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うん、分かってた

 

「何しにきたの……?」


 併合記念日前夜、迎賓館の入り口が見える建物の影にヴィヴは身を潜め、ショウ・イューロットの到着を待っていた。

 迎賓館の周りには何人もの憲兵が巡回し、厳戒態勢が敷かれている。

 ショウ・イューロットを狙うのは、あまりにも無謀といえる。

 

「止めに来たよ」


「はっ……死にたいの?」


 ヴィヴの凄まじい殺気にあてられ、フロントは夜風の冷たさを背中に感じた。

 ヴィヴの仲間たちがフロントたちを取り囲み銃を突きつけた。


「消えて。あいつを殺して、すべてを終わらせる。エブソン、元市長、ショウ・イューロット……奴らが10年前の事件を引き起こして、クレドたちを死に追いやった!」


 怒りに震えるヴィヴをフロントは黙って見ていた。


「……驚かないんだ? ……そうよね……かしこいあんたは全部分かってる……全部……」

 

「うん、分かってた」


 そう言った瞬間、フロントはヴィヴに胸ぐらを掴まれ壁に押し付けられていた。


「分かっていて何もしないの? あんたはそれでいいの?」


 ヴィヴの瞳孔は開き、呼吸は速く浅くなっている。

 ヴィヴの怒りを受け止め、フロントは静かに口を開いた。


「復讐が無駄だとは言わないよ。ヴィヴのことだ、失敗はしないだろう……だけど、その後は? ショウ・イューロットを殺した後。この街……いや、この国はイューロピア帝国を敵に回すんだよ?」


「それがなに!? 知らないわよ、この街の人間のことなんて! 奴らはイューロピアにクレドたちのことを売ったのよ! 当然の報いじゃない!」


 ヴィヴの目に大粒の涙が溢れていた。


「すべて消えてなくなればいい……イューロピア万歳、併合記念日万歳……あれを聞くたび、そう思っていたわ……!」


 怒りと、悲しみと、憎しみの涙……ヴィヴの痛みが闇に降るのをフロントは見ていた。

 そして、視線を落としたまま話し始めた。

 

「……この街の人は親父たちを売ってないよ」


 ヴィヴの胸ぐらを掴む手の力が少し緩んだ。

 

「は……? 何言ってるの?」


 フロントは10年前を少し思い返していた。

 瀕死の重体で病院にいたヴィヴは知らない。

 仲間が次々と殺され疑心暗鬼になる中、イューロピアは容赦なく街に火を放った。

 テロリストを匿っている罪、国家反逆罪による粛清として。

 

「確かに、街の人は限界だった。追い詰められていた。いずれは、()()したかもしれない……だけど、あの時言い出したのは親父だ。街の人じゃない」


 苦悩する親父たちを俺は見ていた。見ているだけだった――


「親父もまた追い詰められていた。”街の人がクレド・アレイを売った”っていう事実と自分の命がこの街を救える唯一の方法だと考えたんだ」


 親父はそれが最善だと選択した。


「カイたちは『クレド一人に背負わせない』って、共に死を選んだ」


 結果、街の人は助けられたが、大切な仲間を道連れにした――

 

「黙ってろって言われてた。自ら犠牲になったなんて知ったら、この先ずっと負い目を感じながら生きていくことになるからって……」


 フロントは胸ぐらを掴むヴィヴの手を掴み返し、まっすぐに彼女を見た。


「だけど、わかってるんじゃないかな? イューロピア万歳、併合記念日万歳……あれを聞くたび俺は、街の人が自分にそう言い聞かせてるように感じるよ。そうでなければならないって……死んでいった人たちへ報いるためにって……」


 ヴィヴの手にはもう、ほとんど力が入っていなかった。

 フロントの手と瞳は熱を帯びる。

 

「復讐が無駄だとは言わないよ。だけど、その後は? ショウ・イューロットを殺した後。ヴィヴはきっと死ぬつもりだろうし、ウーバはイューロピアに滅ぼされる。全てなくなる。親父たちが命をかけて守ろうとしたもの、全て」


 はらはらと落ちる涙は、とどまることを知らない。

 

