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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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枝を折る朝

 朝のヴェルンは、少しうるさかった。昨日までの息をひそめる静けさが嘘みたいに、まだ淡い空の下で鎧の鳴る音と人の声が重なっている。そんな中、階下からヴァルターが呼んだ。


「起きてるか」


「起きてます」


 返事をした瞬間、隣のベッドでリヴも身を起こして眉を寄せた。


「……体、重い」


「そりゃそうだろ。昨日はあんだけ無茶した」


 それでも昨夜より顔色はいい。胸元を押さえる癖は残っているが、目はまだ折れていなかった。


 階段を降りると、店の中はもう朝の戦場だった。パンの山に、大鍋のスープ。出発を待つ冒険者がテーブルを埋め、椅子の軋みと笑い声が、湯気の匂いに混ざって跳ねている。


「おう」


 カウンターの中でヴァルターが振り向いた。腕まくりのままパンを切り、皿を投げるみたいな勢いで並べていく。


「座れ。今出す」


「今日、そんなに人が出るんですか」


 俺が聞くと、ヴァルターは鼻を鳴らし、滑らせるように皿をよこした。固めのパンと具の多いスープが、どんと俺の前に収まる。


「黒い枝を折れって報せを出した。畑の隅、川沿い、森の縁……次に獣が生まれねぇように、向こうを消耗させろ、とな」


 言い終えるより先に、もう次の皿が飛ぶ。


「だから今日からは枝狩りだ」


 枝狩り。軽い言い方のくせに、胸の奥に残る昨日の重さが反応した。あれは一度勝っただけで終わる相手じゃない――その代償が、今朝のざわつきになっている。


「各パーティに範囲割り振って、見つけた枝はすぐ折る。深追いはしない。無理だと思ったら引く。……そういう日だ」


「消耗戦ですね。時間を稼ぐ感じで」


 俺がそう返すと、ヴァルターは肩をすくめた。


「向こうの魔素集めを邪魔して、少しでも時間を稼ぐ。こっちに意識を向けさせる。今できるのはそれだ」


 そこで一拍、目が俺に刺さる。


「その間に、お前たちは“元凶側”を見てこい」


「はい。行きます」


 返事に合わせて、リヴも小さく頷いた。


「……枝を折るだけじゃ、終わらないのは分かってるから」


 ヴァルターはそれ以上言わず、代わりにパンをもう一切れ追加して寄こした。


「食え。腹が減ってると、ろくな決意も出来ねぇ」


「分かりました。ちゃんと詰め込みます」


 パンを噛みながら店内を見渡す。昨夜、酒場で見かけた顔もいるし、見なかった顔もいる。いつもなら適当に依頼を取っていた連中が、今日は皆、同じ温度の目をしていた。


 怖い。だけど、怖いまま立っている目だ。


 カウンターの端でラナが忙しなく動いていた。パンを配り、スープをよそい、時々こっちを確認するようにちらっと見る。目が合うと、ぱっと笑った。


「ナオキさん、リヴさん! ちゃんと起きた!」


「起きたよ。ラナも早いな」


 リヴも笑い返してから、ラナの手元を見た。


「……ラナは?」


「私は街まわり担当! ミーナさんと一緒に、『枝が出たときの動き方』を広める係!」


 胸を張る声は、昨日より一段高いのに、目だけはやけに真剣だった。


「だから、ナオキさんたちは、ちゃんと向こうのほう見てきて。こっちは任せて」


「任せる。無理はするなよ」


 素直に言うと、ラナは満足そうに頷いた。


「じゃあ、戻ってきたときの“二回目の缶詰”の準備もしとくね!」


「太るなぁ」


「いいの! 生きて帰ってくる前提の悩みだから!」


 その言い方が、胸の奥を少しだけほどいた。


 朝食を終えて身支度を整え、ギルド前へ出る。広場にはもう人が溢れ、剣士も槍使いも弓持ちも、ローブ姿の魔法使いも、装備を担いだ肩をぶつけ合っていた。顔はしかめているのに口はよく動く。


