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序章 ザハト=ウルマ

あるところに、二人の神がいた。


いや、最初から神だったわけではない。


二人は、同じ村で生まれ、同じ村で育った。


貧しく、争いも絶えない小さな村だった。


それでも二人は、誰よりも強く神を信じていた。


祈りを捧げ、働き、学び、互いを励まし、互いを高め合いながら成長していった。


やがて二人は夫婦となった。


一人はウルマ。


人の弱さを受け入れ、生命の歩みを信じる者。


もう一人はザハト。


秩序を重んじ、世界を正しく導こうとする者。


二人は特別だった。


信仰心が強かっただけではない。


祈りは奇跡となり、信念は力となった。


人々は二人を敬い、崇め、やがて神として祀るようになった。


そうして二人は、神の座へと上がった。


神となった二人には、それぞれ一つずつ世界が任された。


よく似た、しかし別々の地球。


ウルマは、自らの世界への干渉を最小限に留めた。


生命が生まれ、争い、悩み、選び、傷つき、それでも前へ進む。


その歩みを、ウルマは見守った。


たとえ混沌が生まれても、それもまた生命の選択であるとして、必要以上には手を出さなかった。


発展は、その世界に生まれた生命に任せた。


一方、ザハトは違った。


ザハトは秩序を重んじた。


争いのない世界。


飢えのない世界。


理不尽に奪われる者のいない世界。


誰も苦しまぬ理想郷。


ザハトは、自らの世界をそこへ導こうとした。


最初のうち、世界は順調に発展した。


神の導きは正しく、人々は争いを減らし、文明は豊かになっていった。


だが、発展は長く続かなかった。


人は迷い、争い、欲望を抱いた。


秩序は乱れ、文明は停滞した。


ザハトは介入した。


道を示し、誤りを正し、世界の進む先を整えた。


するとまた、世界は発展した。


だが、しばらくすると再び停滞した。


ザハトはまた介入した。


導けば進む。


手を離せば淀む。


正せば整う。


見守れば乱れる。


その繰り返しの果てに、ザハトの世界は、神の手なしには歩けない世界へと変わっていった。


それでもザハトは諦めなかった。


やり直すという選択もあった。


一度すべてを白紙に戻し、新たな世界として再構築することもできた。


だが、ザハトはそれをよしとしなかった。


この世界を見捨てることはできない。


ここまで導いてきた生命を、失敗として切り捨てることなどできない。


それは、ザハトの慈悲だった。


同時に、執着だった。


ザハトは理想を追い続けた。


正しさを重ねた。


秩序を重ねた。


救済を重ねた。


その果てに、世界は崩壊の淵へと追いやられた。


理想郷を目指したはずの世界は、息をすることさえできなくなっていた。


「なぜだ」


ザハトは呟いた。


「私が間違えていたと言うのか」


世界は答えない。


「なぜ滅びる」


ザハトは叫んだ。


「私は、お前たちを救おうとしたのだぞ」


世界は答えない。


崩れゆく大地の上で、祈る者たちの声だけが響いていた。


助けてください。


救ってください。


神よ。


ザハトよ。


その声が、ザハトをさらに追い詰めた。


救わなければならない。


導かなければならない。


失敗など認められない。


自分が間違っていたなど、認められるはずがない。


苦しみ。


悩み。


怒り。


失望。


救いたかった世界が、自らの手の中で壊れていく。


その事実に、ザハトの心は耐えられなかった。


そして、ザハトは狂った。


神であったものは、一匹の蛇となった。


巨大な蛇。


世界を巻き取り、世界を締め上げ、世界そのものを喰らう蛇。


ザハトは、自らの世界を喰らった。


守りたかったはずの生命を。


導きたかったはずの文明を。


愛していたはずの世界を。


すべて喰らった。


喰らえば、一つになれる。


一つになれば、もう迷わない。


