それで? 私たちは何をすればいい?
併合記念日を明日に控える昼前。1件目の事件の後、ノオたちと別れたフロントと先輩は夜半の凱旋へ戻った。
「え!? 犯人はヴィヴなのか!? あつっ……!」
朝飲みそびれたコーヒーを淹れようとしていた先輩はフロントの言葉に驚き、お湯を自分の手に注いでしまった。
「確信はありませんが、おそらく……大丈夫ですか? 氷……あ、昨日全部使っちゃった」
フロントは先輩の手を冷やすものを探した。
「いい、いらん! でも、ヴィヴさんは車椅子だろ?」
「靴底がすり減っていました。車椅子はフリでしょう。ヴィヴには見張りをつけることにします……あ、これいける」
「まじか……ちょっと信じられないけど……じゃあ、どうしてエブソンを? 確かにあいつはクソ野郎だったが……って何すんだよ!?」
ひやりとした感触に先輩は驚いた。フロントが昨日とれたての鮮魚を先輩の手に押し当てていた。
「これしかないんですよ……大丈夫、新鮮だから」
「なにが大丈夫なんだよ! 大丈夫じゃねえよ!」
「……あんたたち何してんの?」
店の女の子たちが、鮮魚を押し付け合うフロントと先輩の様子を怪訝な顔で見ていた。
「何でもないよ……あ、できた?」
「うん、ばっちり! あれもきっちり仕込んでおいたわ!」
いつの間にか店内には甘い匂いが立ち込めていた。シナモンとバターの香ばしい香り、それからりんご……焼き菓子のようなものをフロントは受け取った。
「おいしそうだ、ありがとう……では先輩行きますよ!」
「は!? 今!? コーヒー飲む時間は!?」
「ありません」
先輩は、またもコーヒーを飲みそびれた。
***
フロントと先輩が向かったのは憲兵隊屯所だった。
入り口の警備員はフロントから何かを受け取り、2人を中へ通す。
屯所内は併合記念日の準備と事件の捜査で慌ただしい雰囲気だった。
「お疲れ様です、隊長」
「ん? お前は確か……夜半の凱旋の黒服じゃないか? こんなところで何してる?」
昼の交代時間なのか、隊長、副隊長、20名ほどの憲兵が詰めていた。
フロントは渾身の営業スマイルを繰り出した。
「はい、市長からの依頼で参りました。お召し物を預からせていただきます」
「市長? どういうことだ?」
「おや、ご存知でない? なんでも明日の式典はショウ・イューロット殿下にご臨席賜るので美しい装いで臨むようにと、クリーニングの回収を承っております……まぁ当然でしょうね、イューロット一族の前で粗相があっては大変だ! ……そういうわけですので、ご協力お願い致します」
フロントと先輩は並んで敬礼をして見せた。
「確かにそうですね。殿下の御前に、こんな薄汚れた隊服では失礼にあたります! ねぇ、隊長!」
副隊長はそう言って、フロントに目配せした。
「そ、そうだな……たしかにそうだ! おい、お前たち! 隊服を預けろ!」
「感謝します。それと……心ばかりの品ですが、ぜひお受け取りください」
フロントは、まだ温かさの残るアップルパイを隊長に渡した。
美味しそうな匂いが疲れた憲兵たちの腹の虫を刺激する。
「私たちのために身を粉にして働いてくださっている憲兵の方々を少しでも労いたいと、うちのスタッフが焼きました。たくさんありますので、みなさんもどうぞお召し上がりください」
「アップルパイですよ、めずらしい! 隊長、いただきましょう!」
「うむ……そうだな! よし、お前たちも食え!」
副隊長に促され、隊長と他の憲兵たちは嬉しそうにアップルパイを頬張っている。
フロントはその様子を見届け――
「君は食べるなよ」
副隊長に耳打ちした。
「それでは、これで失礼します。また、御用の際はなんなりと夜半の凱旋にお申し付けください」
フロントと先輩は両手いっぱいに洗濯物を抱え、憲兵隊屯所を後にした。
「アップルパイに何入れたんだ?」
「知りたいですか?」
「いや、いいわ……」
フロントの無邪気な笑顔を見て先輩は憲兵たちに同情した。
「っていうか、台車くらい用意できなかったのかよ。重いし臭いし汚いし……」