「おい、昨日あそこに枝出たって聞いたぞ」

「こっちの組には、ギルドの新人も付いてくるらしい」

「死ぬなよ新人」

「そっちこそ」


 冗談半分、本気半分。その上を割って、ギルドマスターの声が落ちた。


「隊ごとに並べー!」


 いつものカウンターの奥より、二倍響く。煙草も酒も持っていない両手で、街の真ん中を押さえ込むみたいな声だった。


「いいか!」


 静かになった広場を、声が撫でていく。


「今日は“世界を救う日”じゃねぇ!」


 一瞬、ざわっとした空気が止まり、次の言葉で形を変えた。


「“時間を稼ぐ日”だ!」


 そこで少し笑いが起きる。笑っていい内容じゃないのに、笑わないと息が詰まるのも分かる。


「黒い枝を見つけたら折れ。無理だと思ったら引け。深追いするな。『全部燃やして帰ってくる』なんて格好つけるな」


 指が一本、二本と挙がる。


「お前らの仕事は、“枝に勝つこと”じゃねぇ。“明日を作ること”だ」


 マスターの目が広場を一望した。


「その間に、別の馬鹿が“元凶”を殴りに行く」


「馬鹿って誰のことですか」


 思わず言うと、近くの冒険者たちがどっと笑った。笑いの中に、緊張がほどける音が混じる。


「聞こえてるぞ、ナオキ」


 マスターがこっちを向いて口の端を上げる。


「お前らが馬鹿やれるように、こっちは畑と街道をつなぎ続ける。……で、いいな」


「はい。必ず戻ります」


 リヴも隣で軽く頭を下げた。誰かがひゅうっと口笛を鳴らし、空気が少しだけ明るくなる。


「よし!」


 マスターが手を打つ。


「各隊、持ち場へ出る! 生きて折れ! 生きて戻れ! それだけだ!」


 号令で広場が動き出す。背中に斧、腰にポーション、手に地図。皆がそれぞれの泥試合の準備をして、各隊へ散っていく。


「ナオキさん!」


 ラナが走ってきた。片手に紙束、もう片手に小さな布袋。


「これ!」


「なに?」


「干し肉と、固いパンと、甘いやつ少し。森まで行くなら、途中で何か食べないとダメだから!」


 布袋を押しつけられて、ずしりと重みが移る。


「ありがとう。助かる」


「それから――」


 ラナは少しだけ真顔になった。


「“枝狩り”の人たちのこと、ちゃんと覚えててね」


「覚える?」


「うん。ナオキさんたちが“向こう”と戦うとき、支えてたの、今日出ていく人たちだから」


 当たり前のことを言われたはずなのに、胸の奥がじんとした。


「……分かった。ちゃんと覚えとく」


「約束!」


 ラナは笑って走り去っていく。商店街のほうへ、井戸のほうへ。目の端に、掲示板の前のミーナが映った。紙を貼って、質問を受け、短く答え、また紙を配る。目が合うと、軽く顎で門のほうを指した。


「――行ってください。街のぶんは、こっちでやります」


 その一言で十分だった。俺たちは門へ向かった。


 城門の外へ出ると、匂いが変わる。煮込みとパンから、土と草へ。ただ、その土に、うっすら灰が混ざっていた。石畳から土の道へ、ヴェルンから森へ。道のあちこちに「枝狩り」に向かう隊が見える。


 前を行く三人組――大剣を担いだおっさん、小柄な弓使い、眠そうな魔法使いが、こちらに気づいて振り返った。


「おう、ナオキ。こっちは黒い枝をぶった切ってくる。……お前はお前で、わけの分からねぇほう、頼んだぞ」


「わけの分からねぇほうって」


「だって分からねぇだろ、テレビとか言ってたろ」


「まぁ、分からないですね。でも行きます」


 苦笑いすると、男は歯を見せて笑った。


「分からねぇもんは、分かるやつに任せる。俺たちは目の前の枝だけ気にしてりゃいい」


「お願いします。生きて戻ってください」


 男たちは手を振り、別の道へ分かれていく。見送ってから、俺たちは森へ続く道へ足を向けた。


 最初の異変は、街からそう遠くない畑で見えた。昨日の「魔素喰いの獣を封じた畑」とは別の場所。柵の向こう、土の一角が不自然に灰色へ抜けている。


「……あ」


 リヴが小さく息を漏らした。


 灰色の縁から、細い黒い枝が一本、ゆっくり伸びかけていた。土を舐めるみたいに、きしきしと周りを鳴らしながら。


(やばい、間に合ってない――)