迷わなければ、乱れない。


乱れなければ、滅びない。


狂った神は、そう信じた。


その姿を見たウルマは、叫び、泣いた。


「なぜ、ザハト!」


悲痛な叫びが世界を震わせた。


「やり直せたはずなのに!」


だが、その声はザハトには届かなかった。


届かなかったどころか、ウルマの叫びは、逆にザハトを呼び寄せる結果となった。


世界を喰らった蛇は、次なる世界を見つけた。


ウルマの世界。


自由と混沌を許された、生命が自ら歩む地球。


ザハトはその世界を喰らおうとした。


ウルマの世界を取り込み、すべてを再構築し、自らの理想郷を作り直そうとした。


ウルマは立ち上がった。


自らの世界に生きる生命たちの力を結集し、ザハトから世界を守った。


人も、獣も、精霊も、名もなき小さな命も。


世界に生まれたすべての力が、ウルマのもとに集まった。


戦いは長く続いた。


空は裂け、大地は砕け、海は沸き、星の光さえ歪んだ。


それでもウルマは退かなかった。


ザハトを止めなければ、世界は喰われる。


この世界に生まれた生命たちの未来が、すべて奪われる。


長い戦いの末、ウルマはついに勝利を掴みかけた。


ザハトを討てる。


世界を守れる。


その瞬間だった。


ザハトの断末魔の絶叫が、ウルマの手を止めた。


それは怪物の咆哮ではなかった。


かつて共に祈った者の声だった。


同じ村で育った者の声だった。


夫婦となり、互いを高め合い、神の座へと上がった者の声だった。


楽しかった頃の記憶が、ウルマの胸に蘇った。


小さな村で祈った日々。


人々を救えた時に笑い合ったこと。


神の座へ上がり、それぞれの世界を任された時に語り合った希望。


自分たちなら、きっと良い世界を作れると信じていたあの瞬間。


あの頃のザハトは、確かに人を救いたかった。


世界を愛していた。


正しくあろうとしていた。


それを、ウルマは知っていた。


知っていたからこそ、刃を下ろせなかった。


ウルマは、とどめを刺せなかった。


それどころか。


ウルマは、ザハトを受け入れてしまった。


その選択は、ウルマの世界の者たちにとって裏切りだった。


世界中から絶叫が上がった。


やめろ。


受け入れるな。


それはもうザハトではない。


それは世界を喰らう蛇だ。


それは災厄だ。


それは、神ではない。


だが、どうにもならなかった。


ウルマはザハトを拒めなかった。


神の慈悲が。


夫婦としての情が。


過去の記憶が。


世界を守るための最後の一撃を鈍らせた。


そして、二柱は混ざり合った。


ここに、ザハト=ウルマが誕生した。


それは救済でも融合でもなかった。


秩序と自由。


支配と許容。


理想と混沌。


神の愛と神の狂気。


相反するものが一つに混ざり合った、歪な神だった。


ザハト=ウルマは、元の世界への回帰を図った。


自らが生まれた場所。


二人が人として育った、最初の地球。


だが、その地球はすでに神の手を離れていた。


創造神は去り、世界は人の時代へと移っていた。


そこに残されていたのは、神ではない。


神が世界を去る時に置き残した、ただ世界律を維持するための代行者たちだった。


彼らは、ザハト=ウルマを観測した。


そして拒絶した。


それは救済者ではない。


世界を喰らい、混ぜ、再構築しようとする異常である、と。


ザハト=ウルマは、地球へ完全には入れなかった。


だが、完全に弾き返されたわけでもなかった。


喰われた世界の残骸。


ウルマの世界の裂け目。


ザハトの狂気。


混ざり合った神の残滓。


それらは、地球の世界律に触れたまま、境界に引っかかった。


世界と世界の狭間で、歪みが生まれた。


本来なら存在してはならない穴。


神の失敗と、神の情と、神の拒絶が重なった傷。


後に人類は、それをこう呼ぶことになる。


ダンジョン、と。



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