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56 ウィルの魔法講座

「ウィルって雷属性でしょ?火属性の発動イメージなんて分からないでしょう」


 同じ魔法属性の人間から教えてもらうのがセオリーとなっているため、ユフィの疑問はもっともである。


「確かに属性は違いますが、助けになるアドバイスができるかもしれません。というのも、俺もユフィと同じように、魔法を教わった当初はうまく扱うことができなかったんです。しかも、自分の場合は魔法が発動すらできませんでした」


「それは私より深刻ね......。どうやってその課題を克服したの?」

 

「魔法発動のイメージを作るアプローチを変えることで解決しました。同じ方法を試せば、ユフィも魔法の制御ができるようになるかもしれません」


「違うアプローチって具体的にはどんな方法なのよ?」


「魔法の結果引き起こされる事象を、自分の中で物理的な現象として解釈するという方法です」


「???」


 俺の説明がかなり抽象的だったためか、ユフィは混乱してしまったようで、困惑の表情を浮かべている。


「例えば自分の場合は、魔力というエネルギーを用いて『対象物へ向けて大量の電荷を移動させるという現象を引き起こす』具体的なイメージを作ることで、雷魔法を発動することができるようになりました」


 上手く具体例を混ぜて説明したつもりが、結果的に知識が無いと理解できない内容となってしまったことに、俺は発言しながら気づいた。


「......ウィルが何を言っているのか、正直さっぱり分からないわ」


 案の定、理解不能といった様子のユフィを見て、俺はもう少し順を追って説明することにした。


「すみません。例えるのが難しくて......。俺が言いたいのは、ただ漠然と魔法で引き起こす現象をイメージするのではなく、その現象がどういった原理で引き起こされているのかを考えるということです」


「原理って言われても、正直良く分からないわ」


 彼女は未だにピンと来ていないようだった。


「例えば、ユフィは『物が燃える』という現象について、その裏に何が起きているか知っていますか?」


 例として丁度良いため、俺は燃焼という現象についてユフィに教えることにした。


「何か起きているって......。ただ熱くなった結果、物が燃えているだけじゃないの?」


「実は『燃焼』という事象の裏には『酸化反応』という現象が隠れています。酸素と燃料となる可燃物が結びつき、別の物質に変化するという酸化反応が、激しく起こった結果が燃焼という事象なのです」


 ユフィが知らないであろう単語がいくつか出てきてしまったため、補足説明しようとすると、先に彼女から質問が飛んできた。


「酸素って何よ?聞いたことも無いわ」


「酸素とは、俺たちが呼吸することで、体の中に取り込んでいる空気中の物質の一つです。人間が呼吸できなくなった場合、窒息して死んでしまうのは、この酸素という物質を取り込むことができなくなるからです」


 この世界は科学が十分に発達していないため、酸素という物質自体は発見されていないのだろう。


 ただし、人間が生きる上で空気が必要であるということは直観的に理解できるはずなので、それを利用して俺は酸素という物質についての説明を試みた。


「ユフィ、空のガラス瓶を持っていたりしませんか?」


 俺の説明を自分の中で消化している様子の彼女に、今度は俺が質問した。


「ええ、ポーションの空き瓶なら持っているけれど、何に使うの?」


 そう言いながら彼女は腰に下げたポーチから、魔力ポーションの空き瓶を取り出してこちらに手渡してきた。


「ありがとうございます」


 空き瓶を受け取った俺は、懐から火打石と木くずを取り出し、それらを使って火種を作り始める。


「物が燃えるためには、三つ必要な要素があります。一つは点火するためのエネルギーです。今回はこの火打石を使うことで、点火のためのエネルギーを作り出します」


 火打石によって飛び出た火花が木くずにかかり、煙が出ることを確認した俺は、ゆっくりと息を吹きかけて火種を作ることに成功した。


 続けて、俺はランタンのために持っていた蝋燭を腰のポーチから取り出し、火種に近づけて火を着けた。


「二つ目に必要になるのが、燃料となる物質です。蝋燭の場合は、このロウが熱で溶けて液化した後、さらに加熱されて気化することで、火が燃え続けるための燃料になっています」


「なるほど。蝋燭のロウってそのために必要だったのね」


 蝋燭に灯った火を二人で見つめながら、俺は説明を続けた。


「最後の三つ目の要素というのが、先ほど説明した酸素です。この酸素は燃焼という現象が起きている間、常に燃料と結びつく反応を繰り返しています。ユフィ、突然ですがここで質問です。このガラス瓶を蝋燭に被せて周囲の空気を密閉すると、どうなると思いますか?」


 俺は蝋燭を地面に突き刺し、その周りの空間が密閉されるようにガラス瓶を蝋燭の上に被せる準備をする。


「......酸素という物質が、燃焼することで別の物に変化することを考慮すると、瓶で周囲の空気を囲った場合、一定の時間が経過すると空気の中にある酸素を全て消費してしまって、火は消えてしまうのではないかしら?」


 ユフィは想像以上に賢く、俺の拙い説明を完全に理解しているようである。


「正解です。説明した三つの要素のどれかが欠けてしまうと、火は消えてしまいます。ユフィは最初の火を起こすという部分はできているようなので、残り二つの燃料と酸素の部分を制御するイメージを持つことで、魔法が上手く使えるようになるかもしれません」


「酸素は何となくイメージできたけれど魔法の場合、燃料は何に相当するのかしら?」


 ユフィの質問に、俺は少し考える。おそらくこの手法で火属性魔法の発動イメージを形成する上で、核心となる部分だろう。


 答えの無い質問であるが、考えた末に彼女がイメージしやすいように具体例を挙げながらアドバイスすることにした。


「そうですね......。例えばこのロウが気化したような、燃えやすい気体に魔力を変換して、それを制御するイメージすると良いと思います」


「......なるほど。試してみるわね。暴発した時、危険だから少し離れていなさい」


 俺の説明に納得したのか、彼女は早速触媒が付いている剣を鞘から抜き、魔法陣を描画し始めた。


『我、天より(ほのお)を賜る者なり。終える者よ 我に苦難の道を照らすための灯火(ともしび)を与えたまえ。《火球》』


 詠唱の後、彼女の前に描画された魔法陣から、拳大の火の玉が出現した。


 その火の玉は、暴発することもなく安定した形状を保ってそこに浮かび続けている。


「すごい......。本当に制御できた......」


 初めて制御した状態の魔法発動に成功したからか、ユフィは感慨深い様子でその火の玉を眺めていた。

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