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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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缶詰と約束の夜

 ヴェルンの夕方はまだ明るい。

 でも街の空気は軽くなかった。


 ギルドを出て歩く。人の流れはいつも通りだ。

 だが耳に入る話題だけが偏ってる。「黒い獣」がどこにも混じる。


 ……この空気で「ただいま」は浮くよな。

 でも言わないと余計に重くなる。


「……あんまり“ただいま”って空気じゃないな」


 俺が言うと、リヴが小さく笑った。


「でも、とりあえず“ただいま”は言おう」


「そうだな」


 角を曲がると、見慣れた看板があった。

 ヴァルターの店だ。


 戸を開けた瞬間、香辛料と油の匂いが押し寄せる。

 その次に、人の気配がぶつかってきた。


「――あんたたち!」


 カウンターの向こうからセラが飛び出してくる。

 エプロンのまま、迷いなく距離を詰めた。


 次の瞬間、俺たちはまとめて抱きしめられた。

 息が詰まりかけて、肩口が濡れる。


「どれだけ心配したと思ってるの」


 声が震えてる。

 怒ってるのに、泣いてる。


「森が揺れただの、里に行くだのって聞かされて……帰ってくるって思ってた。

 でも、それとこれとは別よ」


「ご、ごめんなさい」


 リヴが頭を下げる。

 セラは腕の力を少し緩めた。だが手は離さない。


「ごめん、セラさん。手紙も出せなくて」


 俺が言うと、セラが睨み上げた。


「森の奥からどうやって手紙を出すのよ。……そうじゃない。

 無茶するなら、せめて顔を見せてからにしなさい」


「それ、一番怒られるやつですね」


「分かってるなら最初からやらない」


 言いながら、指先が肩と腕を確かめる。

 怪我がないか。変な力が入ってないか。そこを見てる。


「……おかえり」


 少し離れた場所から声がした。

 荷台の陰からラナが顔を出していた。布切れを両手で握ってる。


「ただいま、ラナ」


 リヴが言うと、ラナは駆け寄ってきた。


「ほんとに帰ってきたんだね。……でも、それとこれとは別だからね」


「それ、さっきも聞いたな」


 俺が言うと、ラナはぷいと顔をそむけた。


「ナオキさんも……生きててよかったです」


「順番おかしくない?」


「感謝と文句は別腹なんです」


 その一言で、店の空気が少しだけ緩む。

 こういう時の“別腹”は助かる。


「ほら、とりあえず座りなさい」


 セラが背中を押してくる。


「立ったまま話すと、余計な方向に転ぶ。座って、飲み物を出してから」


「はい」


 奥に回ると、ハーブティーの香りがした。

 湯気が立つ。セラの手が止まらない。


 俺はカップを置いて、セラとラナを見る。

 身内面されてるなら、ここは隠せない。


「……で。黒い獣の話なんでしょう?」


「ああ」


 ヴァルターが肩をすくめる。


「ギルドの空気を見れば分かる。いい知らせじゃない」


「まあ、そうですね」


 一度、息を整える。

 ここからは言葉を間違えると空気が固まる。


「黒い獣のことは、門の衛兵からも聞きました。

 さっきヴァルターさんからも概要は」


 リヴが続けた。


「それからギルドマスターにも。里で聞いた話を少し伝えてきた」


「……そうか」


 ヴァルターが短く頷く。


「討伐隊に参加することにしたんだな」


「はい」


 放っておいたら、この街も村も食われる。

 逃げても詰む。


「里の話をまとめると、黒い獣は“魔素喰い”の枝か、そこから零れた眷属に近い」


 セラの肩がわずかに動いた。

 怖さが、反応で出る。


「本体そのものじゃない。ただ黒い枝が伸びてきてる。

 今できるのは枝を削って、土地がさらに痩せるのを止めることです」


「本体は、まだ……届かない?」


 ラナが小さな声で聞いた。


「届かないというより、届いたら終わる」


 短く言う。言い切る。

 ここで飾ると余計に刺さる。


「今は“手前”を処理する段階だ。引き返す線を間違えない」


「リヴが、耐える?」


 セラの目がリヴに向く。

 母親の目だ。逃げ場がないやつ。


 リヴは胸元を押さえて頷いた。


「私の中に、少しだけ空きがある。

 枝の欠片ひとつ分なら、そこに入れて押さえられるかもしれないって、長老に言われた」


「でも上限は分からない。だから試す範囲を決めて、危ないと思ったら引き返す。