「……だから、ショウ・イューロットを殺すなって言うの?」


 声を絞り出して尋ねたヴィヴにフロントは答えた。


「殺すなとは言わないよ」


 フロントはヴィヴの頬を伝う涙を拭い、微笑みかけた。


「ただ一旦考えてほしい。今殺して、全てを終わらせるか。俺と一緒に、10年前の続きを始めるか」


 風が吹き抜けた。

 フロントの唐突な提案に、ヴィヴは感情が追いつかない。


「は? 何……続き……?」


「そう、続き。10年前()()()が始めたんだ。それは俺たちがやり遂げるんだよ。それが生き残った奴の責任だ」


 ――一緒に戦った仲間はみんな死んだ。


「勝手に死ぬなんて許さないよヴィヴ。その責任、俺だけに押し付けるつもり?」


 ――希望と期待と自由の青い旗はもうどこにもない。

 

「……革命を起こそうとでもいうの?」


 ――光に満ちた未来を信じていたあの頃には戻れない。

 

「革命だなんて、そんな大それたことは思ってない」


 感情のない、冷たく凍りついた声がヴィヴの問いに答えた。


「ただ、イューロピアをぶっ潰す……それだけだよ」


 そこにいた全員が身震いしたのは、夜風が冷たくなってきたせいなのか。

 フロントから放たれる静かな殺気のせいなのか。


 イューロピアをぶっ潰す。

 クレドと同じ琥珀色の瞳は、はたして同じ光を宿しているのか。


 月明かりも届かない暗闇があった。

 

「わかりやすくていいわ」


 ヴィヴはフロントを解放した。


「やるからには、必ずやり遂げる。今度こそイューロピアをぶっ潰すわよ」


 ヴィヴの涙はすっかり止まっていた。


「そうこなくっちゃ」


 フロントはニヤリと笑い、右手の指を弾いた。

 パチンと音が鳴ると同時に、ゾロゾロと何かが運び込まれる。


「計画より10分押しなんで、詳しく説明してる時間ないんですけど……とりあえずこれに着替えてください! そちらの……ヴィヴのお仲間の方もお願いします! 急いでください!」


 訳がわからないノオたちに、フロントはせかせかと何かを渡して回った。

 

「なにこれ? 憲兵の制服? ……ってか丈が短いんだけど」


「文句なら、あなたをスタイル良く産んでくださったお母様にお願いしますクイン。……オージ、逆です! そう、そっちが前で……ノオは大丈夫そうですね」


「……これで、何をするの?」


 憲兵の制服に身を包んだノオは、てきぱきとオージの着替えを手伝うフロントに尋ねた。


「ヴィヴには一旦死んでもらいます」


「!?」

 

 フロントは拳銃の弾を見せた。

 

「血糊弾です。この弾でヴィヴを殺してもらいます」


「そんなのすぐバレるだろ……」


「心配いりませんよオージ。迎賓館の警備にあたってる憲兵たちは謎の食あたりに遭い、すでにこちらの手のものと入れ替え済みです。他にも協力者がいるので、彼らがフォローしてくれます。まぁ、あなた方がよほどの大根である場合は話が変わってきますが……」

 

 腕を組み、しばらく黙って様子を見ていたヴィヴは眉をひそめた。


「あんた……ほんとうに、全部わかっていたわけね……」


 ヴィヴの方へ振り返りフロントは答えた。


「うん、分かってた」


 月明かりが含みのあるフロントの笑顔を照らす。

 ヴィヴは深いため息をついた。



 ***



「アーチー・スミス……?」

 

 迎賓館に到着したショウは市長から犯人について報告を受けていたその時――

 警笛がけたたましく鳴り響いた。

 憲兵たちを次々となぎ倒し、もの凄いスピードで何かが近づいてくる。


「ショウ・イューロットォォオー!!!」


 ショウを見つけたヴィヴは鬼の形相で突っ込んできた。

 応戦する憲兵たちを次々となぎ倒していく。


「ば、化け物だ! 殿下っ! お逃げください!」


 辺りにいた憲兵を粗方片付けたヴィヴは、銃口をショウに向けた。

 引き金を引く指に力が入る……

 寸前で3発の銃弾がヴィヴを止めた。

 ヴィヴは、その場で倒れ生臭い液体が地面に流れた。

 