 そう思った瞬間、横から火線が走った。


「そこ!」


 短い詠唱。炎が黒い枝を包み、二の腕くらいの太さになりかけた部分でちぎる。畑の反対側、土壁の陰から若い魔法使いが顔を出し、汗で額を光らせていた。


「くそ……さっきより太い……!」


 隣では農夫が土を必死にかき寄せ、灰色の縁に土の壁を作ろうとしている。


「おい、もっと砂利持ってこい! 水はその外だ! 中に零すな!」


「は、はい!」


 人が走り、土がこすれ、焦げた匂いが一瞬だけ風に乗った。黒い枝は焼けた部分からじゅう、と音を立ててしぼんでいく。止まったわけじゃない。けれど、動きは確かに鈍い。


「……行く?」


 リヴが俺を見る。


「いや、ここは任せよう。俺たちが首を突っ込むと、混ざる」


 言いながら、腹の底で歯を噛んだ。


(これが、今から増えていくのか)


 枝狩りは今日だけじゃ終わらない。明日も、その次も。数が増えれば、人も割かなきゃいけない。その間に――崩壊核は、待ってくれないかもしれない。


 畑から少し離れた場所で、若い魔法使いが仲間と話しているのが聞こえた。


「これ、今日一日やったくらいじゃ終わんねぇよな」

「終わらないね。でも、やらないともっとひどくなるから」

「……はぁ。泥試合だな」


 泥試合。自分の口から出した言葉が、他人の口から出てくるのを聞くのは妙な感覚だった。


「ナオキ」


 リヴがそっと俺の袖をつまんだ。


「行こ。……私たちが行かなきゃダメなほうも、あるから」


「……ああ」


 畑をあとにして道を進む。


 森に近づくほど、静けさが濃くなっていった。鳥の声も風の音もあるのに、どこかで間引かれているような静けさだ。道の脇の小さな祠、その手前の草がところどころ黒く変わりかけている。塩を撒いた跡、土を掘り返して根っこらしきものを焼いた跡。間に合ったところと、間に合わなかったところが、同じ道の上に混ざっていた。


「……間に合ったところと、間に合わなかったところが混ざってる感じだね」


 リヴが足元を見て言う。


「“全部をきれいに守る”って、もう無理なんだろうな」


「うん。でも――」


 リヴは息を整えて、言葉を続けた。


「全部は守れないって分かったぶん、『どこを守るか』ははっきりしてきた気がする」


「どこを守るか」


「“ただいま”を言いたい場所、とかね」


 少し笑って、リヴは前を向く。その笑い方が、昨日よりほんのわずかに強かった。


 枝狩りに人を割き続けても、敵のほうが早く強くなる。街の薬も鍛冶屋の武具も、そのうち追いつかなくなる。どこかで「元」を止めなきゃいけない。その「元」が崩壊核で、そして入口が――。


「……もうすぐだ」


 視界の向こうに、見慣れた巨木が見えてきた。幹の途中にぽっかり開いた穴――ウロの拠点。地球とこの世界を繋ぐ場所だ。簡易小屋も焚き火の跡も、ほとんどそのまま残っているのに、周りの空気だけが少し違っていた。


 静かだ。やけに静かだ。


 遠くの獣の鳴き声も木の軋む音も、ここだけ避けて通っているみたいな静けさ。俺は思わず呟く。


「ウロの拠点、って言ってたけど……世界樹のウロって呼ぶほうが、しっくりくるな」


「そうかもね」


 リヴが小さく息を飲む。近づくほど、周りの音が薄くなる。嫌な薄さじゃない。世界が「ここだけ別の用途がある」と言って、少し距離を取っているみたいな薄さだ。


 ウロの縁に手を伸ばす。指先がひやりとした木肌に触れた。


「……行ける?」


 リヴが隣で聞く。


「行くしかない。繋がってるか確かめる」


 短く答えると、リヴは胸元を押さえたまま頷いた。


「じゃあ、“ただいま”のために、行こ」


「おう」


 俺たちは森の芯、ウロの前に並んで立った。ヴェルンで始まった枝折りの一日が、背中のほうでまだ続いている。その音をぎりぎり感じ取れる距離で――俺は、崩壊核へ続いているかもしれない扉に手をかけた。

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