 最初から決めておきたい」


「決めておきたい、ね」


 セラがゆっくり息を吐く。


「行くなとは言えないのかもしれない」


「だって、縛りつけても黒い獣は止まらないでしょ」


 怖いのは隠れてない。

 だから言葉が重い。


「ひとつだけ言う。生きて帰ってきなさい。

 戻ってきて、またここでご飯を食べる。それを約束してから行きなさい」


 俺とリヴは同時に頷いた。


「約束します」


「絶対に帰ってくる」


 ラナが息を止めた。

 言葉が入ったぶん、現実が近づいたんだ。


「討伐隊の出発は二日後の明け方だ」


 ヴァルターが続ける。


「今日と明日で人員と物資を回す。

 明日の午前中にもう一度ギルドへ来い。作戦の説明がある」


「分かりました」


 頷く。

 次の手順が見えたら、人は少し落ち着く。


「今日はうちに泊まりなさい」


 セラが当然の顔で言った。


「宿に戻るなんて言わないで。もうこっちの家の人間だと思ってる。

 荷物の見直しも、飯と風呂のあと。落ち着いてから」


「お言葉に甘えます」


 その直後、ラナが布切れを押し出した。

 小さな袋に縫い上げたお守りだ。縫い目は揃ってない。手作りが一目で分かる。


「里に行く前に作ってた。渡すタイミングがなくなって……引き出しに入れてた。

 でも、効くと思う」


「ありがとう。大事に持っていく」


 リヴが言うと、ラナは少しだけ顔を赤くした。


「ナオキさんには――はいこれ」


 小さな布包みが投げられる。

 中身は干し果物だった。甘い匂いがする。


「戻ってきてから食べてもいいし、行く前でもいい。

 どっちでもいいけど、戻ってきてから感想を聞かせてください」


「ハードル上げるなあ」


 笑ってポケットにしまう。

 “戻ってきて”が条件なのが、いちばん重い。


「……じゃあ、こっちからも」


 肩掛け袋を探る。指に缶詰が当たった。

 手を付けずに取っておいたやつだ。


「ラナ、お守りとおやつ、ありがとう。代わりに甘いものをひとつ」


 丸い缶を二つ、テーブルに置く。

 ラベルは桃とみかん。


「……缶詰だ」


 ラナの目が丸くなる。


「あのときの宴会で食べたのと同じ? 桃のやつと、甘いみかんの……」


「似たやつ。久しぶりの果物缶だ」


 ラナは缶を両手で持ち上げ、胸の前で抱えた。

 宝物の持ち方だ。


「開けたら、みんなで分けて。討伐が終わって、ちゃんと戻ってきたときのデザートにしよう」


「……じゃあ絶対、生きて帰ってきてもらわないと困りますね。

 これ、帰ってくるまで開けません」


「プレッシャーの掛け方が上手くなってきたな」


 セラも小さく笑った。


「いいわね。戻った夜のデザートにしましょう」


「売り物にしなくて正解だったな」


 ヴァルターが肩をすくめる。


「当たり前。こういうのはまず家で食べるの」


 笑いが落ち着いたところで、セラが台所を振り返る。


「さあ、ご飯。今日はスープとパンと煮込みで――」


「待ってください」


 俺が手を上げた。

 明日から物騒が増える。つまり今日は回復に振る。


「セラさん、お願いがひとつ。明日から物騒な話が増える。

 だから今日だけは、食べ過ぎて文句が出るくらいにしません?」


 言ってから、リヴを見る。


「リヴ、出してもらっていい?」


「うん」


 リヴは胸元に手を当てて息を整えた。


「今日はアイテムボックスを開ける」


 カウンターに手をかざす。

 次の瞬間、包みと箱がぽん、ぽん、ぽん、と止まらない。


「……ちょ、待って。まだ出るの?」


「出る。いっぱいある」


 テーブルが一気に埋まっていく。

 このままだと食卓じゃなくて物資置き場だ。


 どうする?……いや、仕分けだ。


「一回ストップ。仕分けする」


 俺は指で場所を区切った。

 火いらない、温める、甘い、飲み物。まずそれ。


「まず、火を使わないやつです。開けたらそのまま食べられます」

 クラッカー、乾いた肉、魚の缶、固いチーズっぽいの。

 助かる。こういうのは正義だ。


「次、温める枠。袋のまま湯に沈めるだけ」

 肉と野菜の煮込み、豆の煮込み、香りが強いカレーっぽいの。

 料理じゃない。手順だ。


「で、甘いの――これは“おやつ枠”」

 板チョコみたいなの、丸い焼き菓子、飴、変な色のグミ。

 ラナの目が、もう皿じゃなく俺の手元を追ってる。


「最後、しゅわしゅわ。子どもは甘い方だけな」


「了解!」


「了解なの!?」


 説明は必要な分だけでいい。

 長くすると台無しだ。


「大人は?」


 セラが缶を見る。


