を浴びようなどと、不届き者だったゆえの天誅じゃ』
『……死因は呪毒である可能性が高いと……それこそ魔神の……』
『どのみち魔神もまた【いいエサ】になるのじゃ』
『エサ……? でございますか』
『これだから愚息は。国民に仮想敵の脅威を煽っておけばいいのじゃ! 魔神に滅ぼされたくなくば、税を納めよ、とな。王国の内より、外敵に目を向けさせておけば、どんなに税を搾り取っても文句は言われん、わはははは!』
『たったそれだけのために、魔神討伐隊を出征させたのですが……? そんな資金があるなら、少しでも民の生活復興支援と、産業支援に……』
『まあそういうのはそのうちの。とにかく国民のガス抜きはテキトーなスキャンダルで良い! 勇者ウェイの死亡も、一部の領民には歓迎されていると聞いたぞ?』
『確かに素行が良い勇者ではありませんでしたが……仮にも人類の希望でした』
父君は『東争の勇者』を亡くしたと、各国から人類の希望を失わせた暗君と揶揄されている。それがよっぽど堪えているのか、先日から酒浸りだ。
『ええい、うるさいうるさい! よし、次のスキャンダルは家柄がそこそこ良い貴族の三女をターゲットにして醜聞をまき散らせ! 所詮、愚民は上流階級のスキャンダルに夢中じゃ! 不満のはけ口を用意してやればいいんじゃ!』
王陛下は、我が父君は……全てが敵だと断定するような……そんな孤独をこじらせた老人にしか見えなくなっていた。
『さあさあ、そんなことより宴じゃ宴じゃ! ここ数日はせーっかく魔族どもが大人しくなっておるんじゃ! 気持ちよくのむぞい! ワッショイ~!』
昔は雄大な背中を見せてくださったのに……父君はいつから暗闇に囚われ、こんなにも小さくなってしまわれたのか。
だが、それでも。
父君は私の父君で、子として親に従う他ない。
悲しみと葛藤を抱えながら、私は眠りについた。
そして翌日。
私は王陛下主催の魔神討伐出征記念パーティーに顔を出す。
こんな贅の、税の尽くしたパーティーを開くぐらいなら、少しでも民に還元すればいいものを……苦い思いを胸に、挨拶をしてくる貴族たちの対応をこなす。
そんな中、ふと妙ないでたちの男が目に入る。
その男の存在は、煌びやかに着飾る貴族たちが集う会場で、あまりに浮いていた。
背には竜すら一刀で断ち切れそうなほどの分厚い巨剣を担ぎ。
その足取りに一切の隙がなく、数多の戦場を渡り歩いたであろうことが伺える。
極めつけはその鋭い眼光だ。
どこも見ていないようで、遥か彼方の未来まで見据えていそうな渋さが、タダ者ではないと語っていた。
そんな男の重すぎる一挙手一投足が、この私に向けられている……?
「まさか、あの御方は……」
「【勇者殺し】と風貌が酷似しておりますわ」
周囲の貴族たちの多くがその男に目を向けるが——有象無象の虫ケラなど歯牙にもかけない様子で、こちらに向かってくる。
さも自分が王族と向き合うのが当然とでも言うかのように。
その無礼千万で恐れ知らずな男に、私もまた、彼の尋常じゃないオーラに呑み込まれぬよう、王国の頂点に座す王族として……胸を張り、堂々と渡り合う。
「————やれやれ、騒々しいな (虫歯の診察は落ち着いて受けたい)」
開口一番に王陛下主催のパーティーを侮辱する言葉は、私を含め貴族たちを騒然とさせた。
誰もが口をつぐみ、その不敬すぎる物言いに敵意の視線を滲ませる。
しかし驚くべきことに、それもまた彼にとっては心地よかったらしい。
「————これでいい」
一体、誰がこんな男をこの場に入れたのかと、そんな疑問はすぐに解決した。
というのも我が王国が誇る暗殺貴族と名高いノクスフェルム女伯爵が……み、見たこともないとろけ顔で、あっ、今私を見て、厳めしい表情に戻した……というか、さっきの表情こそ私の見間違いか。
男の醸し出す雰囲気にあてられて、幻覚でも見てしまったのだろう。
とにかく、あのノクスフェルム女伯爵自らが彼をこのパーティー招待したらしい。
「ほう——きみが、跡継ぎの新人君か————」
「なっ……」
仮にも32歳の私を、32年もこの国の王子として奔走していた私を、新人呼ばわりとは……。
だ、だが、この男には私が赤子のように映っているのかもしれない。
なにせ彼のあまりに尊大で、あまりに堂々とした、全ての挙動がそう物語っていたのだ。
それは悠久の時を過ごす魔神にとって、一国の王子など易々と代替わりをしてしまう……気付けば死んでいる、ちんけな存在だとでも言うかのように……。
ああ、もう確信せざるを得ない。
——魔神は復活したのだと。