「ご無事ですか殿下!」

「殿下! さあ早くこちらへ……!」


 増援に来た偽憲兵たちが、ショウを急いで遠ざける。

 体に仕込んだ血糊パックがヴィヴとその周りを真っ赤に染めていく。出血大サービスが過ぎる。


「申し上げます! この女こそ一連の事件の犯人であると思われます!」

「怪しい者たちがいるとの通報を受け繁華街から少し離れたところにある廃屋を捜査していたところ、この者の犯行を裏付ける証拠を発見しました!」


 偽憲兵たちはショウの公務の日程表や迎賓館の地図、エブソンと前市長に関する資料、ヴィヴが持っていた銃などの証拠を見せた。


「さらに、この女は10年前のテロリストの残党であります!」


 別の偽憲兵の言葉に、とりわけ驚きもせず他人事のように今まで傍観していたショウが興味を示した。

 

「顔を見せろ」


「え、あ、はい!」


 ショウに、血まみれのヴィヴの顔を見せた。偽憲兵たちに緊張が走る。


「ヴィヴ・マックイーン……」


 そう呟きショウは、冷たく笑った。


「憲兵隊屯所の監房へ行く」


「はい? どうして……? あ、殿下!」


 驚く市長を置き去りにショウは公用車に向かう。

 憲兵隊屯所へ向かい走り去る車を憲兵に扮したノオたちは見届けた。


「うまくいったか……?」

 

 生臭い風を感じながら、偽憲兵たちは胸を撫で下ろした。


 

 ***



 憲兵隊屯所の官房でフロントとの()()を終えたショウは、迎賓館へ戻って行った。

 石の床を歩くカツン、カツンという音が聞こえなくなったことを確認したフロントは、格子に手をかけダンに話しかけた。


「ちょっと、ダン! 「愛しているんだな?」なんてセリフ台本にはないでしょう!? 急なアドリブは困りますよ!」


「なにがだ? ”大切な同志”より”愛する人”の方が説得力あるだろ? だいたいお前の字……これはなんだ暗号か? 読めねぇよ」


 フロントは字が汚いようだ。


「それはすみません……ですが、ヴィヴのことはその……」

 

 フロントは口ごもる。


「本当のことは嘘にできないか」


「……どういう意味ですか?」


「お前は案外、年相応のガキだってことだ」


 年相応のしかめ面で黙り込むフロントに、ダンは笑った。


 遠くの波音がかすかに聞こえる。

 フロントは格子にもたれながらダンに話しかけた。


「ショウは俺が望むことはしません。今回の場合、俺が”犯人役”として犠牲になり、この街とヴィヴを助けることが俺の望みです。ですから、必ずそれを邪魔する……と考えています」


 和やかな雰囲気で忘れがちだが、2人は明日処刑されるかもしれない。


「ですがもし、俺が思うように事が運ばなかった場合の話ですが……」

 

「別にかまわねぇよ」


 即答するダンにフロントは驚いた。


「死んでもかまわないと?」


「そうじゃねぇよ。プランBの話だろ? 説明しなくても別にかまわねぇよって意味だ。お前を信じる」


 ダンは欠伸をしている。


「信じる? 自分の命がかかっているのに、昨日会ったばかりの人間を信じるというのですか?」

 

「あぁ、お前はパチャダオライスを信じてくれたからな」


「それだけで? 俺が金の為に話を合わせた、とは考えないのですか?」


「あぁ、信じる」


 素直なダンを素直じゃないフロントは、理解できない。


「だが……ひとつだけ聞いてもいいか?」


「えぇ、どうぞ!」


 ダンは牢屋の天井をぼうっと眺めながらフロントに問うた。

 

「お前、どうして止めなかった?」


 てっきりプランBの質問がくると思っていたフロントに、ダンは想定外の質問をした。


「……止める?」


「2件目の殺しだ。あれは止められたはずだろ? なのにお前は止めなかった」


 1件目の犯行はフロントにとって予期せぬものだった。そこでヴィヴの犯行に気づいたフロントは、ヴィヴの監視をつけた。監視だけ。

 

 冷たい夜風が小窓から流れ込む。


「止める必要がありますか?」


 フロントの答えは冷たく響く。


「……そうか」

 

 フロントの答えを聞いたダンは床に寝転がり、静かになった牢でフロントは物思いにふけっている。

 

 束の間、隣の牢からいびきが聞こえてきた。

 

「この状況で……」

 

 明日もしかしたら死ぬかもしれないというのに。フロントはダンに感心した。その豪胆さに。

 そして色々考てる自分が、急に馬鹿馬鹿しくなってきた。

 

 夜は少し寒い。

 憲兵隊屯所にある監房の小窓からただ星を眺めて、フロントは朝を待った。

 

 なにが事実か。どこからが虚構か。

 真実が見えてきた。


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