「度数があるやつもあります。飲み過ぎると倒れるので一人一本まで」


「倒れる前提で言わないで」


 セラは呆れながらも缶を手に取った。

 目がもう“興味”になってる。


 ここまででテーブルはほぼ埋まってる。

 もう十分だろ、と思った。


 ――思ったのに。


「……最後に、ほんとのデザート」


 リヴが、ちょっとだけ胸を張って手を振った。

 小さめの缶が三つ、揃って並ぶ。


 桃、みかん、果物ミックス。


「えっ、まだあるの!?」


 ラナが素で叫ぶ。


「ラナに渡したのは“帰ってきてから”。これは今日開ける分。今日くらいは怒られない」


「怒れない」


 セラが笑った。


「ミーナも呼ぶか?」


 ヴァルターがぽつりと言う。


「いいですね。たぶん喜びます」


「じゃあラナ、ギルドまで走れ。『晩ご飯に来い』でいい」


「了解!」


 ラナが飛び出していった。

 飯の用事だと、足が速い。


 しばらくして、ラナに引っ張られるようにミーナが来た。


「仕事中に“晩ご飯来い”って……って、なにこれ!?」


 テーブルの上の並びを見て、目が止まる。

 声の大きさで、もう勝ってる。


「今日は“アイテムボックス開放日”です」


「……爆発しない?」


「しない。たぶん」


「“たぶん”はやめて!」


 文句を言いながら、視線は缶から離れない。

 好奇心が強い。助かるタイプだ。


 鍋に火が入る。袋が温められる。缶の輪っかが引かれる。

 香りが部屋に広がった。甘い匂いと、油と香草の匂い。


「いい匂い……」


 ミーナが素直に言った。

 こういう一言が場を軽くする。


 煮込みを皿に移す。肉とじゃがいもが見える。

 魚の缶は油に浸かった切り身が揃ってる。


 セラが一口食べて、手を止めた。


「……手間が掛かってる味がする」


「言い方」


「文句じゃない。負けたって言ってる」


 ヴァルターも真面目に味を見る。


「これ、売ると値が付く」


「考えたくないです。“英雄の缶詰”とか言われたら面倒だ」


「面倒そうで笑うわ」


 リヴが炭酸の缶を抱えて笑う。


 注ぐと泡が立つ。

 ラナとミーナが同時に息をのむ。


「しゅわしゅわしてる」


 ラナが一口飲んで、目をつぶった。


「口の中が忙しい!」


「爆発じゃないけど、忙しいな」


 ミーナも真顔で言う。


「受付の早番に一本欲しい。頭が切り替わる」


「ギルドの受付がしゅわしゅわしてて大丈夫ですか」


「酔っ払いよりマシ」


 果物缶は開けるたびに声が上がった。

 ラナは皿から目を離さない。


「これ、本当に果物?」


「果物。甘いのと酸っぱいのがちゃんとある」


「……好き」


 食堂の空気が軽くなる。

 重い話は明日に回せる。今日は体を休ませる日だ。


 夜、二階の部屋に布団が二組敷かれた。

 窓から入る空気は冷たい。街の匂いがする。


「……やっと落ち着いた」


 リヴが言う。


「俺も」


 天井を見る。

 考えが散る前に、決めることを決める。


「黒い獣の件。撤退の合図を決めよう」


「うん。私が『もう嫌だ』って言ったら、引き返す。誰が何を言っても」


 大前提だ。

 迷う余地を残すと、そこで足が止まる。


「ナオキが変に粘ったら?」


「殴って止めていい」


「本当に殴るよ?」


「本当に止めてくれ」


 リヴが少し笑った。

 緊張が少し抜ける。これでいい。


「ナオキの合図は?」


「俺が『無理』って言う。

 遅れそうなら表情で止めてくれ。遠慮はいらない」


「分かった」


 確認は終わり。

 あとは明日の段取りだけ。


「明日は午前、ギルドで説明。午後、工房。装備と荷物」


「うん。順番を崩さない。危ないことは増やさない」


「戻ってきて、またセラさんのご飯を食べる」


「ラナの缶詰も開ける」


「地球にも帰る」


 リヴが頷いた。


「それだけは約束する」


 窓の外の音が静かになっていく。

 明け方の出発までは、まだ一晩と一日ある。やることは決まってる。


 翌朝、空が白み始める前。

 店先の石畳が濡れていた。


「……明日はこの時間にギルド前集合」


「今日は準備の日だな。先にギルドで話聞いて、戻ったら荷物いじるか」


「うん」


 リヴはお守りを握った。


「揺れは見落とさない。ヤバかったら引く。……ちゃんと戻ろう」

「うん。それでいこう」


 俺たちは並んで歩き出した。

 静かな準備の日が始まった。

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