「文句言わないでください。あ、そうだ先輩、これの用意をまたお願いします」
フロントは文句を言う先輩の手に何かを渡した。
「ん? あー……じゃあ俺ちょっと養豚場に寄るわ! ってことで、これ頼むな!」
そう言って先輩は嬉しそうに自分が持っていた洗濯物をフロントに押しつけた。
「え、あ、ちょっ重っ……! っていうか赤インクでいいですよ先輩! むしろ赤インクがいい!」
「赤インクって……お前なめてんのか馬鹿野郎……そんないかにもな感じ……」
先輩はブツブツ言いながら足早に行ってしまった。
フロントは重いため息をつき、ヨタヨタと夜半の凱旋へ向かった。
***
「先輩が拉致された!?」
ノオたちの監視役から報告を受け、フロントはアイロンをかける手を止めた。
昼下がり。夜半の凱旋はクリーニング屋に様変わりし、アイロンの熱気に包まれ汗ばむような暑さだった。
「この忙しい時に、あのグズ……」
「ほっときゃいいわよ、殺されはしないでしょ?」
女の子たちはアイロンをかける手を止めなかった。先輩に辛辣なのは、暑さでイライラしているせいだと思いたい。
「でも……あの妙な異国人たち、どうしてフロントを探しているのかしら? ちょっと調べれば、10年前に死んでることなんてすぐわかるはずよね?」
「フロントが死んだなんて信じたくない……! っとかそっち系じゃない?」
「それなら知り合いということになるわね? 10年前って言ったらフロントは13歳とか……?」
「初恋の男の子とかじゃない!? いまだに忘れられない甘酸っぱい恋なのよ! ねぇ、フロント覚えてないの!?」
勝手な妄想で盛り上がる女の子たちはフロントに答えを求めた。
「覚えてない……っていうか、会ったことない人だよ」
「あらそう、じゃあ謎は深まるばかりね……でも、彼女もしかしたら……」
「いや、まだわからないわよ。まぁ……敵でないことは確かよ」
「えぇ、それはそうね」
「え? なに? どうしてそう言い切れるの?」
不思議そうな顔をするフロントに女の子たちはにんまりと笑ってこう言った。
「女の勘」
フロントは首を傾げながら先輩を迎えに行った。
***
「犯人を庇おうとしているね」
併合記念日前夜の路地裏、2件目の事件の後、フロントはノオに問い詰められていた。
路地裏の薄暗い街灯はチカチカと点滅し、フロントの胸はざわめいていた。
ノオは全てをわかっている。自分の全てを。
なぜだかは分からないし、敵なのか味方なのかも分からない。そしてダンの刑がいつ執行されるか分からない今、それを考えている時間もない。
「……女の勘を信じるか」
小さくつぶやいて、フロントは憂いを帯びた紺青の瞳に向き合った。
「勘違いしないでください」
フロントはノオの言葉に反論した。
「俺は俺の目的のために動いてる――その上で犯人は非常に利用価値がある。だから死なれては困る、それだけです。ダンを助けるのは単純に金のためです。いい金蔓ですからね。そして俺が”犯人役”になるのは……」
「もういいわよ!」
クインがフロントの話を遮って、ため息をついた。
「なるほど……だんだん分かってきたわ。あんた、めんどくさいタイプね」
めんどくさい……クインの言葉に先輩は噴き出し、フロントは少し傷ついた。
「ぐだぐだ長い建前はいいから早く本題に入れ」
ぐだぐだ長い……オージの言葉に先輩は笑いを堪えきれなくなり、フロントはさらに傷ついた。
「それで? 私たちは何をすればいい?」
ノオの言葉にフロントは考えるのをやめた。
ノオ、クイン、オージ。頼れる協力者を得た。
その時、遠くの方で微かに笛の音が聞こえた。憲兵隊のものとはまた違う笛の音。
「その前に……どうやら犯人が動き出したようですね」
それはフロントへの合図だった。
「行きましょう、犯人が最後に狙うのはショウ・イューロットです」
フロントたちは迎賓館へと急いだ。
月がきれいな夜だった。
優しく黄色に光る月は、寄り添うような安心感をもたらしてくれる。
なにが事実か。どこからが虚構か。
では引き続き真実を遡るとしよう。




