私たちと一緒に旅をしませんか?
雲ひとつない青空のもとウーバの10回目の併合記念日を皆が祝福し、式典は無事閉幕した。
ダンは解放され、"犯人役"のヴィヴは死に、ウーバはイューロピアの粛清を免れた。作戦はうまくいったと言えるだろう。
ハフナーの街には平和な午後が訪れていた。
一仕事終えた面々は夜半の凱旋に集った。
「ダンを助けてくれてありがとう。約束の報酬」
そう言ってノオはキャリーケースいっぱいの札束をテーブルに広げた。
「えぇぇっ!?」
フロントをはじめ、夜半の凱旋スタッフは驚いている。
「なに、ふっかけたのはそっちでしょ? それとも……別の報酬が良かった?」
ノオはフロントに問いかけ、チラリとオージの方を見た。
「……?」
オージはきょとんとしている。
またも何かを察しているノオにフロントは軽くため息をついた。
「頂戴いたします」
「うん。じゃあ、ようやく本題に入れるね」
ジュークボックスから流れるBGMだけが音を奏でている。
ノオはフロントの方へ紺青の瞳をまっすぐに向けた。
「フロント・アレイ。私たちと一緒に旅をしませんか?」
思いがけないノオの誘いに、フロントは一瞬思考が止まった。
「旅……?」
「そう、世界を正す旅」
——向かい合う2人。以前にもそんな光景があった。
「世界には誰が決めたものでもない”正しさ”がある――それを私は知っている。だから世界を正す」
遠い昔……いや、それは未来なのかもしれない——
BGMだけが音を奏でている。
「なんか、やばいやつらなんじゃねぇの?」
異国人たちに”怪しさ”を感じ始めていた先輩が、フロントに近づき言った。
「ようするにだ……」
ダンが動いた。
「パチャダオライスがある世界と、パチャダオライスがない世界。2つの世界がある。正しい方の世界は言わなくてもわかるよな? 世界をそう正す。って意味だ」
ようするにの説明に満足げなダンだったが、フロントたちにいっそうの混乱を招いた。
「あんたは黙ってなさい」
クインが、ダンの首根っこを掴み引きずっていく。
「何かがある世界と、ない世界。何かが起こる世界と、起こらない世界。誰かが死なない世界と、死ぬ世界……」
ノオは静かに話し出した。
「革命が成功しクレド・アレイは英雄と呼ばれ、ウーバから革命の波は世界中に広がりイューロピアが滅びるまでに至る世界と、革命が失敗しクレド・アレイはテロリストと呼ばれ、イューロピアの支配はますます大きくなる世界……」
フロントの心臓が大きく1回、波打つように動いた。
「何を言ってるのか……わかりません」
「本当に? そう考えたことはない?」
「……」
ノオは探るようにフロントを見た。
フロントのこめかみを汗が伝う。
「心臓を揺らす轟音」
「空を切り裂く閃光」
「大地は大きく震え、辺り一面は自然にかえった」
ノオはイューロピア帝国史の冒頭を唱え始めた。
「青い光は体を這い」
「我こそが選ばれし者――」
不思議な光景だった。
ノオの体には青く光る模様が浮かび、紺青の瞳は光が反射して、吸い込まれるような青をしていた。
その神秘的な様子に先輩たちは目と時間を奪われた。
フロントの心臓はうるさく動いている。
頭の中で組み上がっていく答えに、たどり着く事を急かすかのように。
「10年前に、この世界は一度変わってしまった」
ジュークボックスが最後の一曲をかけ終え、店内には静けさが訪れた。
ノオの言葉を最後に、沈黙はしばらく続いた。
「そうだとすると……筋が通る——」
琥珀色の瞳が強く光る。
フロントの中で何かがつながった音がした。
***
厨房の奥には地下へ続く階段があった。
狭く薄暗い照明の階段を降りて、フロントは埃っぽい地下室へノオたちを案内した。
本棚が部屋の大半を占め、さらに入らない分の本は大量に床に散らばっている。
雑然と置かれている何に使うかわからない小物。
壁一面のエビデンスボードの写真や資料、新聞の切り抜きはイューロピア関連のものが多い。
その中にはオージの写真もあった。
「10年前、見知らぬ男から手帳を渡されました」
フロントは書斎机の引き出しから黒い手帳を取り出した。
「手帳の持ち主は歴史学の研究者らしく、中にはある研究対象と、そのありかを示す暗号が書いてありました……どうやら……これもご存知のようだ」
「まぁね。で? 暗号は解けたの?」
ノオは話の続きを急かした。
「えぇ、もちろん。書いたのは俺ですから」
「……」
フロントは部屋の明かりを追加した。
おかげで、先ほどよりお互いの表情がよく見える。
「昔、自分の字の汚さを利用して自分にしか読めない暗号を作ったんですよ。これを使えるのも、読めるのも俺だけ……この手帳にはその暗号が使われている」
パラパラと手帳を見ながらフロントは続けた。
「手帳の持ち主は俺。歴史学の研究者で、ある研究対象を探している——」
フロントはノオを見た。
答え合わせをするように。
ノオは静かに話し始めた。
「……あんたと初めて会ったのは私が14歳の時。28歳のあんたが研究していることに、力を貸してほしいって言われたのがきっかけだった」
紺青の瞳は強く光る。
「私は、今から3年後の未来から来た」
すり合わされた答えは、フロントが考えるものと同じだった。




