……隆
隆の退院は結局年明けとなった。その後も定期的に通院を続けている。一人では生活も難しいので、退院後は実家に戻っていた。結局左手は麻痺が残り、まともに動かすことはできない。
医者は「リハビリ次第」とは言っていたが。右手は、手首を粉砕骨折していた。日常生活に支障はないが、可動域が著しく狭まっていた。その後、徹のことは不明のままだ。やはりあそこで焼死したのか。
(レストランは予約したし、その、ホテルも)
(いや、気になるな。もしかしたら行方不明の老人かもしれない)
徹は底抜けのお人好しだった。自分が遅刻しそうな時でも、道に迷っている人に声を掛けるような……。
あの時、自分が止めていれば。この後悔を何度繰り返しただろうか。
(行方不明の老人かもしれない)
徹が言った言葉が、いつまでも耳に残っていた。
あの時、自分たちで行動せずに警察を呼べばよかった。
無理矢理にでも、その場を離れればよかった。
殴ってでも、止めればよかった。
答えの出ない後悔が、頭に浮かんでは消えていく。
歩行者用の青信号が点滅していた。
止まっていた車が一斉に動き出す。その車列の中に、見覚えのある一台が紛れていた。
「徹!?」
思わず声に出ていた。青いシビックが目の前を通り過ぎていく。隣のカップルが不思議そうにこちらを見てきた。あれ以来、青いシビックを目にするたびに、徹が乗っているかもしれないと錯覚してしまう。
信号が再び青に変わる。待っていた歩行者が、一斉に歩き出していた。スマホを取り出して、GoogleMapを開く。目的の家まで、もう直ぐだった。
◇◇◇◇◇
目の前にあるのはごく普通の一軒家だった。だが、薄曇りの天候と相まって寒々しい雰囲気がある。今日は、徹の彼女の家を訪ねてきていた。あの時、後部座席にあったプレゼント。あれを徹の代わりに渡そうと思っていた。
ドアのチャイムが鳴り響き、顔を覗かせた彼女はひどく驚いていた。
ずっと、どう話しかけたものか考えていたが、ストレートに言うことにした。自分には徹のまねはできない。
「これ、徹があなたのために買ったものです……あいつ、クリスマス楽しみにしていたから……」
そう言ってアクセサリーショップの袋を彼女に渡すと、寂しそうな顔をしてそれを両手で受け取っていた。
「……まだ、実感がないんです。彼がいなくなったことに……」
それは自分だって同じだった。実感などない。車が止まる音がすると、徹がいつものように青いシビックで来ている。そんな妄想にかられて、毎回窓から道路を見てしまっていた。
「……俺もです」
しばらく二人で何も言わずに立ち尽くしていた。その沈黙に耐えきれず、口を開いた。
「……じゃ、これで」
そういうと、彼女は何かを思い出したような顔をした。
「あの……、ちょっと待ってください。聞いて欲しいものがあるんです」
そういうと、家の中に消え、自分のスマホを持って再び現れた。
「……これ、留守番電話が入っているんですけど、一緒に聞いていただけますか?」
彼女がスマホの画面をタップすると、僅かなノイズが数十秒程度再生された。
「……これが、何か? 雑音しか入っていないようですけど?」
「……もう少しボリュームを上げます……」
ボリュームをあげると、雑音にまじって僅かに聞こえた、聞き覚えのある声。
「………たすけ……」
<やっぱり熊が好き 